04.魔力と無力
「お腹いっぱいだ」
今日の分の配達は、遅刻と荷車を忘れてきたせいで、明日にまわすらしい。そのことを考えると気が重いが、荷車を倉庫に戻せば今日は帰っていいとのこと。時間に余裕ができた。少し休んであの屋敷に向かう。
休憩を終えて郵便所を出る。入り口の鏡に映った自分の顔は、ほとんど元に戻っていた。こんなにも早く栄養は身体に行き渡るのか、ルーは人体の神秘に感動した。
向かう道中また腹が減って、所長に持たされたちょっと高級な焼き菓子を食べる。そして昨日の出来事を振り返った。
「あの人たしか『ちょうどいい、死ね』って言ってきたんだよな」
屋敷での白髪頭の言葉を思い出す。
「なんだよちょうどいいって…丁度よく人を殺すなよ。それで焦って投げ飛ばした」
そこに違和感を覚える。ルーは腕力には自信があるが、人を片手で投げ飛ばす程では無かった。白髪頭が軽かったのか、それとも火事場の馬鹿力か、どちらにせよ、昨日のような修羅場はもう避けたい。今日は話を聞きにいくのだ。
しばらく歩いて街外れ。霧が出ている。そのせいで、この辺りが一層不気味になる。
白い霧の中を進むと、ぼんやりと目的地が見えてきた。肌が冷たくしっとりする。一晩寝て薄れていた緊張感が、屋敷を見て戻ってきたのだ。
ゆっくり近づくと、門から鳥のような小さな何かが飛び立っていくのが見えた。
「着いた。あれ、無いな…」
門の前まで来て慌てる。たしかここに荷車を停めていたはずだが見当たらない。だが正直それは二の次だ。ルーは屋敷の扉の前まで行き、緊張と興奮を持って昨日と同じく大声を出した。
「すいませーん!荷車取りに参りましたぁ!」
・・・
「入ってくれ」
屋敷の中から、少し遅れて男の声がした、その声は昨日より落ちついている。
(よかった)
ホッとしてドアノブを握る。内側から、今回ははっきりガチャっという音が聞こえた。
(さすが自動扉だな)
扉を開きながら、ルーは出来る限りの柔らかい声を出した。
「失礼しま〜す。昨日はご迷惑おかけしました〜」
中に入ると、白髪頭の男がこちらを見ていた。入ってきたルーに声をかける。
「…本当に玄関から来たんだな」
昨日は不法侵入だったが、今日は入れと言われたから入ったまでだ。ルーは少し不満そうに言い返す。
「昨日も言いましたけど、玄関から普通に入りましたよ」
「普通に…か」
何か思案中のようだ。
男の顔色は相変わらずだが、昨日より体調は良さそうで、今日はボロ布では無く、仕立ての良い服を着ている。もしかしたら貴族かも…。ルーはそんなことを考えていた。
「おかしい、普通に入れるわけがない」
ルーは男が発した言葉の、意味がわからず質問する。
「これ自動扉ですよね?勝手に鍵を開け閉めしてくれるっていう…」
「これは自動扉じゃない、魔術の結界をかけた扉だ。そもそもお前の言う自動扉は防犯用、あれは鍵を閉めるが開けはしない。勝手に配達員が入れたら、意味が無いだろう」
当たり前のことを言われて、ルーは目を丸くした。
「じゃ、じゃあなんで俺は入れたんですか⁉︎」
「それを確かめるために今日は呼んだ。お前、魔術は扱えるか?」
「魔術?無理です。…俺には魔力がありませんから」
ルーには魔力が無い。
人も魔物も動物も、ほとんどの生物は多かれ少なかれ魔力を持っている。ルーのように生まれつき全く無い者は少数だが、魔術が使えないことは、さほど珍しくも無い。
いまの世の中、魔術が使えないからと言って、石を投げられるような、分かりやすい差別を受けることはない。
だが魔術や魔道具の開発が進む現代において、魔力が無いと、それ自体が生活に関わってくる。
例えば魔力が無ければ魔術が使えないのは当たり前だが、魔道具も魔石無しでは扱えない。そうなると、就ける職業の幅も、もらえる給金も変わってくるのだ。
