19.変更と報告
「止まれ!止まれ!」
投げ飛ばされたシンが、ゴーレムに向かって叫ぶが効果無し。
またゴーレムがルーに殴りかかる。ルーはそれを腕で防いだが、あまりの威力に手が痺れた。
「なんて力だ…。でも所長に比べたら」
ゴーレムの追撃がきたが、それを避けてカウンター気味のパンチを腹に入れた。よろけるゴーレム。所長に比べると動きは遅い。ルーは見切っていた。
戻ってきたシンがその攻防を見て感心する。
「避けるのが上手くなったな」
「シンさん早く止めて!」
「無理だ、全く言うことを聞かん」
「えっ!どうすんですか!」
ゴーレムは通常、術者の命令に従う。だが現在暴走状態にあるようだ。
「ミドビルの頭蓋骨を破壊するか…」
「それはダメ!」
「ならそいつの魔力が切れるまで相手をしてろ」
「ええ!嘘でしょ⁉︎」
「ちょうどいいだろ、稽古をつけてもらえ」
シンは屋敷に戻った。残されたルーは攻撃を防ぎ続け、それから一時間程でゴーレムの魔力が切れて停止した。
「シンさーん!止まりましたよ!」
「終わったか」
「俺を見捨てましたね!」
「危なかったら走って逃げればいいだろ」
「…まあ、そうですけど」
逃げるという選択肢に気づかなかったルーが、少しモジモジする。その様子を気持ち悪く感じたシンが、話題を変えた。
「ところでお前の休みはいつになったんだ」
「えっと、それが…。所長が俺の実力じゃ、まだ森には行かせられないって…」
「あのツバメは冒険者か何かか?」
「エニアニマの元国境警備隊って言ってました」
「獣人帝国か、あの国は北部が森林地帯で、南部では魔石が取れる。北には魔物が、南には不法入国者と盗掘団が出る。北側ならかなりの武闘派だ」
「えー、そんな人に認めてもらえますかね…」
「一週間やる。その所長を納得させろ」
「強くなれってことですか?」
「そういうことだ。一週間経っても休日が決まらないようなら、お前は置いていく」
「待ってくださいよ!なんで急に⁉︎なら郵便所を辞めます!」
「ダメだ、俺も所長に賛成する。考えたんだが、ここのところどうも変なことばかり起こる。森でも何があるかわからん」
「そんな…」
シンはそこらの冒険者よりも強い、故に楽観的だ。森の魔物は探知魔術で遭遇を避ければいい、もし戦闘になっても、自分がいればどうにかなると考えていた。だが鬼熊やゾンビやカマドウマなど、甘い考えから遭遇したイレギュラーを思い返して、自分の考えを改めるとともに、弱いルーを連れて行くのは危険だと判断したのだ。
「そもそもシンさんは、どうしてその依頼にこだわるんですか?最初は店長の話すら聞こうとしなかったじゃないですか」
「俺も初めはただの面倒事かと思った、だがそのリンゴは…おそらく俺が探してる物なんだ」
「探してる物?」
「すまん、今は関係ない。忘れてくれ」
少し反発はしたが、ルーも昨日森に入ってから自分の実力の無さを痛感していた。冒険者になったばかりなので仕方ないが、仕方ないで済ましては次の仕事に連れて行ってもらえない。
「俺が間に合わなければ、母の件も無しですか?」
「…いや、また別の機会を設けよう。無理に今すぐ強くならなくていい。盆地へは俺とキャロルで行く」
金の林檎がどの季節に実るのかはわからないが、普通の林檎は今が時期なので、シンはそれが終わる前に盆地に行きたいと考えていた。
「…わかりました」
「心配するな。また次のしご…」
「一週間ですね。俺、死ぬ気でやります」
「…そうか」
そこからルーは深夜まで魔石をつけたゴーレムと戦闘訓練を続け、仮眠を取って早朝、郵便所に行き仕事を終わらせた。
「所長。今日もお願いします」
「もちろんだよ」
二人が昨日と同じように、倉庫の前で木剣を構える。
「いつでもいいよ〜」
「いきます!」
ルーは昨日とは段違いの速度で打ち込む。相手が強者とわかっていれば、遠慮はいらない。大振りの猛攻を仕掛ける。それを右へ左へひょいひょいと所長が躱して、木剣で切り上げた。顎を弾かれたルーは膝をつく。
「くそっ」
所長が今のルーの戦い方を見て声をかける。
「ルー君は力が強いよね?」
「はい」
「ならそんなに剣を大きく振り回さなくてもいいよ。コンパクトに行こう」
ルーは指摘された部分を少しずつ直して行く。その後は戦術の指導を受けた。
「僕も昨日考えてたんだけど、魔物と戦う時、君は戦士という役割になる。一緒に森に行く魔術師さんは攻撃魔術は撃てるの?」
「…はい。火の魔術が得意って言ってました」
「森で火は出さない方がいいけど…。まあ仲間が攻撃魔術が得意なら、戦士は前に出て戦い、後ろの魔術師が敵を倒すって戦法になると思う」
「はい」
「だから君は前に出るんだけど、敵を倒しに行くってよりは、足止めするのが大事なんだ」
「足止めですか」
「うん。魔術師の魔力量や、どのくらい戦うかにもよるけど、前で粘らないといけない」
「倒さず、粘る…」
「ということは、防御が大切になるよね?」
「そうですね」
「練習しよう。僕が今から木剣で攻撃するから盾使って防いでね」
