39.転送と逃走
山に臨界鳥はおらず、山頂は鬼熊の巣になっていた。その鬼熊から逃げたルー達三人は、逃走中に、フリッカーとカジリに遭遇する。彼らは五人で洞窟の岩に隠れた。
「あいつ、入ってきたわよ…」
岩の裏に隠れてすぐ、重たい足音が洞窟内に響き渡る。鬼熊が追いついたのだ。それを聞いたシンが、岩から少し顔を出して様子を伺う。
「間違いない、フニャードで戦った鬼熊だ。それにしても…息も切らしてないな…」
鬼熊は鼻を動かして、逃げたシン達を匂いで探しているようだ。そして巨体を揺らして追いかけてきたにも関わらず、疲れた様子がない。一方こちらは長い距離を走って、ルー以外は息が上がっている。シンは状況を考えて、フリッカー達に声をかけた。
「おいお前ら、前に遺跡から一瞬で姿を消しただろ、あれは瞬間移動なのか?今それを使えないのか?」
シンはカジリが背負っている、大きな旅行カバンを指差してそう言った。前回会った時、この二人は明らかに瞬間移動をしていた。シンはそれを使って、ここから逃げ出そうと考えたのだ。
「…それは教えられへん」
「なんだと⁉︎この状況でそんな事言うな!」
「待て待て!…じゃあ交換条件や。それに答える前にこっちから質問させてくれ、自分らはこの山の一番上まで登ったんか?」
フリッカーがおかしな事を聞いてきた。
「ああ登った。それがなんだ?」
「上はどうなっとった?なんもおらんかったか?」
「山頂は、あの熊の寝床になっていた」
「…そうか…そうやったか」
「答えたぞ、次はこちらの問いに答えろ。お前らは瞬間移動できるのか?」
「…できる。まあ俺らは【転送】って呼んでるけど」
この返答にキャロルは驚く。
「やっぱりアンタ達、瞬間移動してたのね…それはどのくらいの距離を移動できるの?」
「試してへんけど、距離に限界はないんちゃうか」
「嘘でしょ…一瞬でどこまでも行けるなんて…それは今すぐ使えるの?」
「使えるで。でも一回に飛べるのは、俺とコイツ入れて三人までや。自分らの内、誰か一人やったら一緒に連れてったる」
フリッカー達は本当に、瞬間移動を実現しているらしい。だが彼の話では、三人までしか移動することが出来ないそうだ。
「三人か…」
シンは考える。逃げられるのが三人なら、自分達の内、誰か二人はここに置き去りになってしまうということ。
さらにもう一つ問題がある。それは瞬間移動の後だ。仮にキャロルを逃がしてもらったとする。その後、この二人が彼女を無事に解放する保証が無い。
答えを出したシンは、黒い液体が入った回復薬の瓶を取り出して飲み干した。
「逃げるのは辞めだ。ここで戦うぞ、キャロル、鬼熊を倒せるか?」
「…倒せるか?倒すしかないでしょ。私はこれ以上走れないもん」
キャロルもシンに同調する。
「アンタ達二人は瞬間移動使って逃げなさい」
そしてフリッカーとカジリに逃走を促した。
「じゃあお構いなく、俺らは転送で逃げるわ。行くでカジリ」
「…戦いましょう」
「はぁ⁉︎」
カジリの予想外の返答。何故か彼は逃げないで、戦闘に参加するつもりらしい。
「なんで戦うねん?」
「僕たちはこの女に、遺跡で見逃してもらってます。なのに今度は見殺しにするんですか?アンタそれでも男ですか?」
「…カジリお前、背は低いくせにプライドは高いな」
「フリッカーさんは身体は大きいのに、肝が小さいですね」
「なんやと!」
「とにかく僕は残ります。怖いなら一人で逃げればいい」
「ホンマ頑固やで。…しゃあないな、あんな熊、俺がしばき回したるわ!」
カジリに呆れて、フリッカーも戦う事を決めたようだ。そんな中、一人怯えている人間がいた。
「ほ、本気ですか皆さん…死にますよ…」
「ルー、逃げたっていいぞ。お前一人なら逃げ切れる可能性はある。だが、あいつはどこまでも追ってくるだろう、熊はしつこいんだ。俺やキャロルは、どうあがいても途中で捕まる」
「昨日の小屋まで逃げればいいじゃないですか。あの大きさじゃ、岩の隙間は通れない」
「もしあの岩壁を破壊して追ってきたらどうする?あんな狭い場所で戦うのか?それなら、広いここで迎え撃った方がいいだろ」
「そうですか…」
「よし、どうやって撃退するか考えよう」
五人で戦うことが決まり、シンがフリッカー達に質問する。
「お前らは何ができる?何か強力な魔術は使えるか?」
「殴り合いは得意やで。でも魔術はできへん、俺ら魔力無いから」
「…魔力が無いだと?嘘じゃないだろうな?」
魔力が無いので魔術は使えないと答えるフリッカー。それをシンは怪しむが、キャロルは納得する。
「…だからアンタ達、ルーと同じで、私の探知魔術に反応しなかったのね」
ほとんどの生物は魔力を持っている。探知魔術はその魔力を拾って、場所や数を特定するのだが、ルーのような魔力を持たない人間は、この魔術で捉えることができないのだ。
「魔術を使えない人間は珍しく無いが、魔力が無い者がここに三人もいるとは…」
そのシンの言葉に、フリッカーが興味を持つ。
「三人?俺ら以外にも魔無しがおるんか?」
「あ、俺です」
ルーが小さく手を挙げた。
「自分、魔力無いんか?」
「はい、全く」
「そうなんか…」
フリッカーとカジリが、ルーをジロジロと見る。
「…なんですか?」
「いや、なんでもない。そんで、シンさんやっけ?作戦は?」
ルーが彼らを不審に感じたその時、探知魔術を使っていたキャロルが声を上げる。
「来たわ!」
彼女の言葉を聞いて、全員が飛び出す。それと同時に鬼熊は前足を叩きつけ、今まで五人が隠れていた岩を破壊した。
「…危なかった」
砕け散った岩の欠片が、ルーの真横を転がる。逃げるのが少しでも遅れれば、自分も肉片になっていただろう。
五人は鬼熊と対峙する。
「デカすぎる…」
「あんなバケモンと、命のやり取りせなあかんのか…」
カジリとフリッカーは、敵の大きさに圧倒されていた。その二人に向かって、シンが声をかける。
「よく聞け、あの熊はうちの魔術師が倒す。そのために、俺とお前らで奴の足止めだ」
「…了解です」
「はいよ。…うちの社長みたいに指示出すやん」
シンがフリッカー達と会うのはこれが二度目。ましてや一度目は戦っている。だがそれにしては、彼らはやけに素直だった。
「お、俺はどうすればいいですか?」
「ルーはキャロルの近くでサポートだ。もし俺達がやられたら、その時は二人で逃げろ」
「…わかりました」
「キャロル、できるだけ破壊力があるやつを頼む」
「任せて、渾身の爆発魔術をぶち込んでやるわ」
「…それは頼もしいな」
シンは話し終えると、持っていたレイピアの剣身を出して、鬼熊に向かって走り出した。




