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汐風、駆ける 〜牧場伯爵家ご嫡男、馬と共に領地を再興する〜  作者: 石井はっ花


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22 全権特使

高いドーム状の天井から、国色の旗が等間隔にぶら下げられている。

 たまに吹く小さな風が、その旗をゆっくりと揺らしている。


「変わりはないか。オスニエル=エルライドよ」

 玉座に座る王、ホレイショ・サイラス=グリュックスブルクが、静かに尋ねる。


 通路両脇には、王国重臣たちが控えていた。

 辺境伯オスニエルは、片膝を立てて座り厳かに言葉をつないだ。

「は。領民も全て恙無く過ごしております」

「そうか。私が王位を継いだ頃は、まだエスケリネンの残党が居た頃だったな。その時のお主の功績、未だ胸に熱いぞ」

「は。恐れ入りましてございます」

 オスニエルは、そのままの体勢で頭をもう一つ垂れた。


「それでは、次の……」

 奏上官が次の謁見者を呼び出そうとしたとき、一人の騎士と文官が揃って謁見の間に走り込んできた。


 ガチャガチャと侍従武官の纏う鎧が、気に障るような音を立てて近づいてくる。

 その横を走る枢密院書記官の纏うローブが、風をはらんで膨らんでいる。


 重臣たちが思わず立ち上がる。

 オスニエルもそうだ。


 二人は、王の御前に膝を立てて控えた。

「どうした! 騒々しいな」

 ホレイショ王は、少しおもしろがって声を掛ける。


「陛下! 由々しき事態にございますれば。大変申し訳ございません」

 大音声で侍従武官が返答をする。

「だから、どうしたというのだ。エスケリネンの残党でも立ったか?」


「なにぃ?」と武官の長が握りこぶしを作る。


「いいえ。そうではございませんが……」と、困り眉で侍従武官と枢密院書記官は、口々に、ハイゼンベルク家の内部紛争を発言した。


 特に、ハイゼンベルク家嫡男が、父である伯爵を告発したという事実は、重臣たちに強い衝撃を与えているようだ。


「そんな……アウグスト。アウグストは、無事なのか!」

 すべてを聞いたオスニエルは、慌てて、侍従武官に詰め寄った。


「ご安心くださいませ。このユーリウス=ハイゼンベルクを告発した本人が、アウグスト=ハイゼンベルクでございますれば」

「ああ、……そうか。そうだな……」

 ホレイショ王は、蒼穹の雷帝の慌てように、興味を持った。


「オスニエルよ。お主、よほど、そのアウグストに心酔しているようだな」

「いえ。心酔……というほどでは……」

 自分の取り乱し様に少し驚きを隠せないオスニエルだったが、王の御前だ。なんとか自分を律することに成功した。


「ふーむ。王宮に呼ぶのは簡単なことだが。エルメントラウトは、私もよく知る馬産地だ。その者も、馬の世話をしているのだろう。うむ。どうするべきか……」


 考えたふりをするホレイショ王と心配そうに苦悩の表情を浮かべるオスニエルの目が、かちりと合った。


「オスニエル。お主、私の名代としてたってはくれぬか」

「は?」

 重臣とオスニエル、侍従武官、枢密院書記官の一同が、目を丸くする。


「せっかくだ。全権特使として行くが良い。その少年に会い、ハイゼンベルクを裁いてこい」


 オスニエルは、再度、膝立ちに座る。

「お主の正義を、その少年に見せてこい」

 オスニエルは、もう一段階、王への忠誠を深くした。


 *


 数日をかけて、王都ヤイニッセからエルメントラウト地方のハイゼンベルク伯爵家の屋敷まで、トゥトールス騎士団の精鋭たちは走りきった。

