35.足音と足音
翌日の早朝、登山当日。ルーとキャロルは、シンの屋敷の前に来ていた。
「おはようございます。キャロルさん」
「おはよう、ルー」
「ははは」
「なんで笑うの?」
「なんだか、前に集まった時を思い出しますね」
「ふふ、私も同じこと考えてた」
前回カワズ盆地に向かった時も、同じくらいの時間に、屋敷に集まって出発した。二人がそれを遠い昔のように懐かしんでいると、シンが扉を開けて出てきた。
「お前ら、これをつけろ」
挨拶も無しにシンが二人に首飾りを渡し、自らの首にもかける。
「何これ?」
「これが話していた耐寒の魔道具だ、身体から漏れ出ている魔力だけで、冷たい空気を暖かくしてくれる」
「私が知ってる耐寒の魔道具はもっと大型だけど、こんなのでいいの…?」
「それを試すために山に行くんだ」
「なるほどね」
「あの、俺は魔力が無いんですけど…」
魔道具を渡されたはいいが、今の説明ではルーに効果があるようには思えない。
「安心しろ、お前のは魔石をはめ込めるようになってる」
シンはそう言って、ルーに渡した魔道具に魔石をはめこむ。
魔石とは魔力を持つ青い石のことで、魔道具にはめ込んで使用する消耗品だ。市場やギルドなどで売られているため、誰でも簡単に手に入れることができる。この国は魔石のほとんどを、隣国であるエニアニマという国から輸入している。
「魔石をはめている間だけ、耐寒の魔道具は発動している。魔石の魔力が尽きたら教えろ」
「尽きたかどうかは、どうやって判断するんですか?」
「一気に寒くなるから分かるはずだ」
「…嫌な分かり方ですね」
一行はボーペンに貰った上着を着て街を出た。
今回三人がナルバル山に向かう目的は、この耐寒の魔道具の検証と、堅牙猛というイノシシの毛皮を持ち帰ること。そして山頂に棲む、臨界鳥という鳥を見ることだ。
街を出て北に向かって二時間ほど歩くと、日が登ってきた。ここでルーがあることを思い出す。
「シンさん、そういえば前に、フニャードの村でレイピアを落としましたよね?近くを通るなら拾っていきませんか?」
「構わんが、探すなら早くしろ、見つけたらお前にやる」
「えっ⁉︎本当に⁉︎キャロルさん!ちょっと探し物をしたいので寄り道しても良いですか!」
「全然良いわよ」
シンの言葉にルーは小躍りして喜ぶ。そしてフニャードの村の前まで来た。
「門が閉まってる…」
前回ここへ来た時に、シンが壊した鎖がまたつけられていた。おそらくフラウの街から送られた冒険者か、ギルドの職員が直したのだろう。
「どうやって入ろう…」
村は石積みの壁にぐるっと囲まれ、入り口には施錠された大きな鉄門がある。また鎖を引きちぎるわけにもいかないため、中に入るなら、壁を越えるしかなさそうだ。
「キャロルさん、壁登れますか?」
「…私じゃ無理かも」
「なら、ちょっと失礼しますね」
「えっ、ひゃあ⁉︎」
ルーがキャロルを小脇に抱えて、壁を飛び越えた。シンもそれに続く。
「ルー、アンタ凄いジャンプ力ね…」
「そうですか?配達の仕事で鍛えられたのかもしれません」
ルーは壁を越えると、先頭を歩いてずんずん進む。それを見て不安になったキャロルが、シンに小声で話しかける。
「もしかしてこれって、不法侵入じゃない…?」
「もしかしたらそうかもな」
「それに、あの家めちゃくちゃに壊れてる…ここ大丈夫なの?」
「早めに出た方がいいのは確かだ」
探知魔術は使っているが、キャロルは村の様子に不安を感じた。そんな彼女をよそに、ルーは夢中でレイピアを探す。
「ルー、前に来た時は怖がってたのに、今日は大丈夫なのか?」
「あの時は夜でしたからね。それに、今はキャロルさんがいますし」
「鬼熊が夜行性かどうかは知らんが、あの時も昼間に行けば、あんな目には合わなかったかもな」
「ははは、でもあの時は墓を…あった!」
前回落としたレイピアをルーが見つけた。
「やったー!」
「まだ使えるか見てやろう」
シンが魔力を流すとレイピアの剣身が出た。多少汚れているが、壊れてはいないようだ。
「かっこいい…」
「良かったな。と言っても、お前は魔力が無いから使えんだろ」
「それでもいいんですよ!かっこいいんだから」
ルーはレイピアに頬擦りをして喜ぶ。三人はまた壁を飛び越えて、山に向かって川沿いを歩き始めた。少し経って、キャロルがレイピアについて質問する。
「それって、刃が魔力で出来てるの?どういう構造?」
「これは…」
「これは中に特殊な結晶が入っていて、それに魔力を流すことで刃が出る仕組みなんです!」
「…よく覚えてたな」
「こういうのは忘れません」
ルーは以前シンから聞いた、レイピアの話を覚えていたようだ。
「なら、それにも魔石をはめれば、ルーだって使えるんじゃない?」
