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49話  胸の内

「この度は、我がレスターク家のために尽力をいただきましたこと、あらためて深く感謝申し上げます」


恭しい態度でのべると、新国王陛下はその話はもういいと手で制す。


「レスターク男爵、セリーナを頼むぞ。異母兄妹ゆえ過ごした時間は少ないが、大切な妹だ」


新国王陛下は第三王妃のように優しい目で異母妹の幸せを願う。


「ご家族の幸せを願うそのお気持ちは十分に理解しているつもりです。ともに生きていく家族として手を取り合い、笑顔の絶えない家庭を築きたいと思っております」


俺は新国王陛下の言葉に共感を示した。

今回のことであらためてリリアーヌがいてくれることのありがたさ、大事さを痛感した。両親が亡くなってから、家族と呼べるのはお互いだけになった。リリアーヌの体調で一喜一憂しながらも、日々のささやかな幸せを感じていた。

リリアーヌが幸せなら俺も幸せな気持ちになる。

リリアーヌが幸せでいられるように頑張ることが俺の生きがいのようなものだ。

それに比べ、王宮は複雑な家庭環境だ。王妃の後ろに見え隠れする実家の派閥が絡んでいるのだから。

それでも新国王陛下の思いに偽りはないと、あの目を見て俺はそう思った。

俺の返事に新国王陛下は満足気にうなずいた。


「ただ生活面を少々心配しております。王宮にいたときと変わらぬ程度の暮らしの保証は……難しいかと存じます」


政略結婚のうえに格差婚だ。

お互いそれを了承したうえで今回発表までしたのだから今さら口に出さなくてもと思ったが、セリーナ姫は王女として生まれた時から周囲の大人たちに大事にされ、何不自由なく育ってきただろう。

生活の質の差がありすぎると泣かれても困る。


「嫁入りに必要なものは十分に持たせる。心配するな」


 俺の心配が薄れたころ、新国王陛下は不意に意味ありげな笑みへと変える。


「私よりも本人が乗り気なのだ。だから話を振ったのだよ」


 優しい笑顔というよりも、いたずらを含んだものに近い。

 そういう一面もあるのか、と俺は新国王陛下を新鮮な目で見た。

 貴族とは言っても末端に席を置いているような身なので、直接伝えたい案件を抱えて謁見の列に並ばない限り、まともな会話などできない。こうして間近で会話することが珍しいのだ。


「へ、陛下!」


 セリーナ姫は赤面し、慌てた様子で止めにかかる。そして思わず大きい声を出してしまったことに、急に周囲の目を気にし始め、最後は顔を隠すように扇子を広げた。

 これ以上妹をからかうのは可哀想だと思ったのか、新国王陛下は話題を変える。


「ヘルミーネ嬢から聞いた。話したいことがあるのだろう」

「はい」


 人気の少ない場所を希望すると、新国王陛下は侍従と近衛騎士を連れて歩き出す。

 俺はセリーナ姫と別れの挨拶をした。



 ◇◇◇◇◇◇



「ここならいいだろう」


 そう言って新国王陛下が選んだのは、広間からそう遠くない一室。

 この部屋も大広間と同様に落ち着いた色合いで統一されおり、壁に沿って置かれている花瓶に生けられた数種類の花々が無機質や寂しい印象は与えないよう華やかさを一役かっていた。

 部屋の奥には天井までせまる高さのある硝子窓があり、その手前には窓の外の景色を楽しむために置かれた一人用の椅子が数脚あった。


「ありがとうございます。セリーナ姫の耳に入れるのは少々ためらうものですから」


 今回の晩餐会の参加者の中に、人目を気にして移動してきた俺たちの会話を盗み聞きしようなどと質の悪い人などいないとは思うが、心配して損することはない。


「かまわない。して話とは?」


 新国王陛下が奥の椅子に座ると、勧められるまま俺は隣の椅子に座る。

 ついてきたヘルミーネは空いている席に静かに腰をかけた。

 侍従は室内の扉付近に控え、近衛騎士は扉の外で待たせている。


「どうして私の妹だったのでしょうか?」


 一石を投じるかのように、俺は疑問の声を新国王陛下へなげた。そしてあの日からずっと抱えていた胸の内を語る。


「先王陛下からセリーナ姫とともに『海の乙女』として双頭の水竜への生贄に選ばれたときからずっと考えていました。自分で言うものも恥ずかしいのですが、レスターク家は取るに足らない家柄です。海岸沿いで良質な国産品を産出する侯爵家や、代々武勲で王家に忠誠をみせてきた家柄でもございません。ましてや王家に恨まれるようなことなど、身に覚えがございません。賜った領地を細々と守ってきました。それだけの家です。妹があのような悲運を背負わなければ、私は騎士団を辞めまで奮起はしなかったことでしょう」


