27.腕と腕
竜と対峙する二人。竜の中では弱いとされる飛竜ですら、五級の冒険者がパーティでやっと倒せる程。だがこの竜は明らかにそのレベルを超えている。ましてや駆け出し冒険者の八級二人が戦うような相手では無い。
「問題はこいつの鱗なんだが…」
シンは一人で戦っている間、竜を何度もレイピアで斬りつけたが、硬い鱗に阻まれほとんどダメージを与えられなかった。
「俺が投げた槍は刺さりましたよ」
「あれか、だがあの程度では致命傷にならんな。やはりあの場所じゃなければ…」
「よくわかんないけど、これ使えますか?」
四本腕のルーがズボンのポケットから焦茶色の球を取り出した。それは遺跡の入り口でアガマに渡された匂いと音の爆弾だった。
「よし、それを投げろ。隙を作ってくれ、おれは【逆鱗】を狙う」
「わっかりました!喰らえ!」
ルーが爆弾を投げつけた。それは様子を見ていた竜の頭に炸裂して、大きな音が響いた。
「ギャアァアア!」
音か匂いか、たまらず叫び声をあげた竜は身体を仰け反らしながら長い尻尾を振って攻撃してきた。
「避けろ!」
シンは上に、ルーは前に飛んで尻尾を回避する。ルーはその勢いのまま四本の腕で竜の身体に掴まって、脇腹の槍を抜きに行った。
シンはかなり高くまで飛び上がり、空中を少し移動しながら竜の顎目掛けて急降下。着地してレイピアを構え、顎の下を突き刺そうとした。
「ない…だと」
シンが狙っていたのは逆鱗と呼ばれる竜の弱点。そこを突けば動きが止まると思ったが、この竜にはそれがなかった。
ルーは脇腹の槍を掴んで引き抜いた。それを見たシンが声をかける。
「ルー!作戦変更だ!少しの間引きつけろ!」
「了解!」
竜の懐に入ったルーは、気が狂ったように腹を何度も槍で突き刺す。背中に比べて腹はいくらか柔らかいようで、深く刺さった箇所からは真っ赤な血が吹き出した。
腹を刺された竜はたまらず反撃、左の前足でルーを潰そうとする。だが背中側から生えた獣の両腕がその左前足を掴んで止め、押し返して抵抗した。
その間シンは振り落とされそうになりながらも、キャロルが当てた爆発魔術の跡を見つける。その部分は焦げて鱗が剥がれていた。
「ここだ!」
その箇所にレイピアを根元まで突き刺し中を掻き回した。激痛で竜は暴れ回る。シンは振り落とされ、ルーは竜の腹から離れた。
「やっと攻撃が通ったぞ」
「お腹は結構柔らかいですよ」
確かな手ごたえに二人は高揚する。だがその時、暴れていた竜がこちらを睨みつけてきた。途端に身体の自由を奪われる。
「何故だ…目は合わせてないはず」
「ヤバい、身体が」
竜の眼力で動けなくなった二人に、容赦なく尻尾が振るわれる。この無防備な状態ではガードはおろか、受け身も取れない。
「うぁぁぁあ!」
二人共吹っ飛ばされはしたが、ルーの背中の腕が防いでくれた。そのおかげで怪我は無い。
「…いってぇ」
「その腕はお前が動かしてるのか」
「いえ、勝手に動いてます」
「不気味だな」
獣の腕は不可解だが、どうやら敵ではないらしい。
「グゥオオオオ!!」
怒りを露わにした竜が咆哮する。すると金色のオーラのような物が竜に集まっていった。
「なんだ?何かを吸い込んでるのか?」
シンの推察通り、竜は木や草の生命力を吸い上げていた。吸われた木は色を失っていく。
「あれ…」
痺れの残るルーが竜の脇腹を指差した。さっきまで槍が刺さっていた場所だ。みるみる傷口が塞がっていく。竜は周りから集めた生命力で自らを治癒したのだ。
「なんか羽がおっきくなってませんか?」
