兎疑逡巡
「もし気分が悪くなったらすぐ手を上げて教えてくださいねー」
俺の言葉にレピュス以外の子供たちが、はーい、と良い子の返事をする。
とはいえ申告されたとしてリフィーディング症候群が回復魔法でどうにかなるのかは知らないが、一応やれることはやったと言い訳出来る程度には最善を尽くそうと思う。
「おい、今はそれどころじゃなくて、ニハルとピピリマが……」
「レピュスさんの気持ちは分かりますけど、そんなに慌てる必要あります? ただどこかに出かけただけかもしれませんよ」
いなくなったと言ってもまだ数時間も経っていない。“今”の状況だけを見れば、そこまで慌てるほどの話には思えなかった。
しかしレピュスのみならず、他の子供たちまでどこか落ち着かなさそうに視線を交わしている。
つまり現状を不安に思うだけの経緯があったのだろうと話を振ってみると、顔を見合わせた子供たちは、かわるがわる口を開く。
「まえ、みんないなくなっちゃったときも、こうだったの」
「なんも言わないで、起きたらいなくなってたんだ」
「だからまた消えちゃったのかもって」
顔をしかめながらそれを聞いていたレピュスが、小さくため息をついて俯いた。
「他の連中と同じように消えちまったならもう見つからないんだろうし、おれのことがイヤになって自分で出てったってんなら……別にいいんだけどよ。もしそうじゃないなら、探してやんなきゃだろ。ニハルは突っ走るし、ピピリマはずっと元気なかったのに」
「まぁ普通にどこかで事故ってる可能性は全然ありますよね。探すならこのあと付き合ってあげますから、とりあえず動く前に食べるものは食べなさいよ。探すほうが倒れたら本末転倒じゃないですか。ねぇ?」
「レピュスたべないの……?」
「あったかいのおいしーよ。たべよーよ」
「うぐ……」
一分一秒が生死を分ける状況というのは存在するし、ここでのタイムロスのせいで間に合わなかった、という事態になる可能性はもちろんゼロじゃないのだが、それは言わないでおく。
ゼロでない可能性すべてに対処することは出来ないし、俺としてはまだそこまで差し迫った状況ではないと思っている。猶予があるか無いかで言えば無いが、少なくともスープ一杯の時間すら惜しむほどじゃない。
「何かしてなきゃ落ち着かないなら、食べながらでいいのでもう少し話を聞かせてもらっていいですか? 孤児たちの消失事件について」
「あぁ? つっても、さっき大体話した気ぃするけど」
「まだ答えてもらってないのは『いなくなった人たちに共通点はあったのか』ですかね」
「あーそれな。うーん……男も女もいたし、歳はおれより上のやつがほとんどだったけど、それでも全員ってわけじゃないしなぁ……」
レピュスが首を傾げていると、近くにいた子供のうちのひとりが、スープを飲みながら物言いたげにこっちを見ているのに気づく。
俺は何も言わずにその子供に視線を合わせて、にこりと微笑んでみせた。
彼らのような人の顔色を伺うのに慣れた子供から話を聞き出すのに重要なのは安心感だ。
この高尚すぎるエルフ顔面に安心効果があるかは甚だ疑問だが、そこは表情作りでどうにかカバーしてみせる。
そして無事に効果はあったようで、正解を探すみたいに俺の反応を伺っていた子供が、ほっとした顔になって「あのね」と口を開いた。
「いなくなったヒトたち、みんな、とりかえこだったよ」
「とりかえこ……取り替え子、ですか? それはどんな人たちのことを言うんです?」
「オメェそんなんも知らねぇのかよ。妙なことにごちゃごちゃ詳しかったり、当たり前みてぇなこと知らなかったり、変なヤツだな」
「すみません、お坊ちゃんなもので」
「だっ、そ、ごめんっつったろ!!」
レピュスのその反応で今知ったが、泥水事件後の「ごめん」はそこに至るまでの態度についても含まれていたらしい。