あの日に告げられた言葉は今でも鮮明に思い出せる。


『リリアーヌ嬢は水竜へ捧げる『海の乙女』に選ばれた。これは大変名誉なことである』

『――占術師ネラから予言がでた。セリーナ姫だけでは男神アドロリウスの怒りを鎮めることはできない』

『――このままではわが国は水竜に滅ぼされる。そう未来が見えたと』


 本当のことを知りたいという俺の目を受け止めている新国王陛下の顔からは、爽やかな笑みは消えていた。

 少し経ってやや顔を下げ、視線を落とす。なにかを考え込むような、思い出しているような表情だ。

 俺に付き添ってきたヘルミーネは割って入ることはせず、ただ静観している。

 誰も口を開かないので、静寂が部屋を満たした。


「私も今回の出来事は、決定した後に知った」


 新国王陛下の抑揚のない声が静寂をやぶる。

 顔を上げ、嘘ではないと言いたげな目を俺に向ける。


「なんの審議もなく、いきなり王家以外の娘を名指ししたことについては私も首をかしげるばかりだ。過去を調べてはみたが、今回のように突然貴族の令嬢が選ばれるという例外的なものはなかった」

「ということは先王陛下の独断ですか?」


 代理人から説明を受けて一応納得はしたものの、やはりこの一件の責任を負っている陛下の口から確かな答えが聞きたかった。


「当の本人を呼び出して問うことはもうできないから、白黒はつけられない。調べ始めたのは先王陛下が貴殿とリリアーヌ嬢を王城に呼び寄せた後だ。先王陛下があのような最期を迎えなかったら私はまだ王太子だった。どのような結末になるにせよ、私の代でも何かしらの影響はでる。最終的な結果は先日説明に行かせた者から聞いている通りだ」


 新国王陛下の嘘ではないと言いたげな目は変わっていない。

 先日の代理人からも説明があったから中途半端な調べ方はしていないことはわかっている。

 でもやはり決定的ななにかがかけているような感じが拭いきれず、すっきりしない気持ちが根付いている。


「では今回は極めて異例だったということでしょうか?」

「そうだな」


 俺が方向を変えて疑問を口にすると、あっさりと同意が返ってきた。

 ここで会話が途切れた。

 このまま見つめ合うといらぬ誤解を生むので不自然にならないように目を窓の外へ向けると、月の下で庭園に植えられた秋の花々が静かに咲いている。

 こういう時お茶があると間がもつのだが、主催者側は誰も使うとは想定していなかったようで茶器一式は置かれていなかった。

 しいていうなら扉付近で控えている侍従が気づいて動くものだが、その気配はない。

 もしかしたら新国王陛下ははじめから長居するつもりはないから、事前に彼らに何か言っているのかもしれない。


「陛下。占術師ネラ殿はどのような方なのですか?」


 思考へ沈んでいた俺を戻したのはヘルミーネの問う声だった。

 俺と新国王陛下の顔が静観していたヘルミーネに向く。


「第一王妃に招かれて王宮に滞在していると聞いております。王妃は先王陛下とともに国を背負う方です。そのような方から信頼を得ているのですから、ネラ殿は占術師としてとてもよい腕をしていると想像がつきますが……」


 いくら第一王妃が危険人物ではないと言って招き入れても、王宮に住んでいるのは第一王妃だけではない。

 身元くらいは調べているだろうとヘルミーネは言いたいようだ。


「名はネラ・ドレッセル。性別は女、年齢は五十代で第一王妃と同年代だ。第一印象は常に微笑みを絶やさない、大人の女性だな。もともと彼女は若いころ、地方の領地で家庭教師をしていたようだ。当時から趣味で占いをしていて、それが少しずつ当たるようになり十年前から王都で路上占いを始めた。行列ができるほどの評判と人気を得て、お忍びで城下町におりた第一王妃の目にとまった」


