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苦く言い難し


「こっち! こっちでありんす!」


 ニハルに手を引かれて、ゴミ捨て場の奥へと進んでいく。

 その後ろをぞろぞろと付いてくる他の子供たちを視界の端に収めながら、鴨の行列、と心の中で呟いた。なおレピュスはすでに買い出しに行かされていて不在である。


 そうして連れてこられた先には、家……もとい小屋……いや粗末めの犬小屋といったほうがいいレベルの、ハンドメイド感あふれる小さな居住スペースがあった。

 とはいえ廃材を重ねて屋根にしたりとそれなりに雨風をしのげる作りになっていて、ゴミ山の中から子供たちの力だけで作った建造物だと思えば見事なものだ。一応小屋と呼ぶことにしよう。


 なお余談としてエルフの里では木魔法を使って植物で自分の家をこしらえるのだが、俺の作った家はまったく人の住めるサイズにならず酷い有様で、それを見た他のエルフからは「土竜(もぐら)の巣」「絡まりきった蛇の塊」「(ごみ)」等と非難囂々だった。

 それで最終的には諦めて洞窟をねぐらにしていた俺などよりは、彼らのほうが遥かに立派と言えるだろう。閑話休題。


 入り口に相当する布きれをめくりあげて小屋に入っていくニハルに続き、俺も内部に入る。

 中は真っ直ぐ立つのが難しいくらいに天井が低く、大の大人であれば二人も入ったら窮屈になりそうな限られた空間であったため、体勢を整えるために抱えていたアルテアを一旦下ろそうとすると、「ん゛や゛ぁ」とまた心底嫌そうな声を出された。


「どこにも行きませんよ。ちょっと僕が座るだけです」


「ん゛ん」


「じゃあ代わりに手を繋ぎましょうか。アルテアが僕のことしっかり捕まえといてください」


 促すようにポンと背を叩けば、アルテアが渋々といった様子で俺から離れる。

 そして差し出した俺の左手を、お気に入りのぬいぐるみのごとくがっちりと抱き込んで静かになった。しかし引き続きご機嫌は斜め気味なので、あとで手厚くフォローせねばならない。


「ピピリマ、ピピリマ? だいじょぶ?」


 小屋の一番奥の暗がりを覗き込みながら、ニハルが心配そうに声をかける。

 俺は念のためアルテアをすぐ庇える位置に腰を下ろしつつ、その場所に目をこらした。


 寝台の代わりらしき、地べたに積まれたぼろ切れの山の上に、丸くて小さな影がひとつ。

 それは。


(鳥の……(ひな)?)


 茶色と黒のまだらの毛並み。

 両手の平におさまるサイズの鳥が、力なく身を横たえていた。


 意識のないその雛鳥に、それでもニハルが懸命に話しかける。


「ピピリマ。治すやつ、つれてきたがやきな。すぐくるしゅうないなるかんな」


「すぐ、かどうかはお約束できないんですけど、出来るかぎり頑張りますね」


 回復魔法も万能ではないので、ニハルを治したときのように行くかは分からない。いや本気でわからん。怪我じゃなく病気ならほぼお手上げだし。

 一応、今までも予防線として「絶対治します」みたいな明言は避けていたわけだが、ニハルの中ではすでに“治すやつ”になっているようなので、これで治せなかったら戦犯扱いになるかもしれない。


 最悪どう言い逃れするかを頭の端で考えつつ、雛鳥──ピピリマにそっと手を伸ばす。

 軽く触れてみれば羽に艶はなく、どこもかしこも泥汚れでがさがさだったが、まだ確かに生きている命の温もりがあった。目視で全身をざっと確認してみたが、ぱっと治せそうな外傷は見当たらない。


 これは戦犯コースか、と半ば覚悟しつつも悪あがきついでに話を聞くことにする。


「ピピリマさんはいつから具合が悪いんですか?」


「いつ……えっと、おひさん、出んくなって、ずっとビカビカするよになって、ちょびっとしたくらい」


「おひさん……びかびか……ああ、雷がたくさん鳴るようになって少ししたぐらいから、ですか」


「うん。さいしょはもっと元気でありんした。だけど、どんどん元気なくなってって……さっきバタンッて、たおれた」


「どこか痛そうにしてました?」


「んーん」


 首を横に振って、しょんぼりと肩を落とすニハルを見ながら考える。


 雷が鳴り始めてから、となると期間にして二週間弱くらいは体調不良が続いていたわけだ。

 とはいえ彼らの食糧事情を考えると単なる衰弱の可能性もあるし、下手なことするより普通に飯食わせて休ませてしばらく様子見るほうがいいんじゃないのと思うが、契約は契約だ。