それは自己再生で終わらず、小さかった背中の羽を何倍にも大きく成長させた。鱗の一枚一枚が分厚く尖り、角も太くなった。竜はより攻撃的なフォルムになっていく。
「…ルー走れるか?」
「多分いけます」
「逃げるぞ」
「リンゴは?もういいんですか?」
「どう見ても敵が強くなった。…時間切れだ」
竜を倒すと息巻いていたシンが、林檎を諦め逃走を決めた。この状況では仕方がない。
キャロルのような通常の人間よりも二人は身体が強いようで、痺れは残るが自由を取り戻していた。
「走れ!」
二人が階段の方へ走りだす。それを追うために竜が翼を羽ばたかせて空を飛んだ。
「あ、あいつ飛んだ!飛びましたよ!」
「林の中に入れ!」
二人は竜の視界に入らぬよう、木々の間を駆け抜ける。
「あー身体が痺れてジンジンするー」
「我慢しろ!」
階段まではそう遠くない、だが問題は登れるかどうか、二人は時おり後方上空を確認して、竜の攻撃を避けながら走る。
「見えました!」
階段に到着し、ルーが先に登り始める。そこへ竜が突進してきた。
「避けろ!」
ギリギリでルーが回避して、そのまま登りきった。だが階段の中央が潰れてしまい、シンが取り残されてしまった。それを嘲笑うかのように竜が吠える。
しかしシンは笑っていた。
「…飛べるのはお前だけじゃないぞ」
潰れた階段をシンが助走をつけて飛翔。それは滑空でも跳ねたわけでもない、短い距離ではあるが確実に飛行していた。
こうして最下層から抜け出し、地下三階に戻ってくることができた。
下の階からは竜の大きな唸り声が轟く。あの巨体ではこの階段を通れない。逃げ切ったと考えていいだろう。
「危なかったですね…最後飛んでました?」
「ああ、僅かだがな」
逃走に成功したが、シンの表情は暗い。
「結局金の林檎は手に入らなかったか…」
シンは肩を落としていた。味開拓の店長の依頼は置いておいても、林檎を絶対に手に入れたがっていた。だがあの竜の強さ、鬼熊を超えていたかもしれない。今は命があることに感謝すべきだろう。
そのシンの肩をツンツンつつく者がいた。
「…なんだ」
仏頂面でシンが振り返ると、つついていたのはルーの背中から生えた獣の右腕だった。
「腕に慰められるつもりは…」
獣の右手がパッと開くと、中には黄金に輝く林檎が握られていた。
「…!」
先程、身体が痺れるのを恐れた二人は、木々の間を抜けて竜の眼から身を隠して逃げていた。その時獣の腕が林檎を見つけて、もぎ取っていたのである。
「凄い!偉いぞー、さっきも助けてくれたし」
ルーがよしよしすると、腕は左手も見せてきた。そこには、二つ目の林檎が握られていた。獣の腕はその二つ共をシンに渡した。
「…感謝する」
本当に、心の底から出た言葉だろう。シンは少し肩を震わせている。
一方ルーは腕に話しかけていた。
「これからも助けてくれる?」
ルーがそう聞くと、腕は右手で丸を作った。会話が成立するらしい。普通、急に自分の背中から腕が生えてくればパニックを起こしそうな物だが、ルーは不思議とこの腕に、懐かしさに似た何かを感じていた。
「ありがとう。じゃあお前の名前を決めないとなー、毛がモサモサで力が強いからモサパワーにしよっか」
それを聞いた腕は、両手でバツ印を作った。
「ダメかー。じゃあ腕と腕でウデウデは?」
腕は少し悩んで丸を出す。
獣の腕の名前が「ウデウデ」に決まった。
ルーはまるで可愛いペットのように接しているが、ウデウデからは相変わらず凄まじい邪気が放たれていた。




