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飢えては師を択ばず


「おい、ドカス」


「はい、おかえりなさいレピュスさん」


「……ドカスでフツーに返事すんな」


「自分で言っておいて気まずそうにしないでくださいよ」


 買い出しから戻ってきたレピュスは、苦虫を噛み潰したような顔で俺を睨みつけた。

 売り言葉に買い言葉みたいなやりとりは得意でも、真っ当に対応されるのは苦手らしい。


「僕は別にいいですよ、ドカスでも何でも。呼び方なんて僕自身が、僕が呼ばれていると分かれば十分です。それこそ()()だってね」


「…………」


「それより、おつかいありがとうございました。大丈夫でしたか?」


「あー、まぁ。オメェがよこしたコイツのおかげさんでな」


 そう言ってレピュスはポケットから取り出した一枚の紙を、ひらりと揺らして見せた。

 そこには俺の直筆で、『この少年は俺に頼まれておつかいをしてくれています』という旨と、各店舗で買い求めたい品々をリストアップしたものが署名と共に書かれていた。


「いつもは孤児ってだけでイヤっそーなツラするヤツらが、オメェによろしく、ってヘラヘラ話しかけてきやがる」


「ふふ、すごいでしょう。二週間かけて積み上げた信頼の効果ですよ」


 この輝かしいツラと牢屋で鍛えた媚び売り力の(たまもの)である。

 とはいえ、俺が商人ギルド員丸出しの金環(ゆびわ)をつけたままこの傭兵ギルド派閥の街に馴染むことが出来たのは、とある根本的な街の土壌があったからこそなのだが、まぁそれは今はいいだろう。


 人々の態度の違いを忌々しげに語ったレピュスを見上げ、俺は少し考えてから口を開く。


「世の人々の大半は、何も意地悪であなた方に手を差し伸べないわけではありません。彼らもまたあなた方と同じく、生活に余裕がないんですよ」


「はぁ? んなわけ、」


「あなた方と比べれば遥か高い生活水準で生きている彼らは、持たざるあなた方から見れば“持てる者”に見えるかもしれません。でもそういった水準は上がれば上がっただけ、その維持にもまた相応の資金と労力が必要になるものです。だから彼らは彼らで、あなた方に手を差し伸べている余裕は無い」


 それに少しくらいならと半端に手を差し伸べた結果、「次も、また次も」としがみつかれて溺れることもある。

 そこまでは出来ないと途中で手を払った結果、「あのときは助けてくれたのに」と逆恨みされることもある。


 だから余計なことをしない、余計なものに関わらない“無関心”というのは、日々を生きる彼らにとって一種の自衛ですらあるのだ。


 あとはまぁ“孤児ってだけで嫌そうな顔をする”とは言うが、実際一部の孤児たちによるスリだの盗みだので実害が出るところには出ているだろうし、たとえそれが全体の仕業ではないとしてもそりゃ嫌がったり警戒する人はいるだろうな、というところだろうか。


「是非は置いておいて、世界なんてわりとそんなものです。誰も彼も、他人にかかずらう余裕はない。余裕のある者はあなたを助ける義理がない。そしてあなた自身が仰っていたように、(えん)もゆかりもない他人にわざわざ手を差し伸べようとするのは大抵なにかしらの打算がある方々ですから、あまり信用したものではないでしょうね。あなたが言うところの、悪人か偽善者、ってやつです」


「オメェみてぇなな」


「いやだなぁ僕は無害な美少年ですよ。で、手を差し伸べない人間も、手を差し伸べる人間も、どうせ何も信じるつもりがないならいちいち気に留めて怒るより、最初から期待しないほうが気力も体力も節約できると思うんですよね」


 純粋に彼らを助けたいと思う善人も、きっとどこかにいるのだろう。

 しかしニハルと会った後にも述べたように『偶然出会う善人』に期待するより、『確実にいる悪人』を警戒するのが弱者の道理というものだ。俺はそこを否定する気はない。


 そして彼と話していて思ったが、一度目の邂逅でニハルが口にしていた『偽善者』という言葉はおそらく、彼から移ったものだろう。ニハル自身の語彙の中であれだけ少し浮いていた。

 つまり何が言いたいかと言うと、あのときニハルに向けていた推測は、そのままレピュスに当てはまるということだ。


 “他者への期待の裏返しから来る失望”

 “信じられるものなら信じたいという切望”


 それらを原動力とした怒りが、彼の中には根付いているのだろう。


「おれらみてぇなガキが見捨てられんのは、“しょーがねぇ”って思えって?」


「うーん思考が極端。そうではなく、()()()()()だと理解した上で“うまくやれ”って話ですよ。他者の言動にやみくもに悪意を見いだすのは簡単ですが、そこにこだわってもお腹は膨れませんので」