「しばらく任せてもらってもいいですか? 僕にやれることをやってみますので」


「……ピピリマ、治る?」


「がんばります」


 治るとは言っていない。

 しかしそこまで言葉の裏を読むことのないニハルは、ほっとした様子で俺を見上げた。

 小屋の入り口からこちらを覗き込んでいた子供たちも、表情を明るくして顔を見合わせている。


 同じ釜の飯、ならぬ同じ水を飲んでみせたことで、ニハルや他の子供からもなんとなく気を許された空気が漂っていた。泥マシマシスペシャルを軽快に飲み干した甲斐があったというものだ。


「ピピリマさん、ちょっと失礼しますね」


 意識がないのは承知の上で一応声をかけつつピピリマに触れ直し、ただでもカスな回復魔法の出力をさらに絞って、ゆっくりとマナを流し始める。

 こうすれば回復の際に出る光も最小限になるので、他の子供たちに魔法を使っていることがいくらかばれにくいはずだ。その分めちゃくちゃ回復スピードも遅くなるが。

 魔法下手エルフ俺、出力をアップするのは苦手(事実上の不可能)でも、出力を絞るのは得意(コル比)である。


「皆さんはいつも通り過ごしていてくださいね。もちろん、このまま僕を見張っててもらっても大丈夫ですけど」


「……わっち、ここいる」


 ニハルが真っ先にピピリマを挟んで俺と反対側に腰を落ち着けたのに続き、顔を見合わせた子供たちもわらわらと入れるだけ小屋の中に頭を突っ込んできて、入りきれなかった子供は入り口から中を覗き込みつつこの場に留まった。


 そんな彼らの動きに対して、今まで手をつないで大人しくしていたアルテアがいきなり膝によじ登ってきたかと思うと、牽制するように俺の腕の隙間からじったりと子供たちを睨みつけた。ステイ。アルテアさんステイ。


 草むらに身を潜めて獲物を狙う猟犬のごとき幼児の視線に、子供たちはちょっとたじろいで身を引いてはいたものの、文句を言ったり突っかかってくるようなことはなかった。本当に、ニハルとレピュス以外は随分と大人しいものだ。

 やはりここにいる大半は、我を捨てて誰かに従うことで生き残ってきた子供たちなのかもしれない。


 扱いやすいのは結構なことだが、大人しさはそのまま口の重さにも繋がりかねない。この後の()()()()を円滑に進めるためにも、アイスブレイクがてら軽く雑談を交わしておくべきだろう。


「黙ってじっとしているだけというのもなんですし、僕とお話をしませんか?」


 背景がボロ小屋でも一切霞まぬ輝度100のエルフ顔面でにこりと微笑んでそう提案してみせると、子供たちがヒャッと悲鳴みたいな声を上げてざわつき、ニハルも心霊番組でも避けるかのように素早く己の両目を手で塞いだ。エルフあるある。()が過ぎて一周回って化け物みたいな反応されがち。

 かくいう俺も人間の記憶と感覚を完全据え置きで生まれ変わったせいで、初期は里での暮らしがそういった方面でも大変だった。目が潰れるわあんなの。


「お……おまえなんか、さっきとちがう」


 ニハルが指の隙間から怖々(こわごわ)とこちらを覗きながら、そんなことをぽつりと呟く。


「おや、どんなところが違います?」


「……んと……しゃべりよること、わかるよになった。ごちゃごちゃしよらん。顔もなんか、ゆるくなった? でありんす」


 おや、と内心少し目を丸くした。

 その場の反射だけで生きているタイプかと思いきや、意外に相手をよく見ている。


「そうですね、さっきまではあなた達との契約を取り付ける……約束するのが一番の目的でしたから、よく分からないごちゃごちゃした言い方をするほうが、僕にとってはお得だったんですよね」


 わざと相手の理解しづらい言葉で、さも正論かのようにまくし立てて、冷静に判断させる隙を作らない。まぁ詐欺師だの悪徳セールスマンだのがやりそうな手法だ。


「でも今はニハルさん達とお話をするのが一番の目的なので、ちゃんとお話できる喋り方をしないといけません。表情も同じように、仲良くしたいときには、仲良くしたい顔をしないと。だから僕がなにか違って見えるのなら、それはさっきと今では僕の目的が違うからだと思います」


