41.光の柱
鬼熊の攻撃を、ルーから飛び出た獣の腕が受け止めた。敵が重傷を負っている今がチャンスだと感じたシンは、前足の一本を斬りつけながら指示を出す。
「キャロル、距離を取って魔術を撃て!」
「…」
「なにしてるんだ!早くしろ!」
しかし彼女は動くことができない、ルーの背中から伸びた二本の腕が、恐ろしい邪気を放っていたからだ。
「…ハァ…ハァ…」
小刻みに呼吸をして、苦しみ出したキャロル。彼女だけではない。フリッカーとカジリも動けずにいる。
そして鬼熊もその邪気を感じ取り、嫌がってルーとウデウデから手を離した。前にウデウデを見た時は、鬼熊は尻尾を巻いて逃げ出している。だが今回は違った。寝床の近くだったからか、戦うことを選んだようだ。
「スゥゥゥゥゥゥ…」
手を離した鬼熊は、立ち上がって空気を吸い込み始める。その行動の意味を、シンだけが知っていた。
「全員離れろ!とんでもない咆哮が来るぞ!」
シンはそう叫ぶと、周りを見て状況を確認する。鬼熊の一撃で、足が地面にめり込んでいるルーの救出は断念。邪気で動けないキャロルを抱えて走り始めた。
「すまん!ルー!」
「そんなぁ⁉︎」
シンが逃げながら謝った。だがただ見捨てたわけではない。丈夫なルーなら、鬼熊の咆哮を受けても死にはしないと思ったのだ。しかし華奢なキャロルでは耐えられない。彼女がここで倒れれば、自分達は有効な攻撃手段を失う。そうなると誰も助からない。考えた結果の行動だった。
「置いてけぼりだー!」
焦ったルーは足を地面から引っこ抜こうとするが、凄まじい衝撃を受け止めたせいで、膝が笑って力が入らない。同じくウデウデも、鬼熊の一撃を受け止めて、ダラんと伸びてしまっている。
「死にたくないよー!」
その絶望に、手を貸す者達がいた。
「にいちゃん!俺の腕掴め!」
「僕のも掴んで!早く!」
何故かフリッカーとカジリが、必死になってルーを地面から引っ張り出そうとする。彼らも邪気の影響を受けている。それにシンの声を聞いて、この場が危険なのも分かっているはず。だというのに、自分達の命も顧みず、ルーを助け出した。
「あ、ありがとうございます!」
「ええから走れ!」
「足に力が入んないんですよ!」
「なんやて⁉︎」
フリッカーが、歩けないルーを引きずって走り出したその時、背後の鬼熊は既に大量の空気を身体に取り入れて、上半身の体積が倍ほどまでに膨らんでいた。
そして大咆哮。近くにいたルー達三人は風圧で飛ばされてしまったが、鬼熊は彼らを狙っていなかった。
狙ったのは先に逃げた二人。鬼熊は邪気を放つルーよりも、右眼を奪ったシンと、強力な攻撃を飛ばしてくるキャロルを危険視したのだ。
「ぐぁあ!」
後ろから咆哮を受けたシンは、キャロルと共に宙を舞う。そして大きな岩に叩きつけられた。
「……シン…大丈夫…?」
二人はかなり強くぶつかったが、キャロルには意識があった。岩に当たる直前、シンが彼女を庇ったのだ。だがそのせいで、シンはうつ伏せのまま動かない。
「うぅ…」
「シン!起きれる?」
「キャロル…俺はいい…奴を…倒してくれ…」
「わ、わかった…」
ウデウデと離れて、キャロルは邪気から解放されていた。そしてシンに言われた通り、彼女は魔術で鬼熊を倒そうとする。しかし問題があった。
「つ、杖が…」
岩にぶつかった衝撃で、キャロルの杖が真っ二つに折れていたのだ。
一方、咆哮の風圧で飛ばされたルー達は、鬼熊と対峙していた。
「よし!なんかわかんないけど動けるぞ!」
恐るべき回復力で、ルーの足は既に万全。ウデウデも元気を取り戻している。そのルーに、フリッカーが声をかけた。
「にいちゃんは魔力無いんやったな?」
「そうです」
「じゃあその、背中から生えてるんはなんや?」
「え、ウデウデですけど…」
「…意味わからへんわ。なんか胸焼けするし。後でちょっと話しようや」
「はい…」
「約束やで」
フリッカーはそう言うと、少し膝を曲げて腰を落とし、肩を入れて、下げた左腕をユラユラと振り始めた。
「かかってこいや、デカブツ」
言葉は通じていないだろうが、鬼熊は彼に応えるように、背中の左前足で襲いかかってきた。フリッカーはその攻撃をステップで躱す。また躱す。