「……説教くせぇことベラベラと、よく喋るじゃねぇか」


「あなたが帰ってくるまでに皆さんといっぱい話したので、少し口が軽くなったみたいです」


「そんでチビどもはこのざまかよ」


 小屋の外から中を覗き込んでいるレピュスが、俺の周囲にざっと視線を巡らせて呆れ顔で溜息を吐く。

 そこには死屍累々とばかりに転がる、寝落ちした子供たちの姿があった。見事に全滅である。


「皆さん喋り疲れたみたいですね。本当によく話してくれましたから」


 誰もがとは言わないが、大体の人間は否定されず寄り添って自分の話を聞いてもらえる、となれば話したいことが山と出てくるものだ。それも子供であればなおのこと。

 輝度ひかえめエルフスマイルを交えつつ丁寧に聞き取っていけば、最初は控えめに会話に応じていた子供たちも、次から次へと積極的に話すようになり、最後のころには表情もだいぶ明るくなった様子だった。


 なおアルテアは序盤で寝落ちして、今は俺の膝から上半身がなだれ落ちた状態で熟睡している。

 だいぶ気を張って起きていたので、むしろこれまでよく持ったほうだろう。


「あ、そういえば荷物取ってきてくれました?」


「ほらよ……つか金までおれに取ってこさせんじゃねぇよ。どんだけヒトのこと舐めてんだ」


「そこは僕の決断を信じて、託されたって思ってほしいところですね」


「どの口が。それにオメェみてぇのは信用しねぇほうがいいんだろ、自分で言ってたじゃねぇか」


「僕はレピュスさんのこと、結構信用してますよ」


「は、」


「この流れでお金ちょろまかす度胸とか無いだろうなって」


「叩き出すぞドカス」


 青筋を浮かべつつも、周囲で眠る子供たちを起こさないよう声を抑えるレピュスを生暖かい目で見やっていると、手に持っていた荷物袋をぼすんと顔面に押しつけられた。買い物ついでに宿から取ってきてほしいと頼んでいたものである。


 今朝の段階では話がどう転ぶか分からなかったため荷物の大半を宿に置いてきていて、財布も然りだったため、買い出しの前にまず金を取りに行ってもらったというわけだ。

 荷物持ち担当(ヴェス)が不在の今、全ての荷物を持ち歩くパワーは俺にはないので、今回レピュスに取ってきて貰ったのは普段から俺が持ち歩いている最低限の品々が入った荷袋だけだった。


 俺はピピリマから手を離し、なだれ落ちていたアルテアを片腕に抱え直した。

 そして荷袋から取り出した大きめの布を、寝ている子供たちの上にざっくりとかける。


 ちなみにこの世界にふわふわのタオルケットなんてものはない。タオルが現状存在しない。

 毛布ならアルテア用にと買ったものを一応持っているが、かさばるのでこの荷袋には入れていなかった。


 少し軽くなった荷袋を肩にかけ、アルテアを抱えたまま小屋を出る。

 そしてこちらの一連の動きを無言で眺めていたレピュスに向き直った。


「さて、今のうちに色々確認しましょうか。買ってきたもの、どこに置いてあります?」


「……こっち」


 そうして移動した先は同じゴミ置き場内の、粗大ゴミなどで周囲から見えないように仕切られたスペースだった。

 さっきまでいたのが小屋なら、こっちは皆で集まることが出来る広場といった感じの空間だ。


 レピュスはその片隅でボロ布を被せてある大きな塊を、親指でくいと示した。

 ボロ布の端をめくってその下を見ると、それなりの量の食べ物がまとめて置いてあるのが確認できた。


「書いてあったもんは全部そろってる、と思う。……大変(てぇへん)だったんだからな、よその連中にバレねぇようにここまで運び込むの」


「それはおつかれさまです。というわけで情報提供の対価として、僕からはこの食糧を提供しますね。あとは上手いことやってください」


 俺が出来るのはあくまで食糧提供までであって、それ以降は関知するところではない。頑張って他の孤児や浮浪者から食糧を守り切ってほしいところだ。

 だがまぁ特に助言しなくても、分散して隠すくらいのことは普通にやるだろう。レピュスが。


「……本当に? これぜんぶ?」


 俺の言葉を聞いたレピュスは、ぽかんと口を開けて、険しい表情の抜け落ちた年相応の顔でこちらを見た。


 買い出しに行かされた段階で分かっているものかと思ったが、量が多かったせいか、まさか全て自分たち用だとは思わなかったらしい。

 もしくは俺がここまで運ばせて見せびらかした上で、報酬はパン一個な、みたいなことをするタイプの外道だと思われていた説はある。そんな恨みを買うだけでメリットがないことは俺はしない。


