49.フォースとショット
五年前、王都西側。
入信したきり帰ってこないギルドの従業員の様子を見に、フォース達は星封堂が持つ教会の一つに向かっていた。
「社長、俺はあのクソ魔術師見つけたら、思いっきりどつくで」
「おい、問題起こすなよ。俺と【ショット】は、みんなが元気そうならすぐ帰るからな」
ショットはフォースの弟で、ギルドはこの兄弟二人が中心になって立ち上げた。
「フォースさん、みんなはあれだけアンタに世話になっといて、出て行ったきり挨拶も無い。なんでそんな奴らの心配するんですか」
カジリの怒り混じりの問いにショットが答える。
「そりゃ心配するでしょ。挨拶どころかみんな、この街に帰って無いんだからさ。それに先生がどこ行ったかも気になんない?」
先生とは、彼らがギルドを立ち上げてからずっと力を貸してくれている人物。一ヶ月ほど前から姿を見せていない。
「あの天才爺さんも星封堂に入信したんやろ!ワッハッハ!」
「フリッカーさん…笑い事じゃないっすよ…」
今と違ってフォース達は、おかしな服装や被り物はしておらず、ギルドの工場で使っている作業着を着ていた。
「なんやあいつ?」
目的地の近くまで来ると、教会に白い仮面を付けた人物が入っていくのが見えた。関係者だろうか。彼らもそれを追いかけて、少し遅れて中に入る。
「邪魔すんでー!」
フリッカーがその長い腕で扉を開けると、中は十数個の木製の長椅子が綺麗に並んでおり、奥には床より一段高い舞台がある。これといって変なところは無い。
「変だな」
フォースが呟いた。
「今さっき入って行ったはず…」
教会に仮面の人物が入ってから一分も経っていない。しかし中には誰もおらず、がらんとしている。どこへ消えたのか。
一行はそれを不審に思い教会の中を探す。だが何も見つからない。
「兄貴、ここの裏ってなんだっけ?」
ショットが舞台の上でフォースを呼んだ。
「この裏は…確か教会が続いてたけどな」
「ならここが壁なのはおかしいぜ」
教会の構造に違和感を覚えたショット。辺りをくまなく探し始める。
「これかな」
床に出っ張りを見つけ、それを押すと壁の一部が扉のように開いた。
「やった!」
「なんでこんな仕掛けが…」
怪しい扉を抜けて奥の部屋に入った四人は、中でさらに怪しい扉を見つける。
扉という物は部屋と部屋、部屋と外など、別のどこかとどこかを繋ぐ存在だ。だがその扉は、部屋の中央に配置されていた。
「これって…」
「どう見ても魔道具だな」
扉の外枠に刻印された術式、はめ込まれた魔石。何かの魔道具なのは明らかだ。しかしその何かが分からない。
「開けたらいいじゃないですか」
訝しむ兄弟をよそに、カジリが平気な顔で扉を開けた。
「…嘘だろ」
ショットは自分の目を疑う。扉の先はどこかの建物の中に繋がっていた。これは離れた空間同士を繋ぐ魔道具なのだろう。
「なんやこれ…。俺らの転送装置みたいなもんか?」
「そうだとして、こんなのを作れるのは…少なくとも俺は一人しか知らないな…」
「あの爺さん、ホンマに入信したんか…いや、拉致られた可能性も…」
「先生の事を今考えても仕方ない。問題はこの扉がどこに繋がってるか。さっき教会に入った奴は、絶対にここを通ってる」
フォース達の前に教会に入っていった仮面の人物はどこにも見当たらない、そうなるとこの扉を抜けていると考えるのが自然だろう。
「俺が行くよ」
ショットは、自分が扉の先に行くと言い出した。
「アカン!危ないわ!こんな隠し部屋まで作ってんねんで?」
「怖いんすかぁ?フリッカーさん」
「アホか、怖いに決まってるやろ!…でもホンマに誰かが入るんやったら…カジリやな」
