05.誤解と和解
「…かっこいい眼鏡ですね」
「これは魔力を可視化する魔道具だ」
男が眼鏡でルーを上から下まで見る。
「特別変なところは無いな。魔術などもかけられていない。」
「それは…良かったです」
「これで思いつくことは全て試した。時間を取らせて悪かったな。お詫びに一つ、好きな魔道具を持っていけ」
「良いんですか?」
結局答えは出なかったが、男は満足そうだ。太っ腹にも魔道具を一つくれるらしい。普段なら、ここまで胸踊る言葉はないだろう。しかし今のルーは違った。
「じゃあ、その眼鏡をください」
「これは…ダメだ」
「何故ですか」
「悪いが譲れない、他のものにしてくれ」
「それが欲しいです」
「ダメだと言ったらダメだ!」
男が語勢を強めてそう言った。しかしルーは怯まない。
「…なら言い方を変えます。その眼鏡を返してください!」
「なんだと?」
「それは父さんのものだ!」
男が懐から出した眼鏡は、テールが生前、肌身離さず身につけていた物だったのだ。
ルーが数年前に遺品を片付けた時、眼鏡が無かったことから、父と共に埋葬されたか、事故で吹き飛んだのだとずっと思っていた。
父が死んだあの日も、おそらくかけていたであろうそれを、何故この男が持っているのか?盗んだのか?それとも十年前の爆発事故に関わっているのか?不安定なルーの感情が爆発する。
「その眼鏡に付いてる三日月は!俺が父さんの誕生日にあげた物だ!あんたそれをどこで手に入れたんだ!」
ルーは威嚇するようにそう叫んだ。そして彼の前のめりな気持ちが、無意識に体を一歩、二歩と男に近づけさせる。
「どうした、落ち着け…」
大声を出して詰め寄ってきたルーに、男は困惑していた。
「父さんだと…?眼鏡…父さん……」
「とにかくそれを返せ!」
ルーが鼻息を荒くする。手にナイフでもあったなら、もう間違いなく刺しているだろう。だがその燃えたぎった怒りは、次の会話で鎮火する。
「…お前…テールの息子か…」
「やっぱり…!父さんのことを知ってるんだな!」
「ああ知っている。お前のこともな…ルー」
「なんで…俺の…」
突然名前を呼ばれて、意表を突かれたルーは、頭に登った血が少し引く。男はそんなルーを見て少し笑った。
「…そうか、はは…そうだったか、テールの…。質問には全て答えよう、だが落ち着いて話しがしたい。良いか?」
「…はい」
「着いてきてくれ」
男は細い身体をクルッと回し、屋敷の奥に向かって歩き出した。
教えていない名前を呼ばれて、少し驚いたルー。言われた通りに着いていく。
男の後ろを歩いている間、ルーの緊張感が高まっていった。
今からどこに連れて行かれるのか、もしかしたらこれは罠で、殺されるかもしれない。かと言って、ここまで来て逃げ出すのも嫌だ。ルーは頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
そんなことを考えながら、長い廊下を着いて行くと、抜けた先の扉の前で男が立ち止まった。彼にどうぞと手でジェスチャーされ、ルーはその扉を、警戒を解かずに開く。すると…
「なんだこれ…凄い…」
そこは裏庭だった。
正面の庭も広かったが、ここはそれより広く、見たことの無い花が何種類も咲いている。綺麗に刈られた芝と揃えられた植え込みは、芸術の域に達していた。そこを一頭の豚が散歩している。
霧はいくらか薄くなっているが、これが無ければもっと綺麗なのだろう。それでも美しい庭園を見たルーは、頭のモヤモヤがスーッと霧散するのを感じた。
「これ…一人で管理してるんですか?」
「あぁ…今はそうだ」
男の表情が少し優しくなる。
「座ってくれ」
促されて備え付けのベンチに座る。男も隣に座る。二人でしばらく庭園を眺めていた。
「質問だったな」
男が沈黙を破る。
「はい。まずは…あなたの名前を教えてください」
「俺はシンだ」
「シン…」
ようやくわかった男の名はシン。
「テールとは仕事仲間だった。二人で各地の遺跡を調べていたんだ」
(ということはこの人が同行者か、でも…)
「父にはなんて呼ばれてましたか?」
「ん?そのままシンだが?」
(この人がウルじゃないのか…)
「父はずっとあなた…シンさんと遺跡調査をしていたんですか?」
「いや、テールは元々、国お抱えの古代文字の研究者だった。だが俺と組んでからは、ずっと二人でやっていたな」
「国お抱え?」
「知らないのか?テールが死んだことで、古代文字の解読は数十年遅れる。そう研究者達が嘆いた程、あいつは優秀だったんだ」
