32.店長と転倒
里を出たルー達は、長時間歩いてまた森に入り、フラウの街へ帰るため歩みを進めていた。
「今回はアメスケにもらった地図があるからな、前よりさらに早く森を抜けられるぞ」
「そんなことより、なんでアンタ昨日は祭りに来なかったのよ」
「ああ、次の探し物について、城の書庫を借りて調べ物をしていた」
「次?っていうか、金の林檎は手に入らなかったんでしょ、店長にはなんて言うつもり?」
キャロルは、療養室でシンとアメスケが話していた内容から、林檎は手に入らなかったと思っている。
そんな彼女に、シンが収納魔術で、林檎を二つ取り出して見せた。
「本当は手に入ったんだ」
「…アメスケに嘘をついたのね」
「仕方ないだろう。正直に話して取り上げられたらかなわん」
「そうだけど…でもそれとは関係なく、次も同行するかは考えさせて」
「何故だ?リンゴは手に入った。屋敷に戻ればお前達への報酬もきっちり払う。それを見て、次を手伝うか選べばいいだろ」
「そうじゃなくて、今回がかなり危険だったからよ。あんな強力な竜と戦うと思ってなかった。それにあの腕の長い男…。命はお金で買えないのよ」
「…それはそうだな」
「ルーはどうするつもりなの?」
「俺は今回限りです。シンさん、約束覚えてますよね?」
ルーは今回の仕事を終えれば、シンに母親の居場所を教えてもらうという話になっている。
「もちろんだ。だがなんにしろ、屋敷に戻ってからだな」
彼らはそこから一日かけて森を抜け、フラウの街へと帰って来た。
「入れ」
シンが扉を開けてルー達を屋敷に招き入れる。そして一階奥にある来客用の部屋に案内すると、「座って待ってろ」そう言ってどこかへ行った。
キャロルは言われた通りソファに腰掛けると、ルーに森の中で話していた事を聞いた。
「アンタはシンとなんの約束をしてるの?」
「…居場所を教えてもらうんです」
「誰の?」
「母親です。シンさんの仕事を手伝えば、今どこにいるか教えてくれるって」
「は?どういうこと?」
ルーは事情を話した。母親のことや父親のこと、そしてこれまでのこと。聞き終えたキャロルは涙を流していた。
「えっ⁉︎ちょっとキャロルさん⁉︎なんで泣いてるんですか!」
そこへシンが戻ってくる。
「おい何があった?ルー、お前が泣かせたのか」
「ええ⁉︎俺じゃない…俺ですか?」
「泣かせたのはアンタよ!シン!」
「なんの話だ…」
「ルーはお母さんの顔も知らないのよ⁉︎なんですぐに居場所を教えてあげないの!」
「そのことか…ルー、そもそも何故そんなに母親に会いたいんだ?」
「えっ…何故って、家族だからですよ」
「そういうものなのか?」
「はい…多分」
「シン!アンタ何言ってんの?ぶっ飛ばすわよ⁉︎さっさと教えて!今から私も一緒に会いに行くわ!」
「会いに行く?今から…?ハッハッハ」
シンはキャロルの言葉に笑いながら、持ってきた大きな紙を机に広げた。
「何よこれ…」
「見ればわかるだろ、地図だ」
「そうだけど…これ…」
キャロルはルーの母親に会って、直接文句を言いたいほど頭に血が上っていたが、それを見て冷静になった。
何故なら、居場所を聞かれたシンが出してきたのが、世界地図だったからだ。つまり、ルーの母親は少なくとも、この国にはいないということになる。
「まず、エスゴルがここだ」
地図を広げたシンが、この国であるエスゴル王国を指差す。
「そして、ルーの母親…ブルーはここにいる」
そう言って次に指したのは、エスゴルの遥か北、この大陸の最北端だった。ルーは愕然とする。
「こんな遠くに…こんなに離れた場所にいるんですか…」
「真っ直ぐ向かうなら、最低でも国を二つ、大きな山を三つ超える必要がある。おまけに寒いぞ」
「そんな…だいたい、ここって人が住んでるんですか?」
「…ああ、それは間違いない」
しかし地図を見ながら話を聞いていたキャロルが、あることに気づく。
「嘘よ…ここに人が住んでるわけない。だってここは…かつて魔王が住んでた場所よ…」
「魔王?魔王って、勇者に倒された、あの魔王ですか?」
「ええそうよ、歴史書に書いてあったわ、降り続く雪の大地から、数万の魔物の軍勢が押し寄せたって。…ルーの母親はなんでこんなとこに住んでるの?」