「そうですね僕なら多少の怪我は怖くない。それに探知魔術にも引っかからないし」
「ダメだ!お前らはここにいろ、俺が一人で行く」
フォースは扉の先に危険を感じたが、帰って来ない従業員達と何か関係があるかもしれない。そう考え、仲間を残し一人で扉を通る。するとどこかの建物の廊下に続いていた。
「なんだここは…」
長い廊下を抜けるとそこは、大きな工場のようになっており、多くの人間が黒い服を着て、何かの部品を作っている。
「あれ?社長?」
作業員の一人に見つかり、フォースは声をかけられた。
「お前…。こんなとこにいたのか、急に来なくなって心配したんだぞ」
「俺も世話になったから挨拶くらいはしようと思ったんすけど…」
どうやら彼はギルドの元従業員らしい。
「ここに一度入ったら、出るのに司祭様の許可が必要で、ギルドには戻れなかったんすよ…」
「監禁されてるのか?ここはなんなんだ?」
「ここは星封堂の工場です。快適ですよ。ご飯にも困らないし、一人一人部屋もある。仕事もあってお金ももらえます。でも社長は入信したわけじゃないでしょ、早く帰った方が良い…見つかったらやばいかも」
星封堂は信者に献金を求めるどころか、仕事を与え、給料を支払っているらしい。
「そうだったのか…。お前はもう戻らないのか?」
「…戻れません」
「許可がいるからか?」
「…まだ魔術師になってないからです」
「あんなの御伽話だろ」
「違う!本当のことなんだ!」
彼はフォースの言葉を否定し、突然大声を出した。注目が集まる。そこにある人物が近づいてきた。
「なんの騒ぎですか」
「司祭様ごめんなさい。…この人が迷い込んだみたいで」
「あなたの知り合い?」
「…いえ、違います」
元従業員は恐れからか嘘をついた。相手はどうやら星封堂の司祭らしい。オレンジ色のマントで身体を覆い、首に黒い何かを巻き付け、顔には白い仮面をつけている。教会の前で見かけた人物だ。
「どなたですか?ここは教徒以外立ち入り禁止ですよ」
「悪いな、道に迷ったんだ。すぐに帰るよ」
「…いえ、もう帰れません」
「は?」
「連れて行きなさい」
司祭がそう言うと、フォースを信者達が取り囲み、そのうちの一人が腕を掴んだ。
「うおぇ!」
掴んできた信者をフォースが蹴り飛ばした。
フォースはこの荒れた西側の街を子供の頃から生き抜き、魔道具開発のため遺跡にも出入りしている。喧嘩にはめっぽう強い。
「邪魔だ!」
フォースは向かってくる信者達を蹴り飛ばして、扉まで戻ろうと走った。だが不気味な恰好をした者達がゾロゾロと現れ、彼を阻む。
彼らは肩の出っ張った黒いローブに身を包み、先が尖った灰色の頭巾を被って、顔には司祭とは違う白い仮面をつけている。そして手に持った杖のような黒い棒を、フォースに向けて威嚇してきた。
「退け!」
不気味な仮面の信者に飛び膝蹴りを放つ。見事顔に命中して一人倒したが、他の仮面信者が黒い棒をフォースに押し当てた。するとその先端が青く光る。
「うぁああ!」
光の正体は電撃。一発でも身体が動かなくなるような激痛を、大勢に何度も繰り返し撃たれ、フォースは失神した。意識のないまま引きずられ、工場の奥へと連れて行かれる。
「起こしなさい」
「ぐぁっ!はぁ…はぁ」
司祭の命令でフォースはまた電撃を浴びせられ、目が覚める。
「あなたは誰?何が目的で、どこから来たのですか?」
「…俺はただ、友達がみんないなくなったから探しに来ただけ…お前らこそこんなとこで何作ってるんだ?」
「聞いてるのはこちらです。名前を教えなさい」
「嫌だね」
「答えろ!」
司祭が倒れているフォースの腹を踏みつけた。
「ぐぇ!」
