03.悪夢と空腹
ルーは子供の頃の記憶が一部欠けている。特に事故当時とその前後が無い。
祖父から聞かされた話では、十年前に父と行った旅先で、爆発事故に巻き込まれたらしい。その事故で父は亡くなり、ルーの顔には大きな傷が残った。
父の名は【テール】。遺跡の研究者だった。
古代遺跡は各国が、国を挙げて調査と解析を進めており、専門の研究者や冒険者、発掘隊などが多数いる。
この大規模な遺跡調査の歴史は、人類が初めて発見した古代遺跡、タクス遺跡から見つかった文章を、八十年前に一人の女が解読したことから始まっている。
解読したその内容は、当時の人類が発見していない未開の地や、未知の魔物の情報、未発見の魔術の術式など、有用な物ばかりだった。
この発表により、どの国も躍起になって遺跡調査に乗り出すこととなる。
ルーは古びた屋敷から逃げ出し、立ち止まってあることを思い出していた。
「あれは… 父さんの匂いだった」
仕事から帰ってきた父が、時々漂わせていた、甘い匂い。それがあの屋敷から香ってきたのだ。
「あそこには近づくなって、自分で言ってたじゃないか…」
なぜあの幽霊屋敷から父さんの匂いが…胸がざわつく。ルーには子供の頃からある強い疑問があった。それは父、テールのこと。
記憶の中の父は、穏やかで博識。だが父は自身の生い立ちや、家族の事は一切教えてくれず。母について尋ねても、「お前が生まれてすぐ死んだ」としか答えず、はぐらかしていた。
さらに、ルーとテールは顔が全く似ていない。幼いながらに、自分は本当にこの家の子なのかと、ずっと疑っていた。
祖父についても、父が亡くなるまでその存在すら知らずにルーは育った。祖父自身も、その時初めて自分に孫がいることを知らされたらしい。
早くに両親を亡くしたルー。しかしお金に困ったことはなかった。祖父がいたのもあるが、テールが多額の遺産を残していたためだ。それはただの遺跡研究者が残せる額を、大幅に超えていた。
思えば父の何もかもが謎だった。
父の事を、あの白髪頭が何か知っているかもしれない。気にはなるが、戻って聞きに行く勇気はない。それに他にも、手がかりとなる物に心当たりがあった。
それは、ルーが何年か前に片付けて以来、触れるのをどこか恐れていた物。優しかった父との悲惨な別れを、ずっと受け入れられなかったのかもしれない。
ルーは自宅に直帰して、父の遺品を改めて整理することにした。
「…当たり前だけど、遺跡関係しかないな」
家に帰り、雨で濡れた髪を布で乾かしながら遺品を整理する。遺品といっても、ほとんどが書類。知らない単語や読めない文字が書かれていて、どれもルーには理解不能だった。
だが紙の束を仕分けていると、一つの手帳を見つける。
乱雑に書き留められたそれは、日記とはいかないまでも、行動記録の様な物であった。遺跡調査に行ったことや、そこで起こったこと、持ち帰った物などが記されている。
その中で気になったのが、度々出てくる「ウルが言うには」「ウルのおかげで」といった【ウル】という人物の存在だ。遺跡調査に同行していた者のようである。書き方からして、随分父と仲が良さそうだ。
この名前に聞き覚えは無い。遺品の中を探しても、これ以上の手掛かりは見つけられなかった。しかしルーは心に決める。
「父さんの秘密を暴こう」
この先自分が何年生きるかわからないが、両親のことを何も知らないのは寂しい。父が何を隠していたのか知りたい。さっき命を落としかけたのに、今は恐怖より好奇心が勝っていた。
ルーは遺品整理を終えると、目眩がして倒れ込むように眠った。
暗い、寒い…
何で何でなんでナンデナンデナンデナンデナンデ!!!
ドチャッ!
「痛ってぇ!」
ダレ?ダレカイルノ?
