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汐風、駆ける 〜牧場伯爵家ご嫡男、馬と共に領地を再興する〜  作者: 石井はっ花


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8 用心棒たち

涼影りょえいの月下旬の朝の汐風に、トゥトールス騎士団旗が揺れている。

 日課となっている短い礼拝を済ませた後、アウグスト=ハイゼンベルクと道を分かつ、騎士団の面々とキャラバン隊が整列し、その場に向かい合う。


 騎士団を代表し、馬の受領隊隊長ファビアン=ルッテンが口を開いた。

「アウグスト様。我らの役目は、これにて終了いたします。キャラバン隊の無事な旅路を、お祈りいたします」


 その言葉に合わせて、キャラバン隊が最敬礼を返す。

「ファビアン隊長、そして、トゥトールス騎士団の皆様。多大なご助力に心より感謝申し上げます。道中の安全を祈っております」


 キャラバン隊の面々にも、騎士たちと個人的に親しくなった者がいたようだ。

 それぞれに別れの言葉を述べている。

 アウグストも同じだった。


 騎士フィト=エスピノサや騎士アニセト=アブリルもアウグストに挨拶に来た。

「アニセトさん。パオロをどうかよろしくおねがいします。この度、このようなことになって……」


「いいや、あれは仕方ない。あの後、あの蹄鉄を見たら、かなりの細工がしてあった。ちょうどあのタイミングで壊れるようにね。きっと、別の馬たちも同じだろう。僕たちは、運が良かった。ヒラカリの街の前で気づけたからね」