「もくてき」


「木の実を採りたいときに釣り竿を持ってきたりはしないでしょう。欲しいものに合わせて道具を変えるように、やりたいことに合わせて、言葉や表情を変えるんです。僕はね」


 とはいえ釣り竿でも高さによっては木の実を叩き落とせるように、道具を変えずにごり押しで目的を果たすことも出来なくはないわけだが、俺にそんな無理を通すパワーはない。

 だから状況に合わせて手を変え品を変え、少ない手札を小手先で切り続けるしかないわけだ。


「やりたい、こと……」


 ニハルが目を覆っていた両手をゆっくりと膝に下ろしながら、静かにピピリマに視線を向ける。

 そして俺の言葉をどうにか噛み砕こうとするように何度も目を瞬かせたあと、その小さな拳をぎゅっと握りしめた。


「わっち、おまえにピピリマのこと、治してほしかった。でも、ほんなら、もっと……ちがうふうにしにゃ、いけんかったんかな」


「もっと良いやり方があったんじゃないか、って話ですか?」


「……わかんない。でも、なんか、おまえの話きいとると、跳ぶのうまくいかんかったときみたいに、胸んとこザワザワするし、ソワソワする」


 自分の気持ちを正確にくみ取って言葉にする、というのは真っ当な教育を受けた者にさえ、言うほど容易なことではない。

 であればずっと己自身に目を向ける余裕すらない世界を生きてきた彼女にはなおのこと、教わっていない感情の名前も、受けたことのない言葉も、されたことのない扱いも、それを誰かに伝える方法なんてものも、分かるはずがなかった。


 ただの一時的な契約関係である俺に、それをどうこうしてやる義理はないわけだが。

 ふと膝上を陣取っているアルテアの温度に一瞬意識をやって、ひとつ息を吐く。


「……まぁ、もっと上手くやる方法そのものはあったと思いますよ。でもあなたの、昨日手を振り払った相手に躊躇なく助けを求めに来る、そういった矜持のない生き汚さは大変素晴らしい。生き方を選べない弱者にとって一番必要なものです」


「あ! ごちゃごちゃしたしゃべり方なった! なに!?」


「適切になりふり構わず助けを求める、というのは案外難しい。ただなりふり構わないだけじゃ駄目ですよ、適切に、です。その点あなたが僕を選んだことは、最善ではないが妥当だ」


「なんだいま! なにいってる!? ばかにしちょるか!?」


「褒めてます。でもそうですね、ニハルさんがもっと言葉を知れば、今馬鹿にされたのか、それとも本当に褒められていたのか、自分で分かるようになるかもしれません。さっき感じた“ザワザワ”と“ソワソワ”も、きっとちゃんと言葉に出来るようになります」


「……なに? ことば?」


「はい。ちなみに、ニハルさんはこの街で生まれ育ったんですか?」


 特徴的な訛りからして違うだろうと思いつつ問いかけると、予想通りニハルは首を横に振った。

 そこから「んとな」という切り出しで始まった、相変わらず方言と誤用とスラングが入り交じるニハルの説明を全力で聞き取り、頻繁に前後する時間軸をどうにかつなぎ合わせ、要約したところによると。


 彼女はここではないどこか遠くの港町にある、娼館のようなところで生まれたらしい。

 本人は娼館という名称では認識していなかったが、話を聞くかぎりでは間違いないだろう。


 娼館には様々な地方から出稼ぎに来たり、売られたりした女達がいた。

 ニハルの喋るごちゃまぜの訛りのようなものは、そこで聴いた各地の方言が中途半端に移ってしまった結果のようだった。


「なに言っとるかわからんち、よう怒られるから、いつもはあんま長いこつしゃべらんよう、しよる」


「ああ、最初に会ったときそんな感じでしたね」


 短文でぽん、ぽんと喋っていた印象がある。

 次に会ったときには、ピピリマのことで焦っていたせいか喋りの癖が全開で大層聴き取りづらかった。

 今は訛りこそあるが落ち着いたトーンで話している分、あのときよりはずっと聴きやすい。


「ニハルさんの場合、まずは()()()()から覚えたほうがいいかもしれません」


「……きく? なにを?」


「相手が喋っていることを、です。言葉を知るにはもちろん自分で喋ることも大事なんですが、聴くことも大切ですよ。たとえそのときは意味が分からなくても、よく聴いて、よく考えて、それがどういうときに使われているものかを覚えてください」


 文章を構築するためには、まずは単語の理解から。

 パズルを完成させたければ、先にパズルのピースをそろえなくてはならない。


「誰かが喋っているときに、ただなんとなく音を流し聴くのではなく……そうですね、獲物を狙うつもりで言葉を聴いてください。何かを獲ろうとするときはどうします? 相手の動きを見るでしょう。周囲の状況を見るでしょう。飛び出す瞬間を見計らうでしょう。同じように言葉を獲物だと思って、まず単語をよく聴いて。慣れたら前後の繋がりを考えて。最後に意味が理解できたなら、やがて言葉を切り返す瞬間を見計らうことが出来るようになります。その瞬間を逃さなければ、最悪こちらが単語でしか喋れなくともやりようは出てくる。自分が上手く喋ることより、まずは相手の言葉の理解から、です」


