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汐風、駆ける 〜牧場伯爵家ご嫡男、馬と共に領地を再興する〜  作者: 石井はっ花


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15/30

15 誤解と困難と

 夏の陽射しがサンルームを兼ねた応接室に差し込んでくる。

 少し遠い海が、その光にキラキラと輝いている。

 アウグスト=ハイゼンベルクは、その光に顔をしかめて、小さくため息をついた。


「アウグスト様? 何かございまして?」

ティーポットから紅茶を丁寧に注ぐ、ビルギッタ=ヒンターマイヤー伯爵令嬢が、疑わしげにアウグストを見た。


「いいえ。お気を遣わせてしまい申し訳ございません。レディーの前で失礼でしたね」

 苛立った様子でビルギッタはポットを置いた。

「私とのお茶がお嫌でしたら、どうぞ!そのようにおっしゃいませ!」


「いや。違うんだ……」と言いかけるアウグストだが、ビルギッタはお構いなしにドアに向かって駆けていった。


 残されたアウグストは、やりきれなさにため息をもう一つ。


 *


「ビルギッタや。どうしたんだい?」

 泣きながら自室に愛娘が戻っていったということを聞きつけて、リヒャルト=ヒンターマイヤー伯爵が血相を変えて、娘の部屋に飛び込んだ。


「お父様!ノックをしてくださいとお願いしていたでしょう!」

 見事な鼻声をした怒声がベッドからドアまで、クッションとともに飛んできた。


「だって、お前、泣いてるじゃないか。あのハイゼンベルクの若造に変なことをされたのか?」

 びくっと肩を震わせて、ビルギッタが涙をあふれさせた。


「くそ!ハイゼンベルクの若造めが!ビルギッタを泣かせるなぞ!」

 ギリリ。遠くからでもその音が聞こえそうなほど、リヒャルトは歯ぎしりした。


「お父様……」

 ビルギッタはわざと、弱々しく声を上げる。

「おお、可哀想にな。ビルギッタ。あいつは、とっとと追い出そうな」

 そう言うと、リヒャルトは憤怒の表情のまま、応接室に向かった。


 残されたビルギッタは、清々したように笑った。

「わたくしといて、ため息をつくなんて。本当に許されないものですもの」


 *


 応接室では、物静かなイェレミアスとアウグストが言葉少なに交流を楽しんでいたところだった。

「それにしても、先ほどは、ビルギッタが大変失礼いたしました」


「いいえ。私のほうが、ビルギッタ様を傷つけてしまったようで……」

「いや。あなたがお気にするようなことではありませんよ。……その、妹は、お恥ずかしいながら、癇癪持ちでして……。昔から……」


 そんなときに、ドタバタと荒れた足音が近づいてきた。

 そして、乱暴にドアが開かれる。

「アウグスト=ハイゼンベルク!お前!愛娘のビルギッタに何をした!」

 青筋を立てて怒号を吐く。


「ヒンターマイヤー伯爵……!」

「お父様!お気を静めください!どうしたのですか!」


「ええい!うるさい!可哀想なビルギッタ。この男になにか破廉恥なことをされたに違いない!」


 応接室には、賓客であるアウグストの要望に応えるため数人の従僕がいる。

 その彼らは、先ほどのビルギッタとの顛末も見てはいた。見てはいたが、尋ねられるまでは、発言はできないものだ。


「お待ち下さい!ヒンターマイヤー伯爵は、なにか誤解をなさっておいでのようです」

「ええい!隠し立てをするのか!」

「いえ!隠し立てするようなことは、何もございません」


「白を切るつもりか!」

「お父様!落ち着いてくださいませ!アウグスト様は、何もしておいでではないです!」


「イェレミアス!お前は、どっちの味方をするのだ!」

「味方とかでは、ありません!」

「うるさいわ!」


 リヒャルトは、人差し指をイェレミアスに突きつけた。

「これ以上わたしに盾突くなら、お前は勘当する!」

 ぐっ。イェレミアスは、息を呑んで顔を背けた。

 当然のことだろう。


「ヒンターマイヤー伯爵……。どうか、落ち着いてください。私は、誓って、指一本ビルギッタ様に触れてはおりません」


「ならば、どうして、あれほどまでに泣いているのだ!」

 アウグストは慮外の出来事に、首を振った。

「……わかりません……」


「やはり!アウグスト=ハイゼンベルク!今すぐにこの館から出ていけ!」


 *


 別館で落ち着いていた用心棒たちも馬丁たち、そして騎馬たちも全て、敷地内から追い出された。


「あらら。あの完璧なお坊ちゃんが、これは一体どうしたことだろうね」

 ジョベールが面白そうに言う。

「うーん。あのお嬢様じゃないか?なにか気に障ったことがあったんだろう。女は怖えな」

「違いない」


 *


 とはいえ、困ったのはこのキャラバン一行だ。

 計十四人ほどの大所帯だ。また、騎馬も荷馬車もある。


 確かに、民家のないところでは野外でキャンプも張るが。

 この商業地ではそれも難しい。


 馬産地交易ギルドのイヴォ=クノテクが、この事態を招いてしまったことを落ち込むアウグストの隣で、また彼も途方に暮れている。


 今夜は、ヒンターマイヤー伯爵家でご厄介になろうと思っていたため、食料の調達などは特に考えていなかったし、もう既に辺りは暗くなり始めている。


 商店も既に店じまいを終えているだろう。


「この先、どうしましょう……」

