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汐風、駆ける 〜牧場伯爵家ご嫡男、馬と共に領地を再興する〜  作者: 石井はっ花


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27/30

27 宴

新伯爵アウグスト=ハイゼンベルク一行は、モットーラの町まで戻ってきた。

 内陸の王都ヤイニッセとは違い、ここまで戻ってくれば晩秋の終わりとはいえ、まだ秋の盛りのような暖かさだ。


「ようお帰りでございます」

 町長(まちおさ)テルネリが、アウグストを出迎える。

「ええ。お出迎えありがとうございます。街の様子は、どう? 変わりはないかい?」

「ありがたく存じます。全て恙なく。と申しますか」

「なにかあったの?」

 アウグストは問いかける。


「アウグスト様の深慮に感服しております」


 その時、テルネリの家の応接間、ドアが数回叩かれた。

「入りなさい」

「はい……」と、顔を現したのは、レオンチー=スヴォロフだった。


「こちらの教師の派遣をありがとうございます」

「ああ! 上手く行ったんだね!」

 アウグストは相好を崩した。

「これからのモットーラの町には、教育も必要だからね。先生は、僕達の教育だけじゃもったいないとずっと思っていたんだ」

 テルネリも頷いた。

「スヴォロフ教師が着任してからというもの、子どもたちだけではなく、大人たち、特に新しく馬屋仕事をする者の中に授業を受けてくれる者が広がりましてな」

「ええ。嬉しい悲鳴というところでしょうか。午前、午後もそうですが、仕事終わりで馬たちの血統を勉強したいと言ってくれる方が多くなり、いやはや、嬉しい悲鳴を上げております」


 思わず、アウグストは感涙にむせんだ。

「良かった。以前、先生からはここエルメントラウトの馬の授業ができるようになりたいと聞いていたから、僕はその力になりたくて」

 レオンチーの鼻の奥もツンとした。

「アウグスト様。ありがとうございます」


「さあさ、今日はお祝いの席ですぞ。落ち着きましたらば、広間においでください。皆待っておりますでな」

 アウグストは、優しく微笑んでソファに座り直した。


「お前、いつの間にそんな小憎らしいことをしたんじゃ?」

 並んで座る祖父コンラート=ハイゼンベルクにウィンクをしてみせる。


「蒼穹の雷帝様を頼んでしまいました」

「なるほどのぉ。雷帝殿なら、簡単にやってのけるよの」


 *


 今回、アウグストはレオンチーが東の果てナゼールへの赴任の話を聞いた、その直後に蒼穹の雷帝ことオスニエル=エルライド辺境伯を頼んだ。


 オスニエルは今回のことで、ホレイショ・サイラス=グリュックスブルク王の全権特使としてハイゼンベルクの伯爵交代劇に関わっていた。


 そのオスニエルは、新たな人材であるアウグストのことをとても買っているのだ。

 そのアウグストからの個人的な依頼であった。

 一も二もなく力になろうとは思っていたのだろう。

 だが、その予想に反して、ゆくゆくはエルメントラウト全体の教育に関してのことだ。


「よし。全権特使としての儂の名と新伯爵としての恩赦があれば、叶いやすかろう」

「雷帝様。有難う存じます」

「よいよい。この他は困ったことはないか?」


「この他、ですか?」

 アウグストは、雷帝の前で首をひねった。

「まぁ……。特には、ない、はずですが……」

 アウグストは、口ごもった。


「リーアのこと……ですかね……。僕のせいで、ならなくてもいい貴族にさせてしまって。それで良かったんでしょうか……」


 オスニエルは、微笑むと。

「うむ。いかにも貴族嫌いのお主らしい言葉だな。だが、お主は一つも間違ったことはしておらぬよ。今回のエルメントラウト全体についても。また、リーア自身にとってもだ」


「雷帝様……」

「安心せい。領主たる君が迷っては、ずっと下にいる領民まで迷う。だが、今のお主は中道を間違いなく走っておる。もし、嫌だと思うことがあるなら、書き出すことも良いだろう。それが、お主の中道に叶わないのなら、その点から片付けていけばいいのだ」


 アウグストは目から鱗が落ちたという顔をした。

「なるほど……」

「懐かしいのぉ。儂も辺境伯を継いだ時は、いつもそのようにしたものよ。まあ、領の安寧についてはそれほど持たなかったがね」

 と、笑った。


 オスニエルが辺境伯を継いで数年したあと、エルライド辺境伯地のすぐそば、マヌ平原に新興国エスネリケンが興り、侵略行為を続けていて紛争が絶えなかったのだ。

 オスニエルは、その刻まれたシワを深くして笑った。

「お主は、我らのように戦乱で彩られない統治ができれば良いな」


 *


「さあ! アウグスト様! これも食べてくださいよ!」

 アウグストのテーブル上には、既に食べきれないほどの料理が山のように載っていた。

「あ、ありがとう! 君は、確か、レナルドだね。ど……どっちかって言うと、ここにあるもの、一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」


