33.回転斬り
「いらっしゃいませー」
キャロルと解散したルーとシンは、ボーペン武具店に立ち寄った。
「こいつの鎧の修理を頼みたい。それと、ベルドは居るか?」
「すぐに呼んで参ります。鎧はこちらに」
店員はルーの黒い革鎧を受け取ると、ベルドを呼びに奥へと入って行った。
「さっきお金も貰いましたし、今回の代金は自分で払いますよ」
「いや、俺が払う。それよりも、壊れた原因である、背中の腕のことを考えた方がいい。キャロルの前では話さなかったが、お前の身体は明らかにおかしいぞ」
「…そんなこと言われたって、ウデウデのことは俺にも分かりません。…あれ以来出てきませんし」
ルーがウデウデと呼んでいる、背中から生えた腕は、遺跡の最下層で二人に文字通り手を貸してくれた。しかし普通、人間の背中から腕は生えないため、シンはルーを心配している。
「何しに来た、シン」
ベルドが出て来た。
「おい、ベルド。手に入れたぞ」
「何をだ?……おいまさか、アレか⁉︎」
「そのまさかのアレだ」
「この前会ってからそんなに経ってねえだろ」
二人が何やら怪しい会話をすると、シンが収納魔術で赤い石を取り出した。
「これだ」
「こりゃあ…確かめねえと分かんねえが、本当に本物ならすげえのが出来るぞ」
「お前に預けていく。また何日かしたら顔を出す。その時に結果を聞かせてくれ」
ベルドは石を見て不気味な笑みを浮かべている。そこにルーが声をかけた。
「ベルドさん、この腕輪がなんの魔道具か分かりますか?」
そう言ってルーは、腕につけていた銀の輪っかを渡した。これは蛙の里の宝物蔵で貰ったものだ。
「なんじゃこりゃ…何にも起こらねえぞ?不良品じゃねえのか?」
「…そうですか、やっぱり不良品か」
これが何かはベルドにも分からないようだ。ルーとシンは革鎧と赤い石を渡して、店を後にした。
「シンさん。さっきの石って殿様にお礼でいただいた物ですよね?」
「ああ、そうだ」
「探してた物だったんですか?」
「俺というよりはベルドがだがな」
「へぇ、たまたまそんな物を貰えたなんてラッキーでしたね」
「ラッキー…そうだな。奇跡に近い幸運だった」
「あの赤い石はそんなに貴重なんですね…」
「そうなんだが、実物を見るのは久々でな。俺が思っている物じゃない可能性もある。真偽はベルドが教えてくれるだろう」
「ほぇー」
その日はこれで解散して、ルーは数日ぶりに帰宅した。水を浴びて身体の汚れを落とし、獣の腕が出て来た背中を確認するが、特に傷跡などは無かった。身体を拭いて寝床に入る。
「ねえウデウデ、聞こえてる?」
…
「街を出てから、森に入って、おっきな蜘蛛とも戦った。カエルがいっぱい住んでるところがあって、それでね…」
…
「寝てるのかな…俺も寝よう」
翌日、連休最終日。ルーはシンに貰ったお金で一日中食べ歩き、ぐっすり寝て身体の疲れを癒した。
そして朝を迎え、一週間ぶりに郵便所に出勤する。
「所長、おはようございます」
「ルー君久しぶりだね、元気そうで安心したよ。森はどうだった?危険な目には遭わなかったかい?」
「戦闘は何度か、でも所長のおかげで生きて帰ってこれたんです。ありがとうございました」
「…そんなに過酷な旅だったんだ。けど訓練が活きたようだね」
「はい、それで今日、配達が終わったら話したいことがあるんですけど、いいですか?」
「…構わないよ。じゃあまた、仕事終わりに」
所長と約束をすると、ルーは荷車を取りに倉庫へ行き、慣れた業務に取り掛かる。その足取りは軽く、普段よりも早く配達を終えた。
荷車を戻しに倉庫へ行くと、所長が待っていた。
「お疲れ様、話があるんでしょ、ここで聞くよ」
所長はそう言って、ルーに練習で使っていた物干し竿と木の盾を渡すと、自分は木剣を構えた。
「これしながら話そうよ」
これと言うのは、森に行く前に何度もやった模擬戦のことだろう。言われたルーは結論から話し始めた。
「…あの、ここを辞めようと思ってます」
「だろうね、今朝会った時、なんとなくそんな気はしたよ」
「そうでしたか…」
「でもね、ルー君覚えてるかな?君が郵便所に入った時に居た、ハトの獣人の男の子」
「はい、もちろん覚えてます。冒険者になるって言ってここを辞めた、クルットさんですよね?」
