51話 肝に銘じろ
「あなたの評価が高いのは、その『未来が見える』水晶のおかげなのでしょうね。数多くいる占術師の中で頭一つ分抜きんでるには、他者にはない武器になるものをもつしかありません」
ヘルミーネはテーブルに置かれている水晶を凝視する。その顔は貴族令嬢ではなく、一流の冒険者と呼ばれる魔術師の顔だった。
「薄暗くてよくは見えませんが話を聞く限り、素晴らしい代物ですね。第一王妃のように国を背負う方が重宝する気持ちがわかります。ああ。勘違いしないでください。私は冒険者なのです。長年この職業をしていると、様々な戦利品を手に入れる機会があるのです。モンスターの牙や角。遺跡に行けば、古い石板や遺跡で息絶えた冒険者の所持品など様々です。今回の双頭の水竜の鱗も稀少です。三本の指に入るくらいです。そしてその水晶もまた然り。そのような代物がこの世にあるなんて驚きました。して、その水晶はどこで手に入れたのですか?」
ヘルミーネは軽く自己紹介しながら、興味が向くままに質問する。
すっかり占術師ネラと俺の間に流れていた、目に見えない拮抗は霧散していた。
「そのお気持ちはわかります。私も恩師から譲っていただけるまでは信じられませんでした」
「恩師の名を教えていただいても?」
「申し訳ありません。口外しないことを条件に譲っていただいたものですので……」
占術師ネラは申し訳なさそうに瞼を伏せ、これ以上の答えは得られないという空気を流す。
しかし、それで諦めるヘルミーネではなかった。
「先ほど、新国王陛下にご挨拶する機会がございまして。その時に教えていただいたのですが、ネラ殿は地方で家庭教師をされていたそうですね?」
「え、ええ」
「趣味からはじまり、評判が良くなると王都で路上占いをするようになったとか。占術師という職業は個人の技量によって収入に波があります。家庭教師のほうが収入的には良かったと思いますが、どうしてこの道を進まれたのですか?」
ヘルミーネは占術師ネラの私情に踏み込んだ。
直球がだめなら遠回りをしてでも、というヘルミーネの意気を感じた。
廊下の雰囲気作りからはじまるこの部屋は占術師ネラの領域である。
彼女の独壇場ともいえるこの部屋では、俺やヘルミーネは彼女の空気にのまれないように意識を強く持たないといけない。なのに、無視して自分の目的を達成しようと行動に移す姿は、ある種冒険者の戦場にも通じるものがあるのか平然としていた。
隣に立っていても薄暗い空間では、顔の輪郭や表情は薄っすらとわかる程度だ。
それでも彼女がまとう果敢に向かう勇ましい空気を肌で感じた俺は、すごいと感動した。
占術師ネラはぐいぐいとくるヘルミーネに苦手意識を持ち始めたのか、ためらうような雰囲気をだす。
「……仰々しく聞こえるかもしれませんが、悩める女性に差し伸べる自分になりたいと思ったからです」
過去を振り返っているのか、占術師ネラはどこか遠くを見ている表情を見せた。
「ある一人の女性は両親のすすめで、とある男性と結婚しました。結婚当初、関係は良好でしたが、年月を重ねに連れて冷めた関係になっていきました。別れようと決断するのに一年かかりました。一年を短いと考える人もいますが、その女性にとっては、一年は長い時間でした。その一年間彼女は悩みを打ち明ける相手を親でもなく、友人でもなく、色々な人の悩みを聞いて客観的に助言ができる人を求めていました。しかしそんな都合のよいめぐり逢いはありませんでした。
相談相手は必ずしも、身近にいる人がいいというわけではありません。だからといって、誰でもよいというわけではありません。はたして自分の考えは世間的にどう見えるのか、どう思われてしまうのか。
悩みを打ち明けたくても、周囲の目を気にしすぎで言えない人もいます。
中には確実に起きる出来事や、避けて通れない未来を知りたくて訪れる高貴なお客様もいらっしゃいます」
薄暗い中でも目を惹く、薔薇のように鮮やかな唇が閉じる。