 レナルドは、ブンブンと音がするほど、首を振った。

「滅相もない! これは、全部、俺達のアウグスト様への気持ちです! どうぞ遠慮なく召し上がってください!」

 そう、眉を下げながら言うとレナルドは下がっていった。


「あら、ほんとに、人気者ね」

 フォークが進まなくなったアウグストのそばに、ジョッキを抱えたジョベールが訪れて、面白いものを見たという顔をしてジョッキを煽る。

「ああ、どうするんです。この料理の量」

「フィーラン……助けてよ。僕、もうお腹いっぱいで」

「いやいやいや。さっきの男も言っていたじゃないですか。これは、アウグスト様への気持ちなんですから、さっさと平らげてもらわないと」


 うっぷ。アウグストが泣きそうな顔をした。

「フィーラン。からかうのはやめろ。本当にアウグスト様は困っていらっしゃるだろう」

「イアン……」

「アウグスト様、お持ち帰りもできますぜ」

「イアン~」

「本当に、みんな、アウグスト様が可哀想でしょ。ほら、人数分のフォーク持ってきたから」

 フランセットは、フォークをみんなに配ると、振り返った。


「ほら。あなた達も食べましょう」と、壁際で腹をすかせて指を咥えていた子供たちを呼んだ。


 子供たちは歓声を上げて、近寄ってきた。


 そして、あれほどあった料理は瞬く間に無くなった。


 *


 明らかに食べ過ぎの腹を抱えたアウグストは、宴席の続く広間から、外に出てきた。

 モットーラの町の大通りにも、篝火が焚かれ、町全体が喜びに満ちているようだった。


 町長(まちおさ)テルネリの館の横、小さな椅子が置いてあった。

 日中のテルネリの指定席なのだろう。

 そこに座れば、町の詳細がある程度見られた。


 篝火の向こう側。

 深い紺色の空に小さな星がまたたいている。


「ああ、ここに居たのか?」

 アルミカル=パリスが顔を出した。

「アルミカルさん。もう、宴席はいいんですか?」

「俺だって、ここまで、腹いっぱいだし、もう、飲めん」

 と喉元を指し示した。


 静寂がその場に満ちた。

 そして、アウグストが静かに口を開いた。


「サリニャック様へのリーアの口利き、ありがとうございました」

「そのことか。俺たちが先走ったようで、悪かったな」


 今回のリーアの養女の受け入れ先は、アルミカルの親友マクシミリアン=サリニャック男爵の家が選ばれたのだ。

 サリニャック家は、どこへ出しても恥ずかしくないくらい、家族全員の仲が良く、家庭的であった。


 養女となるリーアの貴族令嬢としての修行先にはもってこいとの判断ではあったのだ。


「いいえ。ただ、本当に今回のことが、リーアの幸せになるんだろうかって、つい、考えてしまいます」

 次第に丸まっていく、アウグストの背中をいつものように平手打ちした。

「背中」

「ああ、すみません」


「とはいえ。アウグスト君の心配する気持ちはわかる。だが、リーアたっての願いでもあったのだよ」

「リーアの?」

「うむ。彼女自身が、そばで、対等の立場で支えることを望んだんだ。俺達は、君が幸せになることを望んでいる。その手伝いをすぐ側でしたいんだと」


 晩秋の汐風が、アウグストの心に温かさを届けていく。

「リーア……」

「俺達は、リーアもな、君の行く先が幸せになるように、力を尽くすだけなんだ。背中を丸めている暇なんてないぞ」


 *


 ハイゼンベルクに戻って二ヶ月。

 年が明けて初めて産気づいた牝馬があった。


 動きやすい格好をしたアウグストは、率先して厩仕事にも励んでいた。

「イルセ。よく頑張ったな」

 イルセと呼ばれた牝馬の足の間には、すんなりと産み落とされた、雄の仔馬が居た。

 仔馬は、バネのように強い足を即座に立たせてイルセの乳房に突進した。

「アンケ。今回の仔馬はすごい元気だな」

 あまりの勢いのよさに、アウグストはつい笑ってしまった。


「ほらほら、体を拭かないと、君は風邪を引いてしまうよ」

 笑いながら未明の馬房の中、アウグストは仔馬を追いかけた。

「去年のあの仔馬も大変な出産でしたが、ここまで元気だと拍子抜けですな」

 そう言うとアンケは笑った。


 *


「失礼いたします。アウグスト様、お手紙でございます」


 新たに雇った執事が、厳かに現れ、まだペン字に慣れていない手紙をアウグストに手渡した。


「リーア……」


 文字はたどたどしいものの、アウグストを気遣う文面は、疲れた心に静かに染みていく。


『──このところ、こちらは春風の吹く一日が増えてきました。ハイゼンベルクの屋敷の近くは、いかがでしょうか。野の草の中でも味わいがよいものがあるのです。その野草というのでしょうか、その野草料理を美味しくお作りしたいです。リーア、たくさん、お料理も習ったんですよ──』


 いつの間にかだんだんと難しい言葉を覚えてくる。そんなリーアの心意気が感じられて、アウグストの胸はいっぱいになる。


 アウグストは、リーアの手紙の文面を静かに読み返し、取り出した新しい便箋に返事を書いていった。


 書き終わったアウグストは、執事を呼びつけた。


「忙しいところだけど、この手紙をトゥオモラのサリニャック邸のリーアまで頼む」


 執事は、顔をほころばせた。

「かしこまりました。リーア様への御心をしっかりとお伝えに参りますね」


 うんと深くうなずいて、春まだ遠い海を書斎の窓から、アウグストは見つめていた。

「はやく、春の花の中、君に会いたいよ。リーア」

 アウグストの呟きは汐風に乗っていく。

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