17 廃墟の町
モットーラの町。
かつては街道筋の町として華やかだった町も、今はその面影はない。
離農し廃墟となった牧場の跡地が、伸び放題の雑草を風に遊ばせているのみだ。
町の中もどこか殺風景で、夏なのにどうも影を帯びている。
町にある唯一の店が、辛うじて商売を続けているようだ。
かつて商店街だったのだろう。こちらも廃墟と化した商店の残骸が、あちこちにあった。
「ここは……どうして、こんなに閑散としているんですか?」
アウグスト=ハイゼンベルクは、傍にいた馬畜産交易ギルドのイヴォ=クノテクに、純粋に問いかけをした。
「ああ、ええ。アウグスト様は、ご存じにならなくても、良いかと思われます」
「それは、どうして?」
その横から、用心棒のイアンが声を上げた。
「お貴族様には、言いにくいこともあるだろうさ」
「これ!」イヴォは馬上で慌てるが、イアンたちはお構いなしだ。
「その坊っちゃんは、物事を知らなすぎるようだな。ここは数年前まで、本当に栄えていた町だったのさ」
フィーランが、イアンの後を続ける。
「それはどうして?」
「ったく。本当に何も知らねえんだな。お坊ちゃん」
*
「ここはね。ハイゼンベルク様が、過剰に税を取ったあとに残された町よ」
「過剰に?」アウグストが、フランセットに問いかける。
「ええ。さっきの関所にしてもそうよ。取られるだけ取られて、ようやくたどり着いた町が、こんな有り様だもの。領主家がよほど機能していないんだわ」
「領主家が、機能していない……」
「そうよ。ここは、少し外側になるけれど、ハイゼンベルク領主地でしょ」
「ええ、そう聞いています」
「あんたの父親が、伯爵位を継いでからすぐに、ここの町が荒れだしたらしいわ」
*
「関所を設ける……ですか」
町長のテルネリが、ハイゼンベルクから派遣された係官から説明を受けている。
「ああ、そうだ。この町はエルメントラウトの玄関。ハイゼンベルクの玄関でもある。その玄関に関所を立てるのは、当たり前のことであろうが」
そう、係官は言うと通行料の額を町長に示した。
「そ……それほどの高価なものですか」
テルネリは、腰を抜かした。
「それこそ当然だ。我らがエルメントラウトの栄光ある馬を必要とするということであれば、これほどの金額は安いものであろうよ」
「それは!貴族の方であれば……」
ギロリ。係官が剣に手をやりテルネリを睨んだ。
「我らになにか言いたいことでもあるのか」
テルネリは震え上がり、その場でひれ伏した。
「め、滅相もございません……。明日から……おっしゃるとおりにいたします」
「ならぬ。今から、執り行え」
数年後。
段々と荒廃していく町に悩んだテルネリは、何度か使者を立て、ハイゼンベルクの屋敷まで陳情していたが、どうにもその返事は、梨の礫であった。
「父さん。これからハイゼンベルク様の屋敷まで行かれるのでしょうか」
「ああ、カレヴァか。使者を何度送っても、無駄ならば、わたしが行くしかあるまい」
まだ暗闇に包まれたモットーラの町を、老馬にまたがりテルネリは、数人の従者を引き連れて旅立った。
二日半の旅路である。
到着した頃は雨がしとどに降り、宵闇が訪れようとしていた頃であった。
「遅くに申し訳ございません!モットーラの町長テルネリでございます!どうか、ユーリウス=ハイゼンベルク様にお目通りを願います!」
「なんの用だ」
門番の声が、雨で冷えたテルネリに冷たく響いた。
「モットーラの町の窮状をなんとか、緩和していただきたく!罷り越してまいりました。どうか、ユーリウス様にお目通りを!」
「ならぬ!」
門番がそういうのと同時に、紋章の入った馬車が、すれ違いざま水たまりを跳ね上げる。
テルネリは水たまりの水を頭から、もろに浴びてしまう。
「今夜は、ここで、舞踏会が催されるのだ。お前たちのような平民は来る場所ではないわ。どちらにせよ。その格好では、お目通りも叶わぬがな」
門番は笑いながらそう言うと、身を翻した。
*
「それからというもの、微弱ながら入っていたハイゼンベルク家からの寄付金も完全に途絶えてしまったようなの」
フランセットが、街の様子を振り向いて見つめた。
「ね。私たちが貴族を嫌う理由がわかったでしょう?」
ヨアキムの背から降りていたアウグストは、力なくそのまま地べたに座り込んだ。
「本当に、父が……」
「そうよ。あなたのお父様のしたことよ。もっとも、おじいさまの千騎の伯様は、個人的にここいら一帯の援助を大分なされたようなんだけど、所詮焼け石に水だったようね」とジョベールが呆れたように言葉をつないだ。
「皆さん……そのくらいで……」
イヴォが、フィーランたち四人を制止しようと声を上げる。
「イヴォ……彼らの言うことは、ねえ、本当のことなの?」
イヴォは、困り眉で小さなため息をついた。
その態度は、肯定とも否定ともとれるようだったが。
「本当の、こと。なんだね……」
うなだれたアウグストは、ヨアキムのつないでいた手綱から手を離し、ふらりと歩いていってしまった。
「アウグスト君!」
新たに護衛を買って出ているアルミカル=パリスが、そのアウグストを追おうとする。
