表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/43

暗中の兎、青天を知らず


 もしここが創作(フィクション)の世界で、俺がその中の登場人物なら、『料理上手』か『料理下手』かというキャラ立ちするどちらかの属性に割り振られるのだろう。

 しかし哀しいことに、このファンタジー世界は現実(リアル)であり、現実というのはそんなに分かりやすい二択のみで成り立ってはいない。


 何が言いたいかというと俺は、料理がアイデンティティになるほど上手いということも、かといってネタになるほど下手ということもなく、食材をただ切って煮て焼いて簡単に味をつけるくらいのことなら出来る、という程度の人間もといエルフだということだ。

 その出来映えも、わりと上手く出来た、まぁ普通、ちょっと微妙、あたりをその日の献立などによって行ったり来たりしている。


 言うなればパラパラじゃないチャーハンとか、水っぽい野菜炒めとか、そういった不味くはないが理想形には遠い素人料理が作れることを『料理が出来る』というのであれば、俺は料理が出来るのだろうし、常に見栄えも味も素晴らしい最高の料理が作れることを『料理が出来る』というのであれば、俺は料理が出来ないのだろう。


 見る者の目線によってプラスにもマイナスにもなる、そんな位置。

 つまり俺の料理の腕前は、良くも悪くも、普通(ゼロ)だった。キャラ立ちしないことこの上ない。


 しかし幸いなことに今この場で求められているのは、誰もが舌を巻く絶品異世界料理をこしらえることではなく、栄養失調の子供にカロリー爆弾でトドメを刺さず、かといって栄養失調の子供をそのまま餓死させかねないカロリーゼロ食品でもない、地面すれすれの低空飛行みたいな料理(スープ)を作ることだ。逆に難しいわ。


 俺側の用件はほとんど済んでいるとはいえ、せっかく協力を取り付けた集団に対して“エルフの(かつ)え殺し”みたいな事件を起こすわけにはいかない。いや別に俺が飢えさせたわけじゃないけど。

 何にせよ弱者の生存戦略を貫くためにも、俺はなるべく目に見える形で加害者に回るわけにはいかないのだ。弱者の強みは永遠の被害者であってこそ生かされるのだから。


 なお上手く()を隠蔽できそうな場合はその限りではないとする。でもやはり極力避けたい。秘匿とはイコールでリスクである。


「……具、もうちょっと減らしたほうがいいですかね。どう思いますレピュスさん」


「いや知らねーわ。オメェが言い出したんだろ怖い話がどうとかって」


「肝心の知識を僕がうろ覚えなのが一番の怖い話……ですよね?」


「うめぇこと言ったみてぇなツラすんな!!」


 レピュスの怒鳴り声を聞き流しつつ、俺はひび割れた鍋の中の具材を覗き込んで「うーん」と唸った。

 ちなみにこの鍋はひび割れから液体がじわじわ染み出ていく仕様らしいので、水を入れるのは最後である。


 具材を切る作業は俺が見本ついでに半分やって、残り半分をレピュスに任せた。

 作れ、ではなく教えろと言われたのだからこの分担でいいだろう。一応横で様子を見ていたが特に不安なところもなく、少し教えただけでレピュスの手つきはそれなりに(さま)になっていた。


 なお俺が去ったあと作れなくては意味が無いので、鍋もそうだが、調理道具は彼らの持ち物を使っている。ゴミの中から拾い集めたらしき、欠けたお玉や錆びた包丁、薄汚れた食器などが足元に並んでいた。


「まぁこんなもんできっと大丈夫でしょう。知らないですけど」


「……オメェ一回くらいヒトを安心させるみてぇなこと言えねぇの?」


「正直者なので根拠のないことは言えませんね」


「ホントどの口で言ってんだドカスが!!! あーもーいい! 具もこれでいいならさっさと続きやんぞ!」


「じゃあとりあえず火つけてください。……つけられます?」


「つけれるよ!! バカにすんな!」


 今のは馬鹿にしたのではなく、単に火をつける道具などはあるかという確認だったのだが、青筋を立てたレピュスは広場の真ん中に組んだ(まき)のほうに足音荒くドカドカと歩いていく。

 ポケットから火打ち石を取り出す姿を見て、道具はあったようだと一人頷きつつそのまま少年の様子を眺めた。


 彼は丁寧に接されるよりも売り言葉買い言葉のほうがやりとりしやすそうだったので小まめに煽りまくっていたが、ちょっとやり過ぎただろうか。

 だが実際こっちのほうが程よく肩の力が抜けて調子が良さそうに見えるので、まぁこのままでいいだろう。

 どうせ短い付き合いである。このまま好感度を犠牲にした瞬発力優先のコミュニケーションでいこうじゃないか。


 レピュスは枯れ葉やらなんやらを着火剤にして、手早く火打ち石で小さな火を起こしてみせた。

 たき火に使う木材は直接雨の当たらない場所に置いてあったとしてもこの長雨で相当湿気っているはずだが、火の周囲に細かい薪を上手く配置して湿気を飛ばし、やがて乾いた薪は火にくべて、またその周囲にもう少し大きな薪を置いて乾かすことを繰り返し、慣れた手つきでたき火を大きくしていく。