「ハァ、ハァ…夢か…よかった…」
昨日色々あったせいか、ルーは不気味な夢を見た。暗い場所で動けずに凍えて、そこに何かが落ちてくる夢。
夢でよかったと安堵して、時計を確認すると、翌日の昼になっていた。
「ヤバすぎる!何時間寝てたんだ!」
ルーは早起きだった祖父のおかげで、今まで遅刻というものに縁がなかった。慌てて立ちあがろうとしたが、バランスを崩して転ぶ。同時に腹が唸り声をあげた。空腹で力が入らずに転んだのだ。
急いで家の保存庫の中を、手当たり次第に胃に収める。これで少し落ち着いた。息つく暇なく用意をする。
「行ってきます!」
誰もいなくなった家に、癖づいた挨拶をして飛び出した。
ボサボサ髪の男が、ふらふらしながら郵便所に駆け込むと、そこに低い声が響く。
「ルー君」
声の主は髭を蓄えたツバメ。呼ばれたルーは焦って彼の元へ走った。
「すいません所長!朝起きたら昼で!昼だから朝じゃなくて!」
「わかったわかった、それよりも顔どうしたの?」
言われて、郵便所の入り口にある鏡を見る。映し出された自らの姿に、ルーは言葉を失う。顔色は悪く頬がこけ、襟元から見える胸部は皮膚の下の筋繊維がわかるほど痩せていた。
「君、ゾンビみたいになってるよ」
ゾンビとは、人や動物の死体がなんらかの理由で動き出した生ける屍のこと。大体が腐っている。
やたら腹が減ってはいたが、遅刻で焦って身体の異変に気付かなかった。ここ数日まともに食べれていなかったからかもしれない。
グギュルルルル…虚しい音がなる。
「とりあえず来なさい」
ツバメに促されるままついていく。
彼はこの郵便所の所長。横に長い髭を生やしたツバメの獣人。小さな体に大きな心を持っている。従業員からの信頼も厚い。
所長は事務所に入るなり、保存庫の食べ物を全て出して机の上に並べた。ハムやチーズなどの高級品と、パンがざっと見て十人前はある。
「領主様からの貰いものだよ。食べれるだけ食べなさい、足りなかったら僕のお弁当も上げる」
「やったー!ありがとうございます!」
子供のように喜んで、獣のように貪る。
「食べながら聞いてね」
そう言うと所長は、向かいのソファに腰掛けた。
「ルー君、街外れの屋敷に荷車を忘れて来たでしょ」
「あっ…」
言われるまで完全に失念していた。
「その事で今朝お客様が来たんだ」
「えっ⁉︎客?…その、白髪頭の男の人でしたか?」
ルーが恐る恐る確認する。
「そうだよ、やっぱり君のことか」
白髪頭が、こちらより先に行動を起こしてきた。所長の話にパンを掴んだ手が止まる。
「真っ白な頭の男の人が『家の前に荷車を忘れているようだから取りに来て欲しい』って尋ねて来たんだよ。だから僕は、申し訳ございませんでした。今から取りに向かいますって言ったんだ」
「…ホントすいません」
謝罪しながらハムを頬張る。
「そしたらさ『昨日の男の人に頼みたい、とても丁寧で優しい奴だったから』って言うんだよ。正直何かの間違いかと思ったね。だって君は丁寧でもないし、優しくもないだろ?」
所長はいい人だが、少し失礼なところがある。しかし白髪頭は、何故か昨日の事を話さなかったらしい。ホッとしてチーズをパンに挟む。
「しかも場所はあの、幽霊屋敷だって言うじゃないか。かなり怪しいと思ったから、承知しました。とだけ伝えて帰ってもらったんだ。それで君が来るのを入り口で待ってたのに、お昼になっても来ないから心配してたんだよ」
どうやら随分と所長に気を遣わせてしまったようだ。
「昨日何かあったのかい?」
所長はちゃんとした大人だ。ルーは素直にそう感じた。仮に昨日の事を全部話しても、「そりゃ災難だったね、一緒に謝りに行こっか」と返してくれるだろう。
これまでなら話していたはずだ。だが今は、父の秘密を探るという目的がある。
(どうやら向こうも、俺に用があるみたいだな、こっちも一対一で話しがしたい)
「あの、昨日は雨がひどくて…。最後の届け先だったあの屋敷で、雨宿りさせて貰ってたんです。そこで…色々話して、少し仲良くなりました」
優しい所長に、心の中で謝りながら嘘をつく。
「なんだそういうことだったのか、安心したよ。なら栄養補給して、ちょっと休んだら行っておいで」
なんとか誤魔化せたみたいだ。かなり心が痛んだが、必要な嘘だ仕方ない。しかしもう一つ、所長に言わねばならないことがある。
「あの、所長!言いにくいんですが…」
「どうしたの?やっぱり何かあるのかい?」
「…お弁当もください」
ルーは出された食料を食べ尽くしていた。