魔力が無い者は、引け目を感じて生きている。
「無力者ってやつか」
「それ、差別用語ですよ」
「すまない…」
男が申し訳なさそうに下を向く。少し空気が悪くなった。それを変えようと、ルーが一つの仮説を立てる。
「あっ、もしかして俺に魔力がないから入れたんじゃないですか?」
「この結界にそんな穴は無い」
気を遣ったルーの案を、男が即座に否定する。よほど自信のある結界らしい。
「時間はあるか?」
「ありますよ」
「試したいことがある。少し待っていてくれ」
そう言って、男は屋敷の奥に入って行った。ルーは父について色々聞きたいが、まずは向こうの疑問に付き合うことにする。
「待たせた」
戻ってきた男の手には、手のひらより少し大きい金色の輪っかが二つ握られていた。
「手を出せ」
そう言われたルーは左手を差し出す。
「両手だ」
右手も出す。男が輪っかをルーの両手に通すと、輪が途端に狭まり左右がひっついた。
「痛っ!なんですかこれ⁉︎取ってください!」
突然手首を締め上げられて、ルーが喚く。
「これは両手を通すと手錠になる魔道具だ」
「魔道具⁉︎やっぱり取らなくていいです!」
魔道具と聞いて手のひらを返す。
男はルーが玄関から入ってきた時、結界が破られたのでは無く、正常に作動していたことに目をつけた。
本当は別の結界で検証するべきだが、用意出来ないため術式の近しい拘束魔術を持って来たのだ。男の読みが正しければ、この手錠も解錠できると踏んでいた。
「外せるか?」
「やってみます」
とは言ったものの、何をどうすればいいかわからない。
「フンッ」
試しに力を入れてみるがびくともしない。二つの輪はもう、完全に一体化している。
「その手錠は真鍮製だ、鋼鉄には劣るが力でどうにかなるものでは…」
「オオオオオオォォ!!!」
男の言葉を遮り破砕音が鳴る。けたたましい咆哮を上げたルーが、馬鹿力で手錠を引きちぎったのだ。壊れた輪っかは放物線を描き、木製の床に落ちて鈍い金属音を鳴らした。
「外れました」
その短い報告は、今日の検証が一筋縄ではいかないことを物語っていた。
「昨日も思ったが、お前…力が強いんだな」
「腕力は元々あるほうなんですけど、こんなに強かったかな?」
「…別の物を取ってくる」
男が少し間を置いてそう言うと、また奥に入っていく。その後ろ姿は、魔道具を破壊されたせいか、少し悲しそうだった。
色々な道具を持ってきては様々な検証をする。ルーは初めて見る魔道具の数々に、目を輝かせていた。その様子に男が尋ねる。
「魔道具が好きか?」
「はい。とても」
「そうか、俺もだ」
魔道具が好きという共通点があり、二人は少し打ち解けた。
「…昨日はすまなかった。お前の言葉を信じず、襲いかかってしまった」
「えっ…こちらこそ勝手に入って、投げ飛ばしてしまい申し訳ありませんでした」
男が謝罪して、ルーがそれを素直に受け止めた。
そこからは昨日の事が、嘘のように和やかな空気が流れた。男の表情が少し柔らかくなる。だが何を試しても納得のいく結果を得られずに、苛立ってもいた。持ってきた魔道具だけが高く積み上がっていく。
「そう言えば」
男が何かを思い出して、胸の内ポケットをゴソゴソする。取り出したのは眼鏡だった。
それはレンズが青い丸眼鏡で、銀色の縁には特徴的なアミュレットが垂らしてある。
その眼鏡を見てルーの顔色が変わった。
「…かっこいい眼鏡ですね」
「あぁ、これは魔力の流れを可視化する魔道具だ。特別変なところは無いな、魔術などもかけられていない。」
「…そうですか、よかったです」
「これで思いつくことは全て試した。時間を取らせて悪かった。お詫びに一つ好きな魔道具を持っていけ」




