4 蒼穹の雷帝との邂逅
「いいえ。ですから、お問い合わせいただいております、ご次男ランブレヒト様の成人の儀は致しかねます」
「なんでだ。きちんと献金すると言っているだろう」
神官ケイモ=ハーヴィストは何度目かも分からないくらい同じ説明を、再度繰り返した。
「先程も申し上げました通りでございます。まずは、ご長男であり、ご嫡男であるアウグスト様の成人の儀をお済ませくださいませ。その上でございましたらば、当方も喜んでお受けいたします」
ユーリウス=ハイゼンベルク伯爵は、あるまじき舌打ちをした。
「そこを折れろと言っている。その上での献金だと何度も言っているのだ」
「申し訳ございません。ですが、こればかりは、社会の決まり事でございますので」
「ぐぬぬ……」
悔しそうにユーリウスは、書斎の応接テーブルを叩いた。
神官はあまりの迫力に、飛び上がった。
「どうしろと……いうのだ!」
「何でございますか……」
神官が恐る恐る尋ねた。
「そなたがいうのは、先にアウグストの成人の儀を済ませよというのだろう?」
迫力に首振り人形のように頭を振る神官。
「では!アウグストの成人の儀を先に終わらせるのは、どうしたらいいのかと聞いている!」
*
その日、ハイゼンベルク家にはひっきりなしに商人が訪れる。
朝一番、まだ夜も明けきらぬ頃だ。珍しくも父であるユーリウスが、息子アウグストの居室を訪れてこう言い放った。
「ステファンとマンフリットを従者としてつける。今日は一切の牧場仕事を禁止する。もし、この母屋から出るなら、それ相応の処分を、覚悟しておけ。よいな?」
「そんな……」
「うるさい!」
ユーリウスは乱暴に部屋を出ていった。
「残念でしたな。アウグスト様」
「我々は、見張りでございます。お召し替えなどは、どうぞ、今まで通りお一人で」
二人は意地の悪い笑みを浮かべた。
「まあ、期待はしていなかったけど」アウグストは、肩をすくめて、自分一人で寝間着から貴族の子弟らしい衣服に着替えた。
「本当にお一人でお着替えになるとは」
マンフリットが冷たい声を上げる。
「ランブレヒト様は、しっかりとお手伝いさせてくださいますのに」
悔しそうな仮の従者たちにアウグストはため息一つ。
朝食はダイニングで取る。
とはいっても、通常であれば厩仕事の最中だ。食事は、仕事が一段落ついてから軽めに摂るのが日課だった。
アウグストは、いつもの自分が座る席についた。
両親と弟は、既に朝食を始めている。
内容は豪華だ。
数種類の焼き立てパンにクロテッドクリーム。
ポーチドエッグ、ハム・ソーセージ。サラダに季節の果物のコンポート。肉や野菜を漉したスープなど。
一方、
アウグストに出された料理は、黒パンが数個。硬めのゆで卵、野菜スープ。
肉類、果物はついておらず、非常に質素であった。
が。
アウグストは、非常に丁寧にそれらを食した。
ランブレヒトの食い方に比べて、最も貴族らしい上品な食事である。
弟ランブレヒトも母アンネリースも非常に悔しがり、卒倒しそうなほど顔を真っ赤にさせていたものだ。
アウグストはその様子も意に介さず、しっかりと食事を摂ると、家長であるユーリウスに席を立つことを請うた。
「ああ。下がって良い」
「恐れ入ります」
深々と礼をしたアウグストが退席すると、ドアの向こうからヒステリックな母と弟の声がした。
「本当にあの人達はどうしようもないな」と肩をすくめると、自室に向かう。
*
アウグストが日の高いうちに自室にいることなど滅多にはない。
ステファンとマンフリットが目を光らせているため、抜け出すこともできない。
仕方なしに教科書として提示されている書物を開く。
と、そこへ──
「アウグスト様。ムッカ商会の者が参りました。どうぞ、応接室へお越しください」と別の侍従が来訪を告げに来た。
「え?僕は呼んだ覚えないけれど」
「いいから、足をお運びください」
「さ、待たせてはいけませんぞ」
見張りの侍従二人が、そう、急かしてくる。
仕方なしに向かった応接室で待ち構えていたのは、いかにも胡散臭い四十を超えた男だ。
「これはアウグスト坊っちゃん。エルネスティ=ムッカと申します。この度はおめでとうございます。成人の儀のお衣装を任せていただけると聞き、馳せ参じました。本日は何卒よろしくお願いいたします」
ムッカと名乗る男は、床に頭をこすりつけるほど深い礼をした。
思わず深い溜息が出たアウグストは、ムッカに向かい合った。
「それで?ぼくはどうしていたらいいのかな」
「まずは、お体の寸法を測らせていただきます。お衣装のディテールなどは既にお母様のアンネリース様よりご要望を賜っておりますので、この場では割愛させていただきます」
*
採寸から十日が過ぎた。
牧場仕事を終え、午後の授業を受けているアウグストのもとに、真新しい衣装が届けられた。
「そうだね。サイズはピッタリだ」
だが、問題は生地の質だ。
見た目は豪華そうに見えても、その実、生地が薄っぺらい。
(こんなところで、嫌がらせしてくるなんてね)
見た目は豪華な衣装を、それでも大切にクロゼットにしまう。