別にどれも気にしていないから構わないのだが、上手いこと話をそらせたのでよしとする。
どうやら取り替え子については“知っていて当然のこと”だったらしい。
それが世間一般も同様なのか、彼らの中だけでの常識なのかまでは分からないが。もう全部あとでヴェスに確認しよう。無事に合流できたらの話だが。
「取り替え子ってのは! 人間や獣人なのに魔法がつかえるヤツらのことだよ!」
「あれ、確か、そういう人たちのことは“マナ持ち”って呼ぶんじゃないんですか?」
「オジョーヒンなヤツらはそう呼ぶこともあるんじゃねぇの。おれらはだいたい取り換え子って言うけど」
「とりかえこ、すごくイヤがられる村とか街があるんだって、聞いた」
「まじゅうの子って、なぐられたり、すてられちゃうんだって」
「ははぁ」
要するに“マナ持ち”の蔑称が“取り替え子”だということか。
魔法を使えないはずの種族の中に生まれたマナ持ちは、周囲の知識が行き届いていなかったり、なにかしらの偏見が根付いた場所では、異端として排斥される場合があるのだろう。どの世界、どの時代でも起こる話だ。
「つまりいなくなった子たちはみんな、魔法が使えたんですね。それはニハルさんやピピリマさんも?」
「ニハルはそう。あし、すっごく、はやいの。あれ、まほうなんだよ」
俺に助けを求めに来たとき、ニハルは魔法を見て「わっちらと同じ」と言っていたが、あれは自分も魔法が使えることを前提とした言葉だった。
初対面で出会い頭にぶつかった要因のひとつである、ニハルの想定外の足の速さ。
兎の獣人だから脚力がすごいのかとも思ったが、どうやら魔法であったらしい。いや、種族特性としての足の速さと魔法の効果が噛み合った結果か。
そして体の強化が出来るということは、ニハルは身体魔法の使い手なのだろう。
「ピピリマのまほうは……みたことないけど。くびのとこ、ぴかぴかついてたから、つかえるんだとおもう」
「ぴかぴか?」
「魔石だよ。黄色いのだったよな?」
その問いかけに子供がこくりと頷くのを見てから、レピュスが説明を引き取って続ける。
「取り替え子は、体のどっかに魔石がついてんだよ。色とか、形も大きさもヒトによるけど、だいたい透明で宝石みてーなの」
「魔法使えて魔石もついてて、ってそんなめちゃくちゃ特徴あるのにさっきレピュスさん共通点って言われて思い浮かばなかったんですか? ちっとも?」
「うっせ! 思い浮かばなかったよ!! それに魔法ったってちょっと力が強ぇとかで、パッと見て分かるよーなもんじゃねーし! 魔石だって金目当てでえぐり取られることあっからほとんどのやつは隠すし! つかどーせおれはそんなん教えてもらえるほど仲いいヤツいなかったし、見抜くとかも出来なかったよ!!」
「うんうん、大丈夫ですよ。人を見る目が節穴な分は実務能力で補っていきましょうね」
「慰めんな!!!!」
慰めろと言ったり慰めるなと言ったり複雑なお年頃である。
言っとくけど本気で慰めたらすごいぞ俺は。
鬼に金棒ならぬ、媚び売り名人にエルフ顔面。悩みも正気も何もかも、後の生活に支障が出るほど全部吹き飛ばしてみせるからな。
今レピュスの脳みそ飛ばしても誰も得しないからやらないけど。閑話休題。
いくら当人たちが魔石を隠していたといっても、プライバシーもクソもない野ざらし環境で集団生活を送る中、そこまで厳密に隠し通すことは難しかったのだろう。
レピュスのような他人の様子に疎いタイプはさておき、話を聞けば他の子供たちはマナ持ちの仲間を数人ずつ把握していた。
それらの情報をつなぎ合わせた結果、消えた孤児がみんなマナ持ちであるというのは間違いなさそうだった。
ふむ、と顎に手を添えて考えながら、再度レピュスに話を振る。
