第一話「ログハウスの住人」-2
部屋の扉を開けて入ってきたのは、見事な龍のツノを持った屈強な青年と、同じく龍のツノを持った小柄な少女だった。
青年の、襟足まで長めに残した鮮やかな紫色の髪は、彼の彫りの深い顔立ちをよく引き立てている。身長は天井に届きそうなほどに高い。
一方の少女は、宝石のようにきらめく水色の髪の上に大きな黒いウィッチハットを被り、どこか警戒した様子で青年の後ろにぴったりと隠れて入ってきた。青年と並ぶとまるで親子のように見える。
「レナード、おかえり!」
「おう!言われた通り、村から松葉杖を借りてきたぜ」
レナードと呼ばれた青年は、手に持っていた松葉杖を掲げた。その逞しい体躯に比べると、手にした松葉杖が一際小さく見える。
「…ちゃんとクラウスの体格に合う松葉杖を借りてきたでしょうね?」
「はは、安心しろってシャル!何本かあった中から、一番サイズが合いそうなやつを見繕ってきたって」
そこでレナードは思い出したように、ベッドのすぐ脇まで歩いてきた。
「よう、初めまして。俺はレナード・ゼッツァーだ。お前はなんて言うんだ?」
「クラウス・クライバーだ。よろしく」
もはや本名を隠す気も起きず、俺は家名まで素直に名乗った。
かつて、祖国では家名を持つのが許されていたのは貴族階級のみだったが、今では俺のような一介の冒険者でも家名を持つものは珍しくない。
いずれ滅ぼすことになる魔族に知られたとしても、大した問題ではないだろう。
「クラウスって言うのか、いい響きの名前だな!
そしたら申し訳ねえんだけどよ。早速この松葉杖を使って、ちと歩いてみてくれねえか?」
唐突な提案に、俺は思わず眉を顰めた。まだ目が覚めたばかりだというのに、いきなり歩行訓練を行うのはあまりに現実的ではない。
「レナード……クラウスの傷を見たでしょ?あんなひどい怪我を負ったのに、起きてすぐに歩かせるなんて酷だよ」
「そうよ。あんたとラズリみたいに異常な再生力も持ってなさそうだし」
同じ不満を抱いたのは、俺だけではなかったようだ。フィーリアに続いて、シャルがぼやく。
「たしかにな、でもよ、こいつにだって帰る場所があるだろ。ここで悠長に療養するわけにはいかないんじゃねえのか?」
歯に衣着せぬレナードの物言いに、シャルは彼の脇腹を軽く小突いて窘める。
しかし、俺自身はレナードの言葉に一理あると感じていた。
国に戻るのは、可能な限り早い方がいい。それはもちろん、長居をして迷惑をかけたくないから、というだけではない。
俺は転移魔法陣に乗り遅れてモンスターハウスに取り残された身だ。今頃、俺を一人アジトに残して転移してしまった勇者パーティの仲間たちに、これ以上罪悪感や不安を抱かせたくない。
自分が生きているという事実を、一刻も早く伝えなければ。
「レナードの言う通りだ。ここに長居をして、これ以上迷惑はかけられない」
「迷惑だなんて、わたしたちは思ってないよ。そんなに急がなくても、少しずつ歩けるようになればいいんだから」
「迷惑」という言葉に、フィーリアは咄嗟に首を振って否定した。
彼女の純粋な善意には申し訳ないが、正直、魔族と同じ屋根の下で暮らすなど、針のむしろに座らされているようなものだ。
「大丈夫だ、体を動かす気力はある。それに、練習は早く始めるに越したことはないだろ?」
「んむー…」
フィーリアはまだ納得していないようだったが、俺は構わずレナードに手を差し出す。
「松葉杖を貸してくれ」
「おう!その意気だぜ!」
俺の頑固な態度を好意的に受け止めたレナードは快く松葉杖を渡してくれた。
受け取った杖を両脇に挟み、体の向きをベッドの横に変えると、手元の松葉杖に視線を落とす。
(大丈夫だ、クラウス。魔族軍のアジトから逃げるのに比べたらこんなの大したことないだろう)
ログハウスの面々が固唾を飲んで見守る中、俺は腕の力を使って勢いよく立ち上がった。
