6 初夏、王冠馬選定会
興奮がその一帯に漂っているかのようだ。
数頭の、またある者たちは数十頭もの馬を引き連れた隊列が、その街道を行き交う。
また、観覧者たちの紋章を着けた馬車も行き交っているものだから、かなりの混雑は必至であった。
年二回開かれる軍馬のセリが、行われているのだ。
「アウグスト!初夏のセリが重要だからって、それほど気負わなくていい」
「じい様。わかっています。だけど」
*
数日前の夕食時、終わり際になって父であるユーリウス=ハイゼンベルク伯爵が、息子アウグストにこう告げた。
「アウグスト。もう少しでセリだな。今回のセリは、お前がやりなさい。馬の管理はお手の物だろう?」
「おい。ユーリウス、アウグストがやれというのは、どういう事だ」
祖父である、コンラート=ハイゼンベルク前伯爵が異を唱える。
「そうですね。セリ中の表舞台と思われるところで、構いません。そのくらいは当然でしょう。何と言っても嫡男様なのですから」
「ユーリウス、お前」
「いいのですか?お父様!」
意気揚々と声を上げたのは、アウグスト=ハイゼンベルク。先日、成人の儀を行ったばかりだ。
当日は、名だたる貴族たちへバンケットルームでの挨拶が中心に予定が組まれていたのだが──。
「そのお話、お受けさせていただきたいです!」
喜色満面といった風情の長男に、理不尽な命令を出した父は、たじろいだ。
「お、おう。しっかり務めなさい」
その横では、苛立った様子の母アンネリースと弟ランブレヒトが、ナプキンを乱暴にテーブルに置いて退席する。
アウグストにとっては、セリの表舞台に立つ貴重なチャンスだ。母と弟の怒気などお構いなしだ。
*
「じい様。父様はなんだかんだ、優しいですよね。こんな重要な仕事を、僕に任せてくれるなんて。やっぱり成人の儀って重要なんですねぇ」
コンラートは、多少面食らった様な顔をして、数秒、豪快に笑い出した。
呼吸を落ち着けた後、
「お前は、お願いだからそのままでいてくれよ?」
アウグストは訳がわからない表情を浮かべたまま、「はい」と短い返事をした。
「コンラート様。当日のセリにかける馬たちの名簿が届きました」
「ご苦労だったな。クレド。ああ、お前も見るか?アウグスト」
大元は、セリ市の事務局に任せているが、この一帯の統括はまだコンラートだ。最高責任者としてセリにかかる馬などが記載された名簿が回ってくるのだ。
渡された名簿を、アウグストはじっくりと見た。
名だたる牧場が、ずらり。
中には何十頭も名を連ねている。
そして。
その中には、己が選んだ厳選五頭もあった。
「うん。僕の選んだ馬たちもしっかり記載されていますね」
ハイゼンベルクとして競りにかける馬たちは、10数頭に及ぶ数を揃えていたのだが。
理不尽なユーリウスの命令から、急遽、アウグストが管理できる数に減らしたのだ。
二人は連れ立って、競りにかける馬たちに会いに放牧場を訪れた。
「ほーいほーい」
アウグストが、よく通る声を上げる。
するとその奥から若駒たちが、草を蹴り、馬栓棒のそばにいるアウグストに駆け寄ってきた。
「本当におぬしによく懐いておる」
アウグストは駆け寄ってきた馬たちの鼻先を撫でてやる。それに応えるかのように、馬たちが鼻先を震わせる。
「よし。お前達。調子はどうだ?」
その馬たちの首を撫で、瞳の調子、唇をめくり口腔内の確認などをした。
「じい様。この子たち、調子はいいようです。当日も期待できますよ」
「ああ、そう願っておる」
アウグストの手際のよさと馬たちの慣れ具合を、脇で感心しながらコンラートは眺めていた。
*
そして、当日である。
この週末に開催されるのは、伝統ある王冠馬選定会だ。
グリュックスブルク王国中の騎士団をはじめ、領主たちがこぞって馬産地であるこのエルメントラウトの最良の馬を求めにやってくるのだ。
その中にはもちろん、領地から再訪したエルライド辺境伯親子の姿もあった。
オスニエル=エルライド辺境伯は、感嘆した声を上げた。
「毎年のことだが、すごい賑わいだな」
「ええ。素晴らしいですね。近隣王国の方の姿も見えますし」
息子のサミュエルがそれに答える。その後ろを歩くのは、北方にして最強のトゥトールス騎士団の面々。団長のデレオン=ハットンをはじめとした八名が、護衛も兼ねて付き従っている。
一方。
三頭目のセリを準備していたアウグストにある一つの問題が起きていた。
朝から興奮気味だったその馬パオロに触れたところ、
「お前……熱があったのか……」
少し苦しいような顔をして、アウグストに鼻先をくっつけてくる。
その鼻先を優しく撫でてやるアウグスト。
「おい。アウグストや。そろそろ次の馬の出番…