 俺は今ニハルに向けて話しているわけだが、気づけば周りの子供たちも、身を乗り出して俺の声に耳を傾けていた。

 猟犬もといアルテアは俺の話し声を聴いているうちに眠くなってきたようで、頭が船をこぎ始めている。


「すみません、ちょっと話が先に進みすぎましたね。何にしてもニハルさんは、最初に聴くことを意識してみるといいと思いますよ。あと喋り方も、もし伝わりやすくしたいと思うなら、誰かが話すのを真似するとか……そのときは音で覚えたほうがいいかもしれません。言葉じゃなくて音の流れをよく聴いて下さい。歌を覚えるような気持ちで。あまり深く考えず。理解ではなく感覚で」


「さ、さっきと言っとることちがう」


「さっきのは言葉の話で、これは喋ることの話なので。別物です」


「なにがちがう!?」


「よく聴いて覚えるところは一緒ですね」


「いっしょなん……ちがうん……どっちでありんす……」


「ははは」


 頭で覚えて耳に馴染ませるか、耳で覚えて頭に馴染ませるかという違いである。


 といってもこれは生まれ変わったばかりの俺が、前世の記憶なんてものがあるせいですっかり柔軟性を欠いた脳みそに、ゼロから異世界語をねじ込んだときの経験則みたいなものだ。

 人によってはもっと効率がよく分かりやすい習得方法があるだろうし、向き不向きもあるため、このやり方を押しつける気は毛頭ない。参考程度に思ってほしい。


 それに。


「どれほど言葉を知ったところで、言葉にならない思いというものもあります」


 発した音に何かしらの感情を込めたつもりはなかったが、膝の上でほとんど寝かけていたアルテアが、ふとこちらを見上げたのが分かった。

 しかし俺がそちらに視線を落とすより先に、ニハルが渋い顔で俺を睨みあげた。相変わらずまろ眉のせいでちっとも威圧感が無い。


「ことば、わかったらわかる言うたり、わかってもわからんみたいなこつ言うたり、おまえちがうことばっか言う。ウソついとるか?」


「どっちも()()ってことです」


 俺の言葉に釈然としない顔で唸るニハルに静かに笑みを返してから、話題を少し戻すことにする。


「ニハルさんはどうして、生まれ育ったところからこの街へ来たんです?」


「んぇ。んと……」


 無事に気がそれたニハルが、身の上話の続きを語ってくれた……のを要約したところによると。


 ニハルはしばらく娼婦である母親の庇護のもと娼館の中で育てられていたが、数年して母親が病で亡くなって間もなく追い出されたのだという。

 元より規模の小さい店だったようで、即戦力でない子供までを店側が面倒見られるほどの余裕はなかったそうだ。


 それからはゴミを漁りつつ、たまにこっそり顔見知りの娼婦から残飯をもらいつつその日暮らしをしていたのだが、ある日、食糧目当てに忍び込んだ商船の中で眠ってしまい、目が覚めたら出港していた。

 そのまま息を潜めていたが荷下ろしのタイミングで見つかってしまい、怒られて殴られそうになったので逃げて船を飛び出したら、ここ雷鳴の街──ニハルにとってまったく見知らぬ街についていた。

 帰り方も分からないし、帰ったところでゴミを漁る生活に変わりは無いし、もうそのままこの街に住み着くことにした、と。やっぱりだいぶ勢いで生きてるな。


「ほいたらピピリマが、みんなのとこつれてきてくれたんよ」


 新参者であったニハルを、ピピリマがこの孤児グループに引き合わせてくれた。

 それからはレピュスたちが街での生き方を教えてくれたり、助けてくれたりした。

 だからみんなが大変なときは自分も助けたいし、具合の悪いピピリマのことも治してあげたかった。


 ニハルはつたない言葉で、それでも真剣に、そんな話をした。


 本人は何も言わなかったが、昨日盗んでいたパンもおそらく自分で食べるためというより、衰弱しているピピリマに何か良いものを食べさせたかったのではないだろうか。あのとき地面に落ちてドロドロになったパンを、結局どうしたのかは知らないけれど。


「ピピリマさんはどんな方なんですか?」


 他の子供たちを見回しながら問いかければ、彼らは顔を見合わせて目を瞬かせ、やがて順繰りに口を開いた。


「おとなしい」


「げんき」


「器用」


「ぶきよう」


「草が好き」


「魚がすき」


「ぜんぜん喋んない」


「ほんとにしゃべんない」



「…………なるほど?」


情報が錯綜している。


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