ルーがそう答えたと同時に、所長が強く木剣を打ち込んで来た。
「危な!…どうしたんですか所長」
「…あの子は飛ぶのが下手でね、みんなで飛び方を教えてあげたんだ。だけど、僕と話していくうちに魔物退治に興味を持った。それで冒険者になったんだ」
「知ってますよ…最近会ってないけど、元気にやってるんじゃないですか?」
「…死んだよ。去年」
「ええ⁉︎」
「フニャードの魔物退治に、街の冒険者が大勢駆り出されて、誰も帰らなかった。クルット君はその中の一人だった」
「…知りませんでした、うわ!」
所長はルーを転ばせると、冷たい表情で問いかける。
「君も冒険者をやっていくつもりだろ?」
「違います。母に会いに行くんです」
「君、お母さんいないよね?」
「…居たみたいです。だけど母の住んでる場所が遠いから、長く休みを取らないといけなくて、迷惑かかるから辞めようと思ったんです」
「どこ?お母さんがいる場所は?」
「この大陸の北の果てです」
「馬鹿なの?あそこは魔王が居た土地だ…冒険者より危険じゃないか、許可は出せない!」
所長は語勢を強め、ルーに木剣を突きつける。突きつけられたルーは、それを強く握った。木剣はミシミシと音を立てて、木の欠片が溢れる。
「…どうしても会いたいんです」
ルーは木剣を握ったまま立ち上がり、所長を真っ直ぐ見てそう言った。どちらも全く眼を逸らさない。
「そこに住んでるのは確かなのかい?」
「絶対に居ます」
「そうか…なら、僕を倒していけ!僕に勝てないようじゃ、北の果てなんて行けるわけない!死ぬと分かっていて送り出すことは出来ないからね!」
所長はルーの手から木剣を引き抜くと、猛攻を仕掛ける。前までとは比べ物にならない速さで叩き込まれる攻撃。そして初めて見る彼の表情と剣幕に、ルーは怯んだ。もはやこれは訓練では無い。
「どうした!そんなんでこれからやっていけるのか!」
「くっそ…」
攻撃が速すぎて盾で防ぐことができない。何度も何度もルーは倒され、顔がボコボコになっても所長は手を緩めなかった。これが本物の剣であれば、十回は殺されているだろう。
たまらずルーは盾を前に突き出して、物干し竿を所長に向ける。土鬼との戦闘で使用した、攻防一体作戦を実行するが、すばしっこい所長には通用せず、裏に回られ木剣で殴られた。
「痛っ!」
(いくら所長が非力でも、こう何度も殴られてちゃ意識が飛びそうだ。…だけど分かってきた、所長は俺の裏を取るために、横切る瞬間がある…次はそこを狙う!)
ルーが何かを思いつき、物干し竿を持つ右腕に力を込める。
「ルー君、やっぱり君は才能が無い。そろそろ終わらせよう」
所長が素早く飛び込んで来た。それを見て、ルーが物干し竿を真横に振るう。
「喰らえ!」
所長はその横薙ぎを、上体を逸らして躱した。
「よっと!」
しかし物干し竿の勢いは止まらず、避けたと確信して上体を戻した所長に、一周回って直撃。
所長は防ごうと木剣を盾にしたが、あまりの力に受け止めきれず砕け散った。
「ぐはっ!」
「…やった、当たった!」
渾身の一撃をぶち当てたルー。喜んだが、倉庫の中まで吹っ飛んだ所長を見て我に帰る。
「しょ…所長!」
彼は仰向けになって倒れ、浅い呼吸をしている。だが意識はあるようだ。
「…ルー君…ルー君…」
「所長…ごめんなさい…」
ルーが謝りながら近寄ったその時、所長は突然起き上がり、砕けた木剣でルーの腹を突き刺した。
「がはぁっ!」
やられたフリをしていたのだ。ルーは気を抜いていたため、予想外のダメージが入り倒れ込む。
「いったぁ…卑怯ですよ…」
「卑怯かもしれない。でもね…本当に僅かなんだ。みんな、少しの油断で命を落とすんだよ」
「それは、そうかもしれませんね…。所長は大丈夫ですか?」
「僕の心配かい?君は心底優しいね。なんてことない、治療して貰えば問題無いさ」
「すいません…」
「でもルー君が僕を倒したのは事実。…お母さんに会いに行きなさい」
「いいんですか?」
「仕事は休職扱いにしておくよ。いつでも戻って来ていいからね」
「…ありがとうございます」
所長は話し終えると、フラフラと歩いて行った。治療院に行くのだろう。
「倉庫の天井なんて、初めて見たかも…」
ルーは仰向けで寝そべって、少し泣いてから家に帰った。




