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05.誤解と和解

 「…かっこいい眼鏡ですね」


 「あぁ、これは魔力を可視化する魔道具だ」


 男が眼鏡でルーを上から下まで見る。


 「特別変なところは無いな。魔術などもかけられていない。」


 「これで思いつくことは全て試した。時間を取らせて悪かったな。お詫びに一つ好きな魔道具を持っていけ」


 「良いんですか?」


 結局答えは出なかったが、男は満足そうだ。太っ腹にも魔道具を一つくれるらしい。


 普段なら、ここまで胸踊る言葉はないだろう。しかし今のルーは違った。


 「じゃあその眼鏡をください」


 「これは…ダメだ」

 「何故ですか」

 「悪いが譲れない、他のものにしてくれ」

 「それが欲しいです」

 「ダメだと言ったらダメだ」


 男が語勢を強める。


 「なら言い方を変えます。その眼鏡を返してください!」

 「何?」

 「それは、父さんのものだ!」


 男が懐から出したそれは、テールが生前、肌身離さず身につけていた眼鏡だった。


 数年前に遺品を片付けた時、眼鏡が無かったことから、父と共に埋葬されたか、事故で吹き飛んだのだとルーはずっと思っていた。父が死んだあの日も、おそらくかけていたであろうそれを、何故この男が持っているのか?


 不安定なルーの感情が爆発する。

 

 「あんたそれをどこで手に入れたんだ!」


 ルーの前のめりな気持ちが、無意識にその体を一歩、二歩と男に近づけさせる。


 「どうした。落ち着け…父さんだと?」


 大声をだして詰め寄ってきたルーに男が困惑する。


 「眼鏡…父さん…まさかお前、テールの息子か…」

 「父を知ってるんですね」


 ルーが鼻息を荒くする。


 「あぁ、知っている。お前のこともな、ルー」

 「なんで…」


 名前を呼ばれて、頭に登った血が少し引く。


 「そうか、そうだったか、テールの…。質問には全て答えよう。だが落ち着いて話しがしたい。良いか?」


 「…はい」


 「着いてきてくれ」


 男は細い身体をクルッと回し、屋敷の奥に向かって歩き出した。


 ルーはなかなか質問に答えない男に苛立ったが、ここまで来て台無しにしたくない。今からどこに連れて行かれるのか、もしかしたら罠かもしれない。頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


 長い廊下を着いて行くと、抜けた先の扉の前で男が立ち止まった。どうぞと手でジェスチャーされたルーがドアノブを握ると、またしても自動で鍵が開く。こちも同じ魔術がかかっているようだ。


 その扉を、ルーが警戒を解かずに開く。



 「…凄い」


 そこは裏庭だった。

 正面の庭も広かったが、ここはそれより広く、見たことの無い花が何種類も咲いている。綺麗に刈られた芝と揃えられた植え込みは、芸術の域に達していた。そこを一頭の豚が散歩している。


 霧はいくらか薄くなってはいるが、これが無ければもっと綺麗なのだろう。それでも美しい庭園を見たルーは、頭のモヤモヤが霧散するのを感じた。


 「一人で管理してるんですか?」

 「あぁ…今はそうだ」


 男の表情が少し優しくなる。


 「座ってくれ」


 促されて備え付けのベンチに座る。男も隣に座る。二人でしばらく庭園を眺めていた。


 「質問だったな」


 男が沈黙を破る。


 「はい。まずは、名前を教えてください」


 「俺はシンだ」

 

 「シン…」


 ようやくわかった男の名はシン。


 「テールとは仕事仲間だった。二人で各地の遺跡を調べていたんだ」


 (ということはこの人が同行者か、でも…)


 「父にはなんて呼ばれてましたか?」

 「ん?そのままシンだが」


 (この人がウルじゃないのか)

 

 「父はずっとあなた… シンさんと遺跡調査をしていたんですか?」


 「いや。テールは元々、国お抱えの古代文字の研究者だった。だが俺と組んでからはずっと二人でやっていたな」


 「国お抱え?」


 「知らないのか?テールが死んだことで古代文字の解読は数十年遅れる。そう研究者達が嘆いた程あいつは優秀だった」

 