「この消失事件について、あなた達の中では今までどういう結論になってたんですか? 一応少しは調べたりしたんでしょう?」
「ん、最初のころは年上連中が色々調べてたな。そのときの話では、一番ありそうな線は人さらいだけどそれらしい怪しい大人なんて誰も見なかったって。だって消えたのは一人二人じゃねぇんだ、こんだけ派手にやってて誰の目にもとまらないってこたぁねーはずだから、たぶん人さらいじゃないだろってことになってた」
「まぁ……普通に考えたらそうかもしれませんね」
「あとはたまたまどっか人目につかねぇとこでのたれ死んじまった、とか。でもこれも消えたのがチビどもばっかってんならまだしも、んなヘマしそうにねぇ年上連中がほとんどだったから、これもねぇだろってなって」
レピュスは一度言葉を切り、喋り疲れた喉を潤すためにかスープをひとくち流し込んだ。
そこで思わずといったように表情を緩めたあと、すぐにハッとして険しい顔つきに戻る。俺監修のバカ薄いスープであっても久々の食事はやはり美味しいらしい。体調に異変あったら手上げてくれ。
「きっとみんな、かいぶつに食べられちゃったんだ」
「ぼくらもたべられちゃうのかな」
こちらに向かってというよりは、抑えきれなくなった不安がつい零れたというように子供たちがぽそぽそと言葉を落とす。
消えた理由がよく分からないからこそ、レピュスも子供たちも余計に感情の置き所がないのだろう、
何を警戒すべきなのか、そもそも警戒するべきものがあるのか、だとしたら自分もいつか突然消えてしまうのか。
わけもわからないまま気を張り続けるのは、大の大人ですら消耗するものだ。
すっかり萎れてしまった子供の一人を手招きで呼び寄せれば、子供は控えめに歩み寄ってきたあと、ぎゅうと俺の脇腹あたりにしがみついてくる。
それを見て『おれより懐かれてね?』みたいな顔で遠い目をしているレピュスはとりあえず置いておき、子供の背をぽんぽんと叩いて宥めながら話を続ける。
「ひとついいですか?」
「オメェにひとつ許すと山みてぇにぶん投げてくるからヤなんだけど」
「お買い得じゃないですか」
「押し売りだよ。……で、なんだよ」
「内部犯という可能性は?」
「内部って……はぁ!? おれらの誰かがやってるってのか!? んなわけねぇだろーが!!」
「“怪しい大人なんて誰も見なかった”し、いなくなったのは“ヘマしそうにない”人たちが大半だったんでしょう? なら、その場に居ても怪しくない存在、かつ頼れる年長の子たちですら油断するような相手が犯人だったのであれば?」
もし普通のやり方であれば、無理やり何人も子供をさらったり危害を加えた場合に、まったく人目につかないということはあまり無いだろう。
なら犯行が外部の大人によるものでもなく、内部の子供の手によるものならどうなのか。
「にしたって、そんなの、やる理由がねぇだろ……!」
「今僕が話しているのは何故そうしたかではなく、可能かどうかです。現状で外部犯の線が薄く、偶然の事故というのも考えにくいなら、次は内部犯の可能性を考えてみなくては。さっき言ったでしょう、数多の選択肢を思い浮かべろって」
「……でも」
「身内を疑いたくないのは分かります。でも信じたいというなら、なおのこと考えなくてはなりません」
信じるにしろ疑うにしろ、やることは同じだ。事態を把握して、事実を並べて、総合的に判断するしかない。
二の足を踏んでいる間に次の被害者が出たら目も当てられないだろう。というかもしニハルとピピリマも“そう”ならすでに新たな被害は出ているのだ。
とはいえレピュスがその手の決断を苦手としているのはすでに分かっている。
俺とてリーダーなんて柄ではないが、この場で代わりに狂言回しの真似事をするくらいなら出来るだろう。