「わかりました」
ルーは前衛と後衛の説明を受けて、戦士の立ち回りを練習することになった。
「いくよー」
所長の木剣による攻撃をルーが木の盾で弾く。もちろん被弾する事もあるが、フェイントに引っかかっても瞬発力でカバーして、かなり高い割合で攻撃を防げている。
「ルー君反応がいいね」
「ありがとうございます」
「剣は絶望的だけど、盾はかなりいいよ」
「剣は絶望的なんですか!」
「うん。なんて言うかね、才能が無い」
「俺だって頑張ってるんですよ!」
「普通は頑張らなくても出来ることが、君には出来てない」
絶句。所長は失礼な事を言うが、それだけ正直ということ。その素直な物言いにルーが肩を落とす。
「そんな…俺はどうすれば…。もう森に行くことは叶いませんか」
「そんなことないよ。これ使ってみる?」
そう言って所長が、倉庫から何かを取り出してきた。
「なんですかこの棒」
ルーはしばらくそれを試してみる。
「俺、これなら扱える気がします」
「僕も使ったことはないけどさ、結局はこれが強いよ」
それを使って、また倉庫前で所長と訓練をした。以降シンの屋敷には行かず。ルーは次の日も、その次の日も、所長との腕試しをする。毎日寝る間を惜しんで家でも練習をした。
そして約束の一週間目。
「ルー君、君は強くなった。もう森に行っても大丈夫。でも武器はちゃんとしたのを買ってね」
「わかってます。ありがとうございました、所長」
「休日のことなんだけど、他の街から配達員の助っ人を呼ぶから、明後日からでいい?」
「大丈夫です。…あの、関係無いんですけど、所長はエニアニマのどこを警備してたんですか?」
「北部森林だよ」
「…強いと思いましたよ」
どうやら所長は警備隊時代、エニアニマの北側で魔物と戦っていたようだ。
「この何日かで、僕は君に戦い方を教えたけど、戦わないで済むなら、なるべくそうしてね」
そう話しながら、所長が上着を脱いで上半身を見せる。その小さな身体には、肩から腹にかけて、切り裂かれたようなとても大きな傷跡があり、その部分だけ羽毛が剥げていた。
「…なんなんですか…その怪我」
「僕はこれで隊を降りた。君も気をつけてね」
所長との一週間の訓練を終えて、期限ギリギリで許可をもらったルーは、急いでシンの屋敷に向かう。到着すると、屋敷の前に人が立っていた。
「あれ?キャロル…さん」
「ルー!」
そこにいたのは、森で出会った魔術師のキャロルだった。
「私、ギルドづてに呼び出されたんだけど…ここってアイツの家なの?」
「そうですよ。シンさんの屋敷です」
「へぇ…。なんて言うか、ボロいね」
「ははは、俺も最初はそう思いました。でも中は綺麗なんで安心してください」
そう言いながらガチャっと扉を開け、二人は屋敷に入った。
中に入ってシンを呼ぶが返事はなし。ペットのコウモリも飛んでこない。二人がしばらく待っていると、シンが玄関から入って来た。
「おお、来てたのか」
「来てたのかじゃないわ!人のこと呼びつけといてどこ行ってたの!」
「悪い、買い出しに出ていた」
キャロルと会うのは一週間ぶり二度目のはずだが、彼女はまるで古くからの友人のように二人に接してくる。友達のいないルーは、それが少し嬉しかった。シンは少し嫌そうだった。
「久しぶりだなルー、休日は貰えたのか?」
「はい。たっぷり七日間」
ルーはニヤっと笑って答えた。
「…正直お前は置いていくつもりだった。強くなったんだな?」
「今までで一番頑張りました。所長も認めてくれてます」
「ならいい。休みはいつからだ?」
「明後日からです」
「キャロル、明後日から出発する。問題ないか?」
「私はいつでもいいわ」
「よし、当日の流れを決めておこう」
日程が決まったところで、シンが計画を二人に話した。
その内容は、明後日の早朝にフラウを出発して、二日から三日かけて森を北西方向に抜ける。するとカワズ盆地に出る。その盆地には里があって、その里で聞き込みをして金の林檎を探す。見つけ次第確保、また森を抜けて帰るというものだった。
「そんな場所に人里があるわけ?」
「ああ、森の奥にあるせいで誰も行かないがな」
「シンさんは行ったことあるんですか?」
「俺も無い。だがそこの出身の者と会ったことがある、だから存在だけは知っている。他に質問はあるか?無いなら武具店が閉まる前に、装備を整えに行く」
三人は武具店に向かった。
「いらっしゃいませー、あっ!お客様」
革鎧を買った時の店員が、シンに気づいて声をかけてきた。
「お預かりしていた剣の調整が済みました」
店員が奥から持って来たのはミドビルの剣。預けていたのをすっかり忘れていた。剣は研がれて、持ち手には新しい革が巻かれ、まるで新品のように見える。
「良かったなルー。今回はこれを持っていけ」
「…シンさん。言って無かったんですけど俺、武器を変えました」
「なんだと、剣はやめたのか?」
「はい。俺の武器はあれです」
そう言ってルーが指をさしたのは「槍」だった。