「まだ痛い目を見たいんですか?」
「…好きにしろよ」
そこからもえげつない尋問は続いたが、フォースは意地でも答えなかった。
「ハァ…仕方ないですね」
司祭は呆れたようにそう言うと、左の手のひらから長い棘のようなものを出し、それを右手で掴んで引き抜いた。
長くて黒くて太いその槍のような棘を、フォースの眉間に突きつける。
「あなたに質問するのはこれが最後です。名前を言いなさい」
「…ははは、お前に教える名前はねーよ」
「ならば死ね」
棘でフォースを刺そうとしたその時、誰かが走って来て、司祭に飛び蹴りを喰らわせ吹っ飛ばした。
「兄貴!元気そうで安心したぜ!」
「どこがだ…目が悪いんじゃねえのか?」
後を追ってきたショットがギリギリ間に合った。続いて他の二人もやってくる。
「社長…生きてんのか?」
「…待ってろって言ったろ」
「大丈夫そうやな。……このチンカス共!!お前ら眼ん玉抉り出して皆殺しや!!」
フリッカーはボロボロのフォースを見て激昂。だが吹っ飛ばされた司祭も、身体を起こして信者達に命令を出す。
「この者達は教会の敵!ここで殺しなさい!」
司祭の命令で仮面の信者達が四人を襲う。だが相手が動き出すより先に、カジリが腰に隠していた短刀を逆手に持って、仮面をつけた信者の一人を滅多刺しにした。
それを見ても敵は怯まず、倒れているフォースにトドメを刺そうと近づく。
「ショット、社長と逃げろ」
フリッカーはそう言うと構えた。彼の拳は相当使い込まれていて、とても歪でゴツゴツとしている。腕を伸ばしてその硬い拳を、向かってきた仮面の信者に叩き込んだ。
「兄貴、行くぞ」
ショットはこの隙に、ボロボロのフォースを肩に担いで扉まで走る。
「逃がすか!」
だが走るショットに向けて、司祭が長く太い槍のような棘を一直線に投げ込んだ。
「避けろ!」
フリッカーが気づいて大声を出す。その声でショットが振り向くも間に合わない。頭を貫かれると思った瞬間。
「な、なぜだ…」
司祭は驚愕した。理由は自らが投げた棘。棘はショットの眼の前、空中で静止していた。
「ショット、降ろしてくれ」
「これ…兄貴が止めてるのか…」
「みたいだな。おい司祭、これは返す」
フォースが指をクイっと動かすと、空中で止まっていた棘の槍が勢いよく飛び、司祭の左肩を貫いた。
彼はこの土壇場で、弟を守るため能力に目覚めたのだ。
次にフォースはフリッカー達と交戦中の、仮面の信者達を念力のような力で吹っ飛ばし、工場を制圧。
仮面をつけていない信者達は非戦闘員なのだろう、司祭の殺せという命令にどうしていいか分からず、オロオロしていた。
「兄貴、身体は大丈夫なのか…?」
「…大丈夫とは言えないな。でも、今度は俺が尋問する番だ」
フォースはそう言って、肩に棘が刺さり倒れている司祭に詰め寄る。
「おい、ここはどこだ、お前らここで何を作ってる」
「…答えると思ってるのか?」
「ああ、思ってる」
フォースは司祭の肩に刺さっている棘を、勢いよく引き抜いた。
「あぁぁぁああ!!」
悲鳴をあげる司祭。その声を聞いてフォースは少し驚く。
「お前…」
そこにフリッカーとカジリがやってきた。
「おい社長、拷問中か?それに、今あいつらぶっ飛ばしたんはなんや」
「後にしろ。それよりこいつに話を聞きてぇんだけど…」
「そんなもん、しばいたらええねん」
それを聞いたカジリが、倒れている司祭の顔を蹴り飛ばした。それにより仮面が外れ、司祭の素顔があらわになる。
「女やったんか!」
司祭は長い黒髪の女で、整った顔立ちをしていた。
「女だろうが関係ない、こいつは僕らを殺そうとしたんですよ」
