34.新たな依頼
ルーは郵便所を休職した翌朝、またシンの屋敷に来ていた。
「チュイチュイ」
「この子はシンさんのペットですか?」
テーブルの上で、小瓶から黒い何かを吸っているコウモリについて、ルーが疑問を持つ。このコウモリは以前、倒れているシンのところまで、ルーを案内してくれた。
「こいつは俺の部下で、名前はレジブリだ」
「部下?」
「ああ、昔は会話できたんだが、今は何を言っているのか分からん」
シンは少し寂しそうに答えた。
「コウモリと話せるんですか…」
「昔の話だ。もういいだろ、キャロルの宿に行くぞ」
シンは連絡のために、キャロルが泊まっている宿の場所を本人から聞かされていた。彼女と山登りについて話すため、二人はそこへ向かう。
「ここ?ここじゃないと思いますよ」
「…住所を聞き間違えたかもしれん」
着いたのは、この街の領主の邸宅だった。邸宅はシンの屋敷よりも大きく立派で、広い庭がついている。キャロルがここに居るとは思えないが、とりあえずルーは、門の前にいる衛兵二人に声をかけた。
「すみませーん」
「何でしょうか…あなたは配達員の方ですよね?」
「そうです。でも今日は配達じゃなくて、ここに泊まってる魔術師のキャロルさんに会いに来ました」
「お名前を教えていただけますか」
「俺がルーで、こっちがシンさんです」
「確認してきます。お待ちください」
衛兵の一人が、門の隣の扉を開けて奥に入っていった。つまり、キャロルはここに居るということだ。居なければ文字通り門前払いだろう。
「ルー、ここに来たことがあったんだな」
「配達で何度か。でも中には入ったことないですよ」
しばらくして、衛兵が戻って来て門を開けた。彼に着いて行くと、屋敷の庭にあった小屋に案内される。衛兵は「中でキャロル様がお待ちです」と伝えて持ち場に戻って行った。
「物置小屋か?」
「それにしては立派ですよ。俺の家より大きい」
ルーが扉を開けて中に入った。しかしキャロルの姿が見えない。
「キャロルさーん…。居ないのかな、ちょっと見てきます」
「ルー、あいつも女だ、気をつけてな」
「ん?…はい」
シンの言っている意味は分からないが、ルーはキャロルを探して小屋の中を歩き回る。
「あ!ここか」
僅かな音を捉えたルーが、近くにあった扉を開けた。
「きゃあ!」
「イヤァァァァアアア!!」
キャロルが小さな悲鳴を、ルーが大きな悲鳴を上げる。扉の先は風呂の脱衣所だった。
「…ハッハッハ」
何が起きたのか察したシンが、玄関で一人笑う。
一度小屋を出たルー達は、しばらくしてからキャロルに呼び戻された。三人は居間に入り、机を囲んで椅子に座る。
「ごめんなさいキャロルさん…」
「…怒ってないわよ。でもなんで私より、アンタの方が大きな悲鳴を出すわけ!」
「びっくりしちゃって…」
「まぁまぁ、そんなに怒るな。それに俺たちが来たことは、衛兵が伝えていたはずだろ」
「怒ってないって言ってるでしょ!寝起きだったから、アンタ達が来たって聞いて、急いで湯を浴びたの!」
キャロルは明らかに怒っている。これ以上を恐れたシンが、話題を変えた。
「すまんすまん。だが何故ここにお前が住んでるんだ?」
「領主様の子供に、私が魔術を教えてるからよ」
キャロルがこの街に引っ越して、冒険者を初めてすぐ、彼女の噂を聞いた領主から、たまにでいいから子供に魔術を教えてくれと頼まれたらしい。
その代わりに、ここを宿として無料で借りているそうだ。
「本当に教えるのが得意なんですね。前の街の生徒さん達も、キャロルさんに会いたがってるでしょう」
「…そうね」
キャロルの表情が少し暗くなった。彼女が教師をしていた学校は、星封堂という宗教団体の信者から襲撃を受けている。それが原因でこの街に移り住んだ。そのことを思い出したのかもしれない。悪い雰囲気を感じ取ったのか、シンがまた話題を変えた。
「そろそろ本題に移る。ナルバル山に登る話だが、俺とルーはいつでも行ける。お前はどうだ?」
「え?ルーの仕事はどうなったの?」
「しばらくお休みにしていただきました」
「そうなんだ、辞めずに済んで良かったわね。私はいつでも大丈夫よ」
「ならば、明日行くか」
「早いわね…いいけど」
「決まりだな、冒険者ギルドに行くぞ」
「何しに?」
「山でこなせる依頼があれば、ついでに受けて少しでも等級を上げる足しにしたい」
山登りが明日に決まった。三人はまず冒険者ギルドに向かう。
「ルー君!」
ギルドに入ると受け付けのソルケが、ルーを見つけて声をかけてきた。
「お久しぶりです。ソルケさん」
「久しぶりー!いきなりだけど三人とも、依頼達成おめでとうございます!」
「なんのことですか?」
「カワズ盆地にリンゴを取りに行く依頼よ。行ったんでしょ?」
ソルケによると、一昨日味開拓の店長がやって来て、ギルドに出していた金の林檎の依頼を、ルー達三人が無事達成したと報告したらしい。
「いや、リンゴは…」
「そうだ、俺達が解決した」
ソルケの話をルーが否定しようとしたが、すかさずシンが割って入って肯定した。
店長は一昨日話した通り、ルー達に迷惑をかけたと思ったのだろう。その罪滅ぼしにギルドへ行き、依頼成功の報告をしてくれたのだ。