「全部ですよ。足りませんでした?」


「んなわけ……、だってこんな、これだけあれば」


 あいつらに腹いっぱい食わせてやれる、と独り言のように呟いてほっと息を吐いたレピュスを横目に見ながら、俺もひとつ息を吐く。

 このあとは出来ればレピュスからもいくらか街の話を聞いて、ピピリマにもうしばらく回復魔法をかければ(結果はどうあれ)彼らとの取り引きは一段落といったところだが、あいにく俺のやるべきことはまだ時間制限付きで山積みだ。安堵の息には遠い。


 ピピリマ回復作業に戻るか、と身を翻しかけたところで、ふと俺の脳裏に過ぎった知識があった。

 いや知識というほど大層なものでもない。“そんなのがあったなぁ”程度の記憶だ。


「……ちなみにですけど、あなたも子供たちもみんな、何日かはお腹いっぱい食べないほうがいいと思いますよ」


「は? んでだよ。せっかく、」


「怖い話しましょうか」


「な、なんだいきなり」


「怖い話しますね。昔々、とある戦で、拠点の周りを数ヶ月も敵に囲まれてしまい、食糧がすっかり尽きてしまった人々がおりました。それからなんやかんやあって降伏して、生き残った人々は解放されるんですけど」


「途中テキトーすぎねぇ?」


「本題じゃないので省略です。そして、すっかり痩せ細った人々にようやく食糧が提供されることになったのですが、待ち望んだ食事をお腹いっぱいに食べたあと、その生き残った人々の半分以上がすぐに死んでしまいました」


「え。……毒でも入ってたのか?」


「いえ。人の体は()()()()()()に出来ていたという話です」


 リフィーディング症候群。確かそんな名前だった気がした。

 人に限らず犬や猫などの動物でもなるらしいがそこも省略だ。正直よく知らんし。


 歴史の本の中で出てきたエピソードをなんとなく覚えていた程度の知識しかないのであまり詳しいことは言えないが、長期間の飢餓状態にあった体が急に栄養を取り込むと、体内でなんか色々あって死んでしまうことがあるらしい。うろ覚えすぎる。


「そうですねぇ……たとえば薄いガラスを急に冷やしたり、もしくは急に温めたりすると割れるときがあります。低体温……全身が冷え切っている人の体を一気に暖めると、逆に体の中が冷たくなってしまうときがあります。急な変化というのは、かえって“そのもの”を痛めつける場合があるんですよ」


 こうは言ったが温度差でガラスが割れるのは熱膨張などの結果だし、低体温症のアフタードロップ現象とやらは確か……なんだったかな……冷えた血液がどうのこうのみたいな理由なので、厳密には要因がバラバラで例えとしてはふさわしくないが、どうも俺にはたとえ話の才能がないようなので大目に見てほしい。

 ひとまず急激な落差はダメージになる場合がある、くらいのイメージだけ伝わればいいだろう。伝わったかは知らないが。


「空っぽの体にいきなり栄養を詰め込むと、体の中の何かが巡り巡って壊れてしまうことがある。あなた達が今までどのくらい食べていないんだか知りませんが、生きるために僕との取り引きに応じたからには、命を対価にしてまでお腹いっぱいになりたくはないでしょう。今日のところは薄めのスープくらいにしておいたらどうですか」


「毒でもねぇのに腹いっぱい食っただけで死ぬとか、んなことあんのかよ。おれのこと脅かして遊んでんじゃねぇだろうな」


「あなたが気にしないのであればお好きにどうぞ。ただしそれで死んでも僕の管轄外なんで、苦情は受け付けませんよ。忠告はしましたからね」


「…………あーあーあー!! わーったよ!! ちまちま()やぁいいんだろ!」


「そうしてください。毎日ちょっとずつ量を増やす分にはたぶん大丈夫なんで。たぶん」


「なにもかもテキトーすぎる!!!」


 俺が医療系の知識を持ったスーパー転生者ならもっと的確な助言が出来たのだろうが、そんな事実は特になく、斜め読みの知識で何から何まであやふやなので下手なことは言いたくない。

 なるべく明言を避けて、全力で責任を回避していきたい所存である。俺の人生は常にそこにかかっている。


「じゃあ僕はピピリマさんの治療に戻りますね!」


「オイ」


「はい?」


 レピュスは何やら気恥ずかしそうに口をもごつかせた後、そっぽを向きながら言った。


「その、薄いスープ?っての、どうやってつくるんだよ。…………おしえろ」


「……えぇ……」


「めんどくさそーな顔すんな!!!」



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