「そ、そうだったんですか…」
分かってはいたが、ルーは父について、本当に何も知らない。
「自分の父親のことだぞ?何も知らないのか?」
「はい。父さん…父は何も教えてくれなくて、俺も子供の頃の記憶が所々無いんです…」
「記憶が?…なるほどな」
「あの、シンさんはその眼鏡をどこで手に入れたんですか?」
「これは…」
この問いに、シンは少し悩んでいるようだった。
「…俺もあの現場にいたんだ」
「現場って…十年前の爆発事故ですか⁉︎」
「あれは…そうだその事故だ」
シンが何かを言いかけてやめる。
「お前は何も覚えていないのか?」
「はい、事故のことは全く。その前後も記憶が無いです」
「…そうだったのか」
「シンさんは何か知ってるんですか」
「ああ…ある程度はな」
「教えてください」
「構わないが…何も知らないのなら、今からする話は、お前にとって辛いことかもしれない。本当にいいのか」
「それでも…知りたいんです」
「なら話そう。あれは十年前だ」その言葉を冒頭に、シンは語り出した。
「王都の近くに小規模の遺跡があって、俺達はそこの調査に行く予定だった。王都まではこの街から荷馬車に乗り、船に乗りかえて五日かかる。行き帰りだけで十日だ。テールは幼いお前を置いていけず、その調査旅行に同行させた」
シンによると、今から十年前に、ある遺跡を調査するため、シンとテールは王都に行ったそうだ。
その遺跡は発見されてから時間が経っていて、魔物などの危険も少なく、書いてある古代文字を書き移したらすぐに帰れる。一日で終わるような調査のはずだったらしい。
「俺とシンさんはその時に会ってるんですか?」
「いや。俺とお前が会うのをテールが嫌がった。だから俺は一日早く王都に入って、現地で調査に必要な物を揃えてたんだ」
前日に着いたシンが道具を揃えて、翌日に来たテールがルーを宿に預ける。そこから二人で落ち合って、遺跡に向かう手筈だった。
「調査の当日、朝からジトッとする嫌な雨が降っていた。お前らが到着するまで俺は、宿の近くの市場で雨宿りしながら魔道具を漁って待ってたんだ。だがいきなり爆発音が響いた…。その音を聞いて辺りを見ると、少し離れた所で黒煙が上がっていた。まだ到着時間には遠い、場所も宿からは離れている。だが何か、嫌な予感がして俺は走った。煙の元は教会でな、瓦礫と死体で酷い有様だったよ。爆発で抜けた天井から、雨が降ってたのをよく覚えてる…そこにテールもいた」
シンが発見した時には既に、テールは生死を確認するまでもない状態だったそうだ。
「テールの近くには、顔から血を流した子供が倒れていた。お前のことだ。まだ息があったその子供を…駆けつけた医療隊に預けて…そこからのことは、俺もあまり覚えてない。この眼鏡はその時に、テールの遺体から持ち去った物だ。お前に返す」
シンは眼鏡を外して折りたたみ、赤い瞳でこちらをジッと見る。
「大きくなったな、ルー…」
彼はそう言って少し笑った。ルーはその寂しそうな顔を見て考える。
「その眼鏡は…あなたが持っていてください」
「…いいのか?」
(俺だけじゃない、この人にとってもこれは大切な形見なんだ。俺は父さんに、他にもいろんなものをもらってる)
「魔力の無い俺が持ってても、宝の持ち腐れです」
ルーはそう言って、ニコッと笑って見せた。
「でもなんで…倒れてたのが俺だってわかったんですか?だって俺たち親子は…」
「顔が似てないからか?」
「はい…。多分俺と父さんは…血がつながってない」
「確かに顔は似てないが、お前らは本当の親子だ」
「何を、何を根拠に…」
「お前は血のつながったテールの息子だ、俺が保証する」
シンになぜそんなことがわかるのか、聞きたいが言葉が出てこない。
ずっと父を疑っていた。拾われた子だと思っていた。だが父の愛も理解していた。血の繋がりだけが全てじゃないことなど分かっている。
でもずっと、この言葉が欲しかったのかもしれない。やっと本当の親子になれた気がした。シンの根拠はわからないが、今はそれでもよかった。ルーは静かに、だが大粒の涙を流していた。
「落ち着いたか」
穏やかな口調でシンがハンカチを渡す。
「もう大丈夫です。…すみません」
ルーは受け取ったハンカチでグショグショになった顔を拭く。それを見てシンが尋ねた。
「お前紅茶は好きか」
「嫌いじゃないです」
「少し待ってろ」
そう言ってシンは屋敷に戻って行った。待っている間、ルーは庭園を眺める。
「綺麗だなぁ」
気づけば霧は晴れていた。




