されど地の底の静けさを知る
「うん、あなたは賢いし、物を見る目があって、現実もよく見えている。そしてあまりにも正気だ。だからこそ優柔不断で、必要な博打も出来なければ決断も遅い。まったくもって上に立つには向いてません」
「…………クソむかつくけどまぁいいや。オメェは向いてそうだな、そういうの」
「僕が? まさか! 僕に出来るのはせいぜい、虎の威を借っておこぼれに預かることくらいですよ」
腰巾着でもコバンザメでも太鼓持ちでも、どうぞ好きなように呼んで欲しい。
それでも俺はこうして泥水すすって(比喩ゼロ)元気に生きているわけだから、リーダーの素質がないこと自体を悪いとは思わない。空を飛ぶ才能がなくとも、地の底を進む生き物には、地の生き物なりの生存戦略があるというだけの話だ。
「僕の話は置いといてですね。僕はなにも、意味もなく無駄にあなたを褒めてからこき下ろしたわけではなくて」
「別にもうムダでも何でもいいけどよ……、んだよ」
「上に立つのに向いていない、慣れていない、そうしたいとも思っていないあなたが、どうして彼らの面倒を見ることになったのかなって不思議で」
俺から見てレピュスは進んで他人の命を抱え込むタイプには思えなかったし、彼自身、己の肩に他人の生死が乗ることの責任に耐えきれない性格だと自覚していそうに見えた。
他人の命なんて背負って耐えられる人材のほうが希有なんだろうが、それこそが上に立つ素質だというなら、彼には確かにそれがないのだろう。
俺の言葉にレピュスは肺の底から絞り出すようにひとつ溜息を吐くと、手にした薪をやや雑に火の中に放り込んでから、橙色の滲み始めた空を仰いだ。
「……おれらは元々この街で一番でかい、孤児たちの一派だった。今よりもっとずっとヒトがいて、おれより年上のやつも何人もいたんだ。上に立ってチビたちをまとめてたのも、ほんとはそーいう年上のやつらで……でも、みんないなくなった」
「それはまた、どうして?」
「正直、おれにもよくわかってねぇんだ。いつの間にか上のやつらがどんどんいなくなって、気づいたらおれが一番上になってた。年下のチビ共も最初はもっといたんだけど、すぐに他の一派に流れてった。オメェの言うとおり、おれは向いてないかんな」
きっとレピュスなりにやれることは懸命にやっていたのではと思うが、彼らが生きる環境の中で『子供なのによく頑張ってる』なんて評価は無意味に近いものだろう。
離れていった子供たちにしても、義理だの情だの言っている余裕はなかったに違いない。
何せ命が掛かっているのだから、そこに関しては“仕方が無い”というほかなかった。俺だって同じ立場なら、不安定な泥船に居残るより、早いところましな船に乗り換えようとするはずだ。
「今残ってるのはみんな、自分でどうしたらいいとかわかんねぇやつばっかで、あんま金稼ぐのとかも得意じゃなくて。放り出したら、明日にでも死にそうなやつらだけだったから……」
良く言えば放っておけなかった、悪く言えば逃げそびれた、というところか。
全てを割り切って責任を受け入れることも出来ず、かといって己の肩にかかった命を無責任に投げ出すことも出来ない。
上に立つのに向いていないと誰より身にしみて理解しながらも、限界すれすれのまま綱渡りのように歩いてきたのが、今俺の前にいるレピュスという少年なのだろう。
弱音を吐く相手すらいないまま、他人の命を預かってのリーダー業だ。俺みたいなどこの誰とも知れない輩に虚勢を暴かれて、いっそ安堵するくらいには疲れ果てていたらしい。
気の毒なことではあるが俺に片手間でどうにか出来る問題でもなければ、レピュスも別に同情の言葉が聞きたいわけでもないだろう。それこそ偽善者だなんだと怒られそうだ。
だから俺は俺で、必要な話を進めさせてもらうことにする。
「上の人たちはいつの間にかいなくなった、って言いましたよね。もうちょっと詳しく聞いていいですか?」
「や、だからよくわかんねぇって……」
「“分からない”なりに分かることはあるでしょう。全員一気にいなくなったわけではないんですよね? 一人ずついなくなった? どのくらいの間隔で? 自分の意思で去った様子だったか、誰にも知られず行方不明になったのか、いなくなった人たちに共通点はあるのか、変わった様子はなかったか、いつもと違うことを言ってなかったか。どんな些細なことでもいいですよ、さあどうぞ、思い出してください」
「はあ!? ちょっ、ちょっとまって……! んなこと急に言われたって」
そう言いつつも記憶を掘り起こしてくれているようで、レピュスが腕を組んで唸り始める。
焚き火の管理ならやっとくから気にせず考えてほしい。なんなら今のうちにこっそり魔法で薪の湿気ちょっと飛ばしとくか。めっちゃ手を近づければ、俺にもそれくらいの小技は出来る。あっつ。