 ここで新国王陛下の口が一度閉じる。間があって、過去を思い出すように語りはじめる。


「存在を知ったのは先王陛下とともに第一王妃と第二王妃、私とセリーナとは別の異母妹と食事をしていたときだった。おもむろに占術師ネラ殿を客人として王宮に招きたいと言いだした。先王陛下は渋ったが、第一王妃は滅多に外出できない侍女たちの相談相手として一時的にと主張し続けて身を引かなかった。最後は先王陛下が折れて、一時的にという条件付きで許可がおりて今に至る。話しの通り、ネラ殿は王宮にきたばかりのころは侍女たちの悩み相談をよく受けていた。気がつけば約一年が経ち、今回の一件だ。国政に影響を与える人影と化したと言えば気持ち悪いが」


 話が終わりごろになると、まだ冬でもないのに新国王陛下はうすら寒そうな表情を見せた。

 いくら人目をさけて少人数で一室にいるとは言っても、あらたに国を背負っている者が見せる顔ではない。臣下が見たらざわめくだろう。

 話の流れで部屋の空気の温度が下がり、不安じみたものになる。


「やはりもとをたどれば、占術師殿に行き着くのですね」

「だから面会を望んでいるのだろう?」

「はい。そうです」


 俺の内なる疑問を解決する最後の一片は、占術師ネラしかいない。そう改めて感じた俺は力強くうなずいた。

 第一王妃への面会は体調不良を理由に許可がでなかった。その代わりなのか、占術師の面会はすんなりと通ったと新国王陛下は付けたした。


「ネラ殿はいつでもかまわないと言っていた」

「ではこの後お伺いしても?」

「大丈夫だろう。なにかあれば言ってくれ」


 俺が念を押して確認したところで扉が叩く音が聞こえて、廊下で待っている近衛騎士が顔をのぞかせた。

 近衛騎士から伝言をあずかった侍従が先王陛下に近寄る。


「晩餐会を閉会するそうです」


 今まで控えていた侍従が割って入ってきたことで、新国王陛下は先ほど見せたうすら寒そうな表情も、不安げな空気も消えた。

 普段から見せている新国王陛下らしい顔で席を立とうとしたところを俺は呼び止める。


「最後にひとつお聞きしたいことがあります。陛下は地下神殿があることをご存知でしょうか?」


 双頭の水竜に振り落とされ、ノーラとペガサスともに避難したあの場所が地下神殿だと、数日前にノーラが教えてくれた。

 今回の戦いによる負傷者は数百人におよぶ。

 負傷した騎士は、王宮内の医療室の寝台の上。

 同様に負傷した冒険者たちは俺の家の一室を医療室にした部屋で、街の医者やノーラから手当てを受けている。

 その街の医者から人手不足という理由で、治療師ヒーラーのノーラは指導を受けながら薬湯や塗り薬などを補助的な立場で手伝っていた。その時に医者から地下神殿――俺とノーラが偶然耳にした話をしていた神官たちの手当てを街の避難所でおこなったと話した。

 命からがら助けられた神官二人が、街の医者の問診に素直に応じたことで偶然手に入れた情報だった。

 意外な質問だったのか、新国王陛下の口が動くのにやや間があった。


「あそこか。数百年まではそこが本殿だったと聞いている。老朽化を理由に本殿を地上に建て、現在に至ると聞いているが」


 新国王陛下はそれがなにか、と聞き返してきた。


「双頭の水竜からふり落されたときに、偶然にも地下神殿につながる洞窟に避難しまして。そこでなにやら血生臭さを感じたものですから」

「そうか。昔は今よりも残酷な時代があったと聞いている。その名残があるのだろう」


 新国王陛下の表情も口調も変わらず、ただ質問に答えたという空気が流れる。

 また静観に戻っているヘルミーネが、もの言いたげな視線を俺に送る。



 新国王陛下の後に続いて、俺とヘルミーネも部屋を出て広間に戻った。

 そこでセリーナ姫が自室に戻っていることを知った。体調面を心配した第三王妃が中座させたのだ。

 第三王妃が招待者にお礼を述べ、新国王陛下から閉会の挨拶が終わると、俺とヘルミーネも含めて招待者たちは広間を退出していく。



 招待者たちは馬車を止めている方向へと歩いているが、俺とヘルミーネは背を向けるように王宮の中枢区の方へと歩きだした。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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