第24話:ビキニ・ゴーレム
翌朝。遊興都市ベルトの宿屋にて。
俺は一晩かけて縫い直した修道服をセレーネに手渡した。
「ほれ、直したぞ。これでようやく元の聖女様だな」
「……はい。アスクさん、本当にありがとうございました」
セレーネは修道服を受け取り、一礼して部屋に戻っていった。
十分ほど後。修道服姿になって一階に下りてきた彼女の様子が、どう見てもおかしかった。
首元のボタンは上まできっちり留まり、袖も裾も完璧に肌を隠している。その点は問題ない。問題ないのだが。
一段一段、階段を踏み締めるたびに、セレーネの顔が小刻みに歪んでいる。
踊り場に着いたところで一瞬止まり、深呼吸を一つ入れてから、また次の段へ進む。
「……っ、んぅ……」
階段の途中で微かな声が漏れた。
「おい、怪我でもしたか?」
「なんでもありません!」
声が裏返った。顔も耳も、見事なりんご色だ。
一階の床に降り立った瞬間、セレーネは肩を大きく震わせた。
裾が床を掃き、修道服の布がふわりと揺れる。それだけで、また顔色が変わる。
「歩き方おかしいぞ。どこか痛いんじゃないか」
「痛く……痛くはないです……っ」
歯を食いしばりながら、震える声で言った。痛くない、という言い方がやたら具体的だった。
俺は首を傾げた。
するとセレーネが懐から、丁寧に畳まれた黒い布切れを取り出した。
昨日、路地裏の服屋で買ってやったビキニだ。
「あの……これ、お返しします。本当にお世話になりました」
「ああ、それはあげたつもりだったし、別に返してくれなくてもいいんだぞ」
「……いえ、もう、必要ありませんので」
きっぱりと言い切ったセレーネが、ビキニをこちらに押しつけてくる。
俺はそれを受け取りながら、一つ重要なことを思い出した。
昨夜、修道服を縫い直す際に、一緒に預かっていたものがあった。
彼女が旅の途中で着ていた、ボロボロに傷んだ下着だ。
さすがに俺が縫い物で触れるのもどうかと思い、洗うだけ洗って部屋に干しておいたのだ。
修道服と一緒に返すつもりが、すっかり渡し忘れていた。
つまり今、この場の状況を整理するとこうなる。
古い下着は洗って部屋に干したまま、俺の手元にある。ビキニも今俺の手の中にある。修道服は着ている。
「……ちょっと待て」
「な、なんですか」
「お前、今修道服の下に何を着てるんだ?」
三秒、間があった。
「き、聖女服の下にはですね……ここは遊興都市ですから、ビキニを着用するのが……いやその、ビキニは今ここにあるわけですが……あ、あれですよ! 宿の備品として毛布を巻きつけているというか……修道服だけだと通気性が……!」
「待て待て」
「む、蒸れるんです! 実は蒸れているんです! 修道服は布が多いので内側が非常に蒸れまして……」
「……? 替えの下着とか持ってたのか?」
「は、はいっ」
一拍置いて、セレーネが セレーネが身を乗り出すように言い切った。
「は、はいっ!! そうです! 替えの下着を持っておりまして!! 旅の聖女として、複数枚の下着を携帯するのは当然の備えで……! 旅程中に洗い替えが必要になる場合も多く……聖法国の修道女心得にも、三日分の着替えを準備することが……!」
「まあ、持ってたなら大丈夫だな。じゃあ気をつけて」
「はい!!」
セレーネはもう一度深く頭を下げ、宿の扉を勢いよく開けた。
外へ一歩踏み出した瞬間、朝の風が修道服の裾をふわりと撫でる。
「……っ、ぁ……!」
セレーネは素早い動きで裾を押さえ、そのまま振り返らずに早足で去っていった。
……あいつ、体調でも悪いんだろうか?
