47話 代理人と招待状
水竜との戦いが終わってから十日が経った。
白亜の王城の近く、貴族たちが屋敷をかまえる区域。
貴族らしい見栄を張った建築ではないが、落ち着いた雰囲気のある赤煉瓦屋根の屋敷に戻ってきた俺は体を休めていた。
敷地内に植えられた立木は緑色から黄色へ染まり、その奥の庭園は秋の花々が咲いている。
この日、王太子殿下の代理と名乗る中年の文官が筒書を持って訪ねてきた。
質素になった応接室に通して簡単な挨拶を済ませて席を勧める。腰を下ろした中年の文官は持ってきた筒書の中身を取り出して内容を読み上げた。
「審議を重ねた結果、先王陛下が神殿でレスターク男爵に宣告したお言葉は、新国王陛下の名のもとに取り消しをいたします。理由を述べますと、新国王陛下を中心に先王陛下の執務室や寝所を調べた結果、罪状を確定するには至らず。先王陛下の主治医を努めていた医師に当時の精神的な状態を聞き――度重なる政務で『ご乱心』だったと申しました」
中年の文官の顔は感情を読みとらせないような無表情に近い。
言い終えた彼は、今は新国王となった元王太子殿下が玉璽を押した羊洋紙をまるめて書筒に収めた。
「『ご乱心』ですか」
俺は疑問を混ぜた声音で復唱した。そんな一言で納得できるほど軽い話ではない。
新国王陛下からみたら、今回の双頭の水竜の一件は先王陛下の置き土産のようなものだ。
双頭の水竜の巨体により、神殿は押し潰されて崩壊。先王陛下、神殿長と数名の神官の命が失われた。
死人に口なし。
新国王陛下は早々に終わらせたいのだろうと思った。
俺から穏やかではない空気が流れるも、中年の文官は冷静で平素な顔で俺を見返す。
「新国王陛下は先王陛下から引継ぎもない状態で政務に励んでおります。そんな現状にもかかわらずレスターク男爵の行く末を案じ、今回の調査を行いました」
「ご多忙の中、調査をしていただきましたことは大変感謝しております」
俺は形だけの礼を見せてから、再度口を開く。
「ただ私が疑問に思いますのは、先王陛下の主治医が『ご乱心』と診断をした時点で、治療をおこなわなかったのでしょうか。私には病を患った妹がおります。医師に診断名を聞いたその日から、薬を処方してもらい飲ませております。貴族の端くれである我が家できたのです。国を背負う高貴な方に薬が処方されなかったとは思えません。さらに申し上げれば、妹と並び謁見の間で拝謁したときと、騎士団で神殿に連れていかれたときにご尊顔をお見受けいたしましたが、私にはそのようには見えませんでしたが」
俺は硬い声で半ば追及するような口調で問う。
貴族の端くれだからといって、新国王陛下の代理人に怯える必要はない。
俺もリリアーヌも己の胸に手当てて過去を振り返っても指を指されて非難されることなどした覚えはないし、王族から怒りを買うようなことなどさらにない。
気になることを聞くのは当然の権利だ。
リリアーヌは今、自室で静かにしている。
あれから少しは落ち着いたが、時おり夢見が悪くいようでうなされている夜がある。
そういうときは寝るまで手を握って落ち着かせている。
病に影響が出て悪化させることは避けたい。
そのためにも要求できることはしたいし、これからのことも考えてできる限り名誉は回復させたい。
「疑問はごもっともだと思います。しかし私はレスターク男爵に調査結果を伝えよと命を受けた身。
私の口からお話しできることはございません。重ねて申し上げますと、新国王陛下も現場にはおりませんでしたので、今回の調査結果と関係者から事情聴取をし、それらから得た情報がすべてとなります。
この件につきましては、今後もレスターク男爵が不名誉を背負わないようしっかりと対処すると明言しておられます」
中年の文官は表情を崩すことなく、やや強引に締めくくる。
「新国王陛下の名をもって、レスターク家の名誉を回復してくださるということですね?」
俺は真剣な表情で再度確認をとる。
俺自身何を言われても聞き流せばいいだけだが、リリアーヌにまで悪い影響がでてしまうのは嫌だし避けたい。
「そのように受け止めていただいて構いません」
「ひとつ確認したいことがございます。明言しているというのは、すでに諸侯へ伝わっていると思ってもよろしいのでしょうか?」
「三日後に開かれます晩餐会で。セリーナ姫の実母であせられる第三王妃さまがレスターク男爵に直接お礼を伝えたいという個人的な目的で開かれます。出席者は第三王妃さまのご実家のご両親をはじめ、親しいご関係の上級貴族を中心に招待状を送っております。そこへ新国王陛下がご出席されますので、その時に。先王陛下がご逝去してからまだ間もございません。まだ喪もあけておりませんので、今はこれが精一杯でございます。どうかご理解いただきたく存じます」
中年の文官の話す速度はゆっくりだった。そして俺が聞きもらさないようにと意識して言っていた。
最後に目線と顔をやや下にさげ、詫びる空気が流れる。
新国王陛下の代理人として彼は座っている。
今の動作は新国王陛下の心情を表現したのかもしれない。
戴冠式は喪が明けてからというのがこの国の慣例となっている。
それを考えれば、たしかに精一杯だなと納得した。
「わかりました」
俺はたしかに受け止めました、という意味で大きくうなずいた。
それを見た中年の文官の雰囲気が一瞬にして元に戻った。
切り替えが早いな、と感心する。
「最後にセリーナ姫とのご婚約についてですが」
俺の反応を気にしながら、中年の文官は切り出した。
「セリーナ姫ご本人が望んでおられるのでしたらお受けいたします」
そうはいったが王族も貴族も結婚は家同士の都合、政略結婚がほとんどだ。この話にどれだけセリーナ姫の意思が入っているのかは疑問だ。
「ではそのようにさせていただきます」
中年の文官はほっとしたような表情を見せた。
それを見た俺は、セリーナ姫の意思が少しは入っているのかと感じた。
「私からも最後にひとつ。占術師ネラ殿との面会を希望しているのですが、取り次いでいただけますでしょうか」
そもそも宮廷占術師のネラの発言を発端に今回の出来事が起きている。
洞窟内での気になる会話の内容もそうだが、日に日に増して気になっていた。
「承りました。案件として新国王陛下にお伝えいたします」
中年の文官は丁寧に言い返し、王宮へ帰っていった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話 8月24日投稿予定です。