キャロルの爆発魔術で、鬼熊は背中の右前足が使えなくなっているが、それを差し引いても、フリッカーは見事に全てを避けている。
捉えきれずに怒った鬼熊は、背中以外の前足も使って、飛び込むように攻撃を仕掛けてきた。それも躱したフリッカーは、頭の位置が下がったのを見て反撃に出る。
「ここや!」
鬼熊の鼻に、自らの拳を叩き込んだ。それは音が遅れるほどに速い、稲妻のような一撃。
「グォォァァァア」
もがき苦しむ鬼熊。鼻は熊の急所。フリッカーは知ってか知らずか、そこに攻撃を命中させたのだ。
「畜生が!人間様に勝てると思うな!」
確かな手応えを感じたフリッカーは、暴言を浴びせる。ところが、思いもよらぬことが起こった。
「きゃあああ!」
急所を突かれてパニックに陥った鬼熊が、突如走り出したのだ。その方向には動けないシンと、杖の折れたキャロルがいる。
「させるかぁ!」
ルーが鬼熊を追いかけて走り出した。だがいくら足の速い彼でも間に合わない。かに思われたが。
「ナイス!ウデウデ!」
ウデウデが岩や地面を掴んで、ルーを加速させていた。その姿はまるでクモのようだ。
「止まれぇえー!」
追いついたルーは、鬼熊の後ろ足をウデウデと共に掴んだ。すると掴むタイミングが良かったのか、それともパニックに陥っていたからか、鬼熊はバランスを崩して転がった。
「うわぁぁぁあ⁉︎」
足を掴んでいたルーは、転がった勢いで高く放り投げられる。だがウデウデが、洞窟の壁面に腕を伸ばしてガッチリ掴み、そのまま岩壁に着地した。
「ありがとう、助かったよ」
ルーが礼を言うと、ウデウデは片手を壁から離して、親指を立てて応える。
「でも、どうしたらいいんだ…」
ルーは壁にぶら下がったまま考える。鬼熊を転ばせたのはいいが、奴は今にも立ち上がろうとしており、すぐにでもまた暴れ出すかもしれない。
そして見たところ、シンはうつ伏せで倒れていて戦えない。フリッカーとカジリは追いかけて来てはいるが、彼らでは鬼熊に致命傷を与えられない。やはり頼るなら彼女だろう。
「キャロルさん!どうにかなりませんか⁉︎」
「ごめんルー、杖が折れちゃったから、大きな魔術は使えないの!」
「杖が…」
ほとんどの魔術師は杖を持っている。わざわざそんな物を持つのには、いくつかの理由があるが、大きく二つ。身体から出した魔力を集中させるためと、放つ魔術に指向性を与えやすくするためだ。
キャロルは杖が無くとも魔術を使えるが、それでも爆発魔術のような、破壊力のあるものは撃てないらしい。
「ならキャロルさん!【これ】使えませんか?」
そう言って、ルーがポケットからある物を取り出して、キャロルに投げた。
「なにこれ…ルー!危ない!」
キャロルがそれを受け取ると同時に、鬼熊は立ちあがり、壁にぶら下がっているルーを叩き潰そうとした。
「うわ⁉︎」
だがウデウデが壁を走ってそれを回避。しかし攻撃は止まない。鬼熊はまるで虫でも叩くように、前足を振り回す。
「助けてくださいキャロルさん!!」
ルーが壁を逃げ回りながら、切実な叫び声を上げる。
「助けてって言ったって…こんなの使ったこと無いわよ…」
ルーが投げたのは、山に登る前にフニャードで拾った、シンのレイピアだった。キャロルはそれを受け取ったが、これでどうにかなるとは思えない。
「早くどうにかしてください!」
ルーは今のところウデウデのおかげで無事だが、時間の問題だろう。だがここで、倒れていたシンが起き上がった。
「…キャロル、それに思い切り魔力を込めてみろ」
「シン…わかったわ」
キャロルは受け取ったレイピアに、ありったけの魔力を流し込む。それに気づいたルーは、自分の危機も忘れて見入ってしまう。
「すごい…凄すぎる…!」
シンが魔力を込めても、レイピアの剣身はレイピアらしい長さだったが、魔力量の多いキャロルが全力で魔力を込めると、それは光の柱とでも呼ぶべき大きさになった。
「…なんなの…これ…」
「振り下ろせ!」
「なんでもいいわ!喰らえぇえええ!」
光の柱を叩きつけるキャロル。鬼熊はそのまばゆい光に気付き、振り返る。
「バァァァァァア!」
それが鬼熊の最期だった。光の柱は鬼熊の背中から生えた左前足を断ち切って、頭部を破壊した。




