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汐風、駆ける 〜牧場伯爵家ご嫡男、馬と共に領地を再興する〜  作者: 石井はっ花


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20/30

20 告発

 夜半過ぎ。

「何用だ。ここはハイゼンベルクの屋敷だ。遠慮願おう」

 ハイゼンベルクの門番が居丈高に、来訪者に断りを入れる。

「恐れ入ります。私共はシヒヴォラの警備隊の者です。貴家、ハイゼンベルク様のご子息様をお預かりしておりまして。そのご報告をさせていただきたく罷り越しました」

「待て。確認する。お待ち願おう」

 門番の一人が母屋に走っていく。


 その門番が青い顔をして戻ってきた。

 その脇には、執事が焦った顔で並走している。


「シヒヴォラ警備隊の方とおっしゃったか。そのお方は、当家のご子息で間違いないのだな?」

「ええ、間違いはございません。貴家、嫡男アウグスト=ハイゼンベルク様とお名乗りいただきまして。また、もうお一方、アウグスト様がお話になっているのは、弟様のランブレヒト様だそうですので、お二人を警備隊の詰所で保護させていただいております」


「即時、ランブレヒト様をお返しいただこう」

「それは、なりますまい。アウグスト様はお帰りいただくのは特に構わないのですが、ランブレヒト様は騒動を起こされた方ですので、問題がないか捜査した後に、特に問題がなければ、お帰りいただいても構わないという状態になるかと存じます。今回は、ご案内まででございますれば。これにて失礼をいたします」