 その中には近衛騎士団プロタグニスタ騎士団で騎士を務めるヤニク=アルテンブルク他二名の姿もあった。

 彼らは王家の紋章の入ったダバードという上着を羽織り、儀仗兵の役割を担うのだ。

 少し遅れて到着したのは、法務官を兼ねる若い事務官だ。

「大丈夫か? だが、ここまで、よくついてきたな」

 ヤニクが笑ってみせると、擦り切れそうな尻を撫ぜながら事務官は、疲れた笑みを見せた。


 オスニエルは、到着した面々をしっかりと見つめた。そして、

「散開」と告げると、全員がハイゼンベルクの屋敷を取り囲んだ。


 *


「なんだ! 何が起こっている!」

 屋敷の周りに広がる軍靴の音。

 ダイニングで、一人朝食を摂っていたユーリウス=ハイゼンベルクは、焦った。


「どうしたことだ!」

 と、そこへ──。


「ユーリウス=ハイゼンベルク伯爵! 貴殿は既に包囲されている。どうかこの呼びかけに応え、屋敷から出てきてもらいたい」


 オスニエル=エルライド辺境伯が、呼びかけを行った。

「ふん。エルライド辺境伯か。父におもねるただのジジイじゃないか。大した権限はない。捨て置こう」


 窓から見ていたユーリウスが、その場を離れ書斎に向かおうとしたとき、その旗印に気がついた。


 そこにはグリュックスブルク王家の紋章がしっかりと刻まれていた。


「ぐ……」

 その紋章の威光には、やはりひれ伏すことしかできない。

「執事。開城しろ」

「伯爵! 良いのですか?!」

「良いのだ。館が燃えるよりはましだろう」


 *


 ユーリウス=ハイゼンベルク伯爵は、紋章のない簡素な馬車に乗せられ、運ばれた。


 奇しくも午後の四つ鐘の頃だ。

 ユーリウスは、シヒヴォラの馬産地交易ギルドにつれてこられた。

 堅牢な館の講堂の真ん中へ用意された椅子に、座らされている。


 嫌っていた父であり前伯爵のコンラート=ハイゼンベルクの大切な場所だ。

 自身は絶対に踏み入れたくない場所。

 その場に、このように拘束され、生き恥をも曝すのか──。


 ユーリウスは、既に耐えられないと思い背中を丸めた。


 講堂のドアが静かに開き、息子アウグストと父コンラート、辺境伯オスニエルと儀仗兵役のヤニク、そして王宮の事務官とギルドの事務官数名が入ってくる。


「父様……」

 アウグストが、ユーリウスに静かに声をかけた。

「なんだ。無様と笑いに来たのか!」


「いや。そうではない、ユーリウスよ。ことは、お前の問題だけではない。儂やアウグストの進退をも、そして、ハイゼンベルク、ひいては、このエルメントラウト地方の全部に関わる」

 コンラートが言葉を引き取った。


「知ったことか!」

ユーリウスは吠えた。



「何を?!」

「父よ! お前が、この地域を大切にする中、俺達家族は蔑ろにされていたではないか!俺達は、伯爵家でありながら、普段の食事は泥水を飲むような艱難辛苦を味わってきたんだ!」

 一同は、耳を疑った。

「ようやくの代替わりだ! 家を継いだあと、今のハイゼンベルクを作ったのは、私だ! どこが悪い! 何が悪い!」


 静かに、辺境伯オスニエルが口を開いた。


「確かに、家を守るのは、本当に艱難辛苦の部分はある。また貴殿のように家業をも継いでいるならなおさらだ。しかし、貴殿は、家業の部分について、牧場に一歩も踏み入れてはいなかったではないか。そのことと、嫡男を虐げること。それはどう、一致するのだ?」


 ユーリウスは、火でも出るのではないかとオスニエルを睨んでいる。


「また、屋敷から早馬が届いてな。二重帳簿や、次男ランブレヒト氏の亡骸、また、監禁され、弱ってしまった奥方アンネリース夫人が見つかった。さて、貴殿はどう言い逃れするのかね?」