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「おお…」
ひとまず右足と杖で立てたことに安堵して、自然と声が出た。松葉杖のサイズは、レナードの言った通り驚くほど自分にピッタリだったのだ。
案外このまま歩けるのではないか。
根拠のない自信に動かされ、前を見据えて一歩を踏み出したその時だった。
突然身体が傾いて、勢いよく倒れた。
「いッ……!!」
倒れた衝撃で左足の切断面が激しく痛み、思わず全身を丸めて左足を抱え込む。歯を食いしばっていないととても耐えられない。
「大丈夫!?」
顔を歪めて痛みに喘いでいると、フィーリアが真っ直ぐに駆け寄ってきた。彼女が傷口に手を近づけると、にわかにその手から淡い光が放たれ、傷口を覆うようにして光の粒が舞い踊る。
魔族に邪悪な魔法をかけられるのかと、思わず恐怖に身構えた。
そんな警戒した様子の俺を見て、フィーリアは困ったように、しかしどこまでも優しく微笑んだ。
「大丈夫。なんの変哲もない、ただの回復魔法だよ」
彼女の回復魔法は驚くほど温かかった。光の粒が足の周りでパチパチと弾けるたびに痛みが引いていく。
今まで自分が、邪悪な存在だと切り捨ててきた魔族の魔法が、こんなにも温かく、純粋で、優しさに満ちたものだったとは知らなかった。
そのことに気づいた途端、これまでの頑なな態度が恥ずかしくなり、申し訳なさが胸をつく。
回復魔法の光は最初が一番強く、徐々に淡い輝きへと変化し、やがて完全に消え去った。
「…ありがとう。痛みがすっかりおさまったよ」
「ふふ、よかった!きっとまだ左足の一部がなくなったことに慣れてなくて、平衡感覚がズレちゃったんだね。これからは練習するとき、クラウスが怪我をしないように側で支えるから、安心してね」
そう言ってフィーリアは屈託なく笑った。不思議とその笑顔は、凝り固まった心の緊張をするすると解いてくれた。
「あ、あの…!!」
突然、青年の後ろで沈黙を貫いていた、水色の髪の少女が声を発した。
「どうしたの、ラズリ?」
シャルが彼女の方へ顔を向け、先ほどまでの口調とは異なる、優しい声色で問いかける。
「その、義足の件なんですけど…、鍛冶屋のブルクハルトさんが作ってくださるって…言ってました」
「まじ!?よかったー!いつ頃出来そうって言ってた?」
「それはわからない…です。近いうちにここに来て、足の型をとってからあらためて伝えるって…」
「なるほどね。じゃあ義足ができるのはまだ当分先になりそうね。わざわざ聞きにいってくれてありがと、ラズリ!」
シャルとラズリの会話に、俺は言葉を失った。松葉杖で歩けるようになったらすぐに出て行こうと思っていたが、義足まで用意してくれるなんて。
「松葉杖を村から持ってきてくれただけでなく、義足まで頼んでくれたなんて……本当に感謝してもしきれない」
「別に、これくらい当然よ!ラスラ村の周辺は凶暴な魔獣が跋扈してるわ。松葉杖を抱えた状態で襲われたら、ひとたまりもないもの」
シャルは真剣な面持ちで、義足を頼んだ現実的な理由を説明してくれた。
「ま、とにもかくにも松葉杖でまずは歩けるようになんねえとな」
「そうだな」
レナードの言葉に同意し、俺はもう少しだけ松葉杖で歩く練習をすることにした。
松葉杖に手を伸ばし、再び立とうとしたとき、お腹からぐうぅ〜と間の抜けた音が鳴った。
一瞬の静寂のあと、フィーリアは音を聞いてくすりと楽しそうに笑った。
「ちょうどさっきまでお昼を作ってたんだよね。きりもいいし、ごはんにしよっか!」
彼女はそう言って、弾む足取りで扉を開けてその先へと向かった。
「お前も行くぞ」とレナードに言われ、脇に抱えられて俺は扉の先、リビングに連れて行かれた。
その日、俺は人生で初めて、魔族と飯を食った。
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夜中、ログハウスのリビングに、住人の四人が集まっていた。