 警備隊の面々は、辞去の挨拶をして遠くシヒヴォラまで戻っていく。


 *


 慌てたのは、唐突にランブレヒトの拘束を告げられた執事だ。

「お前達。このことは内密にな」

 執事は門番たちを睨んだ。

「実際のところ、どうされるのでしょうか」

「この時刻ではあるが、即時、ユーリウス様にお伝えしなければなるまい……」

 伯爵は、睡眠を邪魔されるのを一番に嫌う。執事は、瞬間頭を抱えた。

「だが、お伝えしないわけにもいくまい……」


 *


 意を決した執事は、ユーリウス=ハイゼンベルク伯爵の個人の寝室のドアを静かにノックした。


「──」

 声にならない声が、返ってきた。

「ランブレヒト様についてのご連絡が入りましてございます」


 のそり。

 寝室のドアが、ゆっくりと内側に開いた。

「ランブレヒトが、どうかしたのか。あれは、今、屋敷にいるのではないのか?」

「いいえ。申し訳ございません。ランブレヒト様は、今、アウグスト様と一緒にシヒヴォラ警備隊の詰め所にいらっしゃるようでございます」

「執事……。冗談をいうなら、朝になってからいいなさい」

 ユーリウスは、大あくびをした。

「いいえ。大変申し訳ございません。こちらは、冗談のようなものではございません」

「ならば、余計に悪いな。なんの咎かは聞いたのか?」

「申し訳ございません。ですが、何か騒動を起こされたと申しておりました」


「アウグストではなく、ランブレヒトがか? 逆ではないのか?」


 執事は、首を振った。

「いいえ。警備隊の者ははっきりとランブレヒト様が騒動を起こされたと」


「ふむ。では、ロドルフを起こせ。あいつに迎えに行ってもらおう。なに。あいつは護衛として雇っているんだ。そのくらいの任務、雑作もあるまい」


 その後、藍色の夜空の下。

 馬にまたがった護衛のロドルフが、単騎でシヒヴォラに旅立った。


 *


 速歩の馬が、シヒヴォラの町を駆けていく。

 ロドルフが、ようやく到着したのはすっかり夜が明けた八つ鐘の頃だ。

 ロドルフはまっすぐに警備隊の詰め所に向かった。


「恐れ入る! こちらにランブレヒト=ハイゼンベルク様がおいでになるとうかがった! 即刻、お出しいただきたい!」

 大音声で呼ばわった。

「大変申し訳ございません。いまだ捜査中でございます。お引き取りを。アウグスト様であれば、お宿に戻ってございます。お宿の場所をお伝えすることならできますが」


「その者のことはよい! 即刻、ランブレヒト様のお引き渡しを願おう」

 警備隊の面々は、目を丸くして顔を見合わせた。

 警備隊の者たちにも丁寧に接するアウグストは、嫡男と聞いているが。

 その者のことはよいと、断られた。

 そして、欲しているのは、居丈高に話し、人を人とも思わない人間のランブレヒトだ。

 逆ではないのか? と、彼らは内心首を傾げた。

「それであれば、お断りいたします」


「これでもか?」

 ロドルフは、懐から即刻の釈放を要求するユーリウス伯爵の花押の入った書を提示した。

「花押入り、か」

 詰め所の奥から、カール=レンネゴード警備隊長が現れた。

「恐れ入りますが、その書を確認させていただいてもよろしいですか」

 ロドルフはレンネゴード警備隊長に書を渡した。

「確かに。……おい。ランブレヒト様を、即刻お出ししろ。今すぐだ」


 *


「え。もう、ランブレヒトはこちらに居ないのですか?」

 九つ鐘を過ぎた頃、ようやくアウグストが警備隊詰め所に顔を出した。

「ええ。八つ鐘の頃、お迎えが来まして。お引渡ししましたよ」

「え……、どうして……」

 アウグストは、震えた。

「ハイゼンベルク伯爵様の公式文書を携えてこられては、私たちには太刀打ちできませんもん」

 ため息を、ついて。

「そうなんだ……」

 肩を落としたアウグストは、詰め所の外に出た。


 夏の陽射しが、その頬を容赦なく焼いた。

「おお、アウグスト君。……どうした。何があった」

 その顔は青ざめ、震えている。

「父からの迎えがきて、ランブレヒトが家に帰ったそうです……」


「そうか……、アウグスト君。今が、一番のチャンスだってこと、わかっていないだろう?」


 *


 アウグストは、馬産地交易ギルドの応接室で懐かしい祖父コンラート=ハイゼンベルクに、ようやくの再会を果たした。

「じい様!」

「おお、おお。アウグスト。しばらく会わない間に、立派になったのう」


「いいえ。この度は、この様な結果になり、申し訳ございません」

 今にも泣きそうな孫息子を、千騎の伯はしっかりと抱きしめた。

「いいや。お前もようがんばったな。イヴォからもエラストからもお前の活躍は聞いておる。本当によく頑張った」


 アウグストが泣き止むのを待って、コンラートは詳しい事情を聞き取った。

「そうか。お前からは、そのようにしか捉えられないよな。だが、三度の襲撃か……。本当に無事で何よりだ……。よく戻ってきてくれた」


「儂が調べたところによると、どの襲撃もランブレヒトが資金源として関与しているとのことだ」

「それは、本当のことですか」

 コンラートは、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「これは、これからのハイゼンベルクを担うお前の考えに従うものであるが、どうする。父と弟を罰するか、それとも、見逃すか、だ。儂は、お前に委ねよう」


 *


 アウグストは、シヒヴォラ警備隊長カール=レンネゴードを祖父の前伯爵コンラート=ハイゼンベルクの名で呼び出した。


「お呼び出しに参上いたしましてございます」

「恐れ入ります。お忙しい所、申し訳ございません。また、弟がご迷惑をおかけしたようで……」

 アウグストの丁寧な物言いに、若干引き気味のレンネゴードがいた。

「いいえ。正しいことが正しいようになされなければ、秩序というものはすぐに乱れてしまいます。しかし、この度の儀は、わたくしの不徳のいたすところにございます。大変申し訳ございません」


「いいえ。でも、これからもう少しお手を煩わせてしまうかもしれません。よろしいでしょうか」

「……どのようなことでしょうか」


「僕は、この度の出来事を王宮に告発したいと思っています」


 レンネゴードの顔つきが変わった。

 それもそうだ。

 うまくいけば、代替わりで済むかもしれないが。

 下手をすれば、ハイゼンベルク家自体お取り潰しだ。


「よろしいのでしょうか……」

「ええ。そうですね。最悪の事態を考えないでもありませんが。僕は、あのモットーラの町の窮状を、見てきました。あの次第は、我が父でも一つも許すことはできません」

「モットーラの町ですね……。私も通行していますので、あの窮状は目に余るものがありました」

 アウグストは、静かにうなずいた。


「モットーラの町のようなことは、父が統治を続けていく限り、これからも起こり得ることです。僕は、それは、受け入れられない。それであれば、王に問おうと思います。もし、お咎めがないなら、それならそれで良いと」

 アウグストはそこまで話し、一息ついた。

「ハイゼンベルクがなくなるのであれば、それは、それまでの家ということです」


 レンネゴードの顔が、更にきりりと引き締まった。

 アウグストの中に生粋の統治者の片鱗を見たのだ。


「なるほど。そこまで考えていらっしゃるのであれば、何も申しますまい。……それでは、わたくしの方では、王宮宛に現行犯逮捕と供述記録を、お出しいたしましょう」


「ええ。お願い致します。お手数をおかけいたしますが」

「何をおっしゃいます。必要なことがあれば、何はなくとも是非おっしゃってくださいませ。微力ながら、全力を尽くしましょう」

 祖父コンラートを含めた入念な打ち合わせの上で、レンネゴード警備隊長は辞去していった。


 *


「アウグストや。本当にこれで良いのか?」

「じい様こそ。僕のわがままでこの様な道を選んで、申し訳ございません」

 最愛の肉親に、アウグストは謝罪をした。

 今のハイゼンベルクを作り上げたのは、祖父コンラートだったからだ。

 それを自身の矜持のために崩れさせてしまうかもしれない……。

 そこが、苦しかった。


「いいんだ。儂の方こそ。己の甘さが生んだ仕儀よ。すまんな。お前にこの様な負担を背負わせて」

 アウグストは小さく首を振った。


「この旅で。僕は今まで見えてなかったもの。見ようとしてこなかったもの。色々見せてもらえました。本来であれば、もっと早く気づかなければいけないものです。けれども、それを正すことは今からでも遅くはない──。じい様、僕に、そのじい様の力を貸してください」


「承知した。アウグスト、お前のしたいようにするがいい」

 コンラートは、泣き笑いの表情を見せた。

 無理はないのだ。おのれの息子へしっかりと向き合わなかった代償が、今ここに現れている。

 アウグストはうなずき、窓の外を見た。


 堅牢な馬産地交易ギルドの館から、小さな町が暮れなずんでいくのが見えた。

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