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21.クモとカエル

 「俺は強くなったんだ、一人でもやってやる!」


 気合いを入れたルーに土鬼が飛びかかってきた、その大きさは、いつも配達に使っている荷車よりも大きい。


 「おらぁ!」


 飛びかかってきた土鬼を、ミドビルの盾で受けとめる。しかしその巨体を用いた突進は骨が軋むほどの重さで、ルーは後ろによろけた。土鬼はその隙を見逃さず、鋭い鉤爪の付いた長い前脚でルーを捕らえようとする。


 「うわっ!」


 すぐに体勢を立て直し、鉤爪を盾で弾くように防ぐ、また防ぐ。焚火があるとはいえほとんど暗闇。その中での戦闘。ルーが研ぎ澄まされていく。


 それからも土鬼の攻撃をひたすらに防ぎ続けた。


 「ハァ…盾だけで精一杯だ…」


 土鬼の突進のような重い攻撃は、盾で止めるのが精一杯でとても反撃など出来ない。ならばと、前脚の攻撃をガードしてから槍を刺し返そうとするが、槍より敵の前脚が長いため胴体に届かない。


 そのうえルーはこの一週間、魔術師と共闘するための、防御主体の立ち回りを練習してきた。なので守り方は分かっても攻め方が分からず、一方的な攻撃を受けていた。


 しかし、ここでルーがあることを思いつく。


 「…よし。次の突進が勝負だ」


 それからも前脚の鉤爪攻撃を、防ぎに防いで防ぎ続ける。



 どれほど防御に徹しただろうか、土鬼は反撃がこないとわかると、また飛びかかって来た。それに対してルーが槍と盾を構える。


 「ここだ!」


 突進してきた土鬼に槍が突き刺さった。


 ルーが思いついたのは、攻撃を防いだ後に反撃が出来ないのなら、盾と一緒に槍も構えておけばいいということ。これで向こうが突っ込んでくれば、カウンターで槍が突き刺さり、防御も出来る。攻防一体の構え作戦。


 簡単なことのように思えるが、そもそも普通は土鬼の突進を受け止められない。それにウッドホッパーを除けば魔物との戦闘はこれが初めてのルー。相当な勇気と腕力がいる行動だった。


 「ギュギィィ!」

 

 頭の近くを深く槍で刺された土鬼が、鳴き声をあげて暴れ回る。それを見てルーが喜んだ。


 「やった…!俺だって戦えるぞ!」

 

 その時、持っていた盾が、振り回した土鬼の鉤爪に引っかかり、飛んでいってしまった。


 ルーは焦って、吹っ飛んだ盾をすぐ拾いに行こうとするが、激昂した土鬼がそれを阻んだ。もちろん盾無しでの練習などして来ていない。絶体絶命。盾と同時に自信を失ったルーの腰が引ける。


 「ヤバい…」

 

 その弱気を感じ取った土鬼は、前脚を振り上げて鉤爪を叩きつけた。ルーは横に跳ねて転がりながらこれを回避するが、土鬼の攻撃が今までよりも明らかに強くなっている。


 攻防一体作戦の成功により、土鬼にとってルーは餌から敵になっていた。もうルーを捕まえて食べようとはしていない、殺そうとしていた。


 ルーにもそれが伝わった。凄く恐ろしくなった。今まで戦っていた目の前の強敵は、手を抜いていたのだ。恐怖に駆られたルーがすぐに逃げようとするが、腰が抜けて足に力が入らない。


