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20.槍と森

 「なんで槍なんだ」


 シンのその質問を聞いて、ルーが遠い目をする。



 遡ること一週間前。


 「剣は絶望的だけど、盾はかなりいいよ」


 「剣は絶望的なんですか!」


 「うん。なんて言うかね、才能が無い。普通は頑張らなくても出来ることが、君には出来てない」


 「…そんな、俺はどうすれば。もう森に行くことは叶いませんか」


 「そんなことないよ。これ使ってみる?」


 所長が、倉庫からルーの背丈よりも長い木の棒を持ってきた。

 

 「なんですかこの棒」


 「これは服を干す時に使う洗濯棒だけど、僕が提案したいのは槍だよ」


 「槍…」


 渡された洗濯棒は、意外なほどルーの手に馴染んだ。試しに模擬戦をしてみると、所長が言っていた、防御主体の立ち回りとも合っていた。これによりルーは目を見張る成長を遂げ、森に行く許可を貰うこととなる。


 そして現在。



 「剣の才能が絶望的だからです」


 それを聞いたシンは、ウッドホッパーを退治していた時のことを思い浮かべる。たしかにあの時ルーは、剣と盾を無茶苦茶に振り回していた。初心者でも普通ああはならないだろう。


 「俺は槍で所長に認めてもらいました」

 「…わかった。今回は槍を使え」


 何故かシンは渋い顔をしたが、理解を得ることができた。最初に手にした武器が、自分に向いているとは限らないものだ。


 「今回って、次回は無いですよ」

 「フッ、前回もそう言ってたな」


 ルーとシンが槍を選んでいると、後ろからキャロルの高い声が聞こえてきた。


 「ちょっと、このローブ良くない?」


 手に持っていたのは、丈の長い真っ赤なローブだった。


 「地味な色にしろ、それとお前には長すぎる。おい店員、魔術師用の装備を見繕ってやってくれ」

 「こちらへどうぞ」

 「何よあいつ…」


 キャロルが不貞腐れた様子で店員に連れて行かれた。


 「俺これにします」


 ルーが一本の槍を手に取る。それはルーの身長より少し長いくらいで、両刃の穂先がついていた。


 「パルチザンか、重くないか?」

 「全然、それに練習で使ってた洗濯棒と同じくらいの長さです」

 「…そんな物で練習してたのか、店員、外の丸太を使うがかまわんか?」

 「試し斬りですね。どうぞ」


 二人は店の外にある、地面に突き刺さった丸太で試し斬りをするようだ。外に出たルーが、試しにパルチザンを振ってみる。


 「洗濯棒よりは重いけど、振りやすいですね」

 「丸太を突いてみろ」

 「ふんっ!」


 ルーが右手で持ったパルチザンで、強く丸太を突いた。その威力は洗濯棒とは桁違いで、穂先が半分ほど丸太に突き刺さった。


 「見事だ」

 

 ルーの槍が決まり店内に戻ると、キャロルが新しい装備を身に纏っていた。それは膝まで丈がある、フード付きの黒いマントだった。


 「かっこいいマントですね。キャロルさん」

 「アンタの槍もなかなかよ」


 お互いを褒め合ったところで、キャロルが小声でシンに話す。


 「ちょっとシン、これ多分結構するわよ!私そんなに持って無い…」


 「俺が払うから気にするな。欲しい物があれば遠慮なく買え」


 それを聞いたキャロルは喜んで色々な物を選び始めた。後はルーの足回りの装備と、キャロルが選んだいくつかの物を含めて購入した。


 「お買い上げありがとうございました!」


 会計を済ました一行は店を出る。キャロルはその金額に青ざめていた。


 「ご、合計金貨四十ニ枚…」

 「気にするな、生きて森を抜けれるなら安い」

 「で、でも、私のマントだけで金貨三十枚もするのよ…」


 今回購入したキャロルのマントは、職人が障壁と防炎の二種類の魔術を刺繍で刻印しており、身体から流れ出ている魔力だけで、常時発動する優れもの。生地も質の良い高級品を使っている。この値段で相応だろう。