父に告げられた成人の儀まであと十日もなかった。
*
明くる日。日も高くなった頃。
数頭の騎馬隊が、ハイゼンベルク家の庭先に入ってきた。
「何事か!」
知らせを受け、飛んできたのはユーリウス。
「おお!久しいな!」
馬上から降り片手を上げた。
「オスニエル=エルライド様。どうしてここへ」
「いやあ、翌月は軍馬のセリだろう?どうにも待ちきれなくてな。来てしまったわい」
呵々と豪快な笑い声を上げる。
「それにしても、先触れを寄こさずにお見えになるとは……」
ユーリウスは、若干呆れ顔だ。
「そんなもの、送ったに決まっているだろう。ほれ」
見ると、門から四名ほどの騎馬隊が訪れ──、辺境伯が騎馬を降り手を振っているのに驚愕していた。
「いやあ、儂が大人しく待つなんて土台無理な話よ」
「お父様がお待ちになることはないとは思っていたのですがね」
「そう、ため息をつくな。サミュエル」
「急な来訪になってしまい、申し訳ない。私はサミュエル=エルライドという。どうかお見知り置き願いたい」
顎先までのカールした金髪をしたサミュエルがにこやかに挨拶をした。
「おお。これは、失礼いたしました。ご子息様。私は、ユーリウス=ハイゼンベルクといい、この地エルメントラウトの領主を任せていただいています」
「サミュエルでいい」
「はい、サミュエル様。ささ、立ち話もなんです。どうぞ屋敷の中へ」
その時、オスニエルが右手を上げた。
「いや。その前に目的を果たさせてもらおう。……牧場をみせてもらえるか」
ユーリウスは、聞こえないくらいの舌打ちをした。
代替わりして四年。ハイゼンベルクの牧場自体の牧場主も引き継いだものの、牧場仕事を蔑んでいるユーリウスは、己の敷地内であっても頑なに牧場には足を踏み入れたことがなかった。
──案内など、できるわけがない……。
「どうされた?」
オスニエルはどう見ても躊躇したままのユーリウスに、不審な目を向ける。
「やあ!お客様ですか!」
声の主は、明るく言い放つと迷いもなく騎馬隊の前に立った。
「僕は、アウグスト=ハイゼンベルクと申します。ようこそお越しいただきました」
アウグストは、ゆっくりと頭を下げる。
「アウグスト殿。おお、嫡男の方でいらっしゃる方ですな。お初にお目にかかる。儂は、オスニエル=エルライドという。辺境伯をやっている。これは息子のサミュエル。どうか仲良くしてやってほしい」
「辺境伯……!まさか、蒼穹の雷帝?!」
「ああ、そう呼ぶ者もいるな。アウグスト殿もご存知だったか」
オスニエルは、照れたように右頬を掻いた。
「だが、ここは戦場ではない。乱暴はしない。ただのジジイよ」と、また、豪快な笑い声を上げる。
「……御子息……、となると軍馬に詳しいと評判のハイゼンベルク殿でいらっしゃるか?」
オスニエルの肩とユーリウスの片眉が、同時に跳ね上がった。
「ほお、どういうことか聞かせろ。サミュエル」
「はい。ご当家ハイゼンベルクには、齢いくばくもないが、戦馬にやたらと詳しい御子息がおられると、数年前から評判が立っておりました。私もお会いしたかったので、光栄です!」
アウグストは、困ったように眉を寄せた。
「いえ!当家にはそんな者おりません!」とユーリウスが強く否定した脇で。
「そんなに有名ではないと思いますが、僕のことかもしれません」と片手を上げるアウグスト。
声が重なった。
「やっぱり!三年前に軍馬研究のレポートをお出しになってましたよね!私は、それを見て、軍馬への興味を非常に強く持つようになったんです!お父様の視察についてきた甲斐が早速ありました!」
サミュエルが興奮した声を上げる。
「おいおい。サミュエル。……では、これから牧場見学をお願いしたいんだが、アウグスト殿、貴殿におまかせしてよいだろうか?」
ゲストの手前だというのに、頭を抱えてため息をつくユーリウスに代わり、快活な声をアウグストは上げた。
「僕で良ければ、是非。案内させてください!」
*
「じい様!」
厩舎からゆっくりと歩いてくる影は、アウグストの祖父コンラート=ハイゼンベルク前伯爵だ。
今は薄汚れた作業着姿だ。誰が見てもその様な身分のものだと思わないだろう。
が、オスニエルは違った。
騎馬から降りたのだ。
「お久しゅうございます。お元気でいらっしゃいましたか?」
傍らのサミュエルは、首を傾げた。
農夫の知り合いなどいたかな?という様子であった。
「サミュエル。お前も礼を尽くすのだ、ハイゼンベルク前伯爵だぞ」
「え?あの?」
サミュエルも慌てて、騎馬から降り礼をした。
「ハイゼンベルク様にはお変わりが無いようで」
「いいえ。オスニエル様もお元気で何よりでありますな」
首を傾げながら、笑顔のアウグストは問うた。
「二人はお知り合いだったのですね」
「そうなのだ。アウグスト殿。ハイゼンベルク様には、我らエルライドの窮地を何度救っていただいたか知れない」
コンラートは、両手で押さえるようなジェスチャーをした。
「いやいや、我らは要請を受けて軍馬を供給したに過ぎません」
事態が呑み込めないアウグストにオスニエルは、過去の話をして聞かせた──。




