第一幕 神様は、たぶん少し暇だった
神様というのは、たぶん、わりと暇なのだと思う。
千年ぶりに地上を覗いた創世神ヴェリタス様は、おおかた人間どもの嘘八百にうんざりしたのだろう。
「お前たちの本性を毎日見せ合え」と言わんばかりに《真実の鏡》という呪いを降らせて、それで満足したらしい。
おかげで、この三か月、フラウディア王国の社交界は地獄だった。
一日一回、いつ来るかもわからない時刻に、全国民の左手甲に金色の紋章が三秒間だけ光る。
同時に王都中央広場の巨大な神鏡に、紋章が光った瞬間の本人の姿が等身大で投影される。
場所も状況も問わない。風呂だろうが、厠だろうが、密会中だろうが。
投影時間は五分。
広場に集まった野次馬がそれを眺め、新聞記者の羽ペンが容赦なく記録し、翌朝には《社交新報》の一面を飾る。
――結果、何が起きたか。
まず、王太子殿下の婚約者だったリリアーナ・モルガン侯爵令嬢が、騎士団長と寝室にいる姿を晒した。
婚約破棄。
次に、「聖女のごとき微笑み」と評判だったベアトリス・カランドル伯爵令嬢が、メイドを蹴り倒して茶器を投げつけている姿を晒した。
縁談七件、即日破談。
さらに、「淑女の鑑」と謳われたソフィア・ベルティエ侯爵令嬢が――いや、彼女についてはあとで触れる。
今日の主役のひとりだから。
とにかく、社交界の九割が機能停止に陥った。
化粧でごまかしていた令嬢は素肌を晒され、整形魔法を使っていた令息は地金を晒され、表向き仲のいい夫婦は寝室を別にしていたことを晒された。
完璧であろうとすればするほど、落差で死ぬ。
そういう仕組みになっていた。
神様、本当に暇だったんですね。
――で。
そんな阿鼻叫喚の三か月を、私、リゼット・ヴァン・モンフォールは、まったくの無傷で過ごしていた。
「お嬢様、また紋章が光りましたよ」
自室のソファで寝転がりながら三冊目の恋愛小説を読んでいた私に、侍女のマリーが呆れた声をかけてきた。
「あらそう」
私は左手をちらりと見た。
紋章はもう消えかけている。三秒は短い。
「何してた姿が映ったの、私」
「クッキーを口にくわえたまま本を読んでいるお姿です」
「あら」
「広場の野次馬たちが『またモンフォール公爵令嬢か』『今日も平常運転だ』と笑っておりました」
「あら」
「もう少し驚いてくださいませ」
「驚くのが面倒なのよ、マリー」
マリーが大きなため息をついた。
私はクッキーの最後のひとかけを口に放り込んで、そのまま咀嚼しながら次の頁をめくる。
別に、《ヴェリタス》の呪いを舐めているわけではない。
ただ、私には、晒されて困る「裏の顔」がないというだけのことだ。
化粧はしない。眉と頬を整える程度。
理由は単純で、毎朝一時間かけて顔を作り込むのが、コスパが悪いから。
一時間あれば本が一冊半読める。
化粧で得られる「美しい令嬢」という評価と、本一冊半の知的快楽。
後者の方が、どう計算しても割に合う。
猫被りもしない。
社交の場では最低限の敬語だけ使い、それ以外は素で過ごす。
理由はやはり単純で、ずっと演技をしていると表情筋が疲れるから。
疲れる労働には対価が伴うべきだが、社交場の演技に対価はない。
よって、やらない。
ドレスのコルセットも緩めに着る。
締めたら息が苦しい。
息が苦しい状態で社交辞令を頭の中で組み立てるのは、二重労働である。
脳の処理能力を呼吸に割きたくない。
こうした私の生き方は、モンフォール公爵家の中では「出来損ない」と評価されていた。
父はため息をつき、母は諦め、兄たちは苦笑し、姉だけが――かつて「完璧令嬢」と呼ばれて社交界の頂点に君臨し、無理がたたって体調を崩して引退した姉エレオノールだけが、私の頭を撫でて言ったのだった。
「リゼット、あなたが一番賢いわ」
五年前のあの日、姉の言葉を聞いた瞬間に、私は決めた。
――取り繕うのはやめよう。コスパが悪い。
そして三か月前、《ヴェリタス》が降ってきた。
結果、社交界の頂点にいた令嬢たちが次々と崩れていく中で、最底辺の「出来損ない」だった私は、何も失わなかった。
むしろ、なぜか奇妙な評判が立ち始めていた。
「モンフォール公爵令嬢は、神鏡に映ってもいつも同じ」
「飾らない令嬢」
「真の貴族の姿」
――誰がそんなことを言い出したのか知らないが、面倒な勘違いをされている気がする。
私はただ、面倒くさいだけだ。
高潔でもないし、達観しているわけでもない。
化粧と演技と社交辞令とコルセットが、全部、コスパが悪い。
それだけ。
……と、思っていたのだけれど。
「お嬢様、本日の王宮園遊会の準備を」
「あー、行かなきゃだめ?」
「公爵様の厳命です」
「面倒くさい」
「存じております」
マリーが私からクッキーの皿を取り上げ、本を取り上げ、ソファから引きずり起こした。
こうして私は、人生で初めて、《ヴェリタス》発動後の社交界に足を踏み入れることになる。
――その日が、辺境伯ノルディア卿が五年ぶりに王都へ来た日と、まったく同じだったということを、私はまだ知らない。