「この依頼は誰も受けようとしなかったの。皆さんありがとうございました。だけど、そんなに特別なリンゴだったの?」
「はい…そうみたいです」
「そうなんだ、でも今度からはここで依頼を受けてね。ルー君達はそんなことしないと思うけど、虚偽の報告の可能性だってあるんだから」
「わかりました」
「それに、この依頼の推奨等級は五級。キャロルちゃんがいたからいいけど、八級の二人には危険なのよ」
ギルドは依頼に推奨等級というものを設けており、冒険者は自分の等級よりも、一つまでなら高い推奨等級の依頼を受けることができる。例えば八級なら七級までの依頼を、七級なら六級までの依頼を受けられる。
今回の依頼の推奨等級は五級なので、ルーとシンは受けることが出来ない。だがギルドは六級のキャロルが依頼を受けて、二人はそのパーティに入ったと判断してくれたらしい。
「ごめんなさい」
「分かればよろしい。ここからは良い話よ。今回の達成で、ギルドはルー君とシンさんを昇級させることにしました」
「昇級?やったー…。キャロルさんは上がらないんですか?」
「キャロルちゃんは六級だから、そう簡単には上がらない。でもちゃんと実績に加えておくから大丈夫よ」
ルーとシンが等級証をソルケに預けると、すぐに戻ってきて新しいのを渡された。
「七って書いてある…凄い」
二人は八級から七級冒険者になった。ルーの笑みが溢れる。そして店長が言っていた通り、報酬金も渡されたが、それはがめついキャロルの懐に納まった。
依頼達成でお祝いムードだが、ソルケはある心配事を話す。
「長く森に入ったと思うんだけど、変な魔物には出会わなかった?」
「変な魔物?どんなのですか?」
「その魔物は虫なんだけど…人の形をしてるの」
この言葉で、三人は森で戦った人型のカマドウマを思い出した。林檎の件が片づけばギルドに報告するつもりだったが、あれから色々あったため、忘れていたのだ。
「た、戦いました…」
「えっルー君も戦ったの?怪我は無かった?」
「はい」
「あの虫の報告が最近多くて、私も調べたんだけど…どうやらあんまり良くない魔物みたいなの」
「良くない魔物?」
「うん、まだ詳しくは分からないんだけど、とりあえず王都には連絡した。また何か分かったら伝えるわ」
ソルケの話し方から察するに、やはりあの人型カマドウマは、普通の魔物では無かったようだ。ルー達以外にも遭遇した冒険者達がいたということは、既にかなりの数が森にいるのだろう。
「それでルー君、今日はどんな依頼を受けるの?」
「あの、山に登りたいと思ってまして、ナルバル山の依頼はありますか?」
「…あるにはあるけど」
ソルケはそう言って、依頼書が大量に貼り付けてある掲示板の前に行くと、その中に一つだけあった、ナルバルの依頼書を見つけて差し出した。
その内容は、ナルバルに棲む「堅牙猛」の毛皮の納品。依頼人はボーペン武具店。
「けんがもう?どんな魔物ですか?」
「大きな牙を持つイノシシよ。この依頼はおすすめしない」
「そんなに危険な魔物なんですか?」
「この魔物も強いけど、それ以上に山が危ないからよ…」
彼女によると、去年フニャードの件があってから、北側方面の依頼を出す人間も、受ける人間も少ないそうで、山の魔物の数が増えているらしい。
「推奨等級も五級、キャロルちゃんがいるから一応受けられるけど…どうする?」
ソルケはやめておけと言わんばかりの表情を浮かべる。しかしシンは即答した。
「受ける。明日の早朝に出発する」
「い、今の話は聞いてましたか?」
「ああ聞いていた」
「シンさん…山に登るのやめませんか?」
ルーも今の話を聞いて、弱腰になっている。
「ルー、この山に登れないようでは、北の果てになど行けないぞ」
「…そうですね、やりましょう」
怪訝なソルケの視線を無視して、一行はボーペン武具店に向かった。
「シンさん。いらっしゃい」
武具店に入ると、店主のボーペンが店番をしていた。
「何をお探しですか?」
「俺達は明日、山に登りたいと思っている。その装備を買いに来た」
「山ってナルバルですか?何しに行くんです?」
「綺麗な鳥がいてな、それを見に行く。ついでにお前の店がギルドに出してる依頼も、こなしてきてやる」
「それはありがたい!これから冬だってのに、毛皮が無くて困ってたんだ!」
「毛皮は何枚必要なんだ?」
「あればあるだけ助かります。もし持ち帰ることが出来るなら、牙も買い取りますよ」
「可能ならそうしよう」
ボーペンは喜んで、シン達に暖かい上着を無料でくれた。
「ベルドは今日いるか?」
「師匠は昨日から見かけてませんね。なんでも、良いものが手に入ったとかで、自宅に籠ってます」
「フッ、そうだろうな」
「話は変わるんですが、修理に出されてる革鎧ですけど…あれは内側から突き破られてる。何がありました?」
「…色々あってな。直せそうか?」
「はい、問題ありません。でももうしばらくかかります」
「わかった」
その後、ルーの代わりの革鎧や、各々必要な物を購入し、翌日の集合時間を決めて、この日は解散した。




