51.暗雲と幸運
気球で空から王都を目指すシン達。陸路に比べると、山や湖を迂回せずに済むため、かなり早く着きそうだ。
「アメスケ…これは良い乗り物だな」
「でしょう。拙者も好きです」
シンは夕日を眺めながら、気球に感心している。だがキャロルの様子がおかしい。
「うぅ…」
「どうしたんだ?酔ったのか?」
「私こんなに高い所…初めてで…」
「キャロルさん。到着までには丸一日かかります。しばらく寝てて大丈夫ですよ」
「こんな場所で寝れるわけないでしょ…」
顔色のすぐれないキャロル。しかしそれに追い討ちをかけるように、天候が悪化する。
「ちょっと風が強くなってきましたね」
「そうだな、だが速くなった。これならすぐ着きそうだ」
その後も風が増していき、雨は降っていないが、急に雲が厚くなってきた。
「…雲の中に入りました」
「よくあることなのか?」
「いえ、少し風が強いだけでも、気球は飛ばせません…雨なんか降ってたら、里では絶対に飛行許可は降りないです」
「それは…まずいということか?」
「…はい」
一行は雲で何も見えなくなった。強い風が吹き荒れ、近くでは雷が鳴っている。そこに雨まで降り出した。
「きゃぁああ!」
「これは…落ちるかもな」
「しゃがんで!かごから手を離さないで!」
アメスケが必死になんとかしようとするが、風が強く制御不能だ。その時、雷の光で雲の中に、大きな影が映し出された。
「何かいるわ!」
「こんな高さに魔物が…?」
直後、気球の上部分に雷が命中した。燃えて大きな穴が空き、浮力を失って急降下を始める。
「いゃぁぁぁぁあ!」
「うわぁぁぁあ!」
「おぉぉぉおおお!」
三人は叫ぶことしかできない。絶体絶命だったがしかし、雲の中の影が高速で接近して来て、彼らが乗るかごを掴んだ。
「えっ…?」
落下が止まったことに驚いたキャロルが見上げると、気球の上部分は既に無くなっており、代わりに黒い何かがいた。
「なんなのよこいつ…」
「…竜だな」
羽が生え、鱗に覆われているので竜なのは間違いないだろうが、遺跡で戦った個体とは違い、顔つきは猫っぽい。身長も人の二倍ほど。しかし首が短くずんぐりむっくりしているため、かなり大きく感じる。
竜はかごを掴んだまま、高速で飛行して雲を抜けた。
「はぁ…おかげで命を拾ったが、一体こいつはどこに向かって飛んでるんだ…」
「どうする?このままこいつの巣にでも持ち帰られたら…私達死ぬわよ…」
その声が聞こえたのか竜は、下を向きこちらをジロリと見た。
「うわ!こっち見た!やっぱりそうなんだわ!」
その様子を見て、シンは会話を試みる。
「おい竜…王都まで頼めるか?」
「言葉なんて通じるの…?」
「わからない、念の為だ」
竜は問いかけに答えることなく高速で飛行し続け、一時間程して高度を落とし始めた。そこから見える光景にシンは驚く。
「…どうやら通じてたらしいな」
竜は頼まれた通り、王都に向かっていた。三人は街から少し離れた林の中にかごごと降ろされる。
「ありがとう、命の恩人…恩竜だ」
シンが礼を言うと、竜は手のひらを差し出してきた。キャロルはそれを見て困惑する。
「なに?なにか欲しいの?食べ物?」
竜は首を横に振った。
「なんでしょうね…お金?」
アメスケの言葉に頷く竜。
「嘘だろ、いくら払えばいいんだ…」
シンはとりあえず金貨を十枚取り出して、小さな袋に詰めて渡す。それを受け取った竜は、大きな口でニッと笑って、どこかへ飛んでいった。
「あいつなんだったの…?」
「わからん。俺も長く生きてるが…これはかなり変な出来事だ…」
何はともあれ王都に着いた。それもかなり早く。アメスケは気球の残骸を見てすこし涙を流したが、程なくして立ち直り、三人は街の方へ歩き出した。
街というものは、魔物の侵入や犯罪者の不法侵入を防ぐため、ぐるっと大きな壁を作り、そこの入り口に衛兵を立たせて関所としている。
王都も同じ造りなのだが、壁も関所も巨大で、衛兵の数も多い。三人が関所に着くと、その衛兵が話しかけてきた。
「身分証はありますか」
シンとキャロルが等級証を見せ、続いてアメスケも出す。すると、意外なことがわかった。
「アメスケ、お前六級の冒険者なのか…大した物だな!」
「いえいえ、全然そんなことないですよ。シンさんは…あっ七級…」
アメスケは時々里を出て依頼をこなし、遺跡冒険者になるため等級を上げていたらしい。遺跡冒険者は五級から受験資格が与えられる。
こうして一行は王都グラズヘンの東側に入ることに成功した。身分証さえあれば衛兵はとやかく言わないらしい。等級証の入手難度を考えるとかなりザルだ。だが衛兵に気になる話を聞かされる。
