第十話 新入生で噂の私は〇〇
「この前貸していただいた本、お返しに来ました」
「あ、ありがとう」
月依は本を受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。
「面白かった?」
「はい!」
「すごく面白かったです!」
「またおすすめがあったら教えてください!」
「うん」
どうやら本を借りに来ただけらしい。
少しだけ胸をなで下ろす。
……ところが。
「あの」
一人の女の子が、おそるおそる私を見た。
「その人が……お姉さんですか?」
「うん」
月依は迷いなく頷く。
「私のお姉ちゃん」
「初めまして」
私は軽く頭を下げた。
「霧島陽花です」
「は、初めまして!」
みんな慌てて頭を下げる。
「いつも月依先輩にはお世話になっています!」
「勉強を教えてもらったり」
「相談に乗ってもらったり」
「この前なんて、遅くまで課題を――」
「そ、その話はいいから」
月依が少し照れながら止める。
どうやら、本当に慕われているらしい。
「ところで」
一人の女子生徒が首を傾げた。
「お姉さんも、月依先輩みたいに優秀なんですか?」
「え?」
月依の動きがぴたりと止まる。
「もちろん!」
即答だった。
「お姉ちゃんは昔から優しくて、頑張り屋さんで――」
「全然」
私は苦笑して首を振る。
「高校の成績も普通だったし。
今日なんて授業で盛大に暴発したし。
追加でロウソクまで飛ばしたし」
「お姉ちゃん!」
月依が慌てて止めに入る。
「そんなこと言わなくても……」
「いや、事実だから」
「でも!」
「昨日、教室中に見られてたし」
「うぅ……」
月依が困ったように俯く。
その姿を見て、女の子たちがくすっと笑った。
「月依先輩でも、そんな顔するんですね」
「お姉さんの前だと、ちょっと違う」
「可愛い……」
「もう」
月依は頬を赤く染める。
「そんなに見ないで」
「レアですもん」
「学園で初めて見ました」
「え?」
私は思わず聞き返した。
「そんなに?」
「はい」
一人の女の子が頷く。
「月依先輩って、いつも落ち着いてるんです」
「みんなに優しくて」
「何でもできて」
「全然隙がなくて」
「だから、今みたいな顔は初めて見ました」
私は思わず月依を見る。
妹は照れくさそうに笑っていた。
……家では、昔からこんな顔ばかりしていたのに。
「やっぱり、お姉ちゃんの前だと違うんですね」
その言葉に、月依は照れ笑いを浮かべたまま小さく頷いた。
そのときだった。
「失礼しまーす」
ノックもそこそこに、元気な声が部屋へ響く。
「月依先輩、いる?」
勢いよく扉が開く。
現れたのは、赤い髪を高い位置でポニーテールに結んだ少女だった。
すらりとした長身に、自信たっぷりの笑み。
部屋へ入るなり、彼女は私を見つけて足を止めた。
「お」
じっと私を見る。
「その人?」
部屋にいた女子生徒たちが頷く。
「噂のお姉さん」
少女は面白そうに目を細めた。
「ふーん」
その視線は、まるで珍しいおもちゃでも見つけた子どものようだった。
「これは……」
にやり、と笑う。
「面白そう」
その一言に、私は背筋がぞくりとした。
――このときはまだ知らなかった。
この少女が、私の学園生活をさらに賑やかにすることになるなんて。




