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37.今までとこれから

 シンとキャロルが寝たため、ルーは小窓から外を眺めて物思いにふけっていた。


 (…ミドビルさんの骨を混ぜて、ゴーレムを作った時、なんとなく良くないことだとは思ったけど、まさか禁じられた魔術だったなんて…。これからは気をつけないとな)


 (それにしてもキャロルさん凄い怒ってた。…というか、驚いてたのか…それからシンさんが謝って…何はともあれ、二人が仲直りして良かった)


 (…あの時、シンさん凄い悲しそうだった…魔法使いの話が嫌だったのかな。違う、その話は自分から出してた。ってことは魔女が関係してるんだ。シンさんは確か、三百年は生きてるって前に言ってた。魔女と魔法使いが戦ったのは八十年前だから、もしかすると知り合いだったりして…そんなわけないか)


 「ルー」

 「わぁ⁉︎」


 考えごとに夢中になっていると、シンに声をかけられた。


 「起きてたんですか…」

 「俺は眠らない。それより、寒くはないか?」

 「あっ、確かにちょっと寒いかも」

 「これと入れ替えろ」


 シンが耐寒の魔道具用の魔石を渡した。


 「ルー、少し外に出ないか?」

 「え?いいですよ」


 キャロルはまだぐっすり眠っている。そっと扉を開けて小屋から出た。近くには丸太で作ったベンチがあり、二人はそこに腰掛ける。


 「ちょっと待ってろ」


 座ったシンはそう言って、上着のポケットから収納袋を取り出す。そして中に入っていた、魔道具のやかんとティーセットを出した。


 「そんなの持ってきてたんですね」

 「山で飲むと美味いと思ってな」


 しばらく待つと紅茶の用意ができたので、二人はゆっくりそれをすする。


 「…美味しい」

 「だろ?まあ、茶菓子は無いがな」


 今日は山登りをして、大きなイノシシの群れに轢かれかけ、鬼熊に見つからぬよう息を殺した。さんざんだったが、今は、そんなことまるで無かったかのように、ゆったりとした時間が流れていた。


 「…なあ、ルー」

 「なんですか?」

 「さっきキャロルと話していたことだが」

 「ああ…はい」

 「キャロルにはもうやらないと約束したが、俺はまた、ああいうことをしなければならない」

 「…ああいうことって、魔術の禁忌を犯すことですか?」

 「そうだ」

 「どうしてです?」

 「それは悪いが言えない。ただ…俺にはどうしても、やらなければならないことがあるんだ」

 「どうしてもですか…」

 「ああ、すまんな」

 「…いえ、俺もすいません。知らなかったとはいえ、キャロルさんの前でゴーレムの話をしたのは軽率でした」

 「いいや、俺が口止めしておくべきだった。しかし、あの時は知らなかっただろうが、これからもお前が俺の手伝いをするなら、今度は知っていて禁忌を犯すことになる」

 「…そうなりますね」

 「ここでやめにするか?」


 シンは夜空を見上げて二択を迫った。ルーにはそれが、もうやめておけという忠告にも聞こえた。空のティーカップを覗いて考える。考えていたのは、質問の答えではない。今までのことを思い返していた。


 「…もしやめるって言っても、俺が母に会いに行く時、シンさんはついて来てくれますか?」

 「もちろんだ。それとこれとは話が別だからな」

 「でも、母はこの大陸の、北の果てにいるんですよね?シンさんが俺についていく理由はなんですか?」

 「…言わせるな、そんなこと。心配だからに決まってるだろ」

 「…そうですよね。……だけど今日は、少し山を登っただけでも、堅牙猛の大群に轢かれかけました」

 「ん?なんの話だ」

 「北の果てへは数ヶ月かかるんでしょ?間違いなく、危険な旅になります」

 「だろうな」

 「なのに…ついて来てくれる…。手伝いますよ、これからも」


 シンは嘘つきだ。墓荒らしも、騙されてさせられた。ルーはそのことも既に理解している。自分が心配だから付いてくると言うのは嘘で、シンには他の目的があるのかもしれない。だが、フニャードで鬼熊と遭遇した時も、遺跡の最下層で竜と対峙した時も、彼は時間を稼いで逃そうとしてくれた。


 ルーがこれからも手伝うと答えたのは、勇気でも無鉄砲でもない、ましてや大金を貰ったからでも、母の居場所を教えてくれたからでもない。自分のために命を張ってくれる人間に、できる限りのことがしたくなったのだ。恩に報いたいと思ったのだ。