***
セレーネを見送った俺たちは、そろそろ王都に戻ることにした。
ここから王都までの日程を考えれば、1か月は離れていたことになる。いい加減にほとぼりも冷めているだろう。
しかし、出発の荷造りを始めたところで問題が発覚した。
旅の荷物が、増えすぎていたのだ。
四天王を倒した報酬に、モアが拾い集めた変な形の石コレクション、マホの実験器具などが嵩張っている。
俺の私物だけでも、山盛りの胃薬やMPポーションで相当な重さになっていた。
「重い……。肩が凝る……」
俺は背負った大荷物に呻いた。
「そろそろ荷物持ちを雇わないか? 俺の腰が限界だ」
「荷物持ち? 他人を雇うのは非効率……」
「ならどうするんだよ」
「作ればいい……。荷物持ち用のゴーレムを」
マホが杖を取り出す。
なるほど、その手があったか。
魔法生物なら文句も言わないし、給料も要らない。
「頼む! 最高のやつを作ってくれ!」
「任せて……」
マホは道端の岩を集め、魔法陣を描き始めた。
呪文を唱えると岩が組み合わさり、2メートルほどの巨人が完成した。
重厚な岩石で構成された、いかにもタフそうなゴーレムだ。
「おお! 素晴らしい!」
俺は拍手した。
これならどんな重い荷物でも安心だ。
マホが指パッチンをする。
ゴーレムがノロノロと一歩を踏み出した。
ズシーン……。
一歩進むのに3秒かかる。
「遅っ!!」
「……重量過多。これでは旅の足手まとい。私たちの移動について来られない」
ドォォォン!
マホが魔法を解除すると、ゴーレムはただの土塊に戻った。
「人型にこだわる必要はない……。安定と速度の両立には、これ」
次に現れたのは、蜘蛛のような六本脚のゴーレムだった。
背中には荷台が設置されている。
「おお、実用的だ! これなら揺れも少ないし……」
「……キモい」
モアが顔を顰めた。
「なんか虫みたいで嫌だなぁ。一緒に歩きたくないよ」
「……モアの美的感覚に不合格。却下」
「そこは我慢しろよ! 一番まともだぞこれ!」
ドォォォン!
二号機も土に還った。
「……うーん」
マホが腕組みをして唸る。
彼女の職人魂に火がついたようだ。
「速度、積載量、耐久性、そして美しさ……。全てを兼ね備えた究極の形とは……」
「いや、さっきのでいいじゃん。美しさは必要ないでしょ」
「改良が必要……。無駄な装甲を削ぎ落とす」
嫌な予感がした。
マホはまず、1号機のような普通のゴーレムを作り出した。
マホが杖を振る。
バシュッ!
ゴーレムの表面の岩が弾け飛んだ。
分厚い石の装甲が剥がれ落ち、中から現れたのは――
「骨組みだけ!?」
そこに立っていたのは、石のフレームだけのスカスカなゴーレムだった。
「これじゃあ強度が……」
「問題ない。ほら、ちゃんと補強した」
マホが指差す。
骨組みの胸部と腰部に、申し訳程度の装甲が取り付けられていた。
その形状は、どう見てもビキニだった。
「なんでビキニ型にしたんだよ!」
「最小限の素材で、動力炉を守るための最適解。それがビキニ」
マホは真顔で言い切った。
「名付けてビキニ・ゴーレム。……関節駆動域チェック」
マホが指先を動かすと、完成したゴーレムが動き出した。
ギギギ、と音を立てて、片足を高く上げる。
そして腰を突き出し、両手を頭の後ろで組む。
いわゆる悩殺ポーズだ。
「……よし。可動域クリア。セクシーさも合格点。胸も大きい」
「なんで岩に色気が必要なんだよ!」
俺のツッコミを無視して、モアがゴーレムに近づく。
「うーん、なんかバランス悪くない?」
「……む?」
「胸のパーツが大きくて、お尻のパーツが小さいよ。これじゃあ走った時に前のめりになっちゃう」
モアが真剣な顔で指摘する。
マホは顎に手を当てて考え込んだ。
「……鋭い指摘。確かに、トップヘビーは高速走行時の安定性を損なう。尻の魅力を失念してた」
「でしょ? もっとお尻をドーン!って大きくした方が、重心的にもにもいいと思う!」
「……採用」
マホが杖を振る。
カポッ。
ゴーレムの胸についていた巨大な岩が外れた。
同時に、腰についていた小さな岩も外れる。
マホは二つの岩を空中で入れ替えた。
そして、胸に小さな装甲板を、お尻に巨大な装甲板を装着し直した。
ガチャン!