「現在、六級以上の冒険者様には、一度冒険者ギルドに立ち寄るようお願いしております」
「なんで?」
「私も上から言われただけなので詳しくはないのですが、噂では魔王が復活したとか…。その対策で冒険者を集めているそうです」
それを聞いてキャロルとアメスケはひどく驚いたが、ギルドに立ち寄るのは強制ではないらしく、二人はそれを断り、衛兵に教えてもらった街の案内所に向かった。
「やっぱり王都は凄い…。ほら見て、人が空を飛んでる」
「キャロルさん、あれは鳥です」
「ほんとだ…」
王都はこの国で最も魔術の発展した都市。だが流石に、手ぶらで空を飛べる人間はいないようだ。
「そ、そんなことよりさっきの人、魔王が復活したって言ってた。勇者が倒したっていうあの魔王よね?大変なんじゃない?」
「馬鹿馬鹿しい…。早くルーを探すぞ」
キャロルは衛兵の話が気になったようだが、シンは一人だけ七級で、のけものにされたせいか拗ねている。
そんな話をしながら歩いていると、シンがある広場を見つめて立ち止まった。
「シンどうしたの?」
「…なんでもない」
少しシンの様子は変だが、三人は案内所に到着した。ここは王都のあらゆる店を網羅した場所で、一行はルーの手がかりを探すため立ち寄った。
「どんな店をお探しで?」
店員らしき黒猫の獣人がシンに話しかけてきた。店内は掲示板が多く設置されており、掲示板全てにピンで止められた大量の紙がついていて、その一枚一枚に王都で商いを営む店の名前と住所が書かれている。
「人を探してるんだが」
「それって、事件性ある?」
「…ある」
「なら王都警備隊に会うと良い。東側…はダメだな。西側の本部の場所を書いとくから、後は探偵さんも紹介しとくよ。好きな方を選んで」
「探偵?」
「困ったことがあったらなんでも解決してくれて、頭が切れる人探しのプロさ」
店員の猫は四角い紙に、二つの住所を書いて渡してくれた。それを頼りに歩き出す。
「ここか…コメット探偵事務所?」
「可愛い名前ね」
シン達がまず向かったのは探偵事務所だった。そこは喫茶店の上にある小さな店舗。中に入ってみる。
「邪魔するぞ」
「おおいらっしゃい、こっちに座ってくれ」
扉を開けると、四十歳前後の無精髭を生やした体格のいい男性が迎えてくれた。彼の案内で三人は、部屋の奥のソファに座らされる。
「ここには困り事を解決できる人間がいると聞いた」
「おっしゃる通り。依頼の内容をどうぞ」
自信たっぷりにそう言う男に、キャロルは少し戸惑う。
「あの…私たちは探偵って人に会いに来たんだけど…」
「名乗るのが遅れた。俺が探偵のコメットだ」
「えっ、あなたが⁉︎」
キャロルは驚いた。目の前の男は、とてもじゃないが頭脳労働をするタイプには思えなかったからだ。何しろ彼は、身長こそシンと同じくらいだが、胸板は二倍ほどある筋骨隆々な肉体で、顔つきは野生的。人探しというよりは、人殺しが得意そうな見た目をしていた。
その疑念を察したのか、男は探偵らしさを披露する。
「お嬢さんは魔術師、だね。それもかなり優秀な」
「え、そうだけど…」
「子供にしては落ち着いた佇まい、鞄と靴は綺麗だが長年使っている物だ。鞄は誰かから引き継いだ可能性もあるが、履き古した靴を贈る人間はいねーだろう。だからお嬢さんは見た目ほど幼くない、成人した女性だ。そんで晴れてるのに三人とも服が濡れてる。つまり雨が降っている場所からわざわざここに来たってこと、その目的は人探し。そこまでして探すのはよっぽど大切な相手。合ってるかい?」
「…合ってる、凄い…でもなんで人を探してるって分かったの?」
「ここに来る客はほとんどが人探しなんだよ」
見事な推理をしてみせた、このコメットという男。シンは彼の洞察力を高く評価して、ルーの件を頼むことにした。
「今朝、登山の最中に仲間が誘拐された。その仲間を探して欲しい」
「誘拐か…仲間の特徴は?」
「ボサボサの黒髪で、顔に大きな傷がある若い男だ」
「連れ去った奴らはどんなだった?」
「二人組で、一人は腕が長くて全身緑色、フリッカーと呼ばれていた。もう一人はネズミみたいな見た目のカジリって奴で、両方魔術が使えない」
「ん?…そうか、特徴はわかった。確認だが、案内所はここより先に王都警備隊を紹介したはずだ。なんでこっちを?」
「特に理由はない、ここがダメなら次は警備隊を訪ねようと思っていた」
「なるほど…。この依頼受けよう」
「本当か、助かる」
「ただし、近くの店で宝くじをいくらか俺に買ってくれ。それを今回の報酬に貰いたい」
「宝くじ?…俺はあまり運が良い方じゃないぞ」
「…いや、あんたはツイてる」