 そんなルーに容赦なく土鬼が近づいて、また前脚を高く振り上げた。その大きな鉤爪を見て「死ぬ」そう思った瞬間、目の前を白い光が走る。


 「よく一人で戦った」


 光はレイピアの刀身だった。駆けつけたシンが土鬼の前脚を切り落とし、そのあと頭を突いてとどめを刺す。僅か数秒の出来事だった。


 「土鬼相手にかなり戦えていたな。だが盾は手放すな」


 そう言ってシンが、盾を拾って持ってきた。


 「起きてたんですか…?」

 「俺は眠らないと言っただろ」


 シンは起きていて、今の戦いを見ていたらしい。


 「…死ぬかもしれなかったんですよ…」

 「お前の実力が見たかったんだ。それにちゃんと助けただろう」



 土鬼を倒した二人は野営場所へ戻る。シンはルーを焚火の前に座らせた。


 「落ち着くまで座っておけ」


 そう言われて初めて、自分の体が震えていることに気づく。ルーが座ると、隣にシンも座った。


 「よく攻撃を防げていたぞ。練習の成果だな」

 「はい」

 「それに盾と槍の強みも活かせていた」

 「…はい」


 単調な返答をするルー。怒っているわけではない。自分の弱さに落ち込んでいた。シンが励まそうとしてくれているのはもちろん分かっている。だがそれが苦しかった。


 客観的に見れば悪いのは起きてこなかった二人だが、ルーは自分を責める。


 途中までは戦えていると思った。だが土鬼は本気ではなかった。最初から敵が殺す気だったなら、シンが助けに来なければ死んでいただろう。


 そして何よりも、進んで買って出た見張り役。なのに盾がなくなった時、二人を見捨てて逃げ出そうとした。その見捨てようとした仲間に助けられ、今は励まされている。弱いとは惨めだ。


 ここへは母の居場所を知るために、仕方なく来た筈だった。だが今は、心の底から強くなりたいと、そう願っている自分が居た。




 

 しばらく経つと、ルーの震えは止まっていた。だがキャロルがまだ寝ている。シンは起こすか迷ったが、探知魔術を使える彼女の疲労が溜まらぬように、自力で起きるのを待つことにした。


 二人は待っている間、焚火を囲んで話をする。


 「落ち着いたようだな。ルー」


 「はい、すいませんでした」


 「気にするな。それよりお前、キャロルについてどう思う?」


 「えっ⁉︎なんですか急に!……その…かわいいと思います」


 「馬鹿が、そんなことを聞いてるんじゃない。コイツの魔術師としての実力の話だ」


 「…最初からそう言ってくださいよ。凄い人なんしゃないですか?学校で魔術の先生やってたくらいだし」


 「それもそうだが、広大な探知魔術の範囲。さらに魔力切れを起こしたことも無いときてる」


 「俺魔力が無いんで分かりませんけど、そんなに凄いことなんですか?」


 「ああ。とてつもない才能だ。もしかしたら…」


 「ふわぁ、なんの話?」


 いびきをかいて寝ていたキャロルが、やっと起きた。


 「キャロル、お前は去年まで学校で働いてたんだろ?なぜ冒険者をしようと思った?」


 「何?起きたばっかりよこっちは」

 「いいから答えろ」

 「稼げるって聞いたからよ」

 「それまではずっと教師か?」

 「そうよ」

 「才能が埋もれてたわけか…何故パーティを組まなかったんだ?」

 「最初は組もうと思ってたけど、パーティで依頼を受けたら報酬が等分なのよ。あれじゃ稼げないわ」


 キャロルは金が一番の行動理由のようだった。それを聞いてルーが疑問を持つ。


 「学校の先生って給料悪かったんですか?」

 「良かったわよ。貴族の学校だったし」

 「じゃあなんで辞めちゃったんですか?」


 「…私が先生をやってたその街で、ヤバい奴らが魔術師狩りを始めたの」


 「ヤバい奴ら?魔術師狩り?」


 「うん。【星封堂】って知ってる?」


 その言葉を聞いてシンの表情が、何故か一気に険しくなった。


 「せいふうどうって?シンさん知ってますか」

 「…宗教団体のことだ」

 「そう。怪しい宗教よ。特に王都に信者が多いわ」

 「お前も魔術師狩りに遭ったのか?」

 「うん。貴族にしか魔術を教えないのはどうとか、お前達魔術師は特権がどうとか言って攻撃されたわ」


 星封堂の魔術師狩りで、学校は一時的に閉鎖。教師をしていたキャロルや他の魔術師達は、身の危険を感じて、それぞれ別の街に移り住んだという。


 「でもアイツらの言うことにも一理あって、裕福じゃない子でも、魔術を学べる環境が必要なのは確かよ。だから私、学校が作りたいの!誰でも学ぶ意思さえあれば、魔術を学べる学校が」