 分かってはいたが、ルーは本当に父について何も知らない。


 「父さん…、父は何も教えてくれなくて、俺も子供の頃の記憶が所々無いんです」

 「記憶が?なるほどな」

 「あの、シンさんはその眼鏡をどこで手に入れたんですか?」

 「これは…」


 この問いに、シンは少し悩んでいるようだった。


 「俺もあの現場にいたんだ」

 「現場って十年前の爆発事故ですか⁉︎」

 「あれは…そうだその事故だ」


 シンが何かを言いかけてやめる。


 「お前は何も覚えていないのか?」

 「はい。事故のことは全く、その前後も記憶が無いです」

 「…そうだったのか。なら今からするのはお前にとって辛い話になる。本当にいいのか」

 「…教えてください」

 「わかった」


 あれは十年前だ。それを冒頭にシンは語り出した。


 王都の近くに小規模の遺跡があって、二人はそこの調査に行く予定だった。王都まではこの街から、荷馬車に乗り船に乗りかえて五日かかる。行き帰りだけで十日だ。テールは幼いルーを置いていけず、調査旅行に同行させた。


 小さな遺跡だ、発見されてから時間が経っていて魔物などの危険も少ない。書いてある古代文字を書き移したらすぐに帰れる。一日で終わるような調査のはずだった。



 「俺とシンさんはその時に会ってるんですか?」


 「いや。俺とお前が会うのをテールが嫌がった。だから俺は一日早く王都に入って、現地で調査に必要な物を揃えていたんだ」



 前日に着いたシンが道具を揃えて、翌日に来たテールがルーを宿に預ける。そこから二人で落ち合って、遺跡に向かう手筈だった。


 調査の当日、朝から雨が降っていた。テール達が到着するまでシンは、宿の近くの市場で魔道具を漁って待っていたそうだ。その時爆発音が響く。

 

 見ると黒煙が上がっていた。まだテールが来る時間じゃない、煙の場所も宿から離れている。だが何か、嫌な予感がしてシンは走った。


 煙の元は教会。瓦礫と死体で、それは酷い有様だった。爆発で抜けた天井からは雨が入っていた。



 「そこに…テールもいた」


 シンが発見した時には、既に生死を確認するまでもない状態だった。


 予定より早く着いたテール達は宿に行く前に、親子で王都を見てまわっていたのだろう。そこを不運が襲った。


 「テールの近くには顔から血を流した子供が倒れていた。お前のことだ。まだ息があったお前を、駆けつけた医療隊に預けて…そこからのことは、俺もあまり覚えていない」


 この眼鏡はその時に、テールの遺体から持ち去った物だという。


 「お前に返す」


 シンは眼鏡を外して折りたたみ、赤い瞳でこちらをジッと見る。


 「大きくなったな。ルー」


 そう言って少し笑った。ルーはその寂しそうに笑う顔を見て考える。


 「その眼鏡は…あなたが持っていてください」


 「いいのか?」


 (俺だけじゃない。この人にとってもこれは大切な形見なんだ。俺は父さんに、他にもいろんなものをもらってる)

 

 「魔力の無い俺が持ってても使えませんし」


 ルーはニコッと笑って見せた。



 

 「でもなんで…倒れてたのが俺だってわかったんですか?だって俺たち親子は…」


 「顔が似てないからか?」


 「はい…。多分俺と父さんは…血がつながってない」


 「確かに顔は似てないが、お前らは本当の親子だ」


 「何を、何を根拠に…」


 「お前は血のつながったテールの息子だ、俺が保証する」

 


 シンになぜそんなことがわかるのか、聞きたいが言葉が出てこない。


 ずっと父を疑っていた。拾われた子だと思っていた。だが父の愛も理解していた。血のつながりだけが全てじゃないことなどわかっている。


 でもずっと、この言葉が欲しかったのかもしれない。やっと本当の親子になれた気がした。


 シンの根拠はわからないが、今はそれでもよかった。ルーは静かに、だが大粒の涙を流していた。




 「落ち着いたか」


 穏やかな口調でシンがハンカチを渡す。


 「もう大丈夫です。取り乱しちゃってすみません」


 ルーは受け取ったハンカチでグショグショになった顔を拭く。その時シンが尋ねた。


 「お前紅茶は好きか」

 「嫌いじゃないです」

 「少し待ってろ」


 シンは屋敷に戻って行った。待っている間ルーは庭園を眺める。


 「綺麗だなぁ」


 気づけば霧は晴れていた。

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