「……全員一気に、じゃなかった。一人ずつのときもあったし、二、三人いっぺんにいなくなったときもあった。どのくれぇで、っつーのはよくわかんねぇけど……昨日今日って感じじゃなくて、久しぶりっていうほど間は開いてなかった……と思う」
「ふむ」
ただでさえ一般市民には暦が浸透していない上に、孤児の立場とあっては日付の感覚も薄いだろうから間隔についてあやふやなのは仕方がない。ひとまず一、二週間に一度程度と仮定しよう。
「いなくなったのが自分からか、とかも正直よくわかんね。本当に気づいたら“減ってる”って感じだったし……その前に変わった様子も別になかったと思うけど、あんま自信ない。おれが気づけなかっただけかも」
「いなくなった中にあなたが親しい相手はいなかったんですか?」
「…………いそうに見えるかよ」
「そこで関係性構築できるくらい人付き合い出来てたなら、今ももうちょっと上手く立ち回れてそうですよね」
「ドカス」
シンプルな罵倒が返ってきたが、本人も自覚があるせいか勢いはなかった。
俺が雑魚かつ無能でも人付き合い特化で生き残っているのとは反対に、レピュスは器用で仕事が出来る代わりに、人付き合いが苦手ということなのだろう。
とはいえ自然界の生き物だって生存戦略は一点特化の場合が多いことであるし、どこか不得手があろうとも最終的に生き残っていれば良いのだから、リーダー資質の有無と同様にそれも取り立てて悪いことだとは思わない。
むしろ全てそつなくこなせる個体のほうが稀だろう。ヴェス見ろ、人付き合いマイナスの戦闘力全振りだぞ。
「今残っている子たちはあなたを頼りにしてるじゃないですか」
「あいつらは誰がテッペンでも同じだったと思うけどな」
それもまた事実だろう。他の子供たちは誰が上に立っても異論を唱えない、右に倣えな自我の無さが唯一の生存戦略のはずだ。
だがそんな彼らを見捨てきれずに慣れないリーダーをやっているのは紛れもなくレピュスであり、たとえ誰でもよかったのだとしても、今ここで頼りにされているのは間違いなくレピュスなのだ。それもまた、事実には違いない。
「ほんとのとこ、ニハルのやつが来てからすげぇ助かってんだ。なんかチビどもが明るくなったっつーか、あいつ考えなしで色々突っ走るからめちゃくちゃ手ぇかかんだけど、いると空気みたいのが良い感じになんだよ」
「あの子は思いのほか他人の機微をよく見てますからねぇ。何ならあなたより“テッペン”向きかもしれませんよ」
「そーかもな。いっそ代わってもらうか? ハハ、なーんて……」
「あっ名案なのでは? 良いと思います。すごく。今すぐ頼みに行ってみたらいいんじゃ、」
「……オメェさぁ!!!!」
「うわびっくりした。急に大声出さないでくださいよ」
「だっ、ば、この、~~~……っ慰めろよなんか! もうちょっと!!!」
だいぶ本音出たな。
一度弱みを見せたせいか、俺に対する遠慮の無さが一周回って素直さと化してきている気がする。
「いえ、嫌味でも煽りでも僕に関係ないしぶっちゃけどうでもいいとかでもなく、それ普通にありだと思うよって助言です」
「ホントかよ!」
「そこはまぁお好きな受け取り方をしていただいて。で、僕はあなたは人の上に立つのに向いてないって言いましたけど、それは一番上に向いてないって話です」
ぴ、とレピュスに向かって人差し指を立ててみせる。
「あなたが優柔不断で博打が打てないのは、それだけ良きも悪きも、様々な選択肢が頭に浮かぶからでしょう。他人の命を背負う度胸がないのは、それだけ重みを知ってるからでしょう。さっきも言いましたけど正気ですよ、あなたは。けれど人の上に立つなんてのは大抵、まともじゃやってられないんです。だからこそあなたはテッペンには向いていない」
もちろんまともじゃないやつが誰でもトップに向いているだなんて言わないが、どこかしらネジの外れた生き物でなければ、いずれ真っ当に責任に押し潰されるのが関の山だ。
レピュスもあと一歩でそうなっていただろうし、このまま同じやり方を続ければ、遠からずそうなる可能性が高い。
「でも、あなたは誰かの補佐をする役割には結構向いてると思いますよ。さっきのお使いも、最低限の指示だけでしっかりと目的を果たしてくれましたよね」
レピュスは俺の言葉に目を見開いたあと、全く予想外のことを言われたとでもいうようにうろたえ始める。
「向いてるって、んなこたねぇだろ」
「僕からはそう見えるということで。それを踏まえてこの媚び売り名人から、ひとつコツを伝授してあげましょう」
「こびうりめいじん」