 「キャロルさん凄いです。俺に出来ることがあったら手伝いますよ」


 「お前、意外としっかりしてるんだな…」


 「何よアンタ達、照れるじゃない」


 魔術は学校に行かずとも、魔術書があれば自力で学ぶことができる。事実ほとんどの人間がそうしている。だがやはり、学校で魔術師に教えてもらうのと独学とでは、学べる魔術の種類と覚える時間に差がありすぎる。


 そんな生まれつきの貧富の差を埋めようと、キャロルは平民でも通える学校を作ろうとしていた。そのために金を稼いでいるそうだ。



 「それで、その魔術師狩りをしてる星封堂ってどんな宗教なんですか?」


 「あー、なんか、魔力の無い者でも魔術を使えるようになるって宗教だったはずよ。だから星封堂の信者は、魔力の無い者がほとんどなの」


 「ええ!俺のための宗教じゃないですか⁉︎入信します!」


 「馬鹿ねアンタ。あんなの絶対嘘よ。やめときなさい」


 「いや、その話は事実だ。俺は実際に、魔術を扱えない者が魔術師になったのを見ている」 


 「ホントですか!俺も絶対入ろう」


 「…残念ながら今はもう無理だと思うぞ。俺がそれを見たのは八十年以上前の話だからな」


 「えー!そんなぁ」

 「八十ってアンタ何歳よ…」

 「シンさんはエルフなんですよ」

 「エルフ?…確かに耳が尖ってるわね」

 「さあそろそろ行くぞ、無駄話をし過ぎた」


 ルーは星封堂に興味津々だったが、シンが会話を切り上げて先を急いだ。その後は探知魔術のおかげで特に危険も無く、思ったよりも早く目的地に着きそうだった。


 「生えてる木がまばらになりましたね」

 「地図ではもっとかかる計算だったが、かなり早めに着くな」

 「早く着く分にはいいんじゃないの?」

 「そうだが、こんなに早いとなると、地図が間違ってる可能性がある」

 「ええー!せっかく私たち、戦闘も無く順調に来てるのにー」

 「戦闘はありましたよ…」


 キャロルは寝ていた上に、暗かったので土鬼の死体も見ていない。二人も特に話さなかったので戦ったのを知らなかった。


 「森を抜けるぞ」


 一行が丘を越えて森を抜けた。その先には、広がる一面の大地。草一つ生えていない。


 予定では二日から三日かかる筈だったが、なぜか一日と少しで抜けることができた。


 「広いー!」


 森の閉塞感から抜け出したルーが、大きく深呼吸をする。


 「うっ!なんか臭くないですか?」

 「わかんない。なんの匂い?」

 「何かが腐ったような匂いです」

 「俺にも分からんな」

 「ここに里があるのよね?」

 「そのはずだ」


 カワズ盆地には出たが、シンの言っていた里が見つからない。とりあえず地図と魔道具を頼りに進む。そこからかなりの時間歩いていると、キャロルが止まるよう指示した。


 「待って!何かいる」

 「魔物か?」

 「わからないけど、二足歩行してるわ」

 「なら里の者かもしれないな」


 探知した相手に近づいて正体を探ると、それは二足歩行でオレンジ色のカエルだった。


 「カエルの魔物?」

 「いや、あれは…おい!そこのお前聞こえるか!」


 シンがカエルに声をかけた。




 その頃フラウの冒険者ギルドでは、副ギルド長のポリンクと受け付けのソルケが、ある魔物について話していた。


 「副ギルド長!ここ最近、何件かの報告がある人型の虫の魔物ですが、いくつかの文献とギルドの古い資料を調べたところ、とんでもないことが分かりました」


 「とんでもないこと?」


 「あの人型の虫はかつて、魔王が人類の侵略に使っていたと言われる…魔王軍の魔物だったんです!」


 「それは本当ですか⁉︎すぐ王都に報せを出しなさい!」

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