彼らの意識をこちらに引き寄せるように、俺はやや芝居ががった動きで顔の前に人差し指を立てて見せた。
「仲間に呼び出されて、あるいは連れ出された先で、戻ってこられなくなる“何か”があった。そして、狙われていたのは“取り替え子”である。一旦そう仮定して考えてみましょう」
内部の人間であるレピュスが内部犯を疑うより、余所者の俺が言及するほうが少しは後腐れないだろう。
まぁそんな配慮をする気があるならそもそも仲間内の疑心暗鬼を生むような説を出すなという話だが、こっちだって別に好きでサークルクラッシャー的なことがしたくてこんなことを言い出したわけではなかった。
本来なら俺がここまで彼らに関わる義理はない。
情報収集と、報酬の受け渡しさえ済めばそれで終わりの関係性だ。
なのに今どうしてここまで首を突っ込んでいるかというと、その情報収集の結果、どうも繋がりそうな気がしてきたからだった。
「取り替え子が標的だったのだとすれば、いなくなったのに年長の子供が多かった、というのにも少しは頷けます」
「なんでだよ」
「弱者は意味もなく死ぬことはあっても、理由なく生き残ることはありません。つまり年長の孤児たちは、年長になれるほど生き延びられるだけの能力があった、ということです」
生き延びるための能力とは目に見える直接的な優秀さに限らず、適切に周囲の力を借りることが出来るかなどの間接的なものも含むが、今回の場合は前者の意味合いが強い。
「たとえば“ちょっと力が強い”とかね。ぱっと見では分かりづらい、ささいな能力なのかもしれませんが、そんな小さな差が生死を分けることもある。それはあなたも身に染みて分かっているのでは?」
「…………まぁな。ヒトよりちょっとでも力が強けりゃ、その分やれる仕事がヒトより増える。足が速けりゃ、危ねぇ目にあっても逃げ切れる」
「異質さは排斥の原因ともなりますが、上手く集団に利をもたらせば“特別さ”に化けますからね。取り替え子であったから捨てられた子供は、しかし取り替え子であったから今まで生き延びてきた、というわけです」
今回に限って言えば、そしてまたマナ持ちであったから狙われた、という皮肉な話になりそうだが。
まぁ要するに“マナ持ち”という生き残りやすい特徴を持った孤児を狙った結果、年長の子供に偏ったというだけの話だ。
そう思えば推定被害者の年齢の偏りについてはさほど気にするところでもない。
頼れるマナ持ちの年長者がごっそり消えたせいで割を食ったレピュスには気の毒なことであるが、この話の本質はそこではないのだ。
「今ここに残っている中には、もう取り替え子はいないんですか?」
「いないよ。みんないなくなっちゃった」
「でも、とりかえこじゃないなら、あたしたちはへーきなのかな。たべられないかな」
「わかんない」
「……とりかえこのみんなは、たべられちゃったのかな」
「…………わかんない」
スープを食べて少し腹が満ちたことで、今まで目を向ける余裕のなかった事柄にまで思考が回るようになったのか、ざわつく子供たちに向けて俺は無言でスッと腕を広げてみせる。スムーズに会話を進めるためには小まめな場の鎮静が不可欠だ。
するとわらわらと寄ってきた子供を片っ端から撫でたり抱きしめたり等して落ち着かせてから、さて話を続けるか、と顔を向けた俺をレピュスがドン引きした目で見ていた。呼吸がごとく媚びを売る俺を見たときのヴェスと同じ反応でうける。
ついでだしおまえも抱きしめてやろうかという意を込めて慈愛の微笑みを向けたら、全力で首を横に振られた。
おい安い安い大特価エルフ俺のフリーハグだぞ。いらなくても差し出されたらティッシュ感覚で受け取っておけよ。
忘れたころに鞄の底のほうから出てきて地味に役に立つかもしれないだろうが。