「別に僕の真似して媚びを売れって話じゃないですよ、レピュスさんそういうの全く向いてなさそうですし。人心掌握がド下手くそな自覚、あるんでしょ」
「……あるよ」
そう答えるレピュスはどこか拗ねたような顔はしているものの、さっきの疲れ果てた社会人みたいな顔よりはこのほうがよほど年相応で良いだろう。
浮かびかけた毒のない笑みを咳払いでごまかして、俺は改めてレピュスに向き直る。
「だからもうそっちは不可能と割り切って捨てて、あなたは“情報”の観察にもっと心血を注いでください。人並み以下の能力を平均値にしようと無駄に時間をかけるより、すでに多少なりと伸びている能力を増やすことに集中したほうがいい……というか、僕らみたいな弱者に苦手の補強をしてる余裕なんてありません。だから死ぬ気で長所を伸ばして。苦手直しは余裕あるときにやりたきゃやってください。たぶんあんまり身にならないと思いますけど」
「ボロカス言いすぎだろテメェ!!」
「言いますよそりゃ。無理なもんは無理です。僕がどれだけ鍛えてもムキムキになれないのと同じです。しかし幸いなことに、僕にもあなたにも、そんな苦手を補える仲間がいます。ならあなたの苦手は得意な仲間に任せて、あなたはその仲間の苦手を補えばいい」
向いていない立場で目に見えた破綻に向かうよりは、多少博打でも他の誰かにリーダーを託して、彼自身はもっと向いている役割についたほうが良いだろう。
俺がよく口にするところの適材適所。お行儀の良い言い方をするならば、持ちつ持たれつの共生関係、というやつだ。
実際ニハルはリーダーにはわりと向いていそうだが、食糧管理やら何やらの実務的なところはてんで苦手そうである。そこをレピュスが支えてやればいい。
「あなたはむしろ優柔不断を極めるといいですよ。行動を起こす前に、数多の選択肢を思い浮かべて。周囲の状況をよく見て。そして視界に映るものだけでなく、そこに無いものまで全てを観察してください」
「……無いもんを観察なんて出来ねーよ」
「市場に並んだ品物の価格や、仕事で得られる給金の変動。街の治安の変化。誰が誰と、どこで会話をしていたか。もしくは会話をしなくなったか。そういったバラバラの情報を普段から蓄えておけば、目の前に無くても見えることがあったりするもんです」
今まさに、俺が彼らを相手にやっているのと同じことだ。
得た情報から絶対に“見える”なんて保証はないが、それでも材料を揃えておかなければ、いざというときに見えるものも見えなくなる。
「あなたはただ集めて、考えるだけ。そうして浮かんだ選択肢の中で特に有力そうなものを上から三つと、下から二つほど。それらを仲間の前に提示してみせるのが、補佐としてのあなたの仕事です。その先の決定権はテッペンに放り投げなさい」
「テッペンって……ニハルにぃ?」
「結局“上”の一番の仕事は最終決定ですからね。あなたはそれが随分と重荷になっていたみたいですけど、あの子ならうまいことポンと決めるでしょう」
ニハルは当人の種族に反して、兎というより猪みたいな子供である。
俺に助けを求めに来たときもそうだが、必要とあらばまず動く、といった生態のようだ。しかし全くの考え無しかと思えば意外と相手のことをよく見ているし、勘も悪くなさそうだった。
「やー、でも、ニハル……ニハルかぁ……大丈夫なのかよ、あいつでさぁ……」
「そうやって心配になるところをあなたが補うんですよ」
レピュスは本来、他の子供たちと同じく指示を受けるほうが得意なタイプなのだろう。
俺からの指示も文句を言いつつ的確にこなしているあたり、リーダーよりも補佐としてニハルに振り回されるほうがよほど向いていそうだった。
「…………。まぁ、そーだな。そういうのもありだって、考えとく」
「どうぞご検討ください」
提案はしたが、実行するかは本人たち次第だ。
これ以上は関与することでもないとこの話題は打ち切って、俺たちは低空飛行ローカロリースープの作成に尽力した。いやこれほんと行けんのかな。トドメスープにならんよな。本気で怖いんだけど。
戦々恐々としつつも作業を続け、そろそろ食べられるか、という頃合いになったところで、俺達のところへぱたぱたと駆けてくる子供たちの姿が見えた。
焦った様子で、足をもつれさせながらこちらまでやってきた子供のうちの一人が、声を上げる。
「ニハルとピピリマがいないの!」
「はぁっ!?」
その報告を聞いて、なぜか判断を仰ぐようにバッとこちらへ視線をよこしたレピュスに、俺は小さく肩をすくめて、神妙な顔を作りつつ口を開いた。
「そうですね、ではひとまず……スープを食べましょう」
「なんっでだよ!!」
「食べ頃なので」
「そうだけど!!!」
時間経過でじわじわ水漏れしていく鍋だぞ。いいから中の水分がゼロになる前に食え。




