43.常識と感情
「消えた…これが瞬間移動か…」
目の前でフリッカーが旅行カバンを開き、ルーと一緒に姿を消した。シンとキャロルは山に取り残される。
「シン、ルーが…消えちゃった…」
「そうだな。とりあえず鬼熊の角でも持って帰るか、何かに使えるかもしれん」
シンはそう言って、キャロルが破壊した鬼熊の頭部を漁り出した。
「アンタ…なんでそんなに落ちついてるの…?」
「慌ててもどうにもならん。…くそ、片方しか入らないな」
鬼熊の禍々しい角を一本、袋に詰めたシン。そして彼は、収納魔術で回復薬の瓶を取り出し、中の黒い液体を飲み干した。
「よし、ここでやれることはもう無い。下山するぞ、つかまれ」
「えっ?」
シンは上着を脱ぐと、キャロルを小脇に抱え、崖から飛び降りた。
「イヤァァァアア!」
そして飛ぶように山を降り始める。彼の着ている黒い服がまるで、コウモリの翼膜のように空気を掴んでいた。
「…ハァ…シン、今…飛んだの?」
無事地上へと降り立った二人。キャロルは叫びすぎて声が枯れている。
「いや、浮揚魔術を使って滑空しただけだ」
「浮揚魔術で滑空…本当に?ちょっと飛んでなかった?」
「…気のせいだ」
「気のせいか…そうね、そうよね。だけどこんなこと出来るんなら、熊から逃げる時に使えばよかったじゃない」
「俺は前にも鬼熊の咆哮を受けてる。あれを空中で喰らったら、間違いなく怪我では済まない。それに、さっきは風が強かったからな」
「…なるほど」
登るのには半日かかったが、下山はすぐに済んだ。話題は消えたルーへと移る。
「ルーは…連れ去られたのよね」
「だろうな」
「一体何のために…」
「さあな」
「シンはどうするつもりなの…?」
「連れ戻すに決まってるだろ」
「どうやって?良い案があるの?早く見つけないと、何されるかわからないわよ」
「それは後で考える。だが、キャロルにはもう関係のない事だ、気にするな」
「なんで関係ないのよ⁉︎」
「お前はルーを魔物だと考えてるんだろ?魔物を助けに行くのか?」
「それは…」
キャロルは状況証拠から、ルーを魔物だと思っている。魔物は危険な存在。彼女はルーを受け入れられず拒んだ。
そしてそのルーは誘拐されてしまっている。色々な事が起こったせいで、頭の整理がついていないのだろう。キャロルは黙ってしまった。
「責めてるわけじゃない。仲間が魔物かもしれないとなったら、混乱するのも分かる。だが、仮にルーが魔物だったとして、それがなんなんだ?」
「…どういう意味?魔物だったら…一緒にはいられないわ」
「何故だ?ならルーが犬だったらどうだ?問題あるのか?」
「犬なら問題無いけど…犬と魔物は違うでしょ…」
「違わない。山頂でも話したが、動物と魔物に差はない。人間にとって危険な動物を、魔物と呼んでいるだけなんだ。ルーはお前にとって危険な存在なのか?」
「そんなことは…」
「俺も付き合いは短いが、アイツはかなり良い奴だと思う。まぁ、頭はあまり良くないがな」
「…私だって、そう思ってるけど…」
「そもそもルーの父親は…いや、なんでもない」
「?」
シンとしては、ウデウデについての揉め事が無くとも、キャロルとは今回限りのつもりだった。故にどう思われていようと、もう知ったことではないはずだが、何故か彼女には、ルーを魔物だと思って欲しくなかったのだ。
答えを出せないまま、二人は数時間歩いてフラウの街へと帰った。
「キャロル、お前はどうする?」
「私は…」
「良いんだ。無理をするな。最後にこれをやる」
街に入ると、シンが収納魔術で袋を取り出して、キャロルに渡した。
「これ…なんでこんなにくれるの?」
中には数十枚の金貨が入っている。
「魔術の学校を作るんだろ?お前には今まで世話になったからな、足しにしてくれ」
「…あ、ありがとう」
「元気でな」
そう言い残して去って行くシン。そのあっさりとした言葉が、最後の別れの挨拶だと、キャロルも理解している。ポツンと取り残された彼女は、背の低さも相まって、迷子の子供のようだった。
「はぁ…厄介なことになったな」
キャロルと別れたシンは、そんな独り言を言いながら、ボーペン武具店に入って行く。ルーを探しに行く前に、消耗品を買い足しに訪れたのだ。
「いらっしゃいませ」
店員の女が迎えた。シンはその女に声をかける。
「おい店員、収納袋と魔石を…」
「シンじゃねえか!」
話していると、店の奥から鍛治師のベルドが出てきた。
「ベルドか、悪いが今は時間が…」
「出来てるぜ、アレ」
「なんだと…!」
「ちょっと待ってろ」
ベルドが奥に消えて、すぐに戻ってきた。手にはなにやら、奇妙な形の金属製品が握られている。
「俺の最高傑作だ」
「…ということは、あの赤い石は探していた物だったのか?」
赤い石とは、カエルの里で殿様がくれた石のこと。
