48話 晩餐会と祝福された婚約
透明度の高い硝子窓を連ねて建築された白亜の王宮の廊下。
赤色の柔らかい絨毯が敷かれ、彫刻された石台の上には有名な骨董品の数々が並べられている。ここでは良質の良い塩を輸出し、巨万の富を築いた王宮の歴史が垣間見える。
窓の外を見やれば秋空の下で庭師が、王宮の庭園を夏から秋仕様へと植え替えをしていた。
中年の文官から渡された第三王妃の招待状を手にして、その庭園を横目に俺とヘルミーネは通り過ぎる。
彼女は今回の作戦の指揮を務めていたこともあり、冒険者代表として招待状を受け取っている。
「知らなかった……。伯爵令嬢だったのか」
「気にしないでください。自己紹介したとき、私はごまかしたのですから」
伯爵令嬢らしくドレスに身を包んだヘルミーネは笑う。
今回の主役よりも派手にならないよう自分の髪色に近い紫系統のドレスを選び、袖や裾には花々の文様が縫われている。さらに飾りとして生の花を髪にさして華やかさを演出。誰がどう見ても貴族令嬢だ。
つい先日まで双頭の水竜と戦っていましたと言っても信じてもらえないと思うほど、完璧な仕上がり。
ああ、と俺は声を漏らす。
領主だって収入を増やすために事業をする人はいる。
あの時ヘルミーネは、父親は事業家と言っていた。
あの時の俺は金の流星のメンバーをどうしても仲間に入れたくて、細かいところまで気にしていなかった。
「申し訳ありません。軽口でした」
「そうかしこまらないでください。私の職業はこれからも冒険者です。逆に気になります」
口調を変えた俺に、ヘルミーネは必要な場面の時だけでいいと微笑む。
例え他国の令嬢であっても家格も身分制度も大して変わらない。
冒険者業が長いからなのか、彼女から気安い雰囲気が流れる。
伯爵令嬢がこれからも冒険者を続けるとはどういった事情なのだろうか?
気になるが、これはヘルミーネの私情にはいる。
父親の事業がうまくいっておらず、家計を支えるために冒険者をしていると思えるほど金銭的に困っているようには見えない。
もしそうなら冒険者として着ている服装はもっと質素だろうし、片眼鏡なんて貴族しか買えない高価な物を常時持ち歩いたりしないだろう。
知り合ったばかりの俺が軽々しく聞くのもはばかれるよな。
酒場の店主の娘のカタリーナさんなら知っているかもしれない、と頭の片隅で思った。
俺とヘルミーネの会話が終れば、静かな廊下になる。
俺たち二人の前を第三王妃の侍女と騎士が、晩餐会が開かれる広間までの案内役と護衛役として歩を進める。
二人とも職務中なので無駄口は一切ない。
静かなまま奥まで進むと、威厳ある大扉の前にたどり着いた。
両扉には近衛騎士が数名立っている。
事前に新国王陛下も出席すると聞いていたので特に驚かない。
俺が広間へ入る寸前に近衛騎士から一瞥を受けたが、気づかないふりをして中へと入った。
◇◇◇◇◇◇
案内された広間は天井も壁も落ち着いた色合いでまとめられていた。
目ざとく壁にかけられている絵画の数を数えると、部屋の広さと比例して少ない。
廊下で見てきた数々の芸術的な品物を見てきた後では、少し寂しい印象になる。
それでも天井に設置された、装飾が施された多灯の吊下灯が温かさと華やかさをみせてくれる。
今の王宮内の現状を考慮すると、これくらい落ち着いた室内のほうがいいのだろう。
新国王陛下を除けば、俺とヘルミーネは最後に入ってきた招待客のようだ。
俺と同じように招待された若者から年配の夫婦、二十名ほどがそろっていた。
遅れて新国王が入室して席に着くと、給仕が祝い酒を配る。
現状をみれば祝い酒など遠慮すべきお酒だが、今回の趣旨を理解して招待客は来ている。
みな黙って受け取る。
新国王陛下が第三王妃の代わりに音頭をとって晩餐は始まった。
室内の隅にいる演奏者たちが曲を奏でる。
舞踏会ではないのでゆっくりとした旋律の音楽だ。
「レスターク男爵。ヘルミーネ嬢。先日の件は心より深く感謝します」
「王妃さまにおかれましては、ごきげんうるわしきご様子で安堵いたしました」
声をかけてきたのはセリーナ姫の実母、第三王妃。その隣の席にはセリーナ姫が座っている。
「あの時はありがとうございました。レスターク男爵。ヘルミーネさま」
彼女からもあらためて感謝の言葉をいただいた。
セリーナ姫とはあの日以来の再会だ。ペガサスでかけつけた時はリリアーヌと同じように顔色は悪かったが、少しは落ち着いたようで顔色はよかった。
王女らしい微笑みを浮かべている。
席に座った状態なので、俺もヘルミーネも形だけの礼を返す。
「王族の義務とはいいましても、セリーナを抱きしめるまでは生きた心地がしませんでした」
第三王妃の口から本心ともいえる言葉がでてきた。
