11 鹿狩り
「よう、来られたな!お待ちしていたぞ!」
パンチェレイモン=バマノフ子爵は、キャラバン隊に向かって開口一番にそう言った。
アウグストたちは、屋敷の裏口の門から敷地内に入り、厩舎前で引き渡す二頭の検分をしていた時だった。
厩の奥がなにか賑やかになった。
なんだろうと注視していたアウグストへと、バマノフ子爵がまっすぐ走ってきた。
「バマノフ子爵。馬二頭の届けに参りました。アウグスト=ハイゼンベルクと申します。この度は、馬畜産交易ギルドを代表し……」
と、挨拶をしようとしたアウグストをバマノフ子爵は制する。
「ああ、いい、いい。堅苦しいことはなし!それよりも、これから狩りの予定なんだ。どうだ。君も狩りに行かないか!」
「は?狩り?ですか?」
「ははん。その顔は、狩りの楽しさをまだ知らないな?良し!連れて行ってやる」
戸惑うアウグストの腕を強引に引っ張った。
「バマノフ子爵、いまだ検分が終わっておりませんし……」
「いいから!楽しいぞ!狩りは」
あまり無碍に断ってしまうことは、礼儀知らずになるだろう。
馬畜産交易ギルドを代表して付いてきているイヴォ=クノテク行商監督が、その様子を見て、胸を叩いた。
「アウグスト様。お任せください。こちらは全てしっかりと執り行いますれば」
腹を決めたアウグストは、バマノフ子爵に向き合った。
「お申し出、感謝いたします。お話しいただいている通り、狩りについては全くの不調法でございます。どうかお手ほどきよろしくお願いいたします」
「そうでなくっちゃな!」
バマノフ子爵は気安く、アウグストの肩に手を回した。
そんな風にスキンシップを取ることは、あまり良くないことだろう。
だが、バマノフ子爵は意に介さずにいる。これには、さしものアウグストも目を白黒させている。
それを遠巻きに見ているのは、フィーラン達四人だ。
「あれ。坊っちゃんが面白い事になってるわ」
「ああ、お貴族様にしては、あの御仁、面白いみたいだな」とイアンも軽口を叩く。
そこへ、フィーランたちに振り返ったバマノフ子爵が、大声を掛ける。
「おい。そこの君たち!アウグスト君の用心棒たちだろう?用事がないなら、君たちも一緒に狩りに行こう!」
「ええっ。私は、狩りは遠慮したいわ……」フランセットが、眉を寄せて言う。
「私も……。そうね」ジュベールもそれに同意する。
普段、冒険のときは、やむにやまれぬ狩りをしているのだ。こんな時ぐらいはのんびりしていたい……。そんな風に思っていたのだが。
「もしかして、君たちは、アウグスト君の護衛として雇われたのじゃないか?」
フランセットとジョベールが一瞬顔を見合わせて、次の瞬間、ひどく悔しがった。
「そ、そのとおりです……」
「よし。決まったね!人数が多いと囲い込みで獲物を狙えるから、助かるよ!」
バマノフ子爵は金の髪を陽の光に遊ばせながら、明るく言い放った。
*
その群れを見つけるまでよく吠えていた猟犬たちが、一斉に静かになった。
そして、体勢を低く取り、静かに散らばっていく。
そこへ人馬が一斉に動き出す。
耳をパタパタとしていた鹿たちも逃げるために一斉に動き出した!
矢羽の音が、鹿の群れへ風を切って届いていく。
「ほーら、こっちだぞ! と」
槍を持ったバマノフ子爵は、見事に鹿の群れの先頭に回り込んで、立て続けに二頭仕留める。
反対側にも数頭の鹿が逃げていった。
その先には、アウグストとフィーランたちが待ち構える。
そして、アウグストが回り込み太刀を振るった。
「やるね!坊っちゃん」ジョベールが喝采をあげる。
鹿の群れは、13、4頭の群れで子鹿もいたようだ。
雌鹿が二頭、子鹿二頭と大漁である。
バマノフ子爵も上機嫌だ。
「しかし、こんなにうまくいく狩りも珍しいよ。アウグスト君もそうだけど、君たち、狩り、慣れてるよね」
あくまで気安く話しかけてくるバマノフ子爵に対し、フィーランたちは少し引き気味なのだ。
無理もない。フィーラン達平民にとって、お貴族様は絶対怒らせたり癇に障るようなことを言わないのが鉄則だ。
万が一、ご不興を買ってしまった場合、その首が胴体から離れてしまう。
けれども、フランセットは、気軽に返事をした。
「ええ。私たちは、冒険者ですもの。狩りはお手の物ですわ」
バマノフ子爵のような貴族から褒められて悪い気はしなかった四人だが、アウグストの手前もある。得意げな顔はしないようにしていた。しかし、それ以上に得意な顔をしたのは、アウグストだった。
「彼らのような優秀な人材を見つけられるなんて、素晴らしいね。どこのギルドの紹介なんだい?」
「詳しくはわかりかねますが……」と前置きをしたアウグストだが、フィーランたちを雇うきっかけとなった事の顛末について、話して聞かせた。
「なるほどなぁ。そうして、君たちは、アウグスト君の護衛をしているんだね」
アウグストを含めた五人が一斉にうなずく。
「もし、君たちさえよかったら、任務完了後、いつでも僕を頼ってくれ。君たちはいい狩り手になりそうだ」