 それを聞いたアウグストは、唇を噛んだ。

「どうして、誰がこんなことを……」

「それは、僕たちには追えはしないけれど。きっと、すぐにボロを出す。大事な馬たちにひどいことをする人間たちだ。きっと神々が天罰を下すさ」

 アセニトは、そう言うと冷ややかな目をした。


「アウグスト君。我らは、ここで北に向かうが、君たちの道中も本当に気を付けてな」

「フィトさんも。でも、用心棒を増強してくださってありがとうございます」

「いや、なに。君たちハイゼンベルク家あっての騎士団だからな。その嫡男を守る用心棒だ。腕利きを探してきたよ」


 二人は視線を向ける。

 その先には、会話に入らず、苦虫を噛み潰したように渋い顔をしている四人が居た。


 まだたった一晩、キャラバン隊に付き従っただけだ。その他の用心棒も顔見知りなのか、何らかの声かけはしているが、親しく話しているという雰囲気ではない。


 獣医エラスト=クラスニコフの太鼓判を押された馬たちが、最終チェックの末、騎士団の隊列の最後尾についた。


「そろそろだな」

 フィトが寂しさを顔面に貼り付ける。

「ええ。どうかご無事で」

 二人は、握りこぶしをぶつけ合った。


 騎士団の隊列は、まず北の町ヒルヴィラへと歩を進め、これから半月ほど掛けてエルライド辺境伯領地を目指していく。


 かたやアウグストたち、馬畜産交易ギルドのキャラバン隊は西のムトォカを経て、アイロラとウトリオの領主家にて馬を引き渡し、最終地点トゥオモラにて折り返す旅である。


 *


 キャラバン隊はゆっくりと西へ。

 ぐっと人数の減った隊列を、アウグストはそっと振り返った。

「少し、寂しいね」誰に聞かれることもない呟きは、そっと風に溶ける。


 そんなアウグストを、一対の目が見つめていた。

 フィトの誘いに乗った新しい用心棒を買って出たフィーランだ。


 彼は冒険者ギルドの所属で、同郷のイアン、そしてフランセットやジョベールとチームを組み、冒険をしている。


 フィトは、ファビアンの求めによってキャラバン隊の用心棒を増やすため、冒険者ギルドを訪れた。

 ここなら、いい人材がいるかと踏んだのだ。


ギルドの受付係は、フィーランたちのパーティを推した。

「え?俺達がお貴族様の坊っちゃんの護衛?嫌なこった」

 最初は、難色を示したフィーランだったが、フィトの示した金額を見た瞬間。

「待った。気が変わった!」と手のひらを返した。


「フィーラン。坊っちゃんって、本当にお育ちがいい、気のよさそうな顔だよね」とジョベールが、フィーランの馬に自分の馬を寄せて囁いた。


「ああ、きっと、苦労知らずで育ってきたんだろうさ」イアンが、冷たく言い放つ。

「皆さん。そんなことを言ってはいけないわ」フランセットが、アウグストをかばうように言った。

「本当に苦労を知らない人にそんな事を言っても、無駄なんだから」

「違いない」

 四人は冷たい笑い声を上げた。


 *


 不意にアウグストは馬を止めた。

「アウグスト様、どうされましたか?」

 同行しているエラスト=クラスニコフ獣医が、アウグストに気づいた。


「あ、どうも、この先に行きたくないみたいなんだ。ヨアキムが嫌がっている」

 エラストが見るとたしかに、耳を倒しまるでいやいやをするように首を振って落ち着かない。

 それは馬の拒否する動作だ。


「どうしたのでしょうね」

 その動作は、周囲の馬たちにも広がっている。

「もしかしたら、この先の道になにかあるのかも……」


 フィーランたちが、確認に行くことになった。

 小高い丘の先、人馬がようやく通れるような街道の小道を進んだ先、数名の男たちが待ち伏せをしている。


「なんだ。お前らは?」

 頭と思われる男が、眼光鋭くフィーランたちに詰問する。

「こっちのセリフだ!お前達、ギルドの馬たちを狙っているのか?!」

「くっ」

 待ち伏せしていた男たちは、即座に剣を抜き、フィーランたちに向かってきた。


 四人もそれぞれの剣を抜いた。


 と、イアンが先陣を切り、男たちに向かっていく。

「おりゃあぁ!」

 その切っ先は確実に、野盗の一人に当たり、どぉと倒れる。

「残り五人!」


 イアンが振り返るもその横に剣を振りかぶった男が。

 だが、振りかぶった体勢のまま、くずおれる。その背中を見ると矢が突き刺さっている。

「ジョベール!助かった!」

「イアン!気を抜くなっていつもいってるでしょ!」

 ジョベールの矢はまっすぐに逃げようとしていた男を貫く。


「イアン!ジョベール!その男は殺すなよ!」

 フィーランが剣戟を終え汗を拭いながら、指示を出す。


「大丈夫か?!フランセット!」

「ありがとう!フィーラン!」

そして、苦戦しているフランセットのもとに駆けつけた。


 逃げの一手だった頭目の足元に、ジョベールの放った矢が突き刺さる。

