第二十四話 週末の自慢は〇〇
「……自慢のお姉ちゃんだから」
月依は照れたように笑った。
私は固まる。
自慢のお姉ちゃん。
誰のことだろう。
少なくとも。
一昨日、ロウソクを教室の彼方へ飛ばして。
歓迎会では盛大に暴発して。
会社では書類を雪のように舞わせた新人ではない気がする。
「……うん」
人違いだ。
間違いない。
「お姉ちゃん?」
「ちょっと現実逃避してた」
「現実逃避?」
「月依の言った『自慢のお姉ちゃん』を探してた」
「目の前にいるよ?」
「いないいない」
「いるってば」
「絶対違う」
即答だった。
月依は困ったように笑う。
「もう」
◇◇◇
「次はこっち!」
月依に案内され、石畳の通りを歩く。
休日の街は今日も賑やかだった。
「あ、月依先輩!」
向こうから女子生徒が駆け寄ってくる。
「こんにちは!」
「こんにちは」
「この前はありがとうございました!」
「いえいえ」
「また相談させてください!」
「もちろん」
笑顔で手を振る月依。
そのやり取りは自然で、慣れたものだった。
「……人気者だね」
「そうかな?」
「そうだよ」
「私は今でも『ロウソク飛ばした人』って覚えられてそうなのに」
「それは一昨日だけだよ?」
「一昨日だから新鮮なんだよ!」
「新鮮って」
月依がくすっと笑う。
「大丈夫」
「もうみんな仲良くしたいって思ってるよ」
「本当に?」
「うん」
「私だったら『次は何飛ばすんだろう』って警戒するけど」
「そんな危険人物じゃないよ!」
「……たぶん」
「最後が弱いよ、お姉ちゃん」
◇◇◇
しばらく歩くと、大きな建物が見えてきた。
「ここ」
「図書館?」
「うん!」
中へ入ると、本棚がずらりと並んでいた。
「普通だ」
「普通だね」
「ちょっと安心した」
「何を期待してたの?」
「本棚が歩くとか」
「それ図書館じゃなくて怪談だよ」
「だよね」
二人で笑う。
「あら、月依さん」
司書さんが声を掛けてきた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「この前は本の整理まで手伝ってくれて助かりました」
「いえ、お役に立てたなら」
「……」
私は月依を見る。
「手伝いもしてるの?」
「たまにね」
「暇だったから」
「暇で本棚整理する高校生いる?」
「いるよ?」
「目の前にいた」
なんだろう。
この子、本当にどこへ行っても馴染んでる。
私は会社でコピー機の使い方を教わってるのに。
人生、どこで差がついたんだろう。
……たぶんロウソクを飛ばした辺りじゃない。
◇◇◇
図書館を出る。
「月依」
「なあに?」
「ちょっと聞いていい?」
「うん」
「私、本当に自慢のお姉ちゃんなの?」
「うん」
間髪入れずに返ってきた。
「即答!?」
「だって本当だもん」
「いやいや」
「私なんて失敗ばっかりだよ?
会社でも助けられて。
学園でも笑われて。
妹には心配かけて。
自慢できる要素、どこ?」
月依は少しだけ考えてから、小さく笑った。
「お姉ちゃん」
「うん?」
「お姉ちゃんはね。
私のお姉ちゃんだから」
「……」
あまりにも真っ直ぐな答えだった。
だからこそ。
何も言い返せなかった。
「……ずるいなぁ」
「え?」
「そんな答えされたら、反論できないじゃん」
私が苦笑すると、月依もつられて笑う。
「えへへ」
昔からそうだった。
私は理屈を並べる。
月依は、まっすぐ気持ちを伝えてくる。
そのたびに、私の方が負けてしまう。
……今日も、負けだ。
「さて!」
月依がぱんっと手を叩く。
「まだまだ案内するよ!」
「え、まだあるの?」
「もちろん!」
「高天原は広いんだから!」
「今日は一日じゃ終わらない気がしてきた……」
「大丈夫!」
「また来ればいいもん!」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
そうか。
一日で全部知る必要なんてない。
これから少しずつ。
月依のことも、この街のことも。
知っていけばいいんだ。




