45.連れ去られた先で
山にいたはずのルーは、フリッカー達と、見覚えのない工場のような場所にいた。
「ど、どこですかここ⁉︎」
「ここは俺らの昔の職場や」
「…へぇ、そうなんですか。俺、帰りますね」
「もうだいぶ離れてんで?ちゃんと送るから、ちょっと話しようや」
「結構です!帰らせてください!」
「なんでや、お喋りする約束したやんか!」
「その約束は破ります!」
いきなり周りの景色が変わって、軽くパニックを起こすルー。
「にいちゃん落ち着きーや。カジリ、社長呼んできて」
「いいですけど、きっと怒られますよ?」
「なんでやねん。大丈夫やて」
「そうですか、なら呼んできます」
「あんがと」
カジリが誰かを呼びに行った、彼らの仲間だろう。これ以上数が増えるのを恐れたルーは、今が逃げ出すチャンスと見て走り出した。
「うわ!」
しかしフリッカーが腕を伸ばして、ルーの足を弾いて転ばせる。
「いってぇ…」
「なあ、にいちゃん。なんでそんなに帰りたいん?」
「…なんでって、仲間が心配だからですよ」
「あの二人は、そんなに頼りにならへんのか?」
「いえ、そんなことは…。でも、向こうも俺を心配してるだろうし…」
「心配なんかしてへんって、自分、あの魔術師のお嬢ちゃんに、魔物ちゃうかって疑われてたやん」
「それは…」
確かにルーは転送される寸前まで、キャロルに魔物だと、疑いをかけられていた。
「あの嬢ちゃん仲間やろ?やのに手のひら向けて魔術撃つ準備までしてたやん。そんなとこに帰んの?次は撃たれるで?」
「…話せば、分かってくれるはずです」
そうは答えたが、キャロルの事を思うと、ルーは暗い気持ちになった。その感情が、一刻も早く山に戻りたかった彼の心を、少し抑えつける。
「…だいたい、なんで俺をここに連れてきたんです?」
「そうやそうや、それが話したいことやねん」
「…なんですか?」
「にいちゃん、俺らの仲間にならへんか?」
突然意味不明な提案をするフリッカー。それに対して、ルーは即答する。
「えっ嫌です」
「まぁまぁ、いきなり言われたらそうなるわな。でもな、ちょっと説明させて」
「説明…?なんの?」
「にいちゃんの背中から生えてた、あの腕のことや」
「ウデウデのこと…何か知ってるんですか?」
「多分やけどな、分かるで」
フリッカーはウデウデについて、何かを知っているらしい。ルーは少し興味が湧いた。
「でもその前に自己紹介しよか。俺はフリッカー。さっきのネズミみたいなんがカジリや。にいちゃんは?」
「…ルーです」
「ルー君か、よろしくな」
「よ、よろしくお願いします…フリッカーさん」
お互いの名前が分かったところで、フリッカーは早速説明を始めた。
「ルー君も魔力無いんやろ?」
「はい…フリッカーさんもですよね?」
「せや、無い。でもな、俺にはこれができんねん」
そう言ってフリッカーは、腕を伸ばして、遠くにあったコップを取った。
「凄いやろ」
「凄いです!前に会った時も思ったんですけど、なんで腕が伸びるんですか?」
「これはな、俺が【怪人】やからやねん」
怪人という言葉を出してきたフリッカー。それは、ルーが聞いたことの無い単語だった。
「怪人?怪しい人ってことですか?」
「…まあそうやねんけどな。世の中には俺らみたいに魔力無かったり、魔術使われへん奴ってそこそこおるやろ?」
「魔力が無い人と魔術が使えない人って、一緒じゃないんですか?」
「ちゃうねん。魔力あっても魔術使われへん奴がおんねん。【魔力回路】って聞いたことない?」
「まりょくかいろ?」
「ちょっと脱線するけど、教えたるわ…」
魔力回路とは、人間の脳に存在するといわれる器官。これにより人は、術式に魔力を乗せることができるとされている。
それゆえに、生まれつきや病気や事故など、なんらかの要因でこの魔力回路が無かったり、未発達であったり、または損傷してしまうと、その人間は魔術を使えなくなってしまう。
魔力回路の無い人間が、どれだけ呪文を唱え、術式を書こうが、それはただの文字なので、そこに魔力を流しても、魔術は発動しない。
だがそういった人間でも、正常な魔力回路のある他人が書いた術式には、自らの魔力を流して発動させることができるため、魔道具などは扱うことができるのだ。なので魔力が無い人間よりは、マシだと言える。
しかし魔術を使えない人間は、魔力を持たない者よりもずっと多いので、問題の規模としては大きい。
「…へぇ。初めて知りました」
「そんでまぁ話戻んねんけど。そんな奴らの中に、たまーにやけど変な力持ってる奴がおんねん」
「変な力?」
「せや。例えばめっちゃ力が強いとか、俺で言ったら腕伸びるとかな」