感動の再会を思い出したのか、第三王妃の目が潤んだ。
おなかを痛めて産んだ我が子を水竜の生贄にするために王家に嫁いできたわけじゃない。心労は深く重たかっただろう。
ここには身内と親しい間柄の人だけだ。
王族の義務とは、とうるさく言い出す者はいない。
第三王妃からもれた言葉に、新国王陛下や第三王妃の両親から同情的な視線が彼女に向けられる。
そうだろうな、と俺は同じ心境に立たされた者として、リリアーヌを抱きしめたあの瞬間を思い出した。あの時に感じたリリアーヌの温もりは一生忘れられないだろう。
「今回に関しましては、私だけではなく隣にいるヘルミーネ嬢をはじめ、冒険者ギルドに名を連ねる者たちの協力により叶えることができました。彼ら彼女らが一人でも欠けていたら成し遂げられなかったことでしょう。彼ら彼女らには言葉では言い尽くせないほど、私も深く感謝しております。セリーナ姫からお話があったかもしれませんが、功績は彼ら彼女らにお願い申し上げます」
俺がヘルミーネや協力してくれたノーラやジェシカロロシー、戦闘狂や冒険者のおかげだと強く主張する。
「レスターク男爵も戦いに参加していたと聞いています。よろしいのですか」
「私の目的は先代陛下から下された罪状の撤回と、妹を救い出すことです。前半は新国王陛下から保証をいただきましたので、相応にいただいていると受け止めております」
後半はノーラやヘルミーネたちの協力で解決済みであることを伝える。
俺が言い終えると、第三王妃の目線がちらりと新国王陛下へ向き、反応を伺った。
新国王陛下がうなずくと、第三王妃は了承したという意味でうなずき返した。
「わかりました。では私からの謝礼はすべて冒険者ギルドを通して彼ら彼女らに渡したく思います」
「ありがとうございます。彼ら彼女らも覚悟と努力が実を結んだと感謝することでしょう」
俺は感謝をこめて微笑みを返す。
俺の隣の席に座り、給仕から配られた前菜を静かに食べていたヘルミーネは手を止めて、第三王妃へ感謝の言葉を伝える。
晩餐が中頃にはいると、おもむろに新国王陛下が全員に声をかける。
「先に皆に話したいことがある」
食事を楽しんでいた俺や招待客は手を止めて、新国王陛下へと顔を向ける。
新国王陛下は全員の視線が自分に向いたことを確認して、それからセリーナ姫を見やる。
セリーナ姫は頬が赤くなった。
どうやら話の内容は彼女に関わることのようだ。そこまで思考が追いついて、あの話かと俺は顔を引き締めた。
「このたび我が妹セリーナとレスターク男爵の婚約が決まった」
身内の慶事に新国王陛下の表情と声が一層明るくなる。
悲劇の王女から一転して、絵本にでてくるようなめでたしめでたしの展開に、待客からは喜ばしいと温かい反応と拍手がおこる。
セリーナ姫の頬は赤く染まったまま。嬉しそうに目元が細まって、恥ずかしそうにややうつむく。
「ありがとうございます」
俺は温かい拍手にお礼を言い、朗らかに笑う。
第三王妃の反応が気になって盗み見るように視線を少しずらした。
第三王妃は嬉しそうに微笑んで、娘を見ていた。
俺の爵位は男爵なので、本来なら家格の差がありすぎて現実的ではない話なのだが、双頭の水竜の一件で格差婚が実現した。
その後は各々話をしたい人に声をかけて楽しんでいる。
俺とヘルミーネは新国王陛下と話をしようと席を立った。しかしセリーナ姫からなにやらもの言いたげな視線を感じた俺は、後から行くと言ってヘルミーネと別れた。
「お久しぶりですね。体調はいかがですか」
「おかげさまで良くなりました。医師からは普段通りの生活で大丈夫だと言われましたわ」
「それは良かったです」
婚約者らしく声をかけると、セリーナ姫の目元が柔らかくなり、明るい声が返ってきた。
「リリアーヌさまの体調はいかがですか?」
双頭の水竜との戦いが終わった数日後にセリーナ姫から感謝の手紙と菓子折りが届いた。そこにはリリアーヌの体調を気遣うことも書かれていた。
「落ち着きましたが、たまに夢見が悪い日があるようでして元気のないときがあります。そういうときは、無理のない範囲で気分転換に庭を散歩しています」
セリーナ姫はリリアーヌを心配する表情を見せた。
心から心配してくれているのは目に見えてわかる。だから言わない方がよかったのかもしれないが、逆に隠すのも違うと俺は思った。
本当の意味で理解し合えるのは、同じ環境に置かれた者同士だから。
逃げたくても逃げられない、あの悲運を乗り越えてうまれた関係は、友情とはちょっと違うだろう。
きっとお互いを励まし合う関係になれると思う。
これからの関係性を思って、俺は隠さなかった。
「遅くなりましたが、手紙とお菓子をありがとうございます。妹は大変喜んでおりました」
このまま悲しい空気にしておくのもよくないいので、俺は妹が喜んでいた様子を伝える。すると彼女の表情が明るくなる。
「そんな。大したことはしておりません。あの時、リリアーヌさまが機転を利かせてくださったから助かったようなものです。もしリリアーヌさまと一緒でなかったら、私も水竜の下敷きになっていたことでしょう」
「!?」
リリアーヌが、と俺は内心驚いた。
「そういえばあの時、セリーナ姫もアーネウスに連れられていましたね」
言われて思い出したのは、アーネウスを見つけた時。
リリアーヌと一緒にいたことは幸運だった。別々のところにいたらもっと時間がかかっていただろう。
俺はまさかあの男はセリーナ姫もどさくさに紛れて娶ろうとしていたのではと勘ぐる。
このことについて、はじめはリリアーヌに聞こうかと思ったのだが、夢見が悪く顔色が悪い姿を見ると余計に体調を崩してしまうのではと心配になり、聞くことをためらっていた。
「アレクシスさまや皆さまがあの水竜と戦っている最中、アーネウスさまは先王陛下の前にあらわれたのです。そして約束通りリリアーヌさまを渡すようにと要求してきたのです。儀式が終わっていないと先王陛下はアーネウスさまの要求を突っぱねましたが、話が違うとアーネウスさまはおっしゃいました。食い下がることなく粘り続けた結果、強引に連れ去るようなかたちで私も一緒に。リリアーヌさまはアレクシスさまが必ず来てくれることを信じていました。だから一緒にいれば私も助かるだろうと思ったようです」
「そうでしたか」
リリアーヌはアーネウスと行動を共にする条件として、セリーナ姫の同行を条件にしていた。それを聞いた俺は、あらためてリリアーヌの信頼に応えることができてよかったと思う。
話が一区切りすると、会話が途切れて沈黙が流れはじめる。
お互い知り合ったばかりだ。共通の趣味でもあればそちらを話題にできるだろうが、あいにくそれすら俺は知らない。
「そういえば、先ほど庭園を通り過ぎたとき、庭師が秋の花々へと入れ替えをしていました。あれほど庭園が広いと紅葉の景色もさぞ良いでしょうね。もし機会があれば、案内をお願いしてもよろしいでしょうか」
「はい。ぜひ!」
俺のわざとらしい話題の切り返しに、セリーナ姫は嬉しそうに微笑む。
俺は彼女の婚約者となったので、こういうお誘いも許容範囲だ。
「その時はリリアーヌを連れてきてもよろしいでしょうか。妹は体が弱いこともありまして、家族以外との交流自体が少なく、友人が少ないのです。セリーナ姫が話し相手になってくださると聞けば、妹も喜びます」
結婚すれば家族になって一緒に暮らすことになるが、その前から少しずつ関係を築ければと俺は思う。
姉妹と言うほどの仲を期待するのは彼女たちに荷が重いだろう。それなりに仲良くしてくればいいと俺は思っている。
「もちろんですわ。私もリリアーヌさまのような可愛らしい方と仲良くできるのはとても嬉しいです。それに、アレクシスさまと結婚したら……家族になりますもの」
セリーナ姫の頬が薄っすらと赤くなる。
彼女も今後のことを意識しているようだ。
恋人同士の甘い空気とは言えないものの、婚約者同士の温かい空気が間に流れる。
その空気を読んだのか、セリーナ姫は迷いながら聞いてきた。
「あの……。今さらですが、ご迷惑ではありませんでしたか?」
俺を見上げるセリーナ姫の目がどこか不安気だ。
もの言いたげな視線を向けてきたのは、これが聞きたかったのか。
「陛下はアレクシスさまには恋人や婚約者はいないから大丈夫だろうとおっしゃっていましたが……」
「聞かされた時は少々驚きましたが、姫が望んでおられるのでしたらお受けいたしますと返しております。その言葉のままですよ。陛下も私の身辺を調べてから決められたと思いますので、姫が憂う事はございません」
目元と口元を柔らかくして答えると、セリーナ姫はほっとした表情を見せた。
王族の結婚は国の利害が絡んでいる。
嫁ぐ相手にすでに妻がいようが、愛人がいようが、嫁げと言われれば従うしかない。
そういうものだと言われて育てられても、それでも年頃の娘だ。気になるのは当然だろう。
「さっそく親睦を深めているようだね」
けっこう、けっこうと俺とセリーナ姫に声をかけてきたのは新国王陛下。
若さの中に、冷静さと落ち着いた雰囲気を印象づける深い緑色を選んでの装いと歩調。
連日の政務での疲労など見せず、爽やかな笑顔を見せる。
その後ろから満足気な表情のヘルミーネが戻ってきた。どうやら目的は果たせたようだ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