「母は! 母は、無事ですか?!」

 アウグストが、血相を変えた。


「ああ、あと、一日発見が遅れれば、危なかったと、聞いている」

 アウグストは、ホッとして肩を落とした。


「さて。ユーリウス=ハイゼンベルク。貴殿に、裁定を伝えよう」

 オスニエル辺境伯が伝える静かな断罪が、古びた講堂に響いた。


 *


「とうとう、お前が伯爵を継ぐのか」

 街道を見下ろせる丘の上。騎馬に乗ったアウグストとコンラート、オスニエルが夏の風に吹かれている。


 金銭の一銭も持たせてももらえず拘束され馬車に乗せられたユーリウス=ハイゼンベルクが小さな点になるまで、三人は見送った。


「王宮の忘却の塔に、収監されるのですね。恐ろしいところだと聞いています」

 アウグストが、小さく震える。

「そうだな。忘却の塔に収監され、命を落とした亡者がでるというな」

「ほお、蒼穹の雷帝ともあろうものが、信じているのかね」

 コンラートが、面白いとでもいうように旧友をからかった。

「いいや。信じているわけではないが、塔まで行く用事はないからな」


ユーリウスを乗せた馬車は、すっかり見えなくなった。

「さよなら、父様」


 *


 アウグストが、ハイゼンベルクの屋敷に戻ったのは、それから五日を過ぎた頃だった。


 薄暗い仕事に就いていた使用人たちが一掃され、新たな使用人たちで屋敷がきちんと回り始めるまでの期間を待っていたのだ。


 その間、シヒヴォラの宿で待機していた用心棒たちもようやくアウグストに合流した。

 もちろんアルミカル=パリスも一緒である。


 彼らは、待機期間の間それぞれに体づくりやそれぞれの鍛錬に集中していたようだ。


 ジョベールはようやく自分の出自がわかったとのことだ。


 王都ヤイニッセの西にある男爵家の落とし胤らしい。その家の次男がアルミカルの騎士団に入ってきて、それを自慢するように話していたのだ。


「まあ、冗談半分の話だとは思ってはいたけれど。ジョベール、君を見ていると、そいつと生き写しなのが、ようやく思い出されてな。どうする。もし、その男爵家に戻りたいということであれば、口利きを探してみるが」


 ジョベールは、ゆっくり首を振った。

「いいのか?」

「ええ。いいんです。アタシは一人じゃないから」

 ジョベールの周りには、フィーラン、イアン、そしてフランセットがいつもいるのだ。

「淋しくないもの」


「だけどさ。寂しい人がいるよな」

 イアンの視線の先には、虚勢を張り無理やり背中を伸ばし、馬に乗っているアウグストがいた。


 虐げられてはいたが、旅に出る前までは家族に囲まれ、過ごしていた屋敷があった。


 今、その屋敷に帰っても、祖父と二人きりだ。

 使用人はいても、心の寂しさは、変わらないだろう。


 母は。療養のため、病院施設へ移送されているのだ。


 フランセットが、アウグストの顔を覗く。

 その瞳からは、一筋涙がこぼれている。


「ああ!もう!」

 フィーランが、アウグストの背を叩く。

「アウグスト様!もうすぐ屋敷に着くだろうけど、俺達をもう一度雇わないか?」

 突然の事態に、アウグストはその意図を呑み込めない。

「え?どういうこと?」


「俺達が、しばらく側にいてやるよ!」

「そうそう。アウグスト様が泣かなくなるまでね!」

 ジョベールが、笑みを浮かべる。

「そうだな。俺とも契約してもらえるか?」

 アルミカルも便乗する。

「お前たちだけじゃ、危なっかしいからな」


「みんな……、ありがとう……」

 今度は、感謝の涙がアウグストの頬を伝っていく。


 青い海風が、静かに吹きアウグストの伸びかけた髪を揺らしていく。

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