カジリがそう言って、司祭の肩の傷口を踏みつけた。あまりの痛みに彼女は叫び声をあげる。
「ちょっと自分やめーや、ドン引きやわ…」
「流石に酷いよ」
相手が女と分かって、フリッカーとショットは一気に血圧が下がる。暴行を加えるカジリを非難した。
「おい司祭、殺されないうちに早く話せ。ここはなんの工場なんだ」
フォースがそう言って詰め寄った。彼らはただ教会に、元従業員達の様子を見に来ただけだった。だが隠し部屋に高度な魔道具の扉、そして巨大な怪しい工場を目撃し、さらには武装した信者達に襲われた。
自分達が住むこの街で何が起きているのか、もう見過ごすことは出来ない。
「…殺しなさい」
フォースの問いかけに、諦めたような表情で答える司祭。だがその目つきが、一瞬ギラついた。
「ただ…貴方達も道連れです!」
司祭が小指につけている、青い宝石のついた指輪を、地面に叩きつけて壊す。すると工場のあちこちから爆発音が響き、天井が崩れ始めた。
「何をした!」
「…海に落ちた星が我らを導き船の行く先を示す…大地に落ちた星が我らの…」
司祭は意味不明な言葉を発している。まるで廃人だ。その様子を見たカジリが彼女を殴って気絶させた。
「何してんだカジリ⁉︎」
「なんかの呪文だったらどうするんですか!」
「…確かに」
これで司祭は無力化したが、崩落が進んでおり、避難しなければ信者諸共、全員瓦礫の下敷きになるだろう。
「みんな聞いてくれ!向こうに扉がある!そこまで走るんだ!」
フォースがその場の全員を逃すため叫んだ。それを聞いた信者達。彼らもあの扉を通って来たのだろう、場所は分かっているようで、皆一目散に廊下に走りだす。
「社長、この女どうする?」
「俺が連れて行く、お前らは先にいけ」
「こんな奴助けんのか兄貴⁉︎」
「ああ、こいつには聞きたいことがあるからな」
「…わかったよ。でもその身体じゃ無理だろ、俺がこいつを背負う」
「じゃあ社長は俺が連れてこか」
ショットが司祭を背負い、拷問を受けて傷ついたフォースを、フリッカーが背負った。
「早く!みんなもう入りましたよ!」
「分かっとるわ!」
先頭を走っていたカジリが扉についた。後方の工場からは時折爆発音が聞こえる。
「急いで!」
まずフォースを背負ったフリッカーが先に入った。これで後は、ショットとカジリが扉を抜けて、教会に戻れば全員助かる…筈だった。
司祭を背負ったショットが扉に入ろうとしたその時、最悪が起きる。
背負われていた司祭が目を覚まし、手のひらから棘を出してショットの胸を貫いたのだ。
「ゲホッ…」
血を吹き出すショット。カジリが助けようとするが、近くで大爆発が起こった。
爆炎が廊下を走り、そこまで迫っている。司祭は肩を掴んで離さない。このままではカジリも巻き添えを喰らう。ショットは最善を選んだ。
「ごめん。みんな」
カジリを扉の向こうに蹴り入れたのだ。それから瞬きも出来ぬ間にショットと司祭は爆炎に飲み込まれ、扉はバタンと閉じた。
「おい…」
フォースが扉を開けようとする。しかし足に力が入らない。
「開けろフリッカー!」
その声で慌ててフリッカーが開けるが、扉はもうどこにも繋がっておらず、ただの木の板と化していた。
司祭は工場の場所を吐かずに爆破した。故にフォース達に残された手がかりは無く、ショットを探すことができない。
しかし翌日の新聞の一面。「王都に大穴⁉︎崩落事故発生!」の記事を読んで、彼らは王都の東側に向かう。
工場は地下にあったようで、その崩落事故現場に忍び込み瓦礫の中を探したが、ショットと司祭は見つからなかった。おそらく近距離で爆発を受けたため、形が残らなかったのだろう。