「お前達。真実は真実だが、伝え方というものがあるだろう!」
四人は、一様に首を振ってみせた。
「真実をありのまま見せるのも優しさですぜ」
「そうそう。本当のことをきちんと伝えないで、どこをどう守れるのよ」
「お貴族様には、所詮、平民の苦労がわからないんですよ」
「パリス様は、お貴族様ですもんね。結局は俺らの苦労なんか、わかりっこない」
「くっ」
パリスは、この四人との深い溝を感じたが、それに言及している暇はなかった。
「今は、アウグスト君だ。彼を失うことはだめだ」
*
一つ鐘が無情にも鳴る。
アウグストは、未だ見つかってはいない。
町のどこにもいなかった。
だが──。
誰も歩いていない砂利道に、一つ足跡が残っていた。
アルミカルは慎重にその足跡を追っていった。
その足跡が行き着く先──。
古びて壊れた、外れかけた看板がもの寂しげに立っていた。
クンナス牧場。
牧場としては、中規模の牧場だったのだろう。今は、厩舎も母屋も穴があいて傾き、かつては馬が草を食んでいた放牧場も、雑草たちに覆われて見る影もない。
その厩舎の軒下。
背中を丸める少年の影があった。
「ここに居たか、アウグスト君。心配したんだぞ。さあ、先はまだ長いんだ。行こう」
そう言ってアルミカルがアウグストの腕を引っ張ろうとした時、
アウグストはその手を振り払った。
「よく、そんなことがいえますね!僕の父のせいで、故郷を追われた人間が数多くいるんです!」
そのアウグストの顔は、涙に濡れていた。
「僕は!そんな父を許せないし、そんな彼らに謝ることも出来ない!」
「……恥ずかしいし、僕なんか、生きている価値なんて、ない……」
そこまで言うと、アウグストは背中を丸めて声を殺して泣きはじめた。
「じゃあ、君は、ここで泣いているだけで全てが解決すると思っているのだな」
アウグストが泣き顔を上げて、冷たい声を出すアルミカルを不思議そうに見た。
「だって。そうだろう。ここで隠れて泣くということは、何にも立ち向かおうともせず、すべてを諦めるという意思表示なんだろう」
「ち……違い……ます」
「何が違う?君は、ハイゼンベルクの嫡男だと聞いている。その君が、親の間違いを正さなければいけない。けれど、君が選んだのは、ただ、泣くだけだ」
「僕が、正す?」
「そうだ。親がしでかしたことだ。唯一、正しい意味で改善し、なおかつ、正しい道に戻せるのは、息子であり嫡男の君の仕事じゃないのか。本当に、泣いてるだけでいいのか?」
アウグストは立ち上がり、旅装の袖で涙を拭った。
「僕が、間違いを正す?」
「ああ、そうさ。マクシミリアンも、君の性質と可能性にかけたんだ。だから、俺という存在を君の護衛によこした。それは、君の中に正義を見たからだ」
「僕の中の正義……」
アウグストは、肩で息をしながら、旅装の前合わせを握りしめた。
「サリニャック様が、そんな風に僕を……」
マクシミリアン=サリニャック男爵は、トゥオモラの町から困難を乗り越えながら、帰っていくだろうアウグストを案じたのだ。
トゥオモラにも、アウグストの父ユーリウスの非道は遠く響いている。
優しく聡明な子供のアウグストが、自分の父の非道を知った時、キャラバンの中に支えとなるべき人材が居ないことを、見抜いていた。
そんなときである。
書斎机から古い手紙が、パサリと床に落ちた。
その手紙が、まさしくアルミカルの手によるものであった。
サリニャックは、
「これは、お導きに違いない!」とその手紙の差出人に、新たな返事を書いて送ったのだった。
*
「いいか。アウグスト。どんな困難だろうと、突破できないものはないんだ。諦めさえしなければ」
アウグストはどうにも納得できないという風に首を傾げた。
「でも、伯爵位に就いているお父様のいうことは、嫡男である僕にはひっくり返せないかと……」
「そうだな。それは真理だが。やりようっていうのが、あるのさ。どうだ。俺の話を聞いてみるかい」
悪い顔をしてアルミカルが笑う。
「できないとは、思います……。でも」
アウグストは、砂埃が舞う中、ゆっくりと立ち上がった。
「どんな方法か、聞いてみるだけでも悪くないかなって思います」
「そうこなくちゃな」
*
二人は、キャラバンのみんなの前に戻った。
「アウグスト様……!お探ししましたぞ!」
「本当に、アウグスト様。離れたら護衛できないって。勘弁してくれよ」
とイアンが余計になじってみせる。
「でも、本当に無事で良かったわ。ホッとしてる」
「ああ、同じくだ。アウグスト様。どうか、これから先も俺達を護衛として雇ってくれないだろうか」とフィーラン。
アウグストはそんな彼らを見ると、今までしたこともないほどの深いお辞儀を返した。
「大変、申し訳ありませんでした!僕の父のこと、そして、今、僕がしでかしてしまったこと。心の底から反省しています」
そこで、一旦言葉を区切った。
「どうか、僕がハイゼンベルクに戻るまで、こんな僕ですがお力を借りられますでしょうか」
キャラバン隊一同は、深いうなずきを返した。