 初めは父のことを知りたいと思って、シンに近づいた。怖い思いもたくさんしたが、冒険者を始めたことで、ルーの心は変わり始めていた。


 「禁忌に手を出したやつを何人か知っているが、皆投獄されたか処刑されている。それでも続けるのか?」

 「…もちろん」

 「そうか…なら、これからもよろしく頼む」

 「あの…キャロルさんはどうしますか?今回は許してくれましたけど、次同じことがあったら…」

 「…そうだな。キャロルは人に教えられるほど、ちゃんとした魔術師だ。仲間が禁忌に触れたと知れば、普通なら山を降りていてもおかしくはない」

 「…」

 「それにあいつには、魔術の学校を作るという目的がある。これ以上巻き込むべきじゃないだろう、今回限りだな」

 「…そうですね」

 「北の果てへは、代わりの魔術師を探して行こう」

 「…はい」


 話を終えると二人は小屋に戻り、少し横になる。そして明るくなった頃、キャロルを起こして三人は小屋を出た。


 「こんなに寒いのに、雪が降らないんですね」

 「乾燥してるんだろう」

 「雪なんか降ったらおしまいね。で、何から始める?堅牙猛の毛皮?それとも、とりあえず上まで登っちゃう?」

 「同時にやろう。登っている最中に、堅牙猛が見つかれば狩る。だがここから先は俺も行ったことがない、慎重にな」

 「あと、鬼熊にも気をつけましょうね…。いくら対策があるって言っても、危険な事に変わりはありません」

 「そうね…私は探知魔術に力を入れるわ」


 一行はまた岩の隙間を通り、山を登る。しばらくすると、岩肌の大きな洞窟に辿り着いた。洞窟と言っても、そこは山が横から抉られたようになっており、ルー達から見て右側に、壁となるものがほとんど無い。そのおかげで日光が入り込んでいて明るかった。


 「…なんかここ、凄いわね」

 「鍾乳洞のようになってるな」

 「あっ!見つけました!あそこです!」


 キャロルの探知魔術よりも先に、ルーが目視で堅牙猛を捉えた。右側に二体、左側に一体いる。


 「三体か」

 「思ったんだけど…毛皮が要るなら、私の魔術じゃダメよね?」

 「炎と爆発以外は無いのか?」

 「一応使えるけど…どれも毛皮がダメになっちゃうかも」

 「…お前は本当に攻撃的な性格なんだな」

 「ほっといてよ。アンタこそなんか良い魔術は無いわけ?」

 「俺は攻撃魔術を使えない」

 「はぁ?」


 魔術には魔力の有無や習得難易度の他に、向き不向きが存在している。術者の思想や性格、魔術をどう捉えているかによって、使える魔術の種類が変わってくるのだ。


 「繊細な性格なのね」

 「そうかもな。二人は協力して左側の一体を狩れ、後は俺がやる」

 「えっ、一人で大丈夫?」

 「このくらいならなんとかなるだろう」

 「…わかった。任せるわ、行くわよルー」

 「はい」


 シンが二体を相手にすることが決まると、ルーとキャロルは自分達が担当する、左側の一体に近づき、大きな岩の裏に隠れた。


 「昨日は暗くて分からなかったけど、結構大きいですね。特にあの牙…」


 ルーは昨日、堅牙猛の突進を盾で受け止めようとしていたが、その立派な牙を見て考えを改める。


 「任せて。山に登る前に調べたんだけど、堅牙猛には簡単な倒し方があるみたいなの」

 「えっ!そうなんですか⁉︎」

 「ええ…アンタなら問題ないと思うわ」

 「?」


 キャロルがルーに作戦を共有した。


 「できるかな…そんなこと…」

 「大丈夫よ。アンタ私を抱えたまま、村の壁を飛び越えたじゃない」

 「そうですけど…」

 「それにちまちまやるよりも、これなら一撃ズドンで終わりなんだから」

 「ズドン…わかりました」

 「じゃあまず、私が魔力弾でおびき寄せるわ」

 「魔力弾ってなんですか?」

 「ただ魔力を弾にしてぶつけるだけよ。術式がいらないから呪文も無しで撃てるんだけど、威力はあんまりね」

 「へぇ、そんなものが」

 「…ルー、この方法は簡単だけど…失敗したら多分大怪我をするから、気をつけてね」

 「怖いよー」


 なにやら危険な作戦が始まった。ルーは抜き足差し足、静かに岩の前に出て、キャロルに合図を送る。


 「お願いします!」

 

 それを聞いて、岩陰からキャロルが魔力弾を放ち、見事命中。当てられた堅牙猛は、岩の前のルーに気づいて突進して来た。


 「うわっ!来た!」


 物凄い勢いで迫る堅牙猛。ルーは太ももに力を入れる。


 「ここだ!」


 そして衝突の寸前で、高く跳躍してそれを避けた。堅牙猛は速度を殺せず、岩に激突。大きな衝撃音が響き、ルーは岩の上に着地した。


 キャロルが持って来た作戦は、岩のような硬い物の前に囮を立たせて、堅牙猛の強力な突進を誘発。それを躱して自ら激突させるという、いたって単純なものだった。


 作戦は見事成功。堅牙猛は岩にぶつかって、目を回している。


 「簡単だったでしょ?」


 岩の裏からキャロルが出て来た。


 「…はい、ちょっと怖かったですけど」

 「よくやったわルー。今のうちにトドメを刺して」

 「あ…はい」


 キャロルにそう言われ、ルーは岩を降りた。そして目を回している堅牙猛の首めがけて、槍を突き刺そうとする。だが直前で、ピタッと止まった。


 「…できません」

 「どうしたの?」

 「やったことなくて…」

 「何を?」

 「…生き物を…殺したことが無くて」

 「一度も?」

 「…いや、ウッドホッパーは殺しました」


 無抵抗の哺乳類を殺すのを、ルーが躊躇う。


 「…ごめんなさい」

 「いいわ、私がやる。槍を貸して」

 