と、バマノフ子爵は太鼓判を押した。
「はあ。考えておきます」
冒険者稼業にとっては、破格とも言えるありがたい申し出のはずだが、フィーランの眉は、何故か晴れなかった。
「うむ。いい返事を期待している」
それぞれの鹿たちは、絶命した後、熟練した猟師により、その場で腹を開かれた。
腸のまだ温かい匂いが林の中に充満する。少し興奮した犬たちの息遣いがアウグストの耳についた。
この後、内臓は食用や犬たち用などに切り分けられ、鹿自体は運びやすいように大きく四つ切りにされた。
「よし、良いだろう。アウグスト君。我らはそろそろ屋敷に戻るとしよう」
バマノフ子爵は、再度騎乗した。
アウグストもヨアキムの背に乗る。
アウグストとフィーラン達四名。そしてバマノフ子爵と彼に付き従う者たちは、ゆっくりと日暮れに向かう夏の空の下、穏やかに馬を進めていく。
開けた場所に来た。道の両方に広がるのは、農産物が成長していく畑だ。
「ジョベール?ちょっと気になったんだけど、先程のバマノフ子爵の申し出、かなり破格だと思うけどだと思うけど、どうして受けなかったの?」
ジョベールは少し戸惑った風だったが、少し後に口を開いた。
「私のことを、心配してくれたんだと思う」
「どうして?」
「私ったら、とある貴族の落とし胤だったりするのよ」
「え?」
アウグストは、目をパチクリさせた。
「昔、母さんが奉公に出た先で、お手つきになってね。その後、私を妊娠したことに気がついて、そこを追い出されたってわけ」
それを聞き、どう答えていいのか困惑するアウグストに対しジョベールは屈託のない笑顔をみせた。
「それだけ」
「でも、父親に当たる方は、それを知っているの?」
「うん。……多分知らないと思う。母さんも私が十になる前に死んじゃったし。どこのお貴族様かも聞く前だったから」
ジョベールの声は、この夏空のように明るい。
「小さな村だったし、フィーランたちもみんな助けてくれたから、生きてこられたんだ。それ以上の望みってないもの」
「そうなんだ」
「だからっていうんじゃないけど、フィーランもイアンも気を遣ってくれてね。この手の話は、お断りしてるのよ」
アウグストが、後ろを振り返る。すると、他の三人が微笑んで頷いている。
空高く雲雀が鳴いていた。
誰にでも、触れられたくない部分はあるのだ。
アウグストは、再度、彼らの顔をまじまじと見た。
その顔は、自分の人生にまっすぐ向き合っている人物の顔だった。
その四人の表情に、どこか共鳴するものを感じたが、今のアウグストにはその正体がわからなかった。
「さあ、改めて我がバマノフ家へようこそ!歓迎するよ」
イェレミアス=ヒンターマイヤーから購入した礼服に着替え、ディナーテーブルに着いたアウグストは、目を丸くした。
「どうした?アウグスト君」
「いえ、こちらは、先ほど狩ってきた鹿ですか?」
「いやいや。これは、先日狩ったばかりの鹿だね。料理長がしっかり熟成させた自慢の料理だ。安心して食べてくれ」
鹿独特の臭みは消え、食べやすく上品な味付けの鹿のローストだ。
「どうしても、夢中で食べてしまいますね」
アウグストが苦笑する。
「君からの称賛の言葉だ。料理長にしかと伝えよう」
デザートには、蜂蜜とナッツのタルトが香り豊かなハーブティーとともに出された。
聞くと蜂蜜とハーブティーは自家製だという。
「これは、甘すぎず良い蜂蜜ですね。とても気に入りました。ハーブティーもとても香りが高くてスッキリしますね」
「そうだろう。君ならそう言ってくれると思った」
そう言ってバマノフ子爵は相好を崩した。
「さて、あと一家だね」
このところ、雨も降らず。
安定した晴れの日が続いていた。
「もう、発たれるのか?」
バマノフ子爵が少しさみしいような顔で見送りに出てきた。
「ええ。そろそろ御暇いたしますね。どうか購入いただいた馬たちを大切にしていただければ、ありがたいです」
バマノフ子爵はうなずいた。
「わかった。会えて嬉しかったよ」
バマノフ子爵はアウグストに右手を差し出し、二人は軽く握手を交わした。
「もし時間があれば、帰りも当家に寄ってくれ。その時は、君たちが狩りをした鹿が、熟成された頃だと思うから」
アウグストを含めた馬畜産交易ギルドの一行のキャラバンは、ウトリオの町を出て街道筋をゆっくりと西に進む。
段々と道が険しくなるようだ。
森の様相も鬱蒼としていて、昼間なのにどことなく暗い。
護衛任務の四人もなにか緊張した面持ちだ。
無理もない。
この地トゥオモラに至る街道筋は盗賊による被害が、他の地域と違い、格段に多いとされる地域なのだ。
馬畜産交易ギルドの面々も表情が厳しくなっている。
ただならぬ雰囲気に、アウグストも思わず息を呑んだ。
この森は、いつまで続くのだろう。
そう、アウグストが不安を覚えはじめた時、
矢が一本。地面に突き刺さった。
そして、キャラバン隊が丸い陣形を取りはじめる。




