53.被害者と加害者
誘拐されたルーを探しに、王都西側の墓場まで来たシン達。そこで横倒しになっている大きな墓石を発見する。探偵のコメットはそれを不審に思い、持ち上げた。
「おっ、当たりみたいだぞ」
墓石の下には地下への階段があった。コメットは自分の推理が的中して喜んでいるが、シンは別のことが気になる。
「探偵、お前…えらく力が強いんだな」
コメットが持ち上げた墓石は分厚く、かなりの大きさがあった。重さも相応だろう。大人の男が束になっても、僅かに動かせるかすら怪しいレベルの代物である。
「よいしょっと…まあな、俺は鍛えてるからよ」
コメットは墓石を脇におろしながらそう答えた。
「鍛えてどうにかなる範疇を超えてるように思うが…」
「細かいことはいいじゃねーか、それよりこの階段どうする?降りてみっか?」
「…ああ、そうするしかないだろう」
シンとコメットが不気味な階段を降りようとしたその時、階段から誰かが駆け上がってきた。
「…探偵、本当に当たりだったな」
それを見たシンはニヤッと笑う。出て来たのはルーを誘拐した二人組の一人、カジリだったのだ。
「誰が来たのかと思ったら、ルー君の仲間か。それに…コメットさんじゃないですか…」
「おお、久しぶりだな」
カジリがコメットに挨拶をした。コメットから聞いていた通り、彼らには面識があるらしい。
「おいネズミ野郎、ルーは今どこにいる」
やっと誘拐犯を見つけたシンは、レイピアの剣身を出してその切先を向ける。
「さっさと答え…なんだ?」
問い詰めようとしたシンだったが、突如辺りが明るくなったことに気づいて振り返る。
すると背後では、キャロルが巨大な火の球を作り上げていた。
「ルーはどこなの!早く言いなさい!」
キャロルの怒声が墓地に響き渡る。
「待ちなよ…僕はあんたらとやり合うつもりは…」
カジリに戦闘の意思は無いようだが、彼女は止まらない。
「消し飛べ!!」
キャロルが火の球を放とうとしたその時、カジリの後ろからもう一人、誰かが階段を登ってきた。
「え…」
それは誘拐されたルーだった。キャロルは唖然として、撃とうとしていた火の玉を霧散させた。
「みなさん…なんで…?」
ルーも驚いている。すぐにシンが、階段を降りて歩み寄った。
「ルー、元気にしてたか?怪我は無いか?」
「ありません。でもシンさん達、どうしてここにいるんですか…それにアメスケさんまで…」
「お前を助けに来たに決まってるだろ」
「あ、ありがとうございます。じゃ無くて…俺が王都にいるって、よくわかりましたね。それに早すぎる…」
王都とナルバルの山とはかなりの距離があり、移動に五日はかかるはず。だからルーは徒歩での移動を諦め、転送装置を待っていたのだ。
それなのにシン達は、一日も経たずにここに来ている。
「色々あってな、それに…ツイてたんだ」
「…そうですか。なんかすいません」
話せば長くなると言わんばかりの返答に、ルーも深くは聞かなかった。
「無事だったのね…良かった」
「キャロルさん…」
ルーはキャロルに声をかけられて戸惑っている。山であれだけ敵意を向けられたのだ、無理もないだろう。何から喋っていいかわからない様子だ。
それでも彼なりに、用意していた言葉を話そうとする。
「聞いてくださいキャロルさん。俺は人間です。教えてもらいました。そりゃ普通じゃないかもしれないけど…それでも…人間なんです…だから…」
そこまで話してルーは口を閉じた。今になってこの問題の本質に気づいたからだ。
キャロルと再会するまでは、フリッカーに教わった怪人という存在、自分はそういう人種なのだと伝えさえすれば、彼女の誤解を解けると考えていた。
しかし同じ人間でも、魔術が使えないだけで差別されるような世の中だ。西側に来てそれを思い知った。なら背中から腕が生える化け物など、受け入れてもらえるはずがない。
人間か魔物かではなく、普通の人間じゃないことが問題だった。そんなことをやっと理解した。理解したゆえに、ルーは話せなくなってしまったのだ。
だがそんな気持ちとは裏腹に、キャロルは駆け寄ってきて、ルーを強く抱きしめた。
「ルー…ごめんなさい」
キャロルが、ルーに顔をうずめて謝った。しかし彼にはその理由が分からない。
「…どうして謝るんですか?ウデウデのことを黙っていたのは…俺の方なのに…」
「ううん、ルーは悪くない。悪いのは私よ…山で酷いこといっぱい言ったわ…今までアンタにたくさん助けてもらったのに…」
「キャロルさん…俺は人間のつもりです。だけどもしかしたら…少し違うのかも…」
