25 罪の裁定
本件について、王宮司法官が派遣された。
牧場主アナトリエヴィチは、シヒヴォラの警備隊に拘束されたまま、拘留は既に数週間に及んでいる。
司法官は、ほとんど抜け落ちそうなアナトリエヴィチの黒髪に、判決の書かれた羊皮紙を突きつけた。
「嫌だ! 私は、何も、悪いことなどしていない!」
取り乱したアナトリエヴィチは、警備隊員によって抑え込まれた。
羊皮紙の内容は、こうだ。
一つに、盗賊を雇い、計三度に及んで次期伯爵アウグスト=ハイゼンベルク卿の殺害を企てた罪。
一つに、ハイゼンベルク家資産である牧場運営資金の私的流用、および帳簿捏造。
一つに、ユーリウス前伯爵による汚職資金の隠匿および移動に牧場施設を利用した罪。
そして、その罰として、平民アナトリエヴィチが上り詰めた中規模牧場そのすべて、本場から分場二軒まで、馬を含めた全ての牧場施設の没収。
アナトリエヴィチ本人に関しては、グリュックスブルク王国最西端の開拓地への護送の上、終生にわたり労働を課されることになった。
そしてまた。
アナトリエヴィチの家族についての記載もあった。
アナトリエヴィチの暗躍によって、裕福な平民だった家族たちは、着の身着のままエルメントラウト地方からの追放となった。
かつて見下していた平民たち以下の暮らしへと、転落することになったのだ。
*
「さて、どうするね」
夏の暑さの盛りは過ぎ、段々と秋が汐風に交じるようになってきた。
祖父コンラート=ハイゼンベルクとアナトリエヴィチから接収した牧場を見て回っていたアウグストの表情も硬い。
馬産地交易ギルドの統括として、見て回っていたコンラートの表情も同じ様に優れない。
三牧場ともに、馬の生育状況は悲惨としか言いようがなかった。
適正環境よりも二倍。ひどいときには三倍の馬を詰め込み、ろくに餌、水やりもされていない。
もちろん、寝藁の扱いも馬糞の処理もほとんどされてはいなかった。
大きく一息ついて、アウグストは祖父の目をしっかりと見た。
「早急に動くしかありませんね」
一牧場ごとに働いていた厩務員、端男の全てをアウグストは集めた。
「何をするんだい。アウグスト」
コンラートはこの惨状に、ため息をつきながら尋ねた。
「ええ。まずは、彼らの役割を決めます。このままでは、彼らも上手く働けないでしょうから」
アウグストの采配は、総じて上手く働いた。
人手不足は、如何ともしようがなかったが、それでも、各町々には、職業に上手く就けなかった者、そして、困窮している者たちをハイゼンベルク家の名のもとに雇用するように取り計らった。
「なるほどなぁ。アウグスト。うまいこと考えたな」
「そうですね。トゥオモラの町までの旅路は、無駄では全くありませんから」
「そうだな」
コンラートは、誇らしげに微笑んだ。
人手を十分に確保したうえで、
「さて、次は馬たちだ」
元気で健康を保った馬たちと病気になってしまった馬たち。そしてその他に分けた。
「元気な馬は、まず、ハイゼンベルクの厩舎に送ってください」
「え。馬も接収するのですか?」馬産地交易ギルドの係官が、驚いて聞いた。
「いいえ。状態が落ち着いているのであれば、支度を整えたうえで数頭ごとに区切り、モットーラの町へ移送します。その時はすみません。馬産地交易ギルドの手をお借りいたします」
「なるほど。それがよろしいでしょう。ご入用の時はおっしゃっていただきますようにお願い致します」
「すると、ここにいる馬は捨てるということでしょうか?」
もう一人の新米の係官が、疑問を持った。
「いいえ。残念ながら病気になってしまった馬は、ここに残します。ここで療養を続けてもらおうと思います」
「かしこまりました」
「移送した先では、どういたしましょうか」
「そうですね。モットーラの廃牧場の数件をすでに買い取る手続きが始まっていてもうすぐ終了するようですから、その終了を待ち、移送も順次かけていきます」
「その廃牧場の買い取りですが、難しい場合も出てきたときはどうしましょうか」
「うーん。折衝の仕方にもよるんでしょうが。資金がなく続けられないなら、その資金援助を。名前が残らないことを危惧されるのであれば、その方法を考え。あとは、そうですねえ。ただのいちゃもんであれば……強制って手もあります。お手数おかけしますが、その都度の対応をおねがいします」
その時、雲が晴れ、秋の青空が広がった。
「……美しいですね」
旧アナトリエヴィチ牧場第二分場からは、周囲に広がる牧場風景がしっかりと見えた。
幼い頃から見慣れた景色ではある。
だが、見飽きない景色というものが存在するのだ。
*
エラスト=クラスニコフ獣医は、仲間の獣医とともに忙しく過ごしていた。
旧アナトリエヴィチ牧場の馬たちを選別し、次の工程へ送り込まなければいけないからだ。
まだ救いようがあったのは、ひどく体調を崩した馬がいなかったことだ。
とはいえ、今のままの飼育環境を続けたならば必ずと言えるほど、死ぬ馬も出てくるだろう。
それは避けなければならなかった。
「先生。馬たちの状況はいかがですか?」