「くそ!」

「待て!逃げるな!」

 そこへイアンとジョベールが追いつく。


「くそっ!」

 頭は闇雲に剣を振り回す。

「そんなことをしても、無駄だ!」

 イアンが、頭の剣を高く打ち飛ばした。

「ここまでだ。観念しろ」


 盗賊の生還者は二名。

「お前、名前はなんという?」

「……タネリ」頭の男が、縄で縛られた手首をさすりながら、答えた。


「そして。お前は?」

 フランセットが苦戦していた男は、フィーランが参戦してすぐに、降参したのだ。

 ほぼ無傷である。

「おれは、ユルヤナっす。兄さんたち、お強いっすね。みんな、死んじまった」

 仲間が死んだというのに、その表情は明るい。


「お前は、仲間が死んだのに悲しくないのか」

「いやぁ、別に。何ていうか行きずりの関係ですからねぇ」


 と、そこへ、

「皆さん!大丈夫でしたか!」

 剣戟の音が静かになり、その音に怯えていた馬たちが落ち着いて、隊を進めることがようやくできたアウグストたちが来た。


「おう。坊っちゃんたち。遅い到着で」

 イアンが軽口を叩く。

 それに反応したのは、ギルドから派遣された用心棒のトゥーッカだ。

 彼は厳しい顔をイアンに向ける。


「我らは、商品である馬を守るためにいるのだ。何より馬の安全を守っている」

「へぇへぇ。そこら辺はどうとでもいえますね」

 イアンは、カチャリと使ったばかりの剣を鳴らす。

「力を使わないのなら、その存在価値って何でしょうね」

「貴様……!」


「皆さん!落ち着いてください!」

 アウグストにしては珍しく、大きな声をあげた。

 そして、フィーランたちに正面から向かい合い、礼を取った。

「戦闘、お疲れ様でした。ありがとうございます。皆さんにお怪我がないようで何よりです」

「お……おう」

 アウグストのまっすぐな目にフィーランたちは、なぜかたじろいだ。


「皆さんの尽力のお陰で、馬たちもみんな無事です。本当にありがとうございます」

 アウグストは最敬礼をする。

「貴族が、俺達に頭を下げるなんて……」

 イアンは驚きを隠せなかった。


「俺達、あちこち旅をしてきたけど、あんなにまっすぐに礼を言う貴族なんていなかったな」

「ああ。本当に驚いた。あの坊っちゃんは、なんか違うぞ」

 ジョベールが呆れた声を上げる。

「本当に男どもときたら、単純なんだから」

「全く、呆れるわ」

 フランセットも相槌を打つ。


 少し汗ばむような気温だ。

 アイロラの町まであと5ディグルという道しるべが静かに旅人を待つ。


 剣戟の後から随分、町に近くなった。

 用心棒の一人トゥーッカが、道すがら頭とユルヤナに話を聞いている。


 頭たちは、二〜三日前にフードを被った怪しげな男に、唆されたと言っていた。

 あの道を通る受領隊のキャラバンを襲うようにと言う。

 報酬が出る上に馬たちの権利は、頭たち盗賊の好きにせよというものだった。

 頭たちは飛び上がって喜び、一も二もなくそれを受けたとのことだ。


「アウグスト様、これは事ですよ。蹄鉄の騒ぎといい、厄介なことが起きてるのかもしれませんぜ」

 トゥーッカは、先頭のアウグストに駆け寄ってきて話した。

「そうか。済まないね。大変な役割をさせてしまうけれど」

「そのくらい、お安い御用ですぜ。おじいさまのコンラート様に、普段から良くしていただいてますから」

 頼もしい笑いを見せたトゥーッカは、持ち場に戻っていく。


「ねぇ。あの子の爺さんってそんなにすごい人なの?」

 ジョベールは、馬丁の一人ユストゥスに馬上から話しかけた。

「ああ、すごいお人ですぜ。エルメントラウトにこの人ありと言われた、ハイゼンベルクの前伯爵コンラート様ですよ」


「コンラート様って、あの?」

「そうです、そうです!千騎の伯。お嬢さんもご存知でしょ!」

「あれって、おとぎ話でしょ?」

「いやいや、ご存命ですごくお元気ですよ!」


「それで、彼がその孫ってことね」

「そうですぜ。アウグスト様もコンラート様の血をしっかり引き継いでいらっしゃる。あの方は、素晴らしい蹄の守り手になりますぜ」

「ふーん」


 ジョベールは、未だ半信半疑のまま隊列に戻る。

 牧歌的な風景の中、見えるのはのんびりとした貴族の子供だ。

 怪訝な目でアウグストを見る。


 その視線に気づいたアウグストは、にっこりと笑い、片手を上げた。

「な……なんなのよ」

 焦ったジョベールは急いで視線をそらした。


「どうしたの? ジョベール」

 フランセットが、そんなジョベールを気がかりに見つめた。

「なんでもないわ。なんでも、ないったら」


 アイロラの街の入口が、もう、間近だ。

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