と音がして、固定される。
「……完了。低重心化により安定性向上」
目の前には、極端な巨尻になったビキニゴーレムが立っていた。
胸は貧相になったが、下半身のボリュームが凄まじい。
マホが魔力を注入する。
ゴーレムの目が赤く光った。
瞬間。
凄まじい風圧が発生した。
「早っ!?」
一瞬でゴーレムが視界から消えた。
いや、そこにいる。高速で反復横跳びをしているのだ。
速すぎて残像しか見えない。
「成功……。従来のゴーレムの百倍の速度を実現した」
「速すぎるわ! 荷物が粉々になるぞ!」
「大丈夫。衝撃吸収魔法もかけてある。さあ、荷物を積んで」
俺たちは恐る恐る荷物をゴーレムに預けると、ゴーレムは敬礼のようなポーズをとった。
「出発!」
マホが号令をかける。
ドヒュン!
ゴーレムがロケットのように射出された。
「ああっ!? 待て!」
俺たちは慌てて追いかけた。
だが、ビキニ化して装甲を捨て去ったゴーレムの速度は尋常ではない。
あっという間に地平線の彼方へと消えていく。
「はぁ……はぁ……速すぎるだろ……」
俺たちは息を切らして走り、数キロ先で、ようやくゴーレムを見つけた。
だが、様子がおかしい。
ガタガタと激しく振動している。
「警告……警告……。速度超過により、機体強度限界……」
ゴーレムから無機質な声が聞こえる。
「あ、マズい」
マホが呟いた。
「軽量化しすぎて、空気抵抗に耐えられないみたい」
「やっぱりダメじゃねーか!」
「ビキニを外して空気抵抗を弱めるしかない……」
マホがゴーレムのビキニパーツに手をかける。
やめろ。それだけは外さないでくれ。
パカッ。
ビキニが外れる。
その瞬間、動力炉が剥き出しになり、暴走した魔力が逆流した。
ドッカァァァン!!
盛大な爆発と共に、ゴーレムは木っ端微塵になった。
荷物が空から降ってくる。
幸い、モアがキャッチしてくれてお陰で荷物は無事だった。
「……失敗」
マホが燃えカスの前でメモを取る。
「次はちゃんとした素材で試すべき……」
「もういい! 俺が持つ!」
こいつにゴーレムを作らせてもろくなことにならない。
俺は焼け焦げた荷物を背負い直そうとしたが、グキッという音が腰から聞こえた。
「あだだだだ!」
「もう、アスクは貧弱だなぁ」
見かねたモアが、ヒョイっと荷物を持ち上げた。
怪力自慢のモアにかかれば、この程度の重量は大したことないらしい。
「私が持ってあげるよ!」
「お、おう。悪いな……ありがとう」
俺は素直に感謝した。
だが、ここで気づく。
モアが背負った俺の私物が入った麻袋は、彼女の汗ばんだ背中にべったりと張り付いていたのだ。
布越しとはいえ、自分の着替えとかが直に他人の肌に密着しているビジュアルは、なんとも言えない生々しさがある。
「……なんか、ちょっと嫌だな」
「んー? なんか言った?」
「いや……」
俺は視線を逸らした。
地肌に張り付く麻袋の不快感と、腰の痛み。
天秤にかけた結果、俺は妥協することにした。




