36.禁忌と倫理
ルー達三人は山の中腹まで登り、危機から逃れて小屋に入った。
「さっきのやつ…こっちまでは来れないだろうけど…。どうする?朝になったら山を降りる?」
キャロルは探知魔術で感じ取った、鬼熊の巨体に怯えている。
「ハッハッハ、怖いのか?熊ぐらい丸焼きにできるんだろ?」
「…確かにそう言ったけど、あんな化け物だと思わなかったのよ…」
「なら実物を見ればさらに驚くぞ、なんせ前足が六本もあるんだからな」
シンが面白がってキャロルの恐怖を煽る。しかし彼とて、前回鬼熊に殺されかけたはず。だが何故か危機感が薄い。
「まあ任せておけ、あいつと遭遇する可能性もあるだろうと、新兵器を作ってきたんだ」
「えっ!新兵器⁉︎それは魔道具ですか?剣ですか?それとも弓?」
ルーが兵器と聞いて、勝手に想像を膨らませる。しかしシンは、茶色くて小さい、地味な玉を取り出した。
「これだ」
「なんすか…これ…」
「辛味の爆弾だ」
それは蛙の里で、ヒキガエルのアガマに渡された物と似ていた。シンは竜と戦った際にルーが使った、匂いと音の爆弾を模倣し、獣が嫌いな辛い匂いに変えて作ったのだ。
「なんだ…アガマさんがくれたやつか」
「どうした?何故そんなに落ち込んでるんだ?」
「もっと凄いのが出てくると思って…」
「馬鹿!これを鬼熊に投げれば、逃げる時間くらいは稼げるだろ、眼にでも当たれば向こうが逃げ出す筈だ!」
「はぁ…そうですね」
ルーは落胆しているが、鬼熊への対策があると分かり、キャロルは少し落ち着いた。心に余裕が出てきたのだろう、話はこの山小屋へと移る。
「山小屋って言うからどんなものかと思ってたけど、結構立派じゃない」
小屋は椅子と机くらいしか無いため片付いており、魔物がここまで辿り着けないのもあって、外側も綺麗だった。
「でも、こんなところに、誰が建てたんですかね…」
「ここは、ミドビルが村人と協力して作ったんだ」
「えっ!ミドビルさんが?…そうだったんですか」
「ミドビルって誰?」
「さっきレイピアを拾った村、あそこの英雄さんです」
「ミドビルは強いドワーフの戦士でな、ルーが持っている盾も、ミドビルの物だ」
「へぇ、そんな英傑がいたんだ…けど村には、誰も住んで無かったわよね?そのミドビルさんは今は何してるの?」
「もういない、鬼熊に殺された」
「……」
また空気が悪くなってしまった。だがミドビルの話題が出たことで、ルーがあることを思い出す。
「そういえばシンさん、あのゴーレムはどうしたんですか?」
「…ああ、今色々試してる最中なんだ。それより…」
「えっ、お墓は作ってあげないんですか?」
「…ルー、話を変えないか?」
「お墓?今度はなんの話?」
鬼熊のこともそうだが、墓荒らしもキャロルと会う前の話なため、彼女には分からない。聞かれたルーは、それを全て説明してしまう。
「…えっと、ミドビルさんの骨を、粘土に入れてゴーレムを作ったんですけど…」
「馬鹿、よせ…」
シンが途中で遮ったが、キャロルの耳は今の
話をしっかり捉えていた。聞いた彼女の顔は青くなる。
「何言ってるの…嘘でしょ…?」
「違うんだ、キャロル」
「何が違うって言うの…アンタ達は禁忌をおかしたの⁉︎」
「禁忌?」
誰もが魔術を学ぶ時、魔導書と呼ばれる教本を買って読むのだが、その1ページ目に必ず書かれているのが、魔術の三大禁止事項である。
その内容はこうだ。
いかなる魔術や儀式においても、以下の三つを禁ずる。
一つ、生贄の使用。
二つ、人体の使用。
三つ、金銀の製造。
これは魔術を扱う者の常識であり、どの国でも守られている、世界基準の決まりごとなのだ。このタブーを破れば厳罰に処される。
「アンタ達は禁忌とされてる、人体の使用をやったのよ!」
「えええ⁉︎し、知らなかったんです!」
「ルーが知らないのは仕方ない、だってアンタは…。でもこんな当たり前のこと、シンは知ってたはずよ!」