 イヴォと馬丁ユストゥスは、怪訝そうな顔を見合わせた。


 *


 ウトリオの町の時もだが、この地アイロラの町に入る前でも、キャラバンをつけてきた単騎の者が、ここに来てキャラバンに近づいてきた。


 用心棒の全員が、その単騎を取り囲んだ。


「何用だ!」

フィーランやイアン、トゥーッカたちが剣を構えた。


「待て待て。俺は、味方だよ。アミルカル=パリスという」

 アミルカルは、懐から一通の手紙を差し出した。

 差出人は、トゥオモラの街を治めるマクシミリアン=サリニャック男爵だ。


「あいつとは、古い友達なんだ」とアミルカルは不敵に笑った。


 *


 剣を納めてはいるが、用心棒たちはいつでもアミルカルを斬れるよう柄に手をかけていた。

「おお、信用されてないな。まあ、無理はないか」


 申し訳なさそうに眉を下げたアウグストがアミルカルの前に進み出た。


「何点かお伺いしたいことがあります。貴殿が来られたのは、マクシミリアン様からの依頼ということを伺いましたが、どうして、今回はお声掛けくださったんでしょうか」


「そりゃ、お前さんたちが困っているからに決まっているだろう。どうせ、この土地の地理なんて分からないだろう。ついてこい。俺、いい宿知ってんだよ」


 *


 その日オークと鞍亭には、昔なじみの客と新規の客が同時に現れた。

 アミルカルは少年の頃から、この宿を使っていたらしい。

「俺達、トゥオモラの者は、ここまで来るだけで大変だからな。一旦、ここに泊まることにしてんのさ。宿賃は安いし、料理はうまい。騎馬をしまう余裕もある。今日は、空きがあって良かったよな」


「それにしても、ハイゼンベルク君みたいなものが、あの屋敷から追い出されるなんて思ってはいなかったな」

「お恥ずかしい……」

 アウグストは、この場から消え去ってしまいたいくらい、心の痛手を負っていた。


 この旅の仲間を自分の失策のせいで、一晩とはいえ、路頭に迷わせてしまうところだったのだ。


(じぶんの、せいだ……)


「まぁ、今日は、飲んで。明日、また旅を続ければいい」

 アミルカルは、飲みたくもない酒を口に含むアウグストのグラスに自分のグラスを軽くぶつけた。


 *


 アミルカルが加わった一行は、アイロラの町を出て東へと街道を進んでいく。


 アミルカル=パリスは、


 元騎士だった。

 王都に名だたるアルカンタラ騎士団に入っていたという。


 だが。彼は突如騎士団から身を引いた。

 そして。故郷に戻った。

 親戚筋のマクシミリアン=サリニャックを頼ったのだ。

 二人は、幼馴染だった。


「もうほんとに。お前は問題ばかり持ってくるな?」マクシミリアンが軽口を叩く。

 その時には、知的な仮面の陰も形もない。

「うるせえよ。黙って飲んでろよ」とアミルカルがグラスをあおる。


 野盗の侵攻が、町に迫ったときも彼らは背中合わせになって町を守った。


 アミルカルからの言質はなかったが、相当な恩がマクシミリアンにあるらしい。

「だからな。あいつの願いは俺が全部叶えたいんだよ」

 そう言ってアミルカルは笑う。


「いいですね……そういう関係。僕には、一つもない……」

 そう言って、丸くするアウグストの背中を、アミルカルの平手打ちが襲った。

「若者が背を丸くするな!」

 そう言って力強く笑う。


「……はい」

 アウグストは、背中を叩かれた痛みから回復すると、小さく返事をした。

「おいおい、声が小さいな」

 アウグストは、二の句が継げないでいた。


 けれども。

 どうしてか。このアミルカルを嫌う、そんな気持ちは出てこないのだ。

 不思議な魅力がある。


「そういえば、お前たちはこの先のエルメントラウトまで一緒に行くのか?」

 アミルカルが、フィーランたちのこれからの動向を案じた。


 アミルカルにも、トゥオモラに入る前の襲撃事件のことは共有されているらしい。

 となれば、人手は多ければ多いほどいい。

 そう考えたのだろう。


「ええ、僕達もアウグスト様のご帰宅まで護衛を続ける、そう思っていました」

「そうか。それなら安心だな」


 驚いたのはアウグストだ。

 そこまでの情報は、アウグストには伝わっていなかったからだ。

「そんな。僕なんかのために……」


「いや、トゥトールス騎士団のフィト様にたんまり頂いているのでね。そこのところは、お坊ちゃん。ご安心くださいな」

 フィーランが笑う。


「そう……、そう、なんだ」

 アウグストは、また、寂しげに笑い背中を丸くする。

 そこへすかさず、アミルカルの張り手が飛んでくる。


「ちょっと!痛いんですけど?」

 あまりの痛さにキレ気味にアウグストが返す。

 意に介さないアミルカルが、大声で笑った。

「少年!強くなれ!」


 困ったアウグストは、また目にいっぱいの涙を溜める。

「よしよしと、慰めてほしいのか?少年。それは、無理難題だな」


 アウグストが、アミルカルを睨む。

「慰めてほしいわけじゃ……!」

「じゃあ、なんで、泣く?可哀想な僕を慰めて、だろ?それじゃ、物事は、一生前に進まない。解決なんかできないね」

 アミルカルは、その顔に強さの礎を感じさせた。

 その顔は、歴戦の勇者を思わせる。力強いものだった。


 アウグストは、その顔を羨ましげに眺めた。

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