 「俺の買ってもらった革鎧は金貨四十枚しますから…」

 「ひぇ…。シンはなんでそんなに金持ってんの?」


 この状況なら当然出るであろう疑問。ルーも不思議に思っていたが、聞いてこなかったことだ。

 

 「…昔、仕事を辞めた時にもらった」

 「退職金?みたいな物ですか?」

 「そんなところだな」


 退職金ということで二人の疑問は解消された。


 明日は各自準備をして、明後日の早朝に屋敷に集合ということでその日は解散した。

 

 


 そして出発当日の早朝。空はまだ暗いが、集合時間になり、ルーが屋敷の前にやってきた。


 「おはようございます。キャロルさん」

 「おはよう、かっこいい鎧ね」


 先に来ていた眠そうなキャロルと挨拶を交わす。するとルーがあることに気づいた。


 「キャロルさん荷物それだけですか?」


 数日分の荷物でパンパンのリュックと、盾と槍を背負ったルーに対して、キャロルは小さな手提げ鞄一つだった。


 「私は全部収納袋にしまってるから。それ入れる鞄だけね」

 「めちゃくちゃ便利ですね、収納袋」


 収納袋とは、収納魔術の書かれた小さな布袋のこと。


 「便利よ。だけどダメなところもあって、収納袋に収納袋は入れられ無いし、それに袋が破れたりして術式が壊れたら、中の荷物が消えるの」


 「消える?もう取り出せないんですか?」

 「そうよ。だから貴重品は入れない方がいいわね」


 ルーは魔力がないため魔術に憧れがある。なので魔術師と話すのが楽しいようだ。


 「待たせた」

 「シンさん、おはようございます」

 「おはようシン、もう行くの?」


 「行こう」


 一行はウッドホッパーの依頼の指定場所だった北西の森から、さらに西側に向かう。そこから森に入るようだ。


 「できるだけ危険な時間を減らしたい、ギリギリまで西に歩いてから森に入るぞ」


 そう言ってシンがポケットから丸い物を取り出した。


 「それなんですか?」

 「念じた方角を示す魔道具だ。これがないと森を抜けるのに苦労する」

 「そんな魔道具聞いたこと無い、どこで売ってるの?」


 「…王都だ」

 

 遺跡で見つけたと素直に言えば、面倒なことになる。シンはそう思って嘘をつく。


 「俺も一つ欲しいな」

 「魔力が無いと使えないぞ」

 「わかってますよ…」


 その会話を聞いてキャロルが質問する。


 「ルーは全く魔力が無いの?」

 「…はい。変ですか…?」


 「変じゃないわ。私、去年まで別の街で学校の先生をしてたんだけど、そこにも魔力の無い子や、魔術を使えない子はいたから」


 「学校って何する所なんですか?」


 「色々なことを子供達に教える場所よ。字の読み書きから魔術までね」


 ルーの街に学校は無い、読み書きは父から教わった。そもそも学校は貴族や商人など、いわゆる裕福な家庭の子が行く場所である。


 「もしかしてキャロルさんって賢いんですか?」

 「もしかしなくても賢いわよ」


 しばらく歩いていると空が明るくなってきて、この辺りで森に入ることとなった。


 「キャロル、探知魔術を使え」

 「さっきからずっと使ってるわよ」

 「なに?魔力は持つのか?」

 「わかんないけど大丈夫じゃない?私魔力切れ起こしたこと無いし」

 