「…天才ですキャロルさん。シンさん魔石ください!」
「魔石をはめ込むためには、そのための改造をせねばならん。戻ってからやってやる」
「いぇーい」
またルーが小躍りをして喜んだ。その後も歩き続けると、川沿いなのは変わらないが、木々の密度が増していき、やがて辺りは森になった。
「森に入ると緊張しますね…」
「お前はろくな目にあってないからな」
そしてまた数時間歩き、遂にナルバル山に到着。ここまでは何事もなかったが、三人は山を見て、その巨大さに圧倒される。
「たっかい山ですねー」
「あんなとこまで登るって、正気なの?もう日も落ちるわよ…」
「問題ない。山の中腹に、この辺りの魔物では通れない細い道があって、その先に無人の山小屋がある。そこで朝まで待てばいい」
「なんだ、アンタ登ったことあるんだ?」
「途中まではな、だがあまりの寒さに引き返した」
「あー、それで耐寒の魔道具を持って来て再挑戦ってことですか」
「そういうことだ。行くぞ」
山登りが始まった。
「山って言っても、坂なだけで、森と変わりませんね」
「その坂がきついのよ…あっ、止まって。前に魔物がいる」
勾配に疲弊しているキャロルが、魔物を探知した。
「もういいわよ、通り過ぎたわ」
冒険者ギルドでソルケに言われた通り、魔物の数は確かに多いが、探知魔術のおかげで大した戦闘も無く、麓の森林地帯を抜けることができた。そして日が落ちて、辺りが岩と砂だけになった頃、ようやく寒さが顔を出す。
「あったかい…あったかいわ!この魔道具は効果アリよ!」
「しっかり作動してるな、ルーの方はどうだ?」
「俺のも使えてます。それもですけど、シンさんのランタンがあって良かった…無かったらお互いも見えません」
「灯りは常に持っておけ。暗闇は魔物より恐ろしい」
耐寒の魔道具は正常に作動した。さらに何故かこの辺りは、傾斜はあるが道が慣らされていて、比較的歩きやすくなっている。一行はすんなり山の中腹までやって来れた。
「どの辺なの、その小屋は?」
「あそこだ、そこを通るぞ」
そう言ってシンが、岩壁と岩壁の細い隙間を照らす。
「せっま!確かにこれは、大きな魔物じゃ入れないわね…」
その時キャロルが、こちらに迫る何かを探知した。
「右から来る!かなり大きい!」
彼女の声で、一気に警戒を強めるルーとシン。すぐにドタドタと騒がしい足音と共に、大きなイノシシが走ってきた。堅牙猛だ。
堅牙猛とは、大きな牙を持つイノシシの魔物。灰色の毛で覆われ、体高は成人男性の身長ほど。突進で敵を吹っ飛ばすのが得意。しかし急には止まれない。
「…あれの皮がいるのか。俺が止めてみます!」
「ダメ!」
ルーは堅牙猛に、盾を構えて槍を向ける。それを見て、キャロルが待ったをかけた。
「なんでですか⁉︎…あれ?」
堅牙猛はルーには目もくれず、そばを走り抜けていく。
「ルー!こっちよ!」
キャロルに呼ばれ、彼女の元へ走る。するとまた、さっきの堅牙猛が走って来た方向から、ドタドタと足音が聞こえて来た。だが今回は数が多い。
「入って!」
急いで先程の細い隙間に、キャロルが小走りで、ルーとシンはカニのように横歩きで入る。その直後、足音は横切って行った。
「群れだったんですか…」
走って来た堅牙猛は一体ではなかった。キャロルが探知した数は十数体。ルーがあのまま立っていれば、今頃は跳ね飛ばされて、踏み潰されていただろう。
「そうよ、危なかっ…」
「バァァァァァァアアア!!!」
キャロルの言葉を遮るように、大きな咆哮が響いた。この声に聞き覚えのあるシンが、キャロルの背中を押す。
「なに、今の音…」
「早く奥まで行け!」
シンが急かしてキャロルが前に進み、三人は隙間を通り抜ける。
「シンさん…あの声って…」
「静かにしろ!」
三人が息を殺して存在感を消す。その間、探知魔術を使っているキャロルの顔は青ざめていく。しばらくすると、隙間の向こうを、先程とは比較にならない大きな足音が、ズシンズシンと通り過ぎて行った。
「はぁ…行きましたね」
「な、なんだったの…あれ…さっきの堅牙猛の何倍もあったわよ…」
「…鬼熊だ、獲物が被ったらしい」
どうやらこの山には鬼熊がいて、堅牙猛の群れを追っていたようだ。キャロルは探知魔術で捉えたその大きさに、腰が抜けている。
「シンさん…獣避けは持ってこなかったんですか?」
「持って来てない」
「どうしてです⁉︎」
「俺達は堅牙猛を狩らねばならん。そんな物持ってたら、遭遇することすら困難になる」
「ええ…」
「心配するな、対策はある。だが今はまず、小屋に入ろう」
シンがそう言って歩き出す。三人が抜けた隙間の先は、地面がより平坦になっていた。そして切り立った岩壁の近くには、シンが話していた山小屋があり、彼らはその中へと入った。