過去を語れば多少なりと懐古する表情が見て取れてもいいようなものだが、燭台の灯りによって暗明が濃くでている占術師の顔はなにも語らない。
彼女のもとを訪れる人は、友人や親に話をして慰めてもらうのではなく、励ましてもらうのでもなく、道しるべになるような言葉を求める。
そして第一王妃もそのひとりであると、暗に言っていた。
「私は、占いは判断材料の一つでよいと思っています。その人にとって、一つでも多く選べる選択肢であればよいと。どこまで信じて行動するかは本人次第なのですから」
最後はひとりの占術師として自分の意見を述べた。
「色々悩み、葛藤して、その道を選ばれたのですね。多くの女性の悩みを心の負担を軽減できる助言ができることは素晴らしく、尊敬します。しかしあなたの一言で人生ががらりと変わり、悲運にのまれそうになった少女がいることを忘れないでほしいですね」
口からは賞賛を贈るが、ヘルミーネの目は冷ややかだった。
空気を読まないヘルミーネの行動によって、廊下から始まった神秘的な雰囲気はないに等しい。
部屋がしんと静まる。
そこへ、失礼しますと女性の声が背後からかかる。
俺とヘルミーネが振り向くと、品のよさを感じる侍女が占術師ネラに声をかける。
「こんな時間に申し訳ございません。第一王妃さまがお呼びです……」
心から申し訳ないといった様子で、侍女は部屋を訪ねた理由を説明する。
占術師ネラ殿は、わかりましたと言って席を立った。
「レスターク男爵、申し訳ございません。今日はこれで」
部屋を閉めるというので、強制的に面会は終わりとなる。
支度をはじめようと背を向けたネラに俺は声をかける。
「ネラ殿。これだけは言わせてほしい。第一王妃が王宮に招き入れるくらいだ。占術師として優秀なのだろう。しかし相手は王族。影響力は路上占いをしていたときとは違う。言い方によっては、国政にまで影響を及ばすことを忘れないでいただきたい。あのまま先王陛下が実行を移していれば、俺は自分よりも大事な妹の命を失うこところだった」
肝に銘じろと言いたげな顔で言えば、占術師ネラ殿はなにも言わず、ただ俺を見つめ返していた。
◇◇◇◇◇◇
夜空と輝く無数の星々はどこまでも続き、灯りを消した家々は寝静まっている。
そんな時間に俺は、馬車の車輪に少し揺られながら家に向かっている。
「どうした?」
俺と対面する位置に座っているヘルミーネが、なにか言いたそうな顔を向けている。
「念願の占術師に会うことができて、聞きたいことも聞けました。それなのに、満足したようには見えないので」
「会えてよかったと思っている。謁見の間のあの宣言に隠れて見えなかった部分の話も聞けた。けれど、王族とは何の関係もないリリアーヌに対して、巻き込んだことへの謝罪の言葉はなかった」
俺は視線を自分の膝まで落とす。
「俺は今回の面会で、占術師ネラの発言によっておきた『見えない罪』を当人に自覚させたかった。頭の隅では無理かもしれないと思っていたけど、それでも面と向かって言って、少しでも自覚させたかった。でも占術師ネラにとって大事なのは、貴族の端くれの令嬢の命ではなく第一王妃だ」
俺は言葉に悔しさをにじませた。
廊下から始まったあの神秘的な空気にのまれていたとは思っていない。だからもっと上手く言えたのではないか、もっと上手く誘導できたら、と考えてしまう。
男神アドロリウスが生み出したと言われている、双頭の水竜の怒りを回避するために選ばれる生贄『海の乙女』。
この双頭の水竜が生きている限り『海の乙女』はなくならない。
いつか、誰かが、犠牲になる少女のために倒そうと声を上げる必要があった。
たまたまそれが俺だっただけだ。
英雄になりたいわけではない。
俺は大切な家族を救いたい。ただそれだけで動いた、どこにでもいる人間だと思う。
「様々なお客を相手にしている占術師のほうが一枚上手でしたね。自覚はしながらも、第一王妃に求められたから応えた。それだけですという顔をしていましたね」
「ああ。実際にそうだったのだろうが、皆が双頭の水竜を倒してくれなければ、セリーナ姫とリリアーヌの二人の命を失うところだった」
