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50話  真実はどこに

「占術師ネラさまは第一王妃様の私的なお客様として迎えられています。ですので、この辺りは第一王妃さまが住まう宮殿に近いのです」


 第三王妃から占術師ネラが滞在している場所までの案内を命じられた中年の侍女は説明する。

 一時的な滞在という条件付きなので、ここは妃たちが住まう後宮の区域ではないという。


「そうなのですね」


 相槌をした俺は、晩餐会の会場となった広間の建物から出て、来た時とは違う中庭を通り過ぎた。

 今まで王家と交流などしたことがないので、正直今どこを歩いているのかよくわかない。

 数ヶ月前まで騎士団に所属していたが、王宮内の警護は近衛騎士の管轄である。

 俺が所属していた部署とは違うので、帰り道の案内も頼まないと迷子になりそうで不安だ。

 そんな俺のとなりを歩いているヘルミーネは、令嬢のお手本のように背筋を伸ばして黙っている。


 赤い絨毯が敷かれている長い廊下の角を曲がった先に、天井から吊下げられている飾り布が目に入った。


「この廊下をまっすぐに歩いてください。壁に飾り布が掛けられている扉のお部屋にネラ様がいらっしゃいます」


 案内役の中年の侍女はここで待っていますと言い出した。これ以上進むのは第三王妃から止められていると言う。

 それなら仕方がない、と俺とヘルミーネは並んで向かう。

 飾り布は寝台のシーツの数倍の長さがあり、夜空に近い色合いで、金糸の房が並ぶように布の端に縫い付けられている。

 それが一定の間隔で天井からいくつも吊り下げられているその様は、まるで夜空を再現しているかのようだ。しかしその間にある壁に取付けられた装飾付きの灯の暖かな色が飾り布を照らし、静かな廊下の中に神秘的な空間を演出している印象のほうが強い。


「手が込んでいますね」

「それと金もかかっている」


 俺は歩きながら天井を覆うほどの飾り布を見上げる。

 これは部屋に入る前から、ここを訪れる人を自分の世界にとり込むための雰囲気づくりだとわかった。

 これだけの装飾代をどこから捻出しているのか考えたくもない。

 部屋に入る前から、占術師ネラが第一王妃に気に入られていることだけはわかった。

 ヘルミーネも同じ感想だったようで、演出の派手さにやや呆れ顔で見ている。




 壁に掛けられている飾り布で飾られた扉は開け放たれていた。

 この扉はいつも開けっ放しなのか、それとも今日俺がくることを予期して開かれていたのか。

 後者だったら場合は占術から得た未来だろう。

 そう思った時、自分の知らないところで、自分の行動を知られているというのはなんとなく気味悪さを感じる。だからなのか、会う前から緊張で喉が鳴りそうだ。

 しかし、ここで怯んで立ち止まってはいられない。

 いよいよ対面の時が来た。

 数ヶ月前に味わった絶望から今日まですっと頭の片隅に名前がちらついていた人物を、ようやくこの目で直接見る機会がやってきたのだ。


 俺は飾り布を横目に踏み込む。

 出迎えたのは天井から斜めに飾られた何重もの薄い紗と、うす暗い空間に灯りを照らす神秘性な世界。

 さらに心を落ち着かせるような香りが世界を包んでいて、気を引き締めていないとのまれそうになる。

 壁際には俺の膝下の高さほどの小さな円卓の上に、硝子の箱型に入れられた灯りが道しるべとして置かれている。

 床に敷かれた絨毯は柔らかく、俺とヘルミーネの靴音を吸収した。

 導かれるように灯りを頼りに奥へ進むと、燭台が乗せられたテーブルと水晶があり――占術師ネラが座っていた。

 夜ふけの時間にもかかわらず、頭から額までベールで隠し、濃い紫色の衣装と装飾品で自身の職業を表現していた。

 占術師はこの先の未来を不安視する人や、生き迷う人に助言する職業だ。

 路上なら理解できるが、ここは王宮内。

 こんな時間まで一体何をしていたのかなどと、余計なことを考えてしまった。


「夜分に失礼いたします。私はアレクシス・ヴァン・レスタークと申します」

「私は占術師ネラと申します。ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。どうぞそちらにおかけください」


 気分を害した様子もなく、占術師ネラは女性ならではの柔らかい声でふわりと笑う。

 薄暗い中でも紅をひいた彼女の唇は薔薇のように鮮やかに映り、目を惹く。

 燭台の灯りによって、彼女の額や鼻梁は暗明を濃く描き蠱惑的さが目立ち、青い双眸は優しげな眼差しを向ける。

 神秘的な空間とその双眸から、悩みや理解を求めて心の内を吐き出してしまいたい、そう思わせる何かがあった。

 廊下から始まった雰囲気作りの最終地点が彼女だ。そう思うと、この空気にのまれてしまう者の気持ちがわかる気がした。

 俺とヘルミーネは、燭台と水晶が置かれているテーブルの前に用意されている椅子へと座る。


「新国王陛下からお話を聞きました。大変でしたね」


 占術師ネラから、もう一人の生贄として選ばれた妹を強引に奪われた同情と双頭の水竜を倒した俺たちへの労いの言葉がでる。


「あなたがそれを言いますか。今回の出来事の賽を投げたのは先王陛下だ。しかしその賽を用意したのは、あなたではないのですか?」


 はじめからけんか腰ではいけない。そう思い、俺はあえて感情のない声で言い返した。

 問い詰めるような言い方をしても、占術師ネラはなにも言わず微笑む。

 否定できるなら何かしら言えるはずだ。何も言えないということは認めているようなもの。

 それがかえって俺の心情を波たたせる。


 俺は微笑みを崩さない占術師ネラへさらに問う。


「なぜ『海の乙女』に選ばれたのが私の妹だったのですか? 俺は謁見の間でこう言い渡された。『占術師ネラ殿から予言がでた。セリーナ姫だけでは男神アドロリウスの怒りを鎮めることはできぬと。このままではわが国は水竜に滅ぼされる。そう未来が見えたと。――これは大変名誉なことである』と。

セリーナ姫とともに妹が『海の乙女』として双頭の水竜への生贄に選ばれたとき、人生で初めて絶望を味わった。なんとか運命を変えたいと騎士団を辞め、この国を出て、仲間を求めて海を渡った。

そしてある日俺は、妹に懸想しているある男に捕まり言われた。妹を助けるためにお前が代わりに生贄になればいいのだと。その男は父親の権威で第一王妃に許可をもらった、とそう言った」


 俺はアーネウスが手引きした者たちに捕まり、洞窟の穴を利用して作られた牢の中に放り込まれた日々を思い出した。

 そこは闇のように暗く、空気は冷たい。耳をすませばざあ、と波の音が聞こえた。

 嘲笑うアーネウスの顔と癇に障る高い声もよみがえってきて不快さがこみ上げ、思わず眉間にしわが寄り、口を一度閉じる。

 そんな俺を見ている占術師ネラの表情は変わらない。

 聞く姿勢を変えないため、俺は再び口を開いた。


「俺は不思議に思った。決定を下したのは先王陛下だ。なら許しを得る相手も先王陛下でなければ筋が通らない。もしくは言い出したあなたに話がくるはずだ。なのに、出てきたのは第一王妃だ。――他人事のように聞いているようだが、今回の出来事にあなたは確実に関わっている。なにがどうなってこうなったのか、説明していただきたい」


 言いながら、俺は荒れる心をなんとか抑える。


「大事なご家族を失うところだったのですから、怒りを抱くのはごもっともです」


 占術師ネラは優しい声で、俺の荒れる心に寄り添う。


「第一王妃様は先王陛下とともに常にこの国の未来を心配していました。私が想像していた以上に、第一王妃様は責任ある立場にあることを自覚し、先王陛下から第一王妃として求められることに懸命に応えていました。

今回の『海の乙女』もそうです。神の手によって生み出された双頭の水竜は、王族の手には負えない脅威の存在です。だからといって手に負えないことを理由にし、王族が国をみすみす滅びの道へ歩ませるわけにはいきません。憂いていた第一王妃様からどうすればこの国を守れるだろうか、と私に相談を持ちかけました。神の怒りを避け、国の危機を回避するには生贄を捧げる以外に選択肢がない。誰の王女を捧げればよいのかと。その時の第一王妃様のお顔は、自分の娘も選ばれる覚悟をしていました。

そして私は占術で見た未来を、第一王妃様に伝えたのです。レスターク男爵が不思議に思った部分です」


 占術師ネラ殿はこれが真相のすべてです、と言いたげな顔で俺を見る。


「第一王妃様を誤解しないでいただきたいのです。レスターク男爵から恨みを買いたくて、先王陛下のお耳に入れたわけではありません」


 占術師ネラ殿は最後に、俺に理解を求めてきた。

 その一部始終を見た者にしか語れない口調で終えた占術師ネラとの俺の間に、見えない拮抗がぶつかった。

 俺は貴族の末端だ。国を背負う者の重責などわからない。あの時は大事な家族――妹の命を守りたい、その一心だった。

 対して占術師ネラは、重責を背負い続ける第一王妃の心を理解して寄り添って応えたもの。

 どちらが正義でどちらが正しいという答えがほしいわけじゃない。

 お互いの立場から言い合い、相手に理解を求めているだけだ。


「……」


 なにか言い返した方がいいとわかっていても、喉がつかえたように言葉が出てこない。

 多くの民の命をその肩に背負っている先王陛下と第一王妃のほうが、やはり言い分が通ると敗北感のような感情に押される。

 それに押し負けてはならないと拳を握ったとき。


「私からもいいですか? ネラ殿はタロットカードと水晶で占そうですね」


 突然、俺の隣で静観していたヘルミーネの声が割って入る。

 流れる空気を一切読まない、興味だけで聞いてきたヘルミーネに、占術師ネラは戸惑いながらもええ、と答えた。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話 明日投稿予定です。


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