ルーは魔力が無いため、魔導書を読んだことがない。故に知りようが無かったが、長く生きているシンが、この常識を知らないとは考えづらい。
「…ああ知っていた、それがどうした?」
キャロルの詰問に、シンは悪びれることなく答えた。
「どうしたって…これは守らなきゃいけない魔術師のルールなの!それが分からないの⁉︎」
「何故守る必要があるんだ?」
「はぁ⁉︎ルールだからよ!」
「答えになってないぞ、それに、このルールを誰が決めたか知ってるのか?」
「誰って…国よ!この国を興した国王が決めたことなの!」
「いいや、違う」
「違わない!エスゴルの初代国王が決めたことだって、歴史書にそう書いてあるのよ⁉︎」
「それは書いてあるだけだ…。事実、百二十年前はそんなルール無かった」
この国、エスゴル王国は建国から五百年以上が経っている。
「…なあキャロル。誰かが書いたことを鵜呑みにしていては、常識は覆せないんだ。わかってくれ」
「何言ってんのアンタ?…だいたい、国王じゃないなら誰が決めたって言うの?」
「無知なお前に教えてやろう。この禁忌はかつて、世界を支配しようとした【魔法使い】が定めたものだ」
「えっ⁉︎魔法使い…それなら…あり得ない話じゃないかも…。けど、証拠はあるの?」
「魔法使いがこの国に現れてから、急にそのルールができたんだ。あいつ以外考えられないだろう」
二人が話す魔法使いという言葉に、ルーが興味を持った。
「それって絵本に出てくる、あの魔法使いのことですか?」
「ああ、あってる。だがお前は絵本以外も読め。魔法使いとは、魔術師と似て非なる化け物のことだ」
「化け物なんかじゃ無い!魔法使いは人類の歴史上、最高の魔術師。それに彼は英雄よ、支配なんてしてない、この世界を救ったの!」
今から百年前、勇者が魔王を撃ち滅ぼしてから二十年が経った頃、エスゴル王国は、干魃による飢饉に陥っていた。
そこに一人の青年が現れる。彼は自らを魔法使いと名乗り、瞬く間に雨を降らせ、国を救う。そして様々な魔道具や、新しい魔術の術式を広く伝え、人々の生活を豊かにした。
青年は、誰も真似のできないような魔術を使い、さらに術式や呪文を必要としなかった。人々はそれを奇跡と呼んだ。国民は彼を讃え、敬い、当時の国王すらも彼には逆らわなかった。
国王は彼を、国の魔術大臣に任命。そこから王都は、魔術都市と呼ばれるまでに魔術が発展し、現在まで栄えることとなる。
「読みましたよその話。でも何でしたっけ?魔法使いはその後、何かと戦ったんですよね?」
「魔女と戦ったのよ。その昔、世界を破滅に導こうとした、最悪の魔術師がいたの…」
魔法使いが現れてから二十年後、今度はこの国に、魔女と呼ばれる恐ろしい女魔術師が出現する。魔女は疫病を作り出し、それにより各国で大勢の死者が出て、産業は止まり、甚大な被害をもたらした。
しかし魔法使いがその恐ろしい魔女を捉え、処刑。世界を救ったとされている。
「へぇ、凄い人だったんですね、魔法使いって」
「そうよ。シンの言ってることが本当かはわからないけど、もし魔法使いが決めたことなんだとしたら、なおさら破っちゃダメ!わかった?……どうしたの?」
シンに再度忠告しようとしたキャロルは少し驚いた。その理由は、彼がとても悲しそうな顔をしていたからだ。
「…キャロル、その話は…魔女は…」
シンはそこまで喋るとしばらく黙り、途端に無表情になった。
「…すまなかった。もう二度と、魔術に人体を使わないと約束しよう」
「…えっ?…分かったならいいわよ。…大丈夫?体調悪いの?」
「いいや、すこぶる元気だ。ルーも、騙して手伝わせて悪かった」
「気にしないでって言うのも変ですけど…それよりあの、本当に調子悪そうですよ?」
「問題ない。少し休んで朝を待とう」
シンはそう言うと、壁を向いて横になった。キャロルも、少し寝ると言って毛布を被る。外では強い風が吹いて、小屋の窓がガタガタと揺れていた。