 さすがの野外生活慣れである。

 いや、慣れることが出来るくらいに器用に色んなことをこなせたからこそ、レピュスは今まで生き残ってきたのだろう。


 器用にこなせない者、もしくは器用にこなせる仲間を作れなかった者は、とっくの昔に淘汰されて死んでいるのが弱者の世界だ。

 この世の中で死ぬのに大した理由はいらないが、生き残っているのには、大抵何かしらの要因がある。


「レピュスさんは賢いですね」


「オメェも薪にすんぞ」


「全部嫌味に取らないでくださいよ。今のは普通に褒めたんですってば」


 こっちの言葉を欠片も信じていない顔で睨んできたレピュスに苦笑を返す。とはいえ信じさせる立ち回りをしていないのは俺なのでこれは仕方がない。


 俺は先ほどレピュスに背負い紐での固定を手伝ってもらいつつ背に抱えたアルテアの位置を、「よいしょ」とまた美少年らしくないかけ声で直しつつ、レピュスのほうへ歩み寄った。


 レピュスは隣に立ち止まった俺をちらりと見てから、何も言わずに仏頂面で視線をたき火に戻した。

 相手から飛んでくる言葉(ボール)がなかったのを良いことに、俺はキャッチボールではなくピッチングマシンとして一方的に会話を投げていくことにする。


「本当に、あなたは賢い。たとえ僕が口にした言葉が難しくて分からなくとも、前後の文脈から正しく判断して会話を繋げている。文字や数字もなんとなく理解出来てるんでしょう?」


 俺は(ふところ)から、先ほど返されていた買い出しメモを取り出してひらひらと振って見せたあと、順調に火力を上げている焚き火の中にぽいと放り込んだ。

 揺らめく赤に炙られてメモがあっという間に黒ずんでいくのを見下ろしながら、それを渡したとき特に何の確認もしてこなかったレピュスの姿と、問題なく買い揃えられたおつかいの品々を思い出す。


 『全部そろってる、と思う』とやや自信なさげな言い方をしていたところから見て、教育を受けたことがあるわけではないのだろう。

 言葉と同じく、状況と照らし合わせて記号的に覚えたのかもしれない。独学でそれだけやれてるなら大したものだ。


 なお俺はエルフの里で文字を覚えるのにバカほどかかった。

 エルフにとってそれは生まれた次の瞬間から知ってて当然のもので、むしろなんでこいつ言葉も文字も魔法も分かってないんだ、とドン引きされながら生きてきた落ちこぼれエルフ俺である。

 知っていて当然であるからこそ、エルフたちにそれを教える技術は無いし、教えようなんて思考にすらならないわけだ。


 むしろなんでお前らは初期(プリ)インストールされてんだよ、と悪態をつけるほどに俺がエルフ事情を把握することが出来たのは、誕生からだいぶ後のことである。


 何なら文字については牢屋生活中に見張り番の兵士とかに媚びまくって暇つぶしがてらに教えてもらい、そこでようやく満足に習得出来たみたいなところもある。エルフ文字と人里での共通文字がほぼ一緒なの本気で助かった。

 全く違うなら逆にまだしも、半端に文法や文字種が入り混じってたらまたぐちゃぐちゃになるところだった。俺の頭と精神が。いやでもどうせとっくの昔からぐちゃぐちゃなので今更である。閑話休題。


「あと……あれです、なんて言ってましたっけ、あなたが使う単語もわりと知らない言い回しが多くて……えぇと、ああそうだ、『高そうな()()着て』みたいなこと言ってたじゃないですか、僕に」


 重ねて言うがこの世界の言葉は俺にとって全て異世界言語であり、エルフの里や牢屋で習得できなかった方言やスラングについては、俺も前後の文脈などから適宜判断している。


 まぁここでは異世界語もすべて前世の言葉に置き換えて記述しているせいで少々ややこしいかもしれないが、実際のところは俺にとって馴染みも何もない未知の発音の単語が、リアルタイムにハイスピードで飛び交っていると思っておいてほしい。

 “自分には分からない言葉をつらつら使われている”という点では、俺とニハルやレピュスの状況はお互い様と言えるだろう。


 それで、あのとき言われていたのは高そうな服を着ている、という話だったわけだが、俺は外を出歩くときは大抵この質のよくない黒ローブを身につけている。エルフ耳隠しで頭に巻いている布も安物だ。

 生活レベルに差のある孤児の視点から見ても、ぱっと見で“高そう”と思えるほどのものは表には身につけていない。


 だがレピュスはローブの隙間からほんのわずかに覗く袖やら襟やらを見て、それを判断したわけだ。


「僕がこの下に“高そうな服”を着ていると、ちゃんと気づいていた。きっとレピュスさんは目がいいんでしょうね」


 もちろん視力的な話ではなく、物を見る目、というやつがレピュスには備わっているように見えた。タリタに言わせるところの『目端の利く相手』というやつだ。

 湿気った薪で手早く火を起こせるのも、単に器用だからというだけでなく、物の状態を見る目が冴えているからこそだろう。


 それは生き残るためには有用な能力だ。それ自体は、素晴らしいことだ。


「──けれどあなたは、人の上に立つのには()()()()()()


 薪を動かしていたレピュスの手が、ぴたりと止まった。


「将来に期待ということで、慣れてない、って言い方でもいいですけど」


 随分と不躾な物言いをしたにも関わらず、レピュスは今までのように怒り返してくるでなく、しかし落ち込むでもなく、むしろどこかほっとしたように小さく口の端を緩めた。


「……合ってんよ。おれはヒトを引っ張るとか、そんなん向いてねぇし、ガラじゃねぇ」


 そう答える横顔は、例えるならずっと背負い込んでいたたくさんの荷物をついに落としてしまって頭を抱えるような、しかし耐えきれない重さから解放されたことを同時に安堵するような、お前には荷を持ちきれないと指摘されて、悔しくもようやく肩の力を抜けたような。


 ほんの十代の若々しい顔つきにそぐわない、一言では言い表せない感情を湛えた、疲れ切った人間のそれに見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