第二話 新入社員の会社説明は〇〇
窓の外を、一台の車が追い抜いていく。
――空を飛びながら。
「……異世界?」
思わず聞き返すと、運転席の課長はバックミラー越しにこちらを見て、「うん」と軽く頷いた。
「そう。異世界」
「いやいやいや……」
私は窓へ顔を近づけた。
何度見ても景色は変わらない。
「空飛んでますよ!? 車が!」
「飛んでるね」
「ビル高すぎません!?」
「高いね」
「未来都市なんですけど!?」
「そうだね」
全部認めるんですか!
高校を卒業して就職しただけなのに、どうしてこんなことになっているんだろう。
「夢じゃ……ないですよね?」
「残念ながら」
「ドッキリでも?」
「違うね」
あっさり返されてしまう。
『新人を驚かせるドッキリでした』と笑ってくれる展開を期待していたのに。
課長は苦笑しながら前を向いたまま言った。
「安心して。みんな最初はそんな反応だから」
「安心できる要素が見当たらないんですけど……」
そう答えたところで、車はゆっくりと速度を落とした。
目の前には、一際大きなビルがそびえ立っている。
思わず見上げる。
高い。
とにかく高い。
「ここが高千穂株式会社本社だよ」
「ここが……会社?」
思わず見上げる。
どう見ても会社というより、一つの街だった。
「ちゃんと会社だよ」
課長は当たり前のように言う。
私の知っている会社と、課長の知っている会社は、きっと別の生き物なんだと思う。
自動ドアを抜けると、そこには意外なほど見慣れた景色が広がっていた。
受付があり、社員証を首から下げた人たちが行き交っている。
パソコンを操作する人。
打ち合わせをしている人。
電話に出ている人。
外は完全に異世界だったのに、中はどこにでもあるオフィスだった。
受付の女性が笑顔で一礼する。
「お疲れ様です」
「新人を連れてきたよ」
「承知しました」
私は課長の後ろについて廊下を歩く。
大きな窓から見える街並みは、日本では絶対に見られない景色ばかりだ。
それなのに社内は静かで、どこか落ち着いている。
不思議な感覚だ。
「こちらだよ」
案内された部屋へ入ると、一人の男性が立ち上がった。
その顔を見た瞬間、私は思わず立ち止まる。
「……え?」
相手も驚いたように目を見開き、それから優しく笑った。
「久しぶりだね、陽花ちゃん」
聞き覚えのある声だった。
「……那直兄さん?」
小さい頃、近所で何度も遊んでもらったお兄さん。
高校へ進学する頃には、いつの間にか姿を見なくなっていた人。
その人が、目の前にいた。
「驚いた?」
「驚くよ!」
思わず声が大きくなる。
「なんで那直兄さんがここにいるの?」
「ここが僕の職場だから」
「それだけじゃ説明になってないよ!」
昔と変わらない穏やかな笑顔に、少しだけ懐かしい気持ちになる。
「課長、ここからは僕が案内します」
「よろしく」
課長は軽く頷き、そのまま部屋を出ていった。
私がソファへ腰を下ろすと、那直兄さんも向かいへ座る。
異世界。
空飛ぶ車。
巨大な会社。
そして、幼い頃に一緒に遊んでくれていたお兄さんとの再会。
頭の中はまだ整理が追いついていなかった。
「少しだけ、この世界の話をするね」
那直兄さんは静かに切り出した。
「ここは日本とは別の世界。昔から日本との交流が続いている国なんだ」
「交流……」
「だから言葉も通じるし、日本から来る人も珍しくない」
言われてみれば、ここへ来てから日本語しか聞いていない。
異世界という言葉に頭がいっぱいで、そんな当たり前のことにも気づいていなかった。
「高千穂株式会社は、その交流を支える仕事もしているんだ」
「そんな会社が、本当にあったんだ……」
那直兄さんは小さく笑うと、胸ポケットから一枚の銀色のカードを取り出した。
見たことのない素材だった。
カードへ軽く触れる。
すると淡い光が広がり、小さな光の球が手のひらへ浮かび上がった。
「……え」
私は思わず息をのむ。
手品じゃない。
映像でもない。
確かに光がそこに浮かんでいる。
ゆっくりと宙を漂い、やがて音もなく消えていった。
「これで少しは信じてもらえたかな」
私は何度も頷いた。
もう疑う余地なんてない。
ここは本当に、日本とは違う世界なんだ。
「詳しい話は、このあとの新人研修で説明があるよ」
「会社の研修で異世界の説明まであるんだ……」
「最初に知ってもらわないと仕事にならないからね」
その言葉には納得するしかなかった。
普通の会社なら、会社の歴史や就業規則を教わる。
でも、この会社はその前に――異世界の説明が必要らしい。
私は小さく息を吐く。
社会人一日目。
まだ午前中だというのに、すでに人生で一番濃い時間を過ごしている。