 キャロルに槍を渡したその時、倒れていた堅牙猛が暴れ出し、牙を大きく振った。


 「きゃ!」


 それに当たったキャロルが弾き飛ばされる。


 「キャロルさん!」


 ルーはすぐに走って彼女を抱き抱えるが、その間に堅牙猛は起き上がり、二人を睨みつけた。


 「槍が…」


 キャロルに槍を手渡した瞬間に起こった出来事だったため、槍は一緒に飛ばされてしまっていた。ルーはそれを拾いに行きたいが、堅牙猛は今にも突進して来そうだ。


 「ルー…なんともないわ、おろして」


 腕の中のキャロルが、目を開けてそう言った。


 「ごめんなさい。俺がトドメ刺さなかったせいで…」

 「本当に大丈夫よ」

 「…いいんですキャロルさん。…ちょっと掴まっててください」


 堅牙猛はこちらに向かってゆっくりと歩き始め、そして急加速。突進して来た。ルーはキャロルを抱き抱えたまま走り出し、跳躍。別の大きな岩の上に飛び乗る。


 堅牙猛はその岩まで追って来たが、足が短く登れないようだ。ひとまず逃げることができたルーは、キャロルを心配する。


 「どこを怪我しました?骨は折れてませんか?」

 「なんともないって」

 「そんなわけない!あんなに吹っ飛んだんですよ。俺、回復薬持ってます」

 「私にもなんでかわからないけど、ほんっとうに全然問題無いのよ!」


 そう言ってキャロルが、ボーペンに貰った上着のボタンを外して中を見せた。特に血も出ておらず、普通に動けている。


 「そうですか…良かったです…。でもよく無傷でしたね」

 「なんでだろ…あ!このマントよ!」


 キャロルが怪我をしなかったのは、上着の中に着ていた、マントのおかげだった。彼女も忘れていたが、このマントは二種類の術式が刺繍で刻印されており、それが身体から漏れている魔力だけで発動する優れ物。


 そして刻印されている術式は、障壁と防炎。その障壁が発動して、キャロルの身を守った。シンが金貨を三十枚も払った価値が、このマントにはあったのだ。


 「お前ら、怪我は無いか?」


 ルーとキャロルが岩の上に避難している間に、シンは向こうの二体を片付けて、こちらの一体も仕留めていた。


 「アンタの買ってくれたマントが役に立ったわ。おかげで無傷よ。…っていうか、いつのまに倒したの?どうやって?」

 「普通に斬っただけだ。それよりお前ら、毛皮を剥いだことはあるか?」

 「無いです」

 「私も無いわ」

 「そうか、なら俺がやるから見てろ」


 二人は岩を降りて、近くにあった堅牙猛の死体の元へ行く。それには無駄な傷が無く、喉元への一撃で仕留められていた。

 

 「凄い…」

 「…ねえシン、えらく強いのね。どこかで剣術を習ったの?」

 「…昔の話だ、覚えていない」

 「昔?そういえばアンタ、前に退職金がいっぱい出たって言ってたけど、なんの仕事してたの?」

 「魔物を追い返す仕事だ」

 「それって、うちの所長と同じですか?」


 ルーが勤めている郵便所の所長は、他国の元国境警備隊で、森の中で魔物を撃退していた。


 「ああ、似たようなものだ」

 「へぇ、だから強いんだ…」



 そこからシンは、三体全ての皮を一人で剥がし終えた。


 「本来はすぐに適切な処理をせねばならんが、この寒さなら腐らないだろう」


 彼はそう言い、毛皮を収納袋に入れる。だが残った堅牙猛の死体を見て、キャロルはもったいないと感じた。


 「これはどうする?」

 「肉は寄生虫がいる。焼けば問題無いが、そんな物を食べたくはないな」

 「そうじゃなくて、武具屋の店長が牙も買い取るって言ってなかった?」

 「言ってたな、折れば袋に入るかも知らんが…」

 「レイピアでは切れないんですか?」

 「肉や皮なら裂ける。だが骨を断つのは無理だ。お前の馬鹿力でどうにかならんか?」

 「できるかもしれませんけど、壊れそうですね。今はここに置いといて、下山する時に俺が背負って帰りますよ」

 「なるほど、そうしよう」


 三人はまた、山頂へと歩き出した。

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