第十四話 新入社員の朝は〇〇
翌朝。
目覚まし時計が鳴る少し前に目が覚めた。
「……六時半」
高校生の頃から、一人暮らしだったせいだろうか。
朝は自然と起きられる。
顔を洗い、制服……ではなく、高千穂の社員服に袖を通す。
「まだ慣れないな」
鏡に映る自分を見て苦笑する。
会社員。
数日前までは考えもしなかった肩書きだ。
◇◇◇
寮の食堂へ向かう。
朝早いこともあって、人はまだ少ない。
「おはようございます」
「おはよう」
社員同士が軽く挨拶を交わしている。
会社というより、学生寮の朝に近い空気だった。
朝食を受け取り、空いている席へ座る。
焼き魚。
味噌汁。
ご飯。
卵焼き。
「……普通」
思わず呟いてしまう。
異世界なのに、朝ご飯は普通だった。
いや、美味しい。
でも、普通だ。
「安心した?」
隣から声が聞こえた。
振り向くと、柚木さんがトレーを持って立っていた。
「あ、おはようございます」
「隣いい?」
「どうぞ」
柚木さんは席に着く。
「食堂のご飯、美味しいでしょ」
「はい」
「思ってたより普通でした」
「その感想、新人はみんな言う」
そう言って笑う。
「異世界だからって、毎日珍しいもの食べたい?」
「それは……」
少し考える。
「三日は楽しめそうです」
「四日目には白米が恋しくなるよ」
「もう出てますけど」
「そういうこと」
なるほど。
だから普通の献立なんだ。
◇◇◇
食事を終え、会社へ向かう。
社員寮と本社は歩いて十分ほど。
その道中も、不思議な景色ばかりだった。
空中をゆっくり走る配送用の小型デバイス。
道端で談笑する和服姿の人。
見上げれば、昨日と同じ二つの月。
「まだ慣れない?」
柚木さんが聞く。
「景色は毎回見ちゃいます」
「ボクも最初はそうだった」
歩きながら、小さく笑う。
「でも、そのうち見なくなる」
「そういうものですか?」
「人間って、贅沢だから」
少し寂しそうな言い方だった。
◇◇◇
本社へ着く。
社員証をかざし、中へ入る。
「おはようございます!」
昨日より少しだけ大きな声が出た。
「おはよう」
「おはようございます」
返事が返ってくる。
それだけで、少し嬉しい。
「陽花」
「はい」
柚木さんが振り返る。
「今日の目標」
「暴発しない」
「それも大事。でも違う」
「違うんですか?」
「今日は一人、同期の名前を覚えること」
「名前ですか?」
「仕事は人との繋がりだから」
昨日の歓迎会では、緊張と暴発でそれどころじゃなかった。
確かに、一人も名前を覚えられていない。
「分かりました!」
「よし」
柚木さんは満足そうに頷く。
「じゃあ、今日はそれが研修」
暴発しない。
同期の名前を覚える。
社会人って、案外やることが多い。
私は小さく深呼吸をして、教育部のフロアへ向かった。
……この時の私は、まだ知らなかった。
今日覚えた名前を、一生忘れられなくなる出来事が待っていることを。




