13 「わたし、プロデューサーになる」
いつもの酒場の、いつもの隣のおじ様は驚き仰け反った。
「へえっ!?そんで、あんたは実はお忍びで来た大商家の娘で、次期女主人!?その眼帯の兄ちゃんは親が親戚から引き取った仲のいい義兄で、駆け落ち説を否定しなかったのは酔っ払いに説明すんのがめんどくさかっただけで!?さらに義兄に歌の才能を見出したお嬢ちゃんは、あんちゃんを歌手にして次の儲けを考えてる!?その為にここで民衆に人気の音楽を調べに来たって!?」
大きな声で事情説明ありがとうございます。
肺活量すごいな…よく息吸ってね。
「ちょっとおじさん!秘密にしてって下さいってば…」
我ながら白々しくおじさんにお願いした。
うん、このおじさんに話してよかった。予想通り、その大きな声で、周りに周知してくれた。
私達の嘘の事情を。
周りの目線を感じる。うんうん、我ながらいい設定だよね。親の仕事は?出身は?と聞かれても、『お忍び』の一言で黙秘することができる。
以前来たとき、わたしがアモルに愛してるうんぬん、可愛いうんぬん言った言葉は、女が兄に言うには少しここの価値観に合わない。
女が男に可愛い、というのは生意気と捉えられる。それに目上の兄なら余計だ。
だから、女主人確約の私、それと引き取られて来た仲のいい義兄、という微妙な距離感で辻褄を合わせた。
「ひえー…女従者まで引き連れて、金持ちだとは思っていたが…今度は家令まで侍らせて…」
「えへ。周りには祖父って言ってくださいね」 おじ様はたらり、と汗をかいた。うんうん、純粋な人間だなあ。大好きですよ、そういう人。まあこんな大掛かりな詐欺なんて思いつかないんだろうけど。こちとらサイバー最先端詐欺の先進国から来たのでね。警察を騙るとかさ。
質素な服やさりげない小物も、質が良いものだから、演出してくれるだろう。【お忍び】を。
本来、人間は純粋なはずだ。条件によって醜悪さを得てしまうだけで。
なんて、性善説信者であります。いろんな意見があっていいと思うけどね。私の意見が必ず正しいとは思わないけれど、信じていたいよね、理想。理想あって人間…!
あ、駄目駄目。ミッションを思い出さないと!
「なんだお兄さん、この子妹ですか!」
あ、色っぽい歌手のお姉さんだ。敬語になっとる。賢い。伊達に若くしてメインボーカルしてない!
華やかな笑顔を浮かべて、アモルに駆け足で寄ってきた。なんか可愛いなあ。前は大人っぽいと思っていたけれど、こうして同年代と話している姿は若い女の子だなーって思う。
活き活きしてみずみずしいからね。モニカとリズ、会いたいなあ。モニカは楽器を奏でながら旅をしているらしい。自由だなあ。外の国の音楽も気になるなあ。
町に来たんだし昼辺りにリズにも会いに行こうかな。
ああ、やっぱり駄目かな……。私たち森に篭ってる組と、人間界に生きている組は背負うリスクが違うからなあ。リズは家庭を持っているし。
……レジェロは。敢えて情報を入れないようにしている。彼の体とリンクした人形に欠損や穢れがないから、健康ではあるみたいだけど……。
「……」
アモルは女の子に微笑んでいる。おお?少し固いかも。家族以外の同世代は緊張する感じ?
「あたし聞こえちゃったんですけど、音楽調査してるって?あたし教えますよ」
「本当?嬉しいです」
お、おお…!アモルが…!答えている…!感動!
それにありがたい!大きめの酒場のメインボーカル様からの直々な伝授!これは聞き耳ON必須!
ヴァイスをちらりとを見たら、マイペースに無表情で酒を飲んでいた。そうですか…。
「酒場では、明るい感じの曲を歌うんですけど、都市では新しく宗教音楽ってのが流行っているらしいですよ。伴奏は無いらしくて、男の人や男の子が歌うらしいです」
「へえ…詳しいですね」
柔らかく返したアモルにへへ、と女の子ははにかんだ。うむうむ。
「あたし…!アーシャっていいます。お兄さんは?」
「僕は…」
ちらりとわたしを見るアモル。うん、偽名は必要ないだろう。うんうんと笑顔で頷いておく。
「アモル、です」
「不思議な響き…。でも…」
アーシャちゃんがもじもじとしている。おお?おお?
美形かつ金持ち(嘘)とはいえ、眼帯をつけている流星のごとく現れた言わば不審者なのが実情なのに、まさか…。
恋!
「あたしは、いい名前だと思います」
「…!僕も」
女の子の背中に薔薇が見える!これが恋…!
「ちょいちょい、お嬢様」
「ん?はい」
店主が声をかけてきた。片手に麻袋。
「…?」
「これ、この前お会計の釣り。知り合いのこれまた知り合いの露天商に渡したら、たまたま通りががった勇者様が大変気に入ったようで。」
…。
ゆうしゃ?
まじょがいるならゆうしゃもいるか?
いるか…。しゃち…さめ…ぺんぎん…。
わたしが宇宙猫状態になっていたらネグルが受け取ってくれた。
ゆうしゃ…?え…魔王とかいる感じ…?それなら魔女ってそりゃ危険視するよね…?
あわてて頭の中の魔女知識を引っ張り出してみる。
魔王、魔王。いやいや。魔女のトップとして魔女会会長とかはいたけど魔王というのは聞いた事がない。少なくとも魔女は魔王に属していない。魔物もいない。
「いやあ光栄なこって!今代の勇者様は平民出身で…いや、男爵様の家系ではあるんですけど。とても俺たち平民に近しい距離感で接してくれるのがいいですよね!」
「そ、そうですよね〜」
そうなの!?なに!?話を合わせるので精一杯だよ!
ふ、と気配を感じたらネグルが耳打ちした。くすぐったい。
「魔王はいません。国王直属の希望の象徴としての勇者です」
ほんとに私に対する理解が深いな森の仲間…!
「勇者様、私も好ましく思っています。」
嘘すぎる。でも全身嘘人間みたいな感じだし、今のわたし。
「というわけで、こちらお釣りです。」
「そんな…」
「いいえ、これからもご贔屓にしていただければ。それに、俺みたいな小市民がこんな大金もってたら目ェ付けられますよ」
腰、低〜!!ていうか今代の通貨手に入れたのはかなりの進捗かも!ずっと物々交換だと怪しまれるからね!
にこ、と店主と微笑み合うと、曲が流れ始めた。
「…!」
すかさずステージを見る。アモルとアーシャちゃんが目を合わせて、1呼吸おいた。
「…お嬢様!」
「ほへ?」
…気絶していたらしい。天上の音楽すぎる。しっとりした色気のあるアーシャちゃんの歌声と、相性の良いアモルの優しく煌びやかな歌声。
「…確かに、この酒場に置いておくにはもったいない歌声ですね」
いや謙遜がすぎるでしょ。その酒場の店主がそれを言うのは、腰が低すぎるどころか膝の位置に腰があるまである。
「…」
涙が滲んで、暗い酒場の中の松明がライトみたいにキラキラしてる。
わたし、プロデューサーになる。
必ず彼を国一番の歌手にしてみせる。
そう誓った。煌めくステージを見つめて──。




