47.貧困と宗教
ルーとフォースが死者復活の儀式について話していると、フリッカーが怒って出て行ってしまった。
「…行っちゃいましたね。追いかけなくていいんですか?」
心配するルー。しかしフォースは落ち着いていた。
「よくあることだよ。それより、ルー君は王都初めてなんだよね?無理矢理とはいえ、せっかく来たんだし…観光でもする?」
「どうしようかな…やめておきます。危なそうなんで…」
「ははは、確かにね」
ルーは前々から、王都を観光してみたいと思っていた。だが理由があってフォースの提案を拒んだ。それは、工場の窓から見えた街の様子が、スラム街と呼べるほど荒んでいたからだ。
「えっと…ここって本当に王都なんですよね?なんでこんなことになってるんですか?」
「…ああ、もっとキラキラした街かと思ってた?それは東側。俺がガキの頃から、ここ西側は治安が悪い」
王都は二分されている。目に見える壁があるわけでは無いが、国王が住む比較的裕福な広い東側と、貧困層の狭い西側だ。
「街が荒れてるのは、みんな魔術が使えないからだよ、俺達も含めてね…」
「魔術を使えないのと、街の様子になんの関係が?」
「…生きづらいんだよ。君にも分かると思うけど、世の中は魔術を使えるのが前提で、事が進むだろ?」
「…そうですね」
「そんな世界で俺達は欠陥品だ。この街はそのせいで親に捨てられた奴も多い。西側はそういう、世間からいない者のように扱われた、必要の無い人間が行き着く場所なんだ」
「…」
「どんな仕事でも、働ければラッキーだよ。魔術が使えないと、王都じゃどこも雇ってくれない。だからみんな犯罪に手を出す。それで捕まったり…運が悪いと殺される。荒れてるのはそういう理由だね」
王都はこの国で最も魔術が発展している都市。故に職業もそれに関連したものがほとんどを占める。彼らが就ける仕事は少ない。どこかで働けたとしても、大した金は稼げない。
ここを出る者もいるが、近くの街はどこも王都から仕事を貰っているため似たような状況であり、半端に引っ越しても貧困から逃れることはできないのだ。
「同じ人間なのに…」
ルーはこの話に心を痛めた。自分は魔術に憧れはあれど、今まで魔力が無いことで困ったことなどほとんど無かったからだ。たまたま良い場所で育ち、周りにも恵まれた。彼らとの違いはそれだけだった。
「俺達はそんな現状を変えたいと思った。だから昔、フリッカーやカジリ…あともう一人とギルドを立ち上げたんだ」
「ギルドですか?どんな?」
「ギルドって言っても冒険者ギルドとは違う。色んな遺跡を調査して、そこで得た知識で開発した魔道具を売ってたんだ。だから、商人ギルドに近い」
「…それ、凄く楽しそうですね」
「だろ?あの頃はこの辺もちょっとマシになって、毎日が本当に、めちゃくちゃ楽しかった…」
「あの頃ってことは、今は?」
「この工場がそうだったんだけど…ダメになってしまった。もうギルド自体が無いんだ」
「だから昔の職場って言ってたのか…えっ、でもフリッカーさんは、俺を仲間にしようとして誘拐したんですよね。またギルドをやるんじゃないんですか?」
「そうなんだけど、そうじゃないって言うか…。この話はちょっと長くなるかも」
「大丈夫ですよ。まだ一日ありますから」
「ありがとう。なら話そうか」
そこから、フォースは数年前のことを話し始めた。
「ギルドを立ち上げたはいいけど、当初は右も左もわからなくてね、手探りで色んなことに手を出してみた。そんな時、ある人が俺達に声をかけてくれたんだ…」
かつて西側を変えようと立ち上がったフォース達。その話を耳にした有力な人物が、力を貸してくれたそうだ。
「その人を、俺達は【先生】って呼んでた。有名な研究者らしくてね、先生は魔道具の開発のやり方や、遺跡の文字の解読方法を教えてくれたんだ…転送装置も先生が作った。ギルドの従業員が五十人を超えても、あの人のおかげで成り立ってた」
「凄い人だ…」
「…天才だよ。でも先生は俺と同じで魔力はあるけど、魔術は使えない。だから魔道具の開発に何人か、魔術師を雇ってたんだ」
その先生と呼ばれる人物は、フリッカーが話していた、魔力回路が無い人間だったのだろう。これが無い者の作った術式は、どれだけ頭で仕組みを理解していようが、魔術が発動しない。
「ギルドは軌道に乗ってた。でも魔道具の生産が増えていくにつれ、術式を刻印する魔術師の数が足りなくなって追加で雇ったんだ。これが終わりの始まりだった…」
フォースの声のトーンが下がった。
「…ルー君は、星封堂って知ってる?」
「あ!知ってます!魔術が使え無い人が魔術師になれる宗教ですよね?」
「そうその宗教。雇った魔術師の一人が、そこの関係者だったんだ…」
その魔術師はギルドの従業員達に、自分も元々は魔術が使えない人間だったが、星封堂の教会で魔術を使えるようにしてもらった。そんなことを言い出したらしい。
あまりに荒唐無稽、フォースはその話を信じなかったが、他の者達は食いついた。
従業員は皆この辺りの住人。つまり魔術が使えないせいで虐げられてきた人々だ。魔術師になれる、そんな夢のような話を無視できなかったのだろう。
この魔術師を雇うまで、みんな星封堂を名前だけしか知らず、怪しい集団だと思っていた。しかしその実体験に基づく詳しい説明と勧誘を受けて、入信する者が続出したそうだ。
「それでいつしか、みんなギルドに来なくなった」
「そんな…」
「でもいつか戻って来ると思ってた。だからなんとか踏ん張って、俺と先生と残った何人かでギルドの経営を続けてたんだ。…だけど誰も帰ってこなかった。そして何故か、先生も姿を消した…」
宗教に入ったからといって、金銭面の問題が消えるわけではない、むしろその逆だろう。だが入信した従業員は誰一人、ギルドはおろか各々の家にも帰って来ず、この街から姿を消したらしい。
「ただいま」
話の途中でフリッカーが工場に戻ってきた。
「頭は冷えたか?フリッカー」
「俺はいつでもクールやっちゅうの…でも、さっきは悪かったな社長。俺かてショットに会いたいのは一緒やのに。そんで、ルー君にはホンマに悪いことしたわ…ごめんな」
フリッカーは、あまり後先を考えないタイプなのかもしれない。しかし彼は外に出て、自らの行いを冷静になって振り返ったのだろう。そしてルーに改めて謝った。
「…もう怒ってませんよフリッカーさん。それにあなたのおかげで、俺は自分が人間だって自信を持てたんです。ありがとうございます」
「君はええ子やな…やっぱり仲間になってくれへん?」
「あはは、嫌ですよ。…ちなみに皆さんはなんて名前のチーム?団体なんですか?」
「特にこれといって名前は無いな…なんかかっこいいの考えとくわ」
その後カジリも加わり四人で談笑していると、すっかり夜になった。もう少しで冬が来る。風の冷たい夜だった。
「あの、みなさんはなんでそんな…愉快な服装をしてるんですか?」
ルーは言葉を濁したが、彼らは誰が見ても変な恰好をしている。
「ああこれは、星封堂に追われないように顔を隠してるんだ」
「えっ⁉︎星封堂に追われてるんですか?」
「ちょっと揉めててね…。だけど、誰かが奴らを止めないと…」
カジリがそこまで話したところで、ルーの耳が外の音を拾った。
「待ってください。大勢の足音がこっちに近づいてます」
「え、足音?なんも聞こえへんで」
「俺、耳がいいんです」
「ルー君、それは確かか?」
「はい…多分、何十人もいますね…」
彼らには聞こえなかったが、フォースはルーを信じて命令を出す。
「お前ら、出る用意をしろ。俺は少し見てくる」
フォースが裏口から様子を見に行った、フリッカーとカジリは貴重品をリュックに詰めていく。
「間違いない。星封堂の奴らがここに向かってる」
戻ってきたフォースがそう言って、ランプの火を消した。