「…そろそろあいつ寝たかしら?」
シャルが声を潜めて切り出す。
「シャル、そろそろ『あいつ』じゃなくてクラウスって呼ぼう。同じ家に住むんだし」
あからさまにトゲのある呼び方をするシャルをフィーリアがやんわりと窘めた。
「義足で歩けるようになるまで、だけどな。正直、俺はまだアイツのこと信用してないぜ?記憶が本当にねえのかも怪しいしな」
「レナードも呼び方…」
「わりぃわりぃ」
注意されてきまり悪そうに頭を掻いているレナードに代わり、シャルが口を開く。
「でも怪しいと思わない?倒れてた場所から察するに、防衛拠点から逃げてきた口でしょ。
遠目から見た感じ、拠点が陥落した様子はなかったわ。おおかた、人族が怖くて戦いの途中で逃げてきたんじゃないかしら」
「それにしては随分とわたしたちにも怯えてたよね。同じ種族のはずなのに、はじめて同族を見たような顔をしてたし、それに…」
フィーリアの言葉を引き継ぐように、レナードの膝の上にちょこんと座っていたラズリは小さく頷く。
「フィーねぇが回復魔法をかけようとしたときも、すごく怖がってました」
「同族に裏切られて、防衛拠点から命からがら逃げてきたっていうのはどうだ?」
レナードが腕を組んで推測を述べる。
「この辺の魔獣は魔狼みたいに強い上に群れるやつが多い。徴兵されてきた、別の地方の雑魚だったら魔獣にやられて大怪我を負う可能性もあるんじゃねえのか?」
「でも体の傷は、左足のものも含めて切り傷がほとんどだったわ。とても戦い慣れていないボンボンの体じゃないし、魔獣にやられたわけでもないのかも」
シャルが鋭く指摘した。
「それじゃあ何かしらの事情があってあそこから逃げてきた、ってことしか今は考えられねえな…。そんな得体の知れないやつを、このままここで匿ってて大丈夫か?」
レナードたちの視線が一斉に、家主であるフィーリアに向く。
「わたしは、どんな事情があれ、あんなにひどい怪我を負っていた人を見捨てることはできないな。せめて義足でちゃんと歩けるようになるまでは、ここに置いてあげたい」
「わ、わたしも、折角助けたんだから、できるだけ力になりたいです!」
フィーリアの考えにラズリが同意し、間を空けて今度はシャルが言葉を紡いだ。
「うちもラズリの言うことは分かるわ。でも、クラウスはあまりにも事情が不透明すぎる。村に行けば物資が充実してるし、ここにいるよりもずっといろんな支援が受けられるんじゃないかしら?」
「たしかに、ラスラ村に行けばここにいるよりもずっといい環境で療養できるのかも。…でも、ラスラ村には退役軍人が多いでしょ」
フィーリアは少し眉を下げて、言葉を続ける。
「もし彼の記憶喪失や怪我の原因が人族の戦いに関係してるなら、無理にその恐怖を思い出させるような場所に行かせるのは気が引けるな」
議論は膠着してしまい、リビングに沈黙が流れた。
様子を窺っていたレナードは「よしっ」と大きく手を叩いて、場の空気を切り替えた。
「ここでずっと仮定の話をしてても埒があかねえ。ある程度ここでの療養が終わったらクラウスに直接意見を聞こう。可能なら村まで案内して決めてもらうのもいいかもな」
シャルは納得した様子で頷く。
「ひとまずそれでいいわね。クラウスが果たして信用できるかどうかも、明日以降ちゃんと話してみて決めればいいし」
「確かにそれがよさそう。義足まで頼んでおいて途中で見捨てるような真似はしたくないもんね。今はただ、彼が無害であることを祈りましょう!」
フィーリアの明るい声で、夜の会議は締めくくられた。
続々と面々がそれぞれの寝室へと戻る中、フィーリアだけは最後までリビングに残っていた。
窓から差し込む月明かりが、誰もいなくなった部屋を静かに照らす。
フィーリアは胸の前でそっと両手を合わせ、夜空に輝く月に向かって密かに祈った。
(どうか、わたしにもう一度、巫女の秘術を使わせてください…)