「…知らん。だが絶対にここにいる。キャロル、これでも一緒に行くつもりか?」
シンが覚悟を問うが、キャロルの意思は揺るがない。
「当たり前じゃない、こんな場所にルーだけで行かせられないわ。それに、探知魔術が必要でしょ」
「キャロルさん…ありがとうございます」
「…なら決まりだな。この大陸の最北端に行くぞ」
「シンさんもついて来てくれるんですか?」
「無論だ。キャロルがどうしようが、俺は初めから共に行くつもりだった」
「シンさん…優しいんですね」
「やめろ気持ち悪い」
ルーは母親の居場所があまりに遠く、少し落胆していたが、二人がついてきてくれると言うので、調子を取り戻した。
「だが過酷な旅になる。正確には分からんが、数ヶ月かかるだろう」
「そんなに⁉︎キャロルさん、本当に来てくれるんですか?」
「…ええ…問題ないわ。いつ行くの?」
キャロルは数ヶ月と聞いて少し尻込む。しかし心は決まっているようだ。
「だが待て、かなり寒い場所だ、俺が持っている耐寒の魔道具が有用か試したい。一度三人で山にでも登らないか?」
「山ですか…いいですけど、でもこの辺りの山って…」
「フニャードの北だ」
「絶対にダメです。またあの熊が出るかもしれない…」
「何?なんの話?」
ルーは鬼熊を思い出して怯えているが、キャロルと出会う前のことなので、彼女は知らない。
「前にシンさんとフニャードの村に行った時、物凄い大きな熊が出たんです…山はそこの近くなんですよ」
「慌てるな、獣避けを持っていけば大丈夫だ」
「慌てますよ!村にも獣避けがあったけど、熊は来たじゃないですか!」
「…アンタ達、竜と戦ったのに熊が怖いわけ?」
「普通の熊じゃないんですよ。めちゃくちゃ大きくて、腕もいっぱい生えてたし…」
「へぇ、でも安心しなさい。襲われても私が丸焼きにするわ」
「かっこいい…」
「よし、次の目的地はフニャードの北に位置する山、【ナルバル】だ」
たった今帰って来たばかりだというのに、次の行き先が決まってしまった。
「その山へはどのくらいかかるの?」
「ナルバルへはここから、川沿いに五時間か六時間歩けば着く。だがこの山は巨大でな、登り切るのに五時間は要るだろうな」
「ちょっと待って、なんで頂上を目指す気でいるのよ。耐寒の魔道具を試すだけなんでしょ?」
「…そうだったな」
シンの様子がおかしい、そう感じたルーが問いかける。
「何か企んでませんか?」
「いや…何も…」
キャロルもルーと同じように感じた。
「絶対おかしいわ。魔道具を試すためだけじゃないわね…他にどんな目的があるの?」
「んー…実はこの山には【臨界鳥】がいるらしくてな。俺はそれの…それを一度見てみたいんだ」
「りんかいちょう?初めて聞く名前です。蝶ですか?鳥ですか?」
「鳥だ。…そしてこの世で、最も綺麗な鳥だそうだ」
「この世で最も…いいですね。俺も見てみたいです」
「だろ?それが山頂に巣を作って住んでいる…と、カエルの城の書庫で読んだ」
「祭りにも顔を出さずに、そんなこと調べてたのね。だけど、アンタは綺麗なものを見て感動するタイプ?『フッ、くだらん』って言いそうじゃない?」
「…そんなこと言うわけないだろう。俺はどうしてもその鳥が見たいんだ、頼む。金も払う」
シンが頭を下げた。よほどその鳥を見たいらしい。
「お金?…仕方ないわね、でも登ってる最中に危険だって判断すれば、山は途中で降りるからね。それでもいい?」
「ああ、もちろんだ」
金に釣られたキャロルが許可を出し、目的地が山の山頂に定まった。
「なら次は日程だが、ルー、次の休みはいつだ?」
「それなんですけど俺、郵便所を辞めようと思います」
「何故だ?」
「今回は七日休んでます。それに、母の住む場所へは何ヶ月もかかるんですよね。そんなには休めませんし、仮に休めても迷惑がかかります」
「アンタせっかく定職に就いてたのに、でも家族の方が大事ね。いい判断だと思うわ」
「魔術を使えない人間が、仕事を探すのは難しいですからね…」
「そんなに仕事が欲しいなら、俺の手伝いをしていればいいだろ。金払いもいいぞ」
「ははは、確かにそうです」
山の話を終えると、シンが二人に小さな布袋を渡した。
「そうだった、忘れない内にこれを」