国の存続のためなら、王命なら、何をしても罪には問われない。占術師ネラはそのことをわかっている。だからヘルミーネが言った、それだけですという顔ができるのだ。
家族を生贄にされそうななった側としては納得できないし、心情は憤怒一色だ。
「ええ。けれど、これで最後ではないでしょう。今夜の晩餐会でセリーナ姫との婚約が正式に決まりました。姫が嫁いでくるまで、彼女と会うことを口実に王宮へ入り、そのついでにまた占術師ネラ殿に会うことはできます」
俺は視線を上げてそうだな、とうなずく。
「まあ最後に言いたいことは言えたから、今回は上々だと思っておく。それにしても、ぐいぐいいったな」
「私も昔、占ってもらったことがあります。占ってもらった後にその方に聞くと、本当に素質と感覚だけで当てられる人は少ないそうです。じゃあなにでお客様の悩みに答えるかというと、統計だそうですよ。独身女性と主婦では、抱える悩みは違います。恋人がいる、いないでも質問してくる内容も予想できるそうですよ」
一拍置いて、ヘルミーネは占術師ネラの感想を言う。
「第一王妃があの占術師を頼るのは、占いの的確さだけではなく、自分が言ってほしい答えを言ってくれるから、というのもあるかもしれません。自分が考えていたことや、思ったことが当たれば、自分は間違ってはいなかった、というある種の喜びを得ます。目に見えない共感があると、この人と自分は相性がよいと思いがちになりますし」
「そこにリリアーヌが選ばれた理由があると?」
「そこまではちょっと。第一王妃が占術師ネラ殿になにをどう言ったか、あの面会では詳細なことはわかりませんでしたから」
「あの侍女がもう少し来るのが遅ければ、もうひとつふたつなにか聞けたかもしれないな」
「そうですね。でも初対面で深追いはあまりしないほうがいいですよ。分厚い警戒心で距離を置かれてしまいます」
ヘルミーネの助言に、俺はそれもそうだなと同意する。
「話は変わりますが、新国王陛下は話のわかる方でした。貴族の令嬢が冒険者をしていると言っても見下すこともせず、ちゃんと話を聞いてくださいました。逆に興味をもたれましたよ」
ヘルミーネは今夜の晩餐会で新国王陛下と面識を得た。
外交官など役人ではない他国の貴族の中では、ヘルミーネは最初になるだろう。
そういう意味でも、招待状を受け取ったヘルミーネは幸運だ。
「そういえば、目的は果たせたんだよな?」
「ええ」
ヘルミーネは双頭の水竜の引き取りについて新国王陛下と話をした。
鱗だけではなく、双頭の水竜自体を引き取ることがヘルミーネたち金の流星のメンバーの希望だ。運送費などはギルドを通して決められるそうだ。
ウィードランデ国にとって双頭の水竜は海の男神アドロリウスが生み出した生物。
ヘルミーネが心配していたのは、双頭の水竜が神の一部として認識され引き取り叶わなくなること。王族や政務を担う臣たちが、あの水竜をどう思っているのか知りたかったのだ。
「伝承に振りまされない施政を目指す。新しい風を吹かせ、新緑の芽を育てる意気込みも感じました」
ヘルミーネが例えて言った新しい風とは前半のことだ。後半は新国王陛下の施政に関する考えだろう。
俺は新国王陛下が今夜の晩餐会の音頭をとった場面を思い出す。
『昔から受け継がれているものが悪いということではない。ほとんどは先人たちが後世に教訓として残したいと思っているものが多い。しかし中には今回のように、罪のない命が道具として利用された。それは許しがたいことだ。今回を機に、我々は時代とともに変化を求められるだろう。一歩ずつでよい。ともに進もうではないか!』
参加した全員が賛同するように拍手を送った。
会話が途切れ、馬車の車輪が回る音と馬の蹄の音が規則的に聞こえてきたころ、見慣れた家の門が窓から見えた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