「間違いねえ【星のかけら】だ」
「そうだったのか…。詳しく話をしたいが、俺はすぐに行かなければならない。ベルド、早速で悪い、これの使い方を教えてくれ」
「おう。でもなあシン…これは時代を変えるかもしれねえぞ」
「…楽しみだ」
シンはベルドに、その金属製品の説明を受け、消耗品を買い足して店を出た。そして自らの屋敷へと向かう。
屋敷の近くまで行くと、慌てた様子のコウモリが飛んできた。
「チュイチュイ!」
「レジブリ、どうしたんだ」
コウモリの名はレジブリ。前にルーに聞かれた時は、シンは自分の部下だと答えていた。その部下は何かを伝えたいようだが、言葉が分からない。しかし、シンはすぐに理解した。
「…なんだこれは」
庭に奇妙な物が置かれていたのだ。それはかなりの大きさで、下半分が木材を編み込んだかごになっており、その上を布で覆っていた。テントのように見える。
「誰がこんなところに、ここは一応敷地内だぞ」
シンがテントの前まで行くと、中からある人物が姿を現す。
「あ、シンさん!お待ちしてました!」
「…お前、何をしてるんだ」
出てきたのはなんと、アマガエルの獣人、アメスケだった。
「シンさん達に会いに来ました」
「何のために?」
「この間は、朝早くに里を出たでしょう?だから挨拶も出来ませんでしたし…」
話を聞くと、殿様を救ってもらったアメスケは、自分からも何か礼をしようと、このフラウまでやってきたそうだ。シン達の場所は、ヒナメに聞いたのだという。
「そうだったか。だがそれにしても、よくこの屋敷が俺の家だと分かったな」
「大変でしたよ、ルーさんの家の場所はすぐに分かったんですが、近くに【これ】を停める場所がなかったんです」
これとは、庭に設置しているテントのことだろう。
「だからシンさんの家を探したんですけど、なかなか分からなくて…」
そうして、アメスケは途方に暮れて、街の酒場に入ったそうだ。すると親切なツバメの獣人に出会ったのだという。事情を話すと、ツバメはシンの特徴を聞いて、屋敷の場所を教えてくれた。
だがシン達は山に行って留守だったため、屋敷の表の庭に、このテントのような物を張って、帰りを待っていたらしい。
「なるほどな、そいつはルーの上司だ。…まさか、勝手に人の住所を教えるような奴だとは…」
「お知り合いの方にたまたま会えて、本当に助かりましたよ」
「知り合いというほどでは…まあいい。せっかく来てもらって悪いんだが、今は緊急事態でな、また今度にしてくれ」
「緊急事態?何があったんです?」
「遺跡でやり合った妙な格好の二人組がいただろう。アイツらとまた出会して、ルーが攫われたんだ」
「えぇ⁉︎」
そこから詳しい話を聞き、アメスケの緑色の顔が青ざめる。だがシンは、混乱を招くと思ったのか、ウデウデのことは話さなかった。
「じゃ、じゃあ、今から助けに向かうのですか?」
「その通りだ」
「せ、拙者も行きます。お共させてください!」
「助かるが、どこに連れ去られたのか分からなくてな」
「それは困りましたね…あの、前回いらっしゃった魔術師の、キャロルさんにはご協力いただけないのでしょうか?」
「アイツはもう…力を貸してくれないと思う」
「そうですか…」
シンはウデウデのことを伏せたので、キャロルのことも話していない。
解決策がなく、頭を悩ませる二人。だがそこへ、人影が近づいて来た。
「キャロルさん!シンさん、キャロルさんが来てくれましたよ!」
それは、さっき別れたはずのキャロルだった。だがそれを見たシンは、少し冷たく言い放つ。
「どうしたキャロル、何しに来た」
「…私も行く」
「ん?なんだ?」
「私も行くわ…ルーを取り戻しに行く」
「どうして気が変わったんだ?お前はルーを拒絶してたじゃないか」
「はい?どういう話です?」
事情の分からないアメスケは、一人で首をかしげている。だが二人は、そんな彼に構わず話を続ける。
「私は…わたしは…何度も助けられたのに…それなのに…あの子を責めちゃったの…優しいルーを責めてしまったの」
キャロルは涙を流してそう言った。
「ルーは魔物かもしれないんだぞ?それでも助けに行くのか?」
「…そうね。シン、アンタの言う通りだった。ルーが魔物だとしても…それでもいい。ルーはルーなんだから…優しいルーなんだから」
ルーは魔物かもしれない。魔物とは、一部例外はあるが、その大半は人間に害をなす存在。キャロルの中で、魔物との共存は論外だった。それは多くの人間にとっても共通認識である。だからこそ、冒険者やそれに結び付く職業が成り立っている。
しかしその、魔物が悪という常識を、キャロルの感情が上回ったのだ。
「そうか、なら一緒に行くか」
「うん」
相当な葛藤があっただろうが、彼女はルーを助けに行くと決めた。