次期領主であるアウグストは二日と空けずに本場と分場を順に巡っているらしい。
「アウグスト様。あまり無理をなさいませんように。馬たちのことは、私たちも専門ですので」
アウグストは、目を丸くしたものの静かに笑った。
「ご心配ありがとうございます。明日遅くに彼らが戻ってくるので、土産話を聞きながら少し休もうと思います」
*
モットーラの町は、総合商店が一つきりの大変寂れた状況であった。
人材を動かすにあたり、衣食住の整備も必要だ。
アウグストは、ムッカ商会の会頭エルネスティ=ムッカを頼った。
「ハイゼンベルク様。この度はお呼び出しありがとう存じます」
「うん。早速だが、僕はモットーラの町の復興を考えています」
「ほう。なるほど。素晴らしい考えでございますね」
「そのためにできるのであれば、あなたの商会の力をお貸し願いたい」
「私共の商会の力をですか」
「ええ。ムッカ商会は、このエルメントラウト地方きっての商会です。そのあなた方にしかできない仕事です。どうか若輩者の僕にその力をお貸しいただけないでしょうか」
しばしの沈黙が流れた。
ムッカは、アウグストの顔をまじまじと見つめた。
その後……。
ムッカの相好が崩れた。
「ようございます。このムッカ、ハイゼンベルク様のお力になりましょう」
「恩に着る! 仔細は馬産地交易ギルドのものを通してもらうと助かる」
「かしこまりました。それにしても、アウグスト様」
「なんでしょうか?」
「お強くおなりになりましたね」
アウグストは力強く笑うと、
「ありがとう」と言った。
*
モットーラの町は、次第に活気を取り戻し始めている。
廃牧場となっていた厩周りも雑草だらけだったところを整備し、整備の終わった厩がそこにある。
放牧場も馬たちが安全に放牧ができるように整えられ、また、並行して働く人間たちの住居環境の手配もしっかりと終わった。
そして、選り分けられた健康な馬たちは、──ほとんどが雄馬ばかりだが。
新しい環境にも馴染み始めたようだ。
「この町がここまで活気が戻ってくるなんて、嘘のようじゃ……」
モットーラの町長クンネリは、町を見渡して涙にくれた。
「本当に、あの坊っちゃんが取り戻してくれたんじゃな……」
*
このモットーラの町の復興は、今までの人材だけでは足りなかった。
馬たちを健康に育成させるには、やはり知識と経験もいるのだ。
経験については数週間ではいかんともしがたいが、知識の付与には、これまた馬産地交易ギルドの担当官の活躍があった。
新規就労者を集めての指導等が活発に行われた。
そのおかげなのか、当初考えていた三分の一ほども離脱者はいなかった。
「さすがです。アウグスト様。これほどの人材が残るとは思いませんでした」
「いいえ。これは、僕というよりも皆さんの働きによるでしょう」
そう言いながら、はにかんだ笑みをみせるアウグスト。
「おお! アウグスト様だ。みんな、アウグスト様が来たぞ!」
モットーラの町の中、どれもまだ小さくはあったが、店舗が立ち並ぶようになっていた。
その店のあちこちから、店主たちが出てきてアウグストを取り囲む。
「みんな、新しい環境で体調には変わりない?」
「ありがとうございます! アウグスト様」
「わたしら、倒れても倒れませんよ!」
あちこちに頼もしい笑い声が起こった。
*
『拝啓 アウグスト様』
まだおぼつかない文字ではあったが、アウグストのもとにリーアからの手紙が届いた。
『リーアは、サリニャック男爵様のもとで色々な修行をしています』
『ようやく文字を覚えたので、お手紙をかけるようになりました』
短いその手紙は、復興のため休みなく働いているアウグストの心をじんわりと温めた。
「リーア……」
夜鳥の声が、汐風と混ざって耳朶を打つ。
アウグストは、そっと封筒にしまうと、新しい便箋に、ペンを走らせた。
*
「さて、今日は第一分場か!!」
アルミカル=パリスが元気よく、屋敷のドアを開けて出ていった。
「元気ですね、アルミカルさん」
フィーランが少し疲れたように笑った。
「君たち、まだ若いんだから何いってんだ」
フランセットが、あくびを噛み殺した。
「アウグスト様があんなに仕事中毒だとは思わなかったわ」
「まあね。それについては、俺も驚いた。多少見縊っていたのかもしれないな」
「ああ、ジョベールだって驚いただろう?」
「何よそれ、イアン。でも、あんなふうにこれからを考えられるのはすごいと思うわ」
「みんな、おまたせ」
母屋から書類を抱えた書記官とともに、アウグストが現れた。
フルスロットルで仕事に向かっているアウグストの目元には、隈はあるが疲れを見せないようにし、意気揚々と馬にまたがった。
「さあ、行こうか。僕達が動けば、それだけみんなが生きやすくなる」
「でも、アウグスト様。自分の体も大事にしていかないと、倒れるわよ」
ジョベールが気遣わしげに、アウグストを見つめた。
アウグストは静かに微笑んだ。
「ここでやるべきことをできずに、後悔なんかしたくないからね」
木々の葉は、紅葉に透けていく。