「なんですか?えっ…こんなにもらえませんよ」
「凄い…三十枚はある…」
「お前らにはかなり助けられたからな」
中身は金貨だった。約束していた報酬だ。キャロルは喜びの舞を舞っている。
「それと、俺は今からリンゴの件で、味開拓の店主に会ってくる。お前らも来るか?」
「ええ、いいわよ」
「俺も行きます。店長の喜ぶ顔が見たいし」
三人は味開拓へ向かった。
「いらっしゃいませー」
「店主に話がある」
「店長ですか…それが、何日か前に…」
店員によると、店長は数日前に倒れてしまい、今は休んでいるとのこと。それを聞いた一行は住所を聞いて、店長の自宅に向かう。
「店長ー、ルーですー!いますかー?」
ルーが小さな家の扉をノックして大声を出す。すると中から小太りの男が顔を出した。店長だ。
「やあルー君。みんなも一緒かい?」
店長は出迎えると、ルー達を招き入れた。中に入るとシンは見舞いの言葉も無く、早速本題を切り出す。
「おい店主、リンゴの話だ」
「…ああ、そう言えばなんか頼んでたね」
「なんかだと?あれだけ欲しがってたじゃないか」
「それがね、なんであんなに欲しかったのか、わからないんだ」
聞けば店長は四日前に倒れて以来、林檎への欲が全く無くなってしまったらしい。
「前までは…喉の渇きを感じるほど、金の林檎が恋しくて仕方なかった…。でも今は全然だよ」
「最高の一品を作るんじゃなかったのか?」
「それは今でも作るつもりだよ、でも別の食材で考えてるんだ」
「そうなのか…。少し聞きたいことがあるんだが、お前は七年前に、王都で客からリンゴを貰ったと言っていたな…どんな奴に渡されたんだ?」
「それは…僕もこの七年で何度も思い出そうとしたんだけど、いくら考えても男だったか女だったか、それすら分からないんだ…ボケるには早いんだけどなあ」
「…なるほどな」
「ごめんね。それでリンゴは取れたのかい?報酬はちゃんと払うよ」
「…いや、見つからなかった。報酬は結構だ」
店長の様子を見て、シンは林檎を渡すのをやめた。
「それは残念だったね、大変だったでしょ。でもギルドには、君達が依頼を受けてくれたって、もう話してあるんだ。後で僕が報告しておくから、せめて預けてある報酬金を受け取ってよ」
店長はルー達に林檎の件を頼む前から、冒険者ギルドに依頼を出していた。その事を言っているのだろう。
だがそんなことより、ルーは店長の体調を心配する。
「あの…店長、遅くなったけど、倒れたって聞きました。大丈夫ですか?」
「倒れた?ああ、転んだだけだからもう心配無いさ、明日から復帰するよ。でも僕も歳だからね、気をつけなきゃ…」
その老人のような言い草に、違和感を覚えるキャロル。店長の見た目は三十代半ばだ。
「歳って、何歳なの?」
「今年で六十二だよ」
「はぁ⁉︎嘘でしょ?…あなたは純粋な人間?それともドワーフのハーフ?」
「人間だけど、若く見えるでしょ。美味しい料理を食べてるからかな?」
「…そういう体質?」
「わからないけど、何年か前から急に若返りはじめた気がするな」
前にキャロルが若く見えることに、店長は驚いていたが、本人はそれを遥かに凌駕していた。林檎を食べた影響だろうか、一行はあまり深くは聞かず、家を出た。
「リンゴ料理…食べてみたかったですね」
「そんなこと言ってる場合?あの人絶対おかしいわよ…」
「ああ、かなりおかしい」
二人が違和感を覚えるのも無理はない。店長はあれだけ求めていた林檎への興味を失い、まるで他人事だった。そして七年前にその林檎を渡してきた客のことを覚えておらず、おまけに実年齢の半分くらいの見た目をしている。
「リンゴを渡した客は間違い無く、カエルの里の林檎泥棒だ。誰も特徴を覚えていないという特徴が一致する」
「そうね、でもリンゴが欲しく無くなったのはどうして?そういえば転んだって言ってたわね、頭でもうったのかな?」
「わからん…だがリンゴの件は片が付いた。もうこれ以上詮索はしない。お前らも休め。俺は鍛冶屋に寄って帰る」
「あっ、俺も鎧の修理を頼みに行きます。キャロルさんはどうしますか?」
「疲れたから帰るわ。また今度集まって、山に行く計画を練りましょ」
キャロルとはここで別れ、ルーとシンはボーペン武具店に向かった。