「…え」
「そういう奴のことを、怪人って呼ぶねん」
フリッカーの話では、魔力が無かったり魔術が使えない者の中に、稀に異能を持った人間がいて、その者達を怪人と呼ぶそうだ。彼の腕が伸びるのも、そのためだという。ルーには心当たりがあった。
「フリッカーさんは、俺もその…怪人だって言いたいんですか?」
「その通りや。山でお嬢ちゃんが言っとったやん。ルー君は魔力無いのに、二人も抱えてとんでもない速さで階段駆け上がったって」
「それって、そんなに変なことですか?」
「普通は無理やろ。確かに身体能力を上げる魔術はある。でも魔力無かったら使われへんし。背中から腕が生えるってのは聞いたことないけど、それでもルー君は、怪人で間違いないと思う」
ルーは幼い頃から力が強く、足も早い。だからこそ、重たい荷物を運ぶ配達の仕事に就いているのだ。そのうえ背中から生えた腕。フリッカーの言っていた、怪人という人々が本当に実在するのなら、彼の見解は正しいように思える。
「俺は本当に、その…怪人なんですか…」
「せやな。俺からしたら、そうとしか考えられへん」
「そうですか…絶対ですか…?」
「おん、俺ら同類や。だから仲間に…どないしたん⁉︎」
ルーが突然涙を流した。いきなりのことに、フリッカーはギョッとする。
「だ、大丈夫か⁉︎普通の人間じゃないって言われて、ショックやったんか⁉︎」
「…違います…嬉しいんです。普通じゃなくても…人間なんですよね?俺は魔物じゃないんですよね…?」
ルーはもちろん、自分が人間だと思っている。だがキャロルに疑われたことで、もしかしたら、本当は魔物なのかもしれないと、僅かに思ってしまっていた。十九歳の青年は不安だったのだ。
「…当たり前やんけ!大丈夫や、ルー君は人間や!俺たちは…人なんや…」
安心して泣いているルーを、フリッカーが長い腕で優しく包み込む。マスクで顔は見えないが、何故か彼も泣いてる。
そこに、誰かを連れてカジリが戻ってきた。
「お待たせ…どういう状況?」
「…おお社長!ええ土産持って帰ったで!」
フリッカーが、鼻水を啜りながらそう言った。
「フリッカー、なんで泣いてんだ?それに、もう一人は誰だよ」
「社長、この子が土産や」
「はぁ?【卵】はどうした」
「卵は無かったわ。まず【不死鳥】がおらんかったし」
「そうか…残念だな。まぁまた探すさ。それで、その子は誰なんだよ」
社長と呼ばれるその人物は、フリッカーとカジリに負けず劣らずおかしな格好をしており、青いモフモフの服を着て、頭にはアヒルのような被り物をしている。
「この子凄いねん。聞いたらビビるで?……あれ?」
フリッカーはそう言って、自身たっぷりにルーを紹介しようとする。だが何故か、ルーはフリッカーの腕の中でグッタリとして動かない。
「えっ…死体?」
「いや生きとるわ」
しかしルーは、腕と頭をダランとさせて、支え無しでは、座ることもままならない様子だ。慌てたフリッカーが肩を掴んで仰向けに寝させると、ルーの顔は頬がこけ、血の気が引いて青ざめていた。
「どうしたんやルー君!」
「…僕が離れてる間に…何したんですかフリッカーさん」
「アホか!今の今まで元気やってん!」
「おいフリッカー…これは確かにビビったぞ。まさか死んだ人間を持ってくるなんて…」
「違うっちゅうねん!」
三人が騒いでいると、ルーが微かに声を上げた。
「…おなか…すいた…」
そして同時に腹が凄まじい音を鳴らした。どうやら空腹で倒れ、動けなかったようだ。
「…なんや腹減っとっただけかいな。どんなタイミングやねん」
「でもこのままじゃ本当に死にそうだな。顔色が悪すぎる」
「保存庫に何かあったはず。僕持ってきます」
そう言ってカジリが食べ物を持ってきた。それを、地べたに座ったルーが、片っ端から胃袋に収めていく。
「なんぼほど食うんや…」
「…俺、買い出し行ってくるわ」
手持ちの食料では足りないと感じた社長が、追加分を買いに行く。それも含めて、ルーは信じられないほど食べ続けた。
「お腹いっぱいです」
「食い過ぎや」
顔色が良くなったルーを見て、社長は話を戻す。
「それで?お前らは何のために、この腹ぺこを連れて来たんだ?」
「それがな、この子怪人やねん」
「なに?大量に飯を食う怪人か」
「ちゃうちゃう。背中から変なん生えんねん。ルー君ちょっと見せたってや」
「すいません、眠くなっちゃいました。後でもいいですか?」
「なんでやねん!」
「おやすみなさい」
「食うだけ食っといて…」
満腹になったルーは、誘拐されているとは思えないほど穏やかな顔で眠りについた。