「分かってる、でも、もうどうだっていいの。ルーはルーよ…たとえアンタが化け物でも魔物でも、私は一緒に冒険をできることが嬉しいの。だからこれからも…ずっといて欲しい…」
「本当に…いいんですか…」
「うん、大好きよ、ルー」
涙を流すルーの問いかけに、キャロルはさらに強く抱きしめて応えた。
やっとのことで再会し、ルーとキャロルも和解した。これで全て解決かと思われたが、コメットがあることを気にする。
「カジリ、お前らはさっきまで星封堂に追われてたんだろ?」
「そうです」
「ならここで長話はよくねーな」
「はい。だから一旦、みなさん中に隠れてください」
「とりあえずそーするか」
ここまでの道のりで、カジリ達が星封堂に追われている真っ只中なのは分かっている。コメットは身を隠すことに同意したが、それを聞いたシンは反論した。
「どこに隠れるんだ?まさかその苔だらけの階段の先か?」
「安心して、中は清潔だよ。だから早く…」
カジリは焦った様子でそう言う。しかしシンの怒りは収まらない。
「お前勘違いしてないか?ルーを返せば俺達が満足するとでも思ってたのか?それは大きな間違いだぞ。必ず報いを受けさせるからな」
「悪いとは思ってる…けどあれは仲間がやったことで、僕はそんな気無かったんだ」
「誘拐する気があろうがなかろうが、お前の仲間がやったことなら、お前にも関係あるだろ」
「そんな…」
シンは声を荒げたりはしていない。だが強い怒りを込めて、カジリを問い詰めている。その時空から、ポツリと冷たい雫が落ちてきた。
「…わかった、じゃあこうしよう。中に実行犯がいるから、そいつをボコボコにしていいよ」
困ったカジリはフリッカーを売った。
「よし、それなら階段を降りよう」
追ってくる星封堂、慣れない土地、疲弊した身体。そこに雨まで降ってきた。ここに居続けるのが良くないのは彼も分かっている。
シンが提案を受け入れ、全員が墓石の下の秘密基地に入り、そして墓石で蓋を閉めた。
「ルーさん、ご無事で何よりです」
階段を降りる途中、アメスケが声をかける。
「アメスケさんまで…すいません。もしかして、わざわざ里から来てくださったんですか?」
「謝らないでください。拙者はたまたまシンさんの屋敷に来ていたんです。それに元はと言えば…あっ!あなたは⁉︎」
階段を降りたアメスケが、この誘拐騒動の元凶であるフリッカーを見つけて詰め寄った。
「よくもルーさんを攫いましたね!里で拙者の仲間を殴ったのも忘れてませんよ!」
「ホンマにごめんな…悪いことしたわ」
「えっ…。わかったなら…いいですけど…」
フリッカーはその事を既に反省しており、素直に謝った。予想外の態度にアメスケは驚いている。
「俺も焦ってて…ぐへぇ!」
だが同時に降りてきたシンが、フリッカーを殴り飛ばした。
「…白髪のにいちゃんか……ぼはぁ!」
謝罪の言葉を述べるフリッカーを、シンは構わず殴り続ける。そこへ一人の男が止めに入った。
「おい、あんた誰だよ!」
「なんだアヒル頭、お前こそ誰だ?」
「俺はこいつの上司のフォースだ。なんでフリッカーを殴るんだよ!」
「仲間を攫ったからだ」
「…そういうことか。なら悪いのは俺だ。殴るなら上司の俺にしろ」
「わかった」
そう言って、シンがフォースの首元を掴み、拳を構えたところで、ルーがその拳を止めた。
「シンさん…もう大丈夫です」
「手を離せ」
「この人達はシンさんが思ってるほど、悪人じゃありません」
「悪人じゃなかったらなんだ?極悪人か?お前はこんなところまで無理矢理連れてこられて、何もせずに許すのか?」
「はい」
「馬鹿かお前は」
「はい。馬鹿でいいです」
「…そうか、なら馬鹿が口を出すな」
そう言ってまたシンが拳に力を込めるが、びくともしない。
「ルー、もう一度言うぞ、手を離せ」
「シンさん…人は恨みや憎しみに取り憑かれると、怪物になってしまいます」
「怪物だと…」
「相手を許す心が、人である証なんです」
「それは…誰の言葉だ?」
「父です。俺が小さい頃近所の子に、母親がいないことで馬鹿にされて、怒って殴り飛ばした時、同じことを言われました」
「…そうか」
その話を聞いたシンは、スッと腕をおろした。それを見たルーはほっとして、暴行を受けて倒れているフリッカーの上体を起こす。
「大丈夫ですか、フリッカーさん」
「ルー君…」
「どうしました?」
「俺が殴られる前に止めてや…」
「あはは…ごめんなさい」
フリッカーはかなり殴られていたが、案外元気そうだった。