 「本当か⁉︎大したものだな」


 魔力切れとは言葉通り、魔力を一時的に使い切った状態のこと。そうなると魔術師は使い物にならなくなる。


 鍛錬により魔力の総量というのは伸びるが、だいたいは生まれ持ったもので決まる。魔力切れを起こしたことの無い魔術師など聞いたこともなかったため、シンは驚いたようだ。


 「なら心配ないな、入るぞ」


 ついに森に入る。


 森は木々で日光が遮られ、この時間だとほとんど何も見えない。そこでシンがランタンのような魔道具を出す。それが周囲を明るく照らした。


 「ランタンですか、よかった。明るい」

 「普通のとは少し違うがな」


 ランタンの蓋を開けると、中の光が空中に飛び出して三人を頭上から照らす。周りがぼんやりと明るくなった。


 「アンタ変な魔道具ばっかり持ってるわね」

 「その変な魔道具のおかげで明るいだろ」

 


 シンを先頭にキャロルを挟んで、ルーが後ろをついていく、縦並びの一行。森の中を歩いていると、キャロルが小さな声を出した。


 「止まって!右斜め前に一体いるわ」


 探知魔術が何かを捉えたようだ。


 「どのくらいの距離にどんな魔物がいるかわかるか?」

 「遠いから形はわからないけど、かなりおっきい」

 「確かに足音が聞こえますね」


 ルーが耳を澄ませると足音が聞こえたようだが、二人には聞こえない。


 「何も聞こえないわよ。アンタ動物?」

 「流石だな、ルー」


 シンは「流石狼男だな」という意味で言ったが、ルーはそれを否定する。


 「だから違いますって」

 「何?どういうこと?」

 「…シンさんが意地悪してくるんですよ」

 「よくわかんないけど意地悪はダメよ。わかった?」

 「俺はお前の生徒じゃないぞ…」


 探知した魔物が離れるのを待ってから歩き出す。遭遇を避けることが出来た。


 「キャロル。お前を誘って正解だった」


 「こんなことで褒められるなんて、なんか恥ずかしいわね。今まで森に深く入ったことは無かったの?」


 「あるぞ、ルーの父親とよく森に入っていた」

 「ルーのお父さん?何?アンタ達幼馴染?」

 「シンさんと父は仕事仲間だったんです」

 「なんの仕事?」

 「遺跡の研究です」

 「へぇ、そうなんだ、その関係で一緒に冒険者やってるのね」

 「まあそういうことだ」


 その後も森の中を進んでいると、開けた場所に出た。そこは池だった。木が無いおかげで久しぶりに太陽光を浴びることができた三人は、池のほとりで軽く食事を摂り足を休ませ、そこから夜になるまで歩き続けて野営をすることになった。


 「ここにしましょ、中には何もいないし」


 洞窟を見つけ、その入り口を野営地に決めた。

 

 「俺は普段から眠らない。お前たちは安心して寝てろ」

 「そんな人間いないでしょ、交代で見張るわよ」

 「俺がやります。二人は寝ててください」


 ここまで戦闘無しで来ることが出来た。これはキャロルのおかげだろう。快適に過ごせたのはシンの魔道具のおかげ、ルーはなんの役にも立っていない自分を顧みて、見張りを買って出たのだ。


 「ぐっすり寝て来ました。任してください…」


 なにやら思い詰めた表情のルーを見て、二人は見張りを任せることにした。



 見張りを初めて、どのくらい経っただろうか、ルーが焚火の明かりをぼんやりと眺めている。その火の奥で何かがうごいた気がした。ルーが警戒しながら少し近づいて確認する。一応後ろで寝ている二人に声をかける。


 「二人共起きて!何かいます!…二人共…?」


 見るとキャロルはいびきをかいて寝ていた。一度寝出すとなかなか起きないタイプらしい。シンも全く動かない。


 「マジかよ」


 ルーは盾と槍を構える。影は少しずつ近づいてきて、その全貌が焚火によって明らかになる。


 「蜘蛛…!」


 その正体は土鬼だった。土鬼はとても危険な大型の蜘蛛の魔物で、噛まれると全身が麻痺する。ルーもシンから話は聞いていた。だが見たことがないため、目の前の敵が大きな蜘蛛の魔物だということしかわからない。


 「起きてください!」


 反応がない、土鬼はどんどん距離を縮めてくる。ルーは覚悟を決めた。

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