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汐風、駆ける 〜牧場伯爵家ご嫡男、馬と共に領地を再興する〜  作者: 石井はっ花


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12 襲撃

ウトリオからトゥオモラまでの街道筋は、深い森の中を通るルートであった。

 森の名前はサルメの森と言った。

 

 サルメとは、古来より伝わる女神の名であり、元は深い愛情を示す神であったが、最高神ディアグを信仰するグリュックスブルク王国の民には、異教の神イコール邪教の女神である。


 その名が冠された森は、夏の空の下、真っ昼間だというのに、薄ら寒く暗い。

 石畳の街道は通常であれば荷馬車が二台すれ違えるほどの広さが確保されているのだが──


 森に入った途端、荷馬車一台でもやっとの広さだった。


 得体のしれない鳥か獣の声もしていた。


「いつ来ても、ここの不気味さは変わらないな」

 イアンが独り言をつぶやいた。

「みなさんは、ここに来たことがあるんですね」


「ああ。ここは峠もある難所だし、いろいろな噂もあるから、結構来たくない場所……。おい!フィーラン!」

「わかってる。やっこさん達がおいでになったようだな」


 と、そこに空気を切り裂いて矢が、小さな土埃を上げて地面に突き刺さる。

「アウグスト様!」


 馬畜産交易ギルドからの用心棒トゥーッカが、いち早くアウグストのそばに駆け付ける。

「僕は、大丈夫だと思う。フィーランたちもいるから。馬たちをよろしく頼む」

「承知!」

 トゥーッカは、後方の守りへと戻っていった。


 キャラバン隊が紡錘陣形を速やかに取る。内側には、この後マクシミリアン=サリニャック男爵へ引き渡す馬のテュコがいる。

 アウグストも内側の比較的安全な場所にいた。


 僕も戦うと剣を持ったが、「なんのために私たちがいるんです」とフランセットに言われ、内側に追いやられてしまったのだ。

 トゥーッカとその他の用心棒たちを始め、フィーランたち四人も外側に回り込んだ。


「アウグスト様たちは、できるだけ身を伏せてください!」

「わかった!」と言うやいなや、矢の雨が降る。


 盾役を買って出てくれている、七人の用心棒たちの盾でなんとかしのぎ切れた。

 だが、未だ安心はできない。


 木々の間、下草が不自然に動き、数名の男たちが姿を現した。


 ニヤけ面が、先陣を切り突っ込んできた。

 それを境にその他の男たちも切りかかってくる。


 フィーランが数歩走り出て、ニヤけ面の剣を正面から受け止めた。

 

「私たちの剣も受け止めなさい!」フランセットが、まるで踊りに行くように軽いステップを踏んで野盗たちへと剣を振るう。


 その合間、ジョベールが矢を木々の合間に射ちかける。

 ジョベールの矢は、面白いように野盗たちを射抜いていく。

 そのおかげか、打ち掛けられていた矢がすっかり落ち着いたようだ。


「ちッ」頭目とも思われる、髭面の男がその重い剣を振るい、馬産地交易ギルドの用心棒の一人を跳ね飛ばした。


「お前ら。こんなキャラバンに何を手こずってやがる!」

 トゥーッカが、頭目に向かっていく。

「お前らの思い通りにさせるかよ!」


 剣同士が合わさり小さな火花をあげる。

 やがて、頭目の剣が跳ね上げられる。

「クソッ。一度引くぞ!」


「そんなの!させるわけないでしょ!」

 ジョベールが、早引きで二矢連射した。

 その矢は、見事、頭目を射抜く。


「ああっ!頭目が!」

 それぞれに相対していた野盗たちが、一気に崩れた。


 息をつかせず、イアンが進み出、野盗たちを一掃していく。


 *


「なんとか、ご無事でようございました」

 馬産地交易ギルド、イヴォ=クノテクが荷馬車の奥底にしまいこんだ馬のテュコを渡すときに必要な納品書や受領書を引っ張り出しながら、呟いた。


 馬丁たちが、未だに悲鳴を上げ興奮状態の馬たちをどうにか落ち着かせようと躍起になっている。

 まだ少し、かかるだろう。


 アウグストは、備蓄している水を水瓶から少し木製カップに注ぎ、口に含んだ。


 争乱の合間に立った砂埃がまだ舞っているようで、口の中がまだ少し埃っぽい。

 心臓が、まだ、動悸を収めきれずに早鐘を打っているようだ。


そんなアウグストに一頭の騎馬が、鼻をこすりつけてくる。

「ヨアキム……」

 不安に思っているアウグストを、心配しての行動だろう。


「ありがとう。お前も怖かったよな」

 ブルルッ。ヨアキムは、鼻っ柱を震わせた。

 まるで、お前のほうが心配だとでも言いたげだ。

 そんなヨアキムの首に、少しだけしがみついた。

 その温もりに、アウグストの心はほぐれた。


「アウグスト様。支度が整いました」

 トゥーッカが、アウグストを呼びに来た。擦り傷や切り傷などが目立つが、大怪我などはないようだ。

「そうか。みんな、怪我は?」

「ええ。一人、跳ね飛ばされた者がおりまして、命に別状はないのが幸いですが……」

 再び、アウグストは眉を寄せる。


「ともあれ、彼らフィーランたちの活躍は、本当に目覚ましいですな。私も、随分と助けられました」

「そうなのか。これは、求められた報酬の他にも出してやらなければいけないね」


 アウグストが視線をやると、活躍した後の疲れは見えるが、未だに余力を残しているような四人が見えた。


 彼らは、お互いの健闘を称え合っている。みんな笑顔であった。


 ジョベールが、自分たちを見ているアウグストに気がついて、気安く手を振ってきた。

 それに気づいたイアンも、ふざけて手を振ってくる。笑いを堪えられないフィーランとフランセットが、同じタイミングで噴き出した。


 アウグストは、とてもうらやましくなった。


 *


 戦いの跡から、少し歩くと森の木々が切れた。街道の広さは、他の地域と同じ幅になった。

 左方は海が開け、広大な農耕地が広がる。

「少しずつ、土地によって海の色も違うような気がする……」

 アウグストが、呟いた。


 農耕地の奥、小さな町が見える。

 トゥオモラの町だ。


「あと、少しですな」

 イヴォがアウグストに励ますように声をかけた。

「うん。もう少しで着くね」

 アウグストはヨアキムの背がなにか、一つの拠り所のような気がしていた。


 *


 生き残った野盗の五名ほどを、警備隊に突き出した。

「ご協力まことにありがとうございます。我らもこいつら野盗に関しては、とても手を焼いていたのです。それを、捕まえてきてくださるなんて。……しかと取調べいたします」

「お願いします」

 アウグストは、言葉少なに頭を下げた。


 *


 アウグストはゆっくりと進むヨアキムの背に揺られている。

 まだ少し高い夏の太陽が、アウグストの肌を焼く。


「坊っちゃん。大丈夫ですか?」

 と、そんなアウグストを見かねたのか、フィーランがそっと騎馬を寄せた。


「もしかして、今日みたいな剣戟は初めてでしたか?」

 アウグストは、少し泣きそうな顔をした。

「……とても、怖かったんだ。もう、じい様に会えないんじゃないかって、思った」


「そりゃ、そうですよね。俺達も、旅の出始めに、こういう野盗に出くわしましてね。なんとか、命からがら逃げ切ったので、こうして生きています。この旅では、俺達が坊っちゃんのことを死ぬ気で守りますから、安心しててくださいよ」

 フィーランが、頼もしい笑みを口元に乗せた。

「うん。頼らせてもらうよ」


 そして、次の瞬間、フィーランの眉間が険しくなった。


「警備隊に引き渡す前に、生き残りの野盗たちに聞いたんですけどね。雇い主の名前は、アナトリエヴィチという男らしいですな。あと、ランブレヒトという男も関わっていると……。心当たりは、おありですか?」


それを聞いたアウグストは、顔を蒼白にした。

「……ランブレヒトは、弟だ……」

「え。そんな……」

 信じられない言葉を聞いたフィーランは、少し固まった。


「すると、坊っちゃんは弟君に狙われているってことですかい?」

 深い溜息をついたアウグストは、やがてうなずいた。


「ああ、そのとおりだ……」


 この地から、ハイゼンベルクの屋敷までは、十日以上かかるだろう。

 それまでの間、頼りになる祖父コンラート=ハイゼンベルクは遠い。


 アウグストは思案気に黙る。

 フィーランもその横顔を見ながら、馬を操っていた。


「うん。こんな時、怖がっているなんて本当にだめだね。僕にはフィーラン、君たちもトゥーッカたちも用心棒がしっかりいるんだ。すまないけれど、まだ、もう少し、頼りにさせてもらうね。よろしくお願いいたします」

 フィーランは、また少し慌てたようだが。

「頭を上げてください。俺達は、依頼通りにさせてもらうだけですから」

 アウグストは、そんなフィーランを、眩しそうに見つめた。


「君たちは、本当に強いね……」

 静かにキャラバン隊の隊列が進んでいく。


 *


 四辻を北に曲がれば、マクシミリアン=サリニャック男爵の屋敷が見えるとのことだ。


「あ。お迎えが来てるみたいね」

 フランセットが目ざとく見つけた。

 馬を連れた二人の使用人が、道端でキャラバン隊を見つけて、深く頭を下げている。


 キャラバン隊が近づくと、使用人たちは、少し安心した顔を見せた。

「警備隊からの早馬が参りまして、お迎えに上がった次第でございます。どうか、アウグスト=ハイゼンベルク様と馬産地交易ギルドの皆々様、このままサリニャック邸にお越しくださいませ」


 一行は、彼らに従い馬を進める。

 やがて、石造りの屋敷が現れた。これまで立ち寄ってきた屋敷とは、違う。

 こぢんまりとしているが、ここは間違いなくサリニャック男爵家である。


 例のごとく、一行は裏門から敷地内に入った。


 テュコの検分も滞りなく済み、書類上も不備なく引き渡しが完了した。


 と、そこへ、物静かな男性が現れた。

「この度は大変な思いをされましたな。それでも、ご無事で何よりでございました」

 衣服は派手さはないが、質のよさが際立っていた。

「失礼ですが、サリニャック男爵でいらっしゃいますでしょうか」

「ええ、いかにも」

 モノクルの下の目は、知的で優しさに満ちていた。

「私は、アウグスト=ハイゼンベルクと申します。馬産地交易ギルド統括の祖父コンラート=ハイゼンベルクの名代として参りました」


「これは、ご丁寧に痛み入ります。私は、マクシミリアン=サリニャックと申します。この度は、本当に遠いところをお届けくださいまして、感謝いたします」

 マクシミリアンも、深くお辞儀を返した。

「さあ、馬の引き渡しはすべて済んでいるとうかがっております。屋敷の中へどうぞ。ああ、護衛の方も皆さん、どうぞお入りください。何分狭い屋敷ですから、大したおもてなしはできかねますが……」


 一行は深く感謝し、サリニャック男爵邸に足を踏